◎ お前の想いを感じていたい
ざわざわとにぎわう遊園地の入口。
それと反対側を向くツナの腕を俺は問答無用で引いた。
「いきたくないっ」
「いきたいって言ったのはお前だろうが」
「だってーっ」
なよなよしい声を出すな。
恥ずかしい奴だ、と思うが、それはこいつの策略なのでそう簡単に離してやることはしない。
自称引きこもりオタクのツナと自称歌い手の俺リボーンは遊園地に来ていた。
隣ではすごく嫌がるツナがいるが、もとはと言えばこいつが行きたいと言ったからだ。
まぁ、計画したのは俺だけれど…。
事の発端は一週間ほど前に遡る。
『こんにちはー』
いつものように始まった生放送を俺はいつものように覗きに行った。
声になんのかわりもなく健康でやってるんだなと俺は課題をやりながらそれを作業用BGMにして聞いていたのだが、今日は雑談に枠をとっただけらしくリスナーの質問責めにあっていた。
そうはいっても、俺が生放送やるのよりは全然ましだ。
俺もこれぐらいの人数がやりやすいのにな、と贅沢な悩みを抱きつつも、いつのまにか課題の手はとまり真っ黒な画面に白い文字が流れる光景に釘付けだった。
そのうち、ツナが行きたいところとかどこ?と何気なく流れた質問に俺も耳を傾けた。
いつもツナに会うのはいいが、引きこもりでオタクだからと自分を戒めているツナはあまり外に出たがらない。
イベントに行くのにも苦労したぐらいだ。
行きたいところ、ということはツナが行きたいところなのだ。
そこに連れて行けば抵抗もされなくて済むのではないだろうか。
『えー、家が良い』
「っ…ばかがっ」
まぁ、そう簡単に行くはずもないことはわかっていた。
俺はつい机についた頬杖くずしてしまった。
こんな質問で聞けるなら俺は苦労してないか…。
ため息を一つ吐いて課題にとりかかろうとしたが、すかさず家以外で!と食い下がらないリスナー。
これにどう答えるんだと、ツナの声を聞いた。
『家以外?うーん、家以外……遊園地とか?…いやでも、人いっぱいだしなぁ…』
「わかった、それに決まりだ」
遊園地とは珍しい。
人込みは嫌いだといいつつ、そういうものに憧れたりするんだなと納得してしまう。
俺は今度の日曜日開けとけよと唐突にコメントを打つと、なんでリボーンがいるんだよっと焦っていたが聞くはずもなかった。
そうして一週間後、ブスくれた顔で玄関に立つツナの姿を見て、つい顔がほころんだ。
「行きたかったんだろ?」
「でも、リボーンきっとがっかりするよ?」
何をがっかりするというのだろうか。
俺はツナとこれただけでも嬉しいというのに。
いつも、あの作業と睡眠が混ざり合ったような部屋で曲を作っているのだ。
たまにはこうして外に出て新たな刺激を受けてみるのも俺はいいと思った。
けれど、ツナの顔は浮かないまま。
「いいから、そこで待っとけ」
俺はツナにそう言い置いて、入場チケットを買いに行った。
戻ってくればしっかりとそこで待っていて、逃げられなくてよかったと安堵した。
そうして、俺達はようやく中へと入ったのだった。
「何から乗りたいんだ?」
「……」
案内板を見てどれがいいとツナに聞く。
けれど答えはない。
まだ渋っているのかとツナを見れば困った顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「絶叫系、のれない」
「だったら……」
「だから、俺来たくないって言ったんだ」
ツナは俯いて両手を握りしめていた。
遊園地と言えば迫力があるものがメインとなる。
それが乗れないとなると、華々しくない緩やかなアトラクションだ。
「別に俺は絶叫マシン好きじゃないぞ?」
「だって、乗れないと乗らないじゃ違うだろ?」
「別に、乗れなければ乗らなきゃいいじゃねぇか」
ツナの言葉を一つ一つ拾ってすくいあげる。
どうしてそれぐらいで、気にするのか。
俺がここにきたわけをお前はわかっていないのか。
多分、わかっていないのだろうな、と思う。
ツナが行きたいと言ったから来たんだ、決して俺が行きたいからという勝手な思い付きではない。
ツナが、自分の部屋とか俺の部屋とかではなく、こういう外の場でも笑ってほしいと思うのは俺の勝手な思い込みか。
「ツナ、乗りたいと思ったものから乗ればいいだろ?」
「…う、ん……じゃあ、これ」
ちょんっと掌を指で撫でてやる。
すると、遠慮がちに迷路を選んだ。
室内アトラクションタイプのそれは結構面白味がありそうだ。
「なら行くぞ」
外で手を繋ぐのはツナが嫌がった。
だから、繋がないかわりに腰を抱く。
そしたら、今度は真っ赤になる。
俺はつい笑ってしまうとツナが困った顔をする。
「嫌か?」
「…恥ずかしい」
ならいい、そう言いながら迷路までを歩いた。
最初は皆絶叫系へと走るようでこちらは空いていた。
中に入ればそのまま入場できてしまうぐらいに、いい時間帯だったようだ。
「ツナ」
「な、なんで手?」
「繋ぐために決まってるだろ?」
ここでは二人きりだ、と笑えば、戸惑いながらも手を繋いだ。
その手が緊張からか少し汗ばんでいて、そういえばデートみたいなことをするのは初めてだったかと思い立った。
「嬉しいか?」
「は?」
「ここにきて嬉しいかって聞いてる」
ツナは呆然としていて、どうしてだろうと首を傾げる。
楽しくないのだろうかと聞いてみればぎゅっと握る手に力を入れてきた。
「うれしい、よ。こういうの、はじめてだから」
なにしたらいいのかわかんない、といつもよりたどたどしい声を聞いてしまえば、つい手が出そうになる。
ここでは駄目だっ。
こんなに可愛い反応をするとは思わなかったためつい、暴走しかけた。
特に生放送などでもリスナーの質問によっては戸惑ったツナがみれるが、間近で見られるのが良いところだ。
こいつは俺のものだと実感できる。
「なら、とりあえず…楽しんでくれ」
迷路なんだから先に進まなくてはと先へと促した。
曲を作るにあたって沢山のコードを見ているからか、ツナはこういうものが好きらしかった。
うきうきとしながら壁伝いに歩いて、いきどまったら戻って好きな方へと冒険をする気分で進んでいく。
繋いだ手は離さないまま。
俺はつい、楽しくてふっと吹きだす。
「?どうしたんだよ」
「いや、さっきから同じとこ回ってるなと思ってな」
「えっ!?」
ただ、ツナはツナだ。ドジなところは変わらず、誤魔化すように言って今度は俺がツナの手を引く。
簡単なことなのに、それができない。
それは別にバカなんてことはなくて、その人の誇るべき特徴じゃないのだろうか。
迷ったら、俺が正しい道へと導いてやればいい。
ツナが俺の声を好きなように、俺だってツナの曲が好きだ。
その利害の一致がこの関係を呼び寄せたというなら俺は喜んで受け入れよう。
実際こいつといて、つまらない日なんてない。
いつも何かあって、いつも目が離せない。
それはこいつの短所であっても長所でもある。
「おおっ、出口だ」
「ずっと迷っていたかったか?」
「そんなことしたら後ろが支えるだろ」
支えなければいたかったのかと問いたかったが止めた。
どうせ、聞いたところでひねくれた答えしかもらえないだろうから。
そうして、俺達は思う存分乗りまわし、へとへとになったところで休憩をとった。
「なんだかんだ、乗るもの沢山あったね」
「つまらなくなかっただろ?」
「…そうだな。結構楽しめたや」
にっこりと笑った顔に愛おしさを覚えた。
ああ、こいつが好きなんだと感じる瞬間。
「なら、締めくくりはあれだろ?」
「来ると思った」
でも今日は俺ばっかりが楽しいからのってあげる、と上から言われてつられて笑った。
デートの定番と言えば観覧車。
ちらちらとツナが気にしているのはわかっていたが、それを無視して最後へと回していた。
結局繋いだままになっていた手に深く言わないまま観覧車へと乗り込んだ。
二人きりで空へと昇っていく空間、とたん話すことがなくなって外へと視線を向けると、夕日が見える。
街へと沈んでいくそれは幻想できで、同じ空だというのに赤にオレンジから紫、青、濃紺と色が分けられている。
「綺麗だな」
「こんな、曲が作りたい」
「結局そこか?」
「…なんか癖になったみたい」
ついいろんなものを見るとそれを表現してみたくなる。
そうツナはぽつりぽつりと話した。
きっとこれまで作ってきた曲もこうして生まれたに違いない。
ツナが思って感じて、音にしてみたいと思った瞬間に形になっていく。
いつからか、俺もそれの中に入ってみたいと思った。
近づいてみたい、話してみたい、もっと…近くに。
そうして、この関係になって満足するかと思ったのに、そうなることはなく。
むしろ、欲求が増えて行くばかりだ。
「ツナ、もっと曲を作れよ」
「う…?」
手を伸ばして頬に触れた。
こちらを向いてきょとんと首を傾げる仕草。
俺はこいつの全部に惚れてる。
ツナとしても綱吉としても、両方を欲しがるなんて贅沢だろうか。
「リボーンが、望むなら」
「ああ、俺はいつもお前が欲しい」
景色からこちらに身体をむけて近づけばおずおずと近づいてくる。
ツナに甘やかされて、俺も同じものを返せていればいいなんて、きっと贅沢だ。
静かに重なった唇に、離れた途端正気に戻ったらしく顔を真っ赤に染めるツナは夕日に映えて綺麗だと思った。
後日、送られてきた曲を聞いて俺はそれに歌詞をつけた。
今度は歌うのはミクらしい。
俺も歌うぞと言ったら、この歌詞で歌うのかよと笑われた。
「あははっ、これはリボーンに似合わないから」
「俺が歌詞つけたんだぞっ、よりによってミクにっ」
「たまにはコラボもいいじゃん?」
可愛くねとチョイスされたその歌詞はとてもファンシー。
俺も考えているときこんなんでいいのかとすごく思い悩んだのだ。
けれど、ツナが女の子に歌ってもらう用にもと言ったのでかわいらしい感じにつけたのだ。
それを、ミクが歌うだなんて。
「ぜってぇ、歌ってやるよ」
ミックスしまくってかっこよくしてやる。と意気込めば楽しみにしてると向こうの声も楽しそうだ。
そうして、話していくにつれて同時アップしてどっちが再生数の上をいくか勝負だ、というところまでもつれ込んだが、リボーンに決まってるだろと一蹴された。
「俺が聞き込むんだから、再生数はリボーンが勝っちゃうの。勝負にならないだろ」
「ツナ、それ天然か?」
「だったらどうする?」
にやり、とやり返されてツナのくせにと思った。
遊園地の時のいじらしいツナはすっかりなりを潜めてしまったが、この対決は負けられない。
ツナが聞かなくてもそれ以上の票をとってやるつもりで、俺は画面の中の恋人にほほ笑んだ。
END
菜緒さまへ
リクエスト、歌い手×ボカロPでデートでした。
遊園地とか、と言われていたのでそのまま使わせてもらうということをしでかしましたが、喜んでもらえたら幸いです。
98000ヒットおめでとうございますっ。
もし、気に入らないということがあれば遠慮なくどうぞ。
いつもきてくれてありがとうございます。