◎ 近づく松葉色
綱吉の様子がおかしくなって一週間が経とうとしていた。
高校生の悩みだ、そのうち自分で解決するかと高をくくっていたのだが、日に日に悩みは酷くなるようで、最近では俺の視線を避けるようになった。
俺に知られるのが嫌なのか。
それとも、俺の知らないところで何かやっているのか。
しっかりとした綱吉のことだ、後者はないと思う。
たばこも酒もはたまた危ない薬でさえ持ち込むのが嫌だとおもう性格だと俺は知っていた。
けれど、寝ていないような雰囲気に俺は心配になるばかりだ。
「綱吉、何か俺に言うことはないのか?」
「…ないよ?」
朝食の途中、俺は綱吉に問いかけた。
いつもの返事が返ってくる。
そう、いつもと同じだ。
何でも話してくれると思っていたのかと思った甥はいつの間にかこんなにも厚い壁を作っていた。
それは俺が放置したからか、元から弱音や悩みを打ち明けない少年だったからか。
俺には少しわからない。
変わらない笑顔で、俺には見せない。
だったら、お前は誰にその悩みを打ち明けるんだ…?
俺以外の人間か?両親か?友達か?
少しは俺と距離が近づいたと思ったのに、そんなことはなかったみたいだ。
俺だけが、近づいて心を開いてくれたと勘違いしていたようだ。
「だったら、いい。戸締り忘れるなよ」
「うん、いってらっしゃい」
「いってきます」
俺は小さくため息を溢して鞄をもつと部屋を出た。
今日は少し曇っていて何故か俺の心を表すかのように風が冷たかった。
リボーンさんが出勤して俺は安心したようにため息をはいた。
あれから、たくさん考えた。
なんで俺が入れこんでると言われたりリボーンさんのことでどうようしたりするのか。
たぶん、俺はリボーンさんのことが好きなんだ。
それはいつのまにか俺の心に芽生えた感情だった。
俺が知らない間に葉をつけ伸びて花を咲かせていた。
それが実るのかと言われれば、否だろう。
あんなに、俺によくしてくれるリボーンさんは叔父と甥という関係でしかない。
それ以上には見られていないんじゃないだろうか。
そう思うと俺は妙によそよそしくしてしまったり、リボーンさんの視線から逃げるようにしてしまったりする。
リボーンさんはそれを不思議に思っているのは伝わってきた。
でも、気持ち悪いって言われたら俺はここにいられない。
せっかく一緒に住めているこの最高の状態をキープするには多分俺は感情を押し殺すしかないんだろう。
「でも、それが一番くるしいよ…」
俺の様子がおかしいのに、リボーンさんは気づいていてそのままにしてくれている。
きっと俺が打ち明けるのを待っていてくれているんだ、
だから、深くまでは聞かずにいつまでも待ってるって、そう…知らせてくれる。
優しい人だ、俺には勿体ないどころか…あんな人には素敵な恋人ができるべきなんだ。
こんな気持ちを、俺は誰に打ち明けたらいいんだろう。
誰にこれを吐きだしたら…いいんだろう。
男同士で、親戚関係、そのうえ歳の差…。
「あ、ありえない」
誰に打ち明けるどころじゃない気がする。
俺は食器を洗いながら再び深いため息をはいた。
そうこうしていれば時間が来て、俺は慌てて鞄をひっつかんだ。
そのままドアを閉めて鍵をすれば走り出す。
自転車をこいで学校に行くが、そのことばかりを気にしていて授業の内容も頭に入ってこない。
これは、テストやばいなぁと思うのに…いつもリボーンさんのことしか考えられない。
「綱吉…綱吉?」
「へっ!?ご、ごめん…聞いてなかった」
気づくと隣には佐条がいて二人で校舎に入っていく。
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる佐条の顔は心配そうに眉が下がっている。
「俺が変なこと言ったから気にしてるのか?最近上の空じゃん」
「そ、そんなこと…ないよ」
「嘘つくなよ、綱吉明らかにあのときから様子おかしいし」
俺は何とか誤魔化そうとするが佐条は許さなかった。
俺の肩を掴んで振り向かせ壁に背中を押しつける。
「なぁ、なにか隠し事してんなら話してくれないか?俺は、お前のこと大切に思ってるんだから」
「佐条…」
お願いだと俺の肩に頭を押し付けてくる佐条に悲しい気分になった。
俺がこうして悩んでいるから、それにつられて悩んでしまう人がいる。
俺は別にそんなことしてほしくないのに…そんなことを言っても駄目なんだろう。
こんな友達をもてて俺は幸せだと思う。
恵まれているんだ。
もうホームルームは始まってしまって下駄箱のある廊下は静まり返っている。
ここで打ち明けてしまおうかと思うけれど、無理だ。
佐条は撒きこむことはできない。
俺の問題だから、俺が自分で解決しないと。
「ありがとう、でも…大丈夫だよ」
「本当か?本当になにもないのか?」
俺は佐条の肩を押して顔を上げさせると笑みを浮かべた。
何度も確認されるけれど、それに俺は頷いた。
「そ…か…うん、ならいいんだ…教室いこうぜ」
「うん」
毒気を抜かれたように大人しくなった佐条を連れて教室へと向かった。
そっと教室に入ってやりすごして、安堵のため息を吐く。
そろそろ本気でなんとかしないと、やばい。
俺の何もかもが…終わっていく気がする。
「今の生活も、結構気に入ってたのにな…」
このままこの生活が終わったら、母さんに謝りに行こう。
俺がリボーンさんと仲良くできなかったからって。
仕方ないんだよ、俺は好きになったらいけない人を好きになったんだ。
「はいっ、皆のアイドル垣くんです」
「誰がアイドルなんだ?」
「やだなぁ、リボーンがそうやってため息ばかりつくからだろ?」
俺が元気づけてやろうと思ったのに、とテンションの高い垣に呆れたため息をついてやる。
酷い、と妙に演技して見せる垣にうざいやつと視線を向けながらも頭では綱吉のことを考えていた。
綱吉との距離感がつかめない。
あいつは何を考えているのだろう。
もっと単純ならわかりやすかったんだろうか。
そんなことはない、俺は今の綱吉も前の綱吉も好きなのだから。
あのときから、俺の想いは変わることなく大きくなるばかり。
こうして、大人という立場だからわきまえているだけだ。
本当なら、好きなだけ奪ってしまいたい。
「ほらほら、そうやって上の空…よくない」
「あのな、お前には関係ないだろ」
「関係あるって、それだけで飯がまずくなる」
「仕事中だ」
「…とにかく、悩んでるだろ?」
「それがどうした」
「飲みに行こう、ぜーんぶ打ち明けなさい」
垣の言葉に俺は尚更大きなため息をついた。
大体こいつは飲むためにしか生きていない、
何かあるたび飲みに行こうでは疲れてしまう。
「面倒臭ぇ」
「いやいやそこ面倒がるところじゃないから」
垣の相手が面倒になればパソコンに向きあった。
こいつと話しているだけで気力が消耗させられている気がする…。
「まぁ、ったく…あんまりこじらさないようにな。溜めこみ過ぎると、いつか爆発するよ」
そんなのはわかっている。
でも、限界なのは綱吉の方じゃないだろうか。
あんなに思い詰めるまで考えているのだ、爆発するまで待つのもいいかもしれない。
「俺も大概…気が長い」
あいつがどんな結論をだそうが俺は受け入れるつもりだ。
それが良いにしろ悪いにしろ…。
でも、せめて俺と離れるようなことだけは…一番なしにしてもらいたい。
仕事を終えて帰れば、いつものように食事の支度をして綱吉は待っていた。
俺は中に入ると鞄をおいて椅子に座った。
「おかえり」
「ただいま」
短い会話の後無言になってしまった。
チクタクと時計の秒針の音が聞こえる。
この妙に静まり返った室内、綱吉は何か言おうか言わまいか迷っているようだった。
俺は聞きたくなかったが、話してくれようとしているのを無視するわけにはいかない。
「何か言いたいことがあるのか?」
「…あの…ちょっと、お話しが…」
戸惑いながらも向かい側に座って切り出された言葉にいつもと違う感じがした。
そして、俺は唐突に思ったのだ…くる、と。
きっと綱吉の中で答えが出たのだ、
そして、それを俺に教えてくれる。
とうとう来てしまったこの瞬間に、焦っていた。
嫌になったから出て行きます、そういわれたらと考えて。
「えっと、なにから話したらいいのかな…」
「ゆっくりでいいから、全部話せ」
「全部…?」
俺はゆっくりと頷いた。
ここまできて必要なことだけ言って解決、なんてそんなものは期待していない。
「友達に…佐条ってやつがいて…」
綱吉の話しはそこから始まった。
ゆっくりと綱吉が悩んでいたことが明らかになっていった。
俺に必要以上に入れこんでいることから綱吉は悩み始め、よく考えてみればなんでこんなにも俺のことばかり気にするのだろうか、そこから俺が好きだと自覚したらしい。
そこまで聞いて俺はようやく肩の力が抜けた。
このままで終わってしまうのかと思っていた。
俺は、この感情を押し殺したままでいいと思っていた。
けれど、綱吉は俺を好きだと自覚して、悩んでどうしようもないことに至った。
俺は内心で喜んだ、こんな真剣な顔で告白されるなんて思ってなかったから。
「あのね、だから…俺、ここ出て行く」
「…は?」
俺は、つい…呆けた声をだしてしまった。
なにが、だから、なんだ?
どこからそんな結論がでたというのだ。
「どうしてそうなる?」
「だって、リボーンさんはそんなこと考えるやつと一緒に住んでていいの?」
「当たり前だろ」
「え、えぇっ!?」
俺の返事なんて聞かなくてもいいと思っていたのだろう。
答えたら信じられないと言った様子で驚くのだ。
どうしてそうなる、俺の気持ちなんか聞いたこともないくせに。
勝手に決めつけられたことに対して俺は怒った。
手を伸ばして、俺は綱吉の頬を思いっきり抓ってやった。
「いったぁぁいっ」
「放っておいたら告白でもしてくれるかと思えば、なんだそれは」
「なっ、告っ!?な、なに…!?」
戸惑っている様子の綱吉の頬をそのまま引き寄せた。
重なる唇。
俺はこれを我慢していたと言うのに、結局俺から手を出してしまった。
「キスの時は目を閉じるもんだ」
「あ、ごめん……じゃなくてっ、何いまの…なに!?」
「キスだって言ってんだろ、お前はそれも認識できない位子供なのか?」
「わかってるよ、なんで…なんで、リボーンさんが…俺にキス…」
自分の唇を押さえて混乱している綱吉にこうしてもわからないのかと呆れた。
(こいつ、もしかして鈍感なのか…?)
思い返せばそうとしか思えなかった。
それは、俺からいった方が…納得してくれるのだろうか。
そしたら、ここにいてくれるだろうか…。
「キスの意味もわからないのか。俺は、お前のことが好きだってことだ」
「う…そ……」
「嘘だったら、キスなんかしてねぇだろ」
ようやく理解してくれたらしい。
ああ、このあとどうなるか…なんて考えるだけで恐ろしい。
だって、こいつの母親は俺の姉貴だ…頭を下げる準備を始めなければならないかもしれない。
「綱吉…これで、お前はここにいてくれるか…?」
「…う、うん…いる」
けれど、目の前の綱吉の嬉しさで安心して涙を流すところを見てしまえば、そんなこと他愛もない障害になってしまうのだろう…。