◎ ふぁーすとインパクト
大学生活も三年目に入ろうとした時のことだった。
春休みが終わり大学へと俺は足を運んでいた。
最初の講義に遅れないようにと急いでいたが、遅刻気味なのは否めない。
「やばいなぁ、遅れるか…」
この講義の教授は厳しく、一分でも遅れると中に入れない。
もともとは自分が起きる時間を間違えていたのがいけないのだ。
最初の肝心な講義に遅れるというのは、なにか嫌な予感がするし…ぎりぎりでもがんばって滑りこめばいいとそれを思っていた。
全力で階段を駆け上がり、なんとか扉を開くことができた。
途端に教授が入ってきて、出席をとり始める。
「ま、まにあったぁ…」
俺は救われた気分で適当に席に着き、準備を始めた。
教室を見回せばちらほらと知らぬ顔が何人かいた。
学年が変わり受ける講義も変わったせいだろう。
その中に友人はいなくて、この授業は一人かと少しつまらなさを覚えつつノートを取り出した。
すると、ふっと目の前の身体が目についた。
しっかりとしていて、大人っぽい背中だ。
初めてみるなと思いながら黒板に書かれる文字を書き写していく。
「おい」
「へ?…なに?」
「消しゴム、貸してくれ」
「あ、ああ…」
唐突に話しかけられて俺は慌てて顔をあげれば目の前の男が振り向いて話しかけてきた。
俺は言われるままに消しゴムを差し出して、渡してやる。
綺麗な顔立ちをしていると、感じた。
着飾ってないのに、かっこいい。声もよく通る声で、耳に残る。
「さんきゅ」
「うん」
うまく言葉がでてこない。
男に見惚れるなんておかしいと思うのに、おかしいからこそ、この想いはなかったことにしたくなる。
返ってきた消しゴムから暖かさが伝わって、自分が馬鹿みたいだと気づく。
こんな変態みたいなこと、思うなんて。
そこまで考えて顔をあげたら、まだその男はこちらを向いていてびっくりする。
「っ…な、なに?」
「なんでも、ぼうっとしてると聞き逃すぞ」
「うん」
注意されて、つい顔が赤くなる。
ヤバいと思いつつ、その男と仲良くなるのは良いかもしれないなんて…。
ふっと笑う気配がして、恥ずかしくなる。
別に俺はそんなに面白い性格でもないと思うのに、この男はよくつっかかってくるなと感じた。
「可愛いな」
「へっ!?」
「そこ、煩いぞ」
思わず聞こえた、声に俺は大声をあげてしまった。
とたんに教授から声がかかり俺は慌てて頭を下げる。
くつくつと笑う目の前の背中を睨みつければすまんと返ってきた。
なんだ、これ…なんだ、この人…。
こんなにも魅かれる人間と言うのは、初めてかもしれない。
どうしてこんな人が、いるんだろう。同じ学年で見たことがないと俺は自分の頭で考えてみる。
俺の学年は人数が少ないから全員とは言わずとも顔ぐらいは覚えていると思っていたのだが…。
こんなにインパクトの強い人ならすぐに覚えるはず…。
講義中に一生懸命考えていたが結局でてくることはなく、講義の終わりにはその男はすぐに外へと言ってしまった。
「なんだったんだろ」
不思議な気分で俺も教室を出ると欠伸を噛み殺した斉藤がそこにいた。
「はよ」
「おはよう、いいよな。斉藤は今から?」
「そう、綱吉と同じだ」
同じなら良かったと俺と斉藤は次の講義を受けるべく移動した。
その途中の廊下で、あの男を見かけた。
男はもう一人の男と一緒になんだか楽しそうに話をしている。
といっても、一人の男の方が一方的に話しているようにも見えた。
「どうした?」
「あの人…見たことないなって思って、さっき講義一緒になったんだ」
「ん?リボーンのことか?」
「リボーン?」
「あっちの黒い方、で髪が長いのが六道骸」
斉藤の説明で六道骸はわかったが、リボーンはやはり聞いたことのない名前だと思った。
六道骸はその容姿から男でも魅かれるやつがいるという。
俺は別にいいとも思わないが、あれだけ綺麗な顔立ちをしていれば仕方ないことなのだろう。
そのわりに、周りには人が集まることがなく…なんとなく一線引いているようにも見える。
「あの二人の雰囲気がよくわからないんだけど…」
「うーん、噂だけどな…付き合ってるって話しだ」
「はぁっ!?…わっ」
「ちょっ、声大きいって」
斉藤は俺の手を引いてそそくさとその場を離れた。
見つかるとまずいのはわかっていたため歩きながら話をする。
「な、なにそれっ」
「リボーンは一つ上の先輩だ。けど、ダブったらしくて今は俺達と一緒の学年ってわけ」
「…ふぅん」
「骸とは幼なじみで、大学に入ってから付き合いだしたって聞いた。骸は高校のときにもリボーンじゃない誰かと付き合ってたみたいだけどな…」
そっちの気があったのは骸でリボーンはまきこまれたんじゃねぇのかと斉藤は言って、俺は納得した。
あれだけの容姿で近くに居て、あんなに楽しそうに笑ったりされたら…ふらりと傾いてしまうかもしれない…。
あれ…なんで俺ががっかりしてる?
自分がよくわからずに講義の行われる教室へとくれば中に入って支度をして待ち時間話を詳しく聞きたくなった。
「なんで斉藤はそんなに詳しいの」
「俺は情報通なんでね、それに結構あの二人目立ってるからなぁ」
初日からお熱いこと、と斉藤は冷やかして言っていたけれど俺はあまり面白くなかった。
なんとなくリボーンと仲良くなれた気がしていたのに。
いや、恋人がいるからと言って仲良くなれないことはないと思う。
「リボーンと仲良くなれるかな」
「綱吉…それマジで言ってる?」
「だって、なんか話してたら楽しくて」
「いつのまに話してたんだよ」
「さっきの講義のとき、たまたま席が近くて…」
俺が自分から行動しようとすることに珍しいと思ったのか斉藤は俺の話しをしっかりと聞いてくれた。
けれども、やっぱりリボーンには近づかない方がいいと言われてしまった。
「リボーンはよくても、骸がヤバいって」
「なんで?」
「なんででもだ、目をつけられない方がいい」
同学年なのに目をつけられない方が良いってなんなんだと思いつつ、始まった講義は右から入って左に抜けていった。
どうして駄目なんだろうか…だめといわれると人間燃えてしまうというのを斉藤はわかっているのかそうでないのか。
「でも、俺からはあまり行かないようにする。一方的だと思われたくないし」
「…はぁ、まぁ…その方がましか…止めても無駄ならそれでいてくれ」
俺はあまり巻き込まないでくれよと斉藤の言葉にわかったと頷いた。
友達もあまりいない俺にあんな風に接してくれたのは斉藤とリボーンだけだろう。
お近づきになるだけなら、なにもない。
ただ、近くにいれればそれでいいだけ。
そう自分に言い訳した。
講義はこれだけで終わりで、斉藤はまだもうひとつ残っているというから、一緒に食堂に行くと昼食をとる。
そこでも、リボーンと骸を見た。
なんというか、俺が気にしなかっただけであの二人との接点なんか作ろうと思えばすぐにでも作れそうだなと感じた。
「おい、綱吉」
「ん?」
「せめて、あいつらを見ないで食事をしてくれ」
「あ、はは…ごめん」
斉藤の咎める声に視線を戻した。
そんなつもりはなかったのにと頼んだカレーを食べる。
何にしても、あれでは目立ってしまって集中できない。
なんでこんなにも気になっているんだろう。男が好きなんて…有り得ないと思っていたのに。
ヤバい…気がする。危険だと、頭では警報が鳴っているのに俺が納得しない。
もっと近づいて、もっといろんなことを知りたいと…思った。