◎ 華惑
漂う薬品の匂い、日々運ばれてくる患者は絶え間なく。
それでも最近はヤクザ同士の抗争がないからそれもぱったりと減って、今が小休止というところだろうか。
入院を余儀なくされている人の包帯を替える作業を終えると近くの椅子に座って一息ついた。
リボーンのお手伝いにも慣れてきたころ、患者たちにもからかわれることもすくなくなり、この生活に慣れてきたというとことでもある。
「ツナ公」
「なんですか?」
「お前さん、男娼だったんだって?」
「まぁ、そうですけど…」
俺に話しかけてきた人は最近入ったばかりの人で、リボーンについて歩くことから犬の様なあだ名をつけられてしまった。
が、いくら呼ばないでといっても直してくれないのでそのまま放置していた。
にやにやと笑って言われた言葉に俺はとっさに警戒する。
男娼だったと聞いただけで目の色をかえて襲ってきたりすることもままある。
相手がヤクザなのだから多少は仕方ないと、身の振り方も身についてきた頃合いだ。
「そう硬くなるなって、俺は元から男には興味ないんでな。で、毎日するのか?」
「興味ないって言っておきながら下世話な質問しないでください」
「邪険にするなよ、話しのネタだろ?」
そうとう暇なのだろうか。
俺は暇じゃないというのに、面倒なものに引っ掛かったとため息を吐いた。
リボーンは外来へと出てしまって今はいない。
これも、俺が一人でなんとかできるようになったからやるようになったことだ。
それに、もし何かあったとしても連絡してくれる人はいる。
ヤクザはこれで野蛮な人たちばかりじゃない。
「で、どうなんだよ」
「そんなこと聞かれても…別に、毎日なんて頻繁にはしてない…疲れるし、俺次の日動けなくなるし…」
「へぇ、俺だったらこんな綺麗な顔してるのいたら毎日でもやって壊しちまいそうなのにな」
「リボーンはそんなんじゃないですから」
この人と話すのは嫌だと椅子から立ち上がろうとすれば腕を掴まれる。
「なんだよ、可愛がってもらってねぇの?身受けしたってことは、誰の目にも触れさせない方に囲って傍に置いてぇってことだろ?」
「…そういうことなの?」
「そうだろ、それなのにこうしてお前はこき使われて…これじゃ、ただの召使じゃねぇの」
男の言葉が俺の胸にちくりと痛みを伝えてきた。
リボーンのことだからそんなこと思っているわけじゃないというのもわかってる。
けれど、その男に言われた言葉が俺の頭の中をずっとぐるぐる回り続けている。
「ぅわ…っ」
「なにしてんだ?」
「リボーン…」
思考がどこかに飛んでいたせいで、いきなり視界を遮る掌にびっくりして声をあげれば、不機嫌そうな声が聞こえて同時に安堵を覚えた。
そして、俺の手を掴んでいる男の手を掴みあげた。
「いででで、先生やめてくださいよぉ…なにもしてないっすから」
「本当か?」
「う、うん…なにもされてないから」
「チッ、人がいない間に手ぇだしてんじゃねぇぞ」
ったく、と悪態をつきながらこい、と呼ばれて俺はリボーンの後について行く。
リボーンが帰ってきてくれて嬉しい半面、さっきの言葉が頭の中を泳いでいつまでも安心できずにいた。
そして、その日の夜。
不安な気持ちのまま寝ることができず、珍しく俺はリボーンを誘った。
俺のできる手管全てを使ってリボーンを感じさせて、好きだと言い続けた。
最初は珍しがっていたリボーンだが、途中から夢中になってくれて、俺としても満たされ、その日は遅くまで離してもらうことができず、寝たのは朝方になってからだった。
「…起きれない」
「ツナ、大丈夫か?腰マッサージするか?」
「だいじょぶ…」
なんとも情けない。
こんなんだから、リボーンは加減しなきゃいけなくて俺じゃ満足してないかもしれない。
そう思ったら、悔しくて枕を掴む手に力を込めてしまった。
その手を包むようにして握られると、俺は顔を上げる。
心配そうな顔が俺を見つめていた。
「昨日から変だぞ?なんか言われたのか」
「あ…いや……そういう、わけじゃ…」
「言ってみろ、お前が今思ってること全部だ」
隠し事は緩さねぇぞと半ば脅されるようにして、顎に手をかけてきたリボーン。
こうなっては逆らうことはできない。
俺は仕方なく口を開いた。
「あの…昨日のことなんだけど、男娼は囲われて傍に置きたいから身受けするんだって聞いて…ちょっと」「ちょっと、なんだ?」
俺が言ったことに不機嫌度があがってくのがわかって、俺は慌てて口を閉ざす。
これ以上口にしたらますます機嫌を悪くさせてしまうんじゃないのかと思った。
「ツナ…言え」
「…こうして、リボーンの手伝いしてる俺見て、召使みたいだって…」
「誰に言われた、言ってみろ」
「え…と…きのう、話してた…ひと」
詰め寄るように言われて俺は、言わないことなんてできなかった。
恐る恐る顔を見上げると、イライラとした雰囲気を纏わせていて、俺は震えあがった。
「えっと、あのね…別に俺が勝手に想いこんだだけであの人は関係ないんだ」
「庇うのか?」
「ちがうけど、そうじゃなくて…こうして、リボーンの傍に居たいって思うのへんなのかなって…。もし、俺を囲うためにリボーンが身受けしてくれたとしても、俺は部屋でじっとできないし。できればこうして、手伝いでもして、近くに居ることが俺の幸せだし…そしたら、俺が召使になりたいのかリボーンだけのもので痛いのか訳わからなくなって…」
俺が自分で思ってたことを全部口にすれば、はぁあああと大きなため息を吐いて顔を上げた。
その顔は、なんとも複雑そうな顔をしていて、俺は首を傾げる。
「召使でも、囲いものでもねぇよ。お前は、俺の恋人だろ」
「恋人…」
「嫁でもいいぞ、旦那だっていい。俺は、お前のことそういう道具のようには思ったことなんて一度もねぇ、俺のものにしたいのは確かだ。あんな不特定多数の人間にツナが抱かれるなんて考えただけで虫唾が走る。が、あくまで独占欲だ。お前を俺のものにしたくて身受けした」
リボーンの言葉には説得力があって俺はじっとその言葉を聞きいっていた。
それは、ただ一方的なだけではないのだとわかった。
「金にもの言わせたいだけなら、なんでもできんだよ。お前が俺のことを好きで、俺もお前のことが好きで、これ以上なんていらねぇだろ?」
「リボーン…」
「俺は、この関係が欲しかったんだ。だから、ツナは今のままでいいんだよ。これ以上変わることなんてねぇンだ」
髪を梳いて、柔らかくほほ笑むリボーンに寄り添った。
こんな単純なことに気づかないなんて、馬鹿すぎて自分が情けない。
不安になることなんて最初からなかったのだ。
俺は手を伸ばして、リボーンにキスをするともっとだと腕を引いた。
「それって、俺からもリボーンのこと欲しがってもいいってことだよな…?」
「当たり前だぞ。むしろ、昨日みたいなことだっていいんだ」
言われながら昨日のことが頭を一瞬にして一杯にされた。
今ここでそれを言うのは赤くなった顔で睨みつけても、効果がないことはにやにやと笑うリボーンの顔でわかった。
「で、昨日と同じことかそれ以上のことをしてもいいってことになったか?」
「俺、まだ腰たってないんだけど…」
「…しかたねぇなぁ、今日は本当に勘弁してやるか」
苦笑を浮かべて、俺の腰を優しく撫でる。
酷使してしまったらこうなるのは当たり前で、大切に俺の身体を扱ってくれてるのもいつも感じている。
だから、きっとマッサージも少ししたらしてくれるんだろう。
俺のことに関しては世話焼きで、甘やかしたがりなリボーンにいつも幸せを感じさせてもらっている。
これ以上の贅沢なんて、おこがましい。
「また、今度…ね」
「そうやって煽んな、バカツナ」
END
菜緒さまへ
遊郭パロで二人の話しを書かせてもらいました。どのような話のリクエストがなかったので、とりあえず甘くなってしまいましたが、気に入ってもらえると嬉しいです。
気に入らなかったら書き直させてもらいますので。
リクエスト有難うございましたっ。