パロ | ナノ

 朝顔のようなきらめきを

休日、お礼は何が良いのかと考えたら埒が明かず、沙菜が花を貰ったのだから沙菜に決めさせようと考えた。
決して自分が決めるのを横着したとかではない。

「沙菜、お花屋さんにありがとうしないといけないんだけど、何がいいかな」
「ホットケーキ」
「は?」
「ホットケーキおいしいの」

ぱぁっと満面の笑みで言われた要望に、それは君が食べたいだけでしょ、と突っ込もうとしたが止めた。
家の娘はとても可愛い。
ということで用意を始めたはいいのだが、俺はホットケーキを作ったことがない。
奇跡的に、沙菜が見つけてきた使いかけのホットケーキミックスはまだ使えるらしい。
定期的に作ってもらっていたのかと考えつつ、俺は後ろの説明を読んだ。
一見簡単そうに書いてあるが、果たして男の俺に作れる代物なのだろうか…。

「沙菜、どうやって作るかわかるか?」
「んーと、最初はこれをいれて、卵と混ぜるの」

説明と見比べて、言われるがままに入れて混ぜる。
これだけでいいらしい。温めたフライパンにバターをひいて焼いていく。
沙菜は手伝ったり見ていたり、ちょろちょろと辺りを歩いている。
隣に並んでタイミングをはかってくれるのはとてもありがたかった。

「おとーさん、もういいよ」
「ああ、これでどうだっ」
「きれー、おいしそう」

こんがりきつね色のそれに自分でも百点満点をつけてもいい出来だ。
生地全部をホットケーキにしてしまうと、ようやくひと段落だ。

「ここからは、沙菜の出番だぞ」
「さな、なにするの?」
「じゃーん、チョコソースとチョコスプレー」

主にデコレーションに使われるそれを俺は目の前に差し出した。
これで、何か絵でも描いてプレゼントとして渡そう。
子供っぽいだろうが、あまりお金をかけたものだと遠慮されてしまいそうだし、かといって普通に傘を返すだけではなんとなく申し訳ない気になってしまう。

「描いていいの?」
「ああ、ねこさんでもわんちゃんでもお花でも好きなのかいていいぞ」

沙菜は目をキラキラとさせていて、やっぱりこういうところは女の子なんだなと感心してしまう。
俺はその間に、ひっくり返すのに失敗したものなどを自分により分けてマーガリンとメープルシロップを用意した。
そうして、俺は思い当たる。
もしかしたら、甘いものが苦手かもしれないことに。

「あ、沙菜あまりチョコソースかけると食べてもらえない…かも…って、遅かったか」
「え?」

声をかけたところで時すでに遅し。ホットケーキは無残にもチョコたっぷりケーキになってしまっていた。
さすがに、子供が好きなチョコソースのそれを誰かにあげることができずそっととりあげて、これは沙菜のな、と説得した。

「もう少しチョコの量を減らしてくださいシェフ」
「はぁい」

シェフという響きが気に入ったのか元気よく頷いて、今度は丁度いい感じに猫が描かれた。
猫だといわれないとわからない猫だが、子供の絵というものはそういうものだ。

「これでよし、タッパーにいれるぞ」
「あい」

沙菜は自分のつくったものがダメにならないかしっかり入れるまで監視する始末。
微笑ましく思いながら出かける前にホットケーキを二人で食べた。
初めて作ったにしてはとても美味しくできた。自分でもびっくりするほどの出来栄えだ。

「ホットケーキミックスって万能なんだな」
「おいしい」
「ああ、おいしいな」

二人でにっこりと笑って、昼のひと時を過ごした。
外は連日雨続きになっていたが、快晴でお出かけ日和だ。




「沙菜―、いくぞー」
「はぁい」

玄関先でぱたぱたと肩かけポシェットを下げて走ってきた沙菜に転ぶなよと声をかけつつ、俺はタッパーと貸してもらった傘をもった。

「いいか、お花ありがとうって渡すんだぞ」
「うん、わかった」

二人で手をつないで歩きながらレクチャーする。それに頷く沙菜はとても可愛い。
そうしていると、時々自分の声が聞こえてくるようだ。
どうして、その可愛い子供を放っておくことができたのだろう…と。
こうして向き合えば可愛い所なんかたくさんあるし、可愛くないところももちろんあるが、それでも嫌いにはならない。
自分の子供なのだから当然と言えば、当然なのだ。
どうして、この子を放っておくことができたのだろう。
忙しかったと理由をつけることはとても簡単だ。
けれど、だからといって放っておいていい理由なんかない。

「おとーさん、どうしたの?」
「ん?…なんでもない」

さらりと流れる髪、くるりとした瞳、俺はこの子だけは大切にしないといけないんだ。
俺は短く返事をして、やがてみえてきたフラワーショップ虹、に少しの緊張を覚えた。
いくら怖くないと言っても、睨まれてしまえばどうしようもない。
いや、本人は睨んでいるわけじゃもないのかもしれないのだから、そうやって決めつけるのも悪いだろう。
大丈夫だ、根は優しい人だとわかったし。
自分に何とか言い聞かせて、俺は店の中を覗き込んだ。

「いらっしゃいませー、ってこの前の」
「こんにちは」

こちらに気づいたらしく声をかけてきたのは店員らしい人だ。
俺は笑顔で挨拶をして、傘を出した。

「えっと、貸してくれた人に会いたくて」
「店長っすね、少し待っててください」

店長だったんだと意外なことに驚くが、あんな顔ならイケメンを表に置くしかないのかと妙に納得してしまった。
そうして、店員の男はてんちょー、と声を掛けながら奥へと入っていき、しばらくして傘を貸してくれた店長が顔を出した。
店員は作業があるらしく、バケツの水を入れ替えている。

「こんにちは」
「どうも」
「あの、傘ありがとうございました。それと、沙菜」
「おはな、ありがとうっ」

傘を返し、沙菜を呼ぶともっていたタッパーを差し出す。
店長は目をぱちくりと瞬かせたあとありがとな、と受け取った。
その笑顔が少しぎこちなくて、たんに笑い慣れていないだけだとわかる。

「ホットケーキです。甘いの大丈夫でしたら、どうぞ」
「ありがとうございます、疲れには甘いものですから」

大切に食べさせてもらいますと笑ってくれて俺は一安心した。
もう少し話したいなと考えて、俺は奥に戻ってしまおうとする店長に、あのっ、ととっさに声をかけていた。

「どうかしたんですか?」
「敬語、なくしてもらっていいですか?」
「え?」
「いや、なんか…もう少し話しを…したいな、と…思いまして」

自分で声をかけたにもかかわらず何を離していいかわからなくて、あまつさえ何を言っているのかと自分を殴りたくなった。
花屋なんだから話すだけじゃ意味ないだろと自分に突っ込むも言ったあとでは遅い。
けれど、俺の言葉を聞いていた店長はふっと笑って、良いですよと了承してくれた。

「ああ、ため口で良いんだったか」
「はい、それが素?」
「まぁな、こんな喋り方だと客が逃げるから仕方なく敬語だ。子供は良いのか?」
「え…あ…沙菜」
「おはな見てたいから、おとーさん二人で話してていーよ」

沙菜のことを言われて見れば、自分の横にいたはずの沙菜は店の花を見ている。
店員の青年が見てくれているが、少し心配だと思ったが、沙菜はひらりと手を振って見せた。
そういうどこか投げやりなところは、妻にそっくりだなと呆れて、店長を見れば尻に敷かれてるなと笑われた。

「はは、まぁそんなもんかな」
「それに、あんたも変わり者だ。俺は結構苦手がられるんだがな」
「そう?俺は少し話してみたかった…あ、自己紹介がまだだった。沢田綱吉です」
「リボーンだ、よろしく」

握手を求められて握れば荒れていて少しちくちくとした。
それほどに、仕事熱心で決して手など抜いていないことが明らかだった。
こんなにも顔と職業が一致しない人もなかなかいないと思ってしまったら、もっと仲良くなりたいと思う気持ちが湧き上がってくる。

「話してみたかったって、この顔だぞ?」
「人はみかけによらないものだし…花好きなんだろ?」
「ああ、癒されるだろ。それに、女と違って素直だ」
「素直な女性だっているさ」
「けど、俺と付き合ってきた女はかたっぱしから嘘つきでな、軽くトラウマだぞ。綱吉が羨ましい、どんな綺麗な女を捕まえたらあんな可愛い子供ができるんだ」

リボーンの言葉に笑いながら、さらりと振られた会話に返事ができなかった。
決して見た目で選んだわけじゃないけれど、妻に逃げられたとなれば嘘つきのレッテルを張られてしまうのだろうか。
別れ際がすごい大喧嘩だっただけに情は移ってないのだが、俺の人生自体を否定するようですぐに返事をすることができなかったのだ。

「…とても、綺麗だったよ」
「すまん、踏み込み過ぎたか?」
「いや、うん…まぁ、仕方ないことだから。俺バツイチなんで、もし母親のこと気になっても沙菜には何も言わないで上げてくれると…助かります」
「ああ、いわねぇよ」
「それならよかった…俺は良いんですけど、あの子にはなにも否はないから」

こんなことを言うと引かれるだろうかと思ったが、リボーンは何を言うでもなく、頷いただけだった。
それが、なんとなく合うなと感じて、ますます好感を抱いてしまった。
この人にもっと近づきたい。
友達になりたいと、感じてそうするためにはどうすればいいのかと考える。
花を買えばいいのか、それとも…。

「綱吉がよかったら、たまにここにくればいい」
「え…?」
「バツイチってことは家に二人きりだろ、男一人じゃ何かと面倒じゃないか?ここなら、ある程度暇はつぶせるし、話し相手ぐらいにはなってやる」

リボーンの言葉に俺はさすがに驚きを隠せなかった。
まさか、リボーンから言ってもらえるなんて思わなくて俺は大きくうなずいた。

「ありがとう、俺もリボーンともっと話してみたくて」
「そりゃよかった」
「おとーさん、お話しまだ終わらないのー?」
「店長―、沙菜ちゃん。花で遊びたくてたまらないらしいんで捨てる花もってきていいですか?」
「勝手にしろ」
「はーい」
「さな、遊んでるからかえるときよんでね」
「はいはい」

なんだか、二人は二人で仲良くなっていたようだ。

「あいつはバイトの伊勢谷浩介、子供好きだから面倒見させてやってくれ」
「沙菜もなついてるみたいだし、安心したよ」

なんだかんだ、今日で一気に解け込んでしまった。
それもこれも、リボーンのおかげかもしれない。
俺の思っている以上のことを返してくれている気がした。
リボーンも同じ気持ちだったりして、と思ったがそれは思いあがりだと思う。
でも、なんだかリボーンと居る時間は楽しくてあっという間で、俺はとてもいい友達を見つけたのかもしれないと、たまには雨宿りも悪くないと思いなおしたのだった。



続く





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