◎ 瑠璃色の気持ち
じゅわっと卵の焼ける音が響く。
サラダを用意して、朝食の準備をする。
テーブルを見渡して満足げなため息を吐く。
そうして、俺は寝室を向く。
この部屋にはもう一人住人がいる。
俺の叔父さんで名をリボーンという。
俺はエプロンを脱いで、寝室のドアを開けた。
「リボーンさん、ご飯できた」
「ん……」
「起きてってば」
社会人だと言うのに、寝ている長身の男を揺すった。
それでもなかなか起きずに俺はひとまずはなれる。
どうしたものか…。
だが、最近になってようやく効率的な起こし方を覚えたのだ。
俺は耳元に顔を近づける。
「リボーンさん、起きてよ」
めいいっぱい甘えた声を出して囁けば、しばらく寝ていた瞳が開けられる。
俺はにっこりと笑って、早く起きてと一気にカーテンを開けた。
「眩しい、もうすこし優しく起こせ」
「いま、すごく優しく起こしたよ」
「まだ、足りねぇ」
「あのなぁ、俺は男でリボーンさんも男…それに彼女みたいに俺をあてはめるなって」
リボーンだってこの容姿ならモテ無いことはないと思うのに、と呆れて言えばそれが居たらお前がここにいることはないだろと一言で片づけられてしまった。
そうなんだよな、なんでリボーンさんは俺と一緒にいるんだろう。
俺がここに来たのは高校一年生入りたての時だ。
家から通うには今の学校が遠くて、母さんが弟の家に居候すればいいと、半ば強制的にここに送り込まれたのだ。
リボーンは俺の母さんの十も歳が離れている。
だからか、おじさんと言っても歳は二十五歳だから顔に似合わない。
最初こそぎこちなく過ごしていた俺達だけれど、なんでかその時からリボーンさんの視線は優しくて、初めて会ったのにそんな気がしなくて自分でもよくわからなかったのを覚えている。
『リボーン、うちの子綱吉をよろしくねっ』
『……は?』
『なぁにとぼけてんのよ』
まだ冬を残して、春の訪れが見えていたあの日。
俺はリボーンさんのところにやってきていた。
母さんは、リボーンさんは外見こそ怖いかもしれないけれど、弱いモノは放っておけない優しい人だからと言われて、了承したのだ。
だが、いってみれば本当に怖い顔をしていた。
今思えばあれは寝起きの顔だったんだなと思うが、あのときの俺は怯えるだけしかできなかった気がする。
『なんだよ、俺は聞いてねぇぞ?』
『この前言ったじゃない、綱吉を連れていくから居候させてって』
『………ああ、綱吉。大きくなったんだなぁ』
『え…?』
俺の名前を一度確かめるように呟いた後、俺の頭をクシャリと撫でてきた。
驚いて、一歩後退るがリボーンさんはさっきとは変わって、俺に笑ったんだ。
『そうよ、あの綱吉。いいでしょ?』
『まぁな…部屋も一つあることだし…』
リボーンさんは渋々と言った様子で俺を受け入れることを決めてくれて、俺をこの部屋に招き入れてくれたんだ。
そして、そのとき唐突に前髪をあげられた。
『?』
『傷残ってんなぁ』
『その子、その傷知らないから…あまり踏み込んでやらないでね』
『そうか、わかった』
母さんとリボーンさんとの間で交わされた言葉に首を傾げるが、そのあとには二人して笑みを浮かべて俺の背中や頭をぐりぐりと撫でてきた。
『綱吉、こいつに沢山迷惑かけてやりなさいっ』
『ぇえっ!?』
『いいのよ、リボーンって何もしないんだから』
『うっせぇ、これでもしっかり働いてんだから関係ねぇだろ』
俺は戸惑いながら二人を見ていたが、それが姉弟独特のコミュニケーション方法なんだと思えばなんだが羨ましくなる。
結局俺は一人っ子だし、なんでも言い合えるのが姉弟だと思うと羨ましかったんだ。
『綱吉、ほら…挨拶して』
『初めまして、沢田綱吉です』
『…ああ、よろしく綱吉』
一瞬、リボーンさんの瞳に影が差した気がした。
なんだか、すごく何かを寂しがっているような見えたそれはすぐに消えてしまって、俺が差し出した手をリボーンさんは優しく握ってくれたのだ。
それが、最初の出会い。
そうして、俺は家にお金を入れるとバイトしようとしたのだが、高校生はまだやらなくていいと一喝されてさせてもらえず、なんとか恩返しできないものかと始めたのが家事だった。
洗濯や掃除なら適度にできたし、料理に関してはすこしパソコンを貸してもらって調べ、見よう見まねで作ったりして鍛えた。
高校一年はあっという間に終わった。
日々が目まぐるしく、いろんなことに慣れている間に一年を終え、二年に入り、夏休みが終わったころ…ようやく、俺は最近のリボーンさんの変化を見つけた。
リボーンさんはいつも七時には帰ってきていた。
だが、ここ最近はずっと十時過ぎが多い。
ちょっと前までは九時や、八時だったのだ。
なんでかちょっとずつ距離を置かれている気がして、俺は不安になった。
「今日は?」
「ああ、昨日と同じだ。先に寝てろ」
ようやく起きてきたリボーンさんと朝食を食べながら俺は帰りの時刻を聞いた。
昨日と同じということは、また十時過ぎということだ。
その時間には俺は眠くて就寝していることがあった。
前に一度、リボーンさんが帰ってくるのを待っていたらすごく怒られた。
なんで怒られるのかわからずにいたら、気にするからだと言われた。
なら、仕方ないと俺は寝ることにしたんだ。
「わかった…」
「すまん、一緒に食べてやれなくて」
「ううん、ご飯食べてくれるだけでも嬉しいから…」
「いつもうまいぞ」
「ありがとう」
寂しそうに聞こえてしまっただろうかと慌てて言えば、くしゃりと頭を撫でられた。
なんとなく気を使うなと言われているのだろうと思って笑みを浮かべる。
「学校で何かあったら言え」
「うん、大丈夫だよ」
ごちそうさまと食べ終わって立ち上がるのを見れば俺も時間を見て食器を流しへと運んだ。
洗うのは帰ってきてからだ。
「それじゃ、いってくる。戸締り気をつけろよ」
「はーい、いってらっしゃい」
リボーンさんが鞄を持って玄関を出る音を聞くと、途端に静かになる部屋。
俺はそれを振り切るように自分も鞄を持ち、部屋を出たのだ。
鍵を締めて、自転車で学校へと向かう。
「おはよう、つなー」
「おはよう佐条」
学校につけば友達が声をかけてくれる。
それに返して、席に着けば俺は途端にでる欠伸を噛みしめた。
俺は勉強ができない、それは自分自身でもよくわかっている。
けれど、リボーンさんには迷惑をかけたくなくて必死で授業について言っている。
中学のころから俺を知っている佐条はその変わりように最初は驚いていて何が悪い物でも食べたのかとか煩く言ってきたが、居候している旨を伝えたらそうかぁとしみじみと頷いていたのを思い出す。
忙しく過ぎて行く学校生活はようやく俺に馴染んできた様子で周りを見れるようになってきたのも最近だ。
「今日、俺は当たるんだ…どうにかしてくれよ」
「俺もどうにもできないよ…」
「つな、知識が薄いぞ」
「それは佐条もだろ」
番号順に当たると言われてどうにもできるわけがなく言えば、頭をぐしゃぐしゃにして悩んでいるようだった。
そこまでは頭がよくない俺はその話しを丁重にお断りするしかなくて、そうして学校生活が過ぎて行ったのだ。
部活は家事をやるにあたってタイムセールとかに遅れることが分かったとたんに入るのは止めた。
食費も握らされている俺にとって浪費は無駄遣いと一緒だ。
っていうか、リボーンさんの食生活がすごく偏ったものだったから、少しでも栄養のあるものをと思ったのだ。
だって、一週間コンビニ弁当で済ませていたと聞いた時には本当にどうしようかと思った。
俺はというと、そんなものをあまり食べたことがない。
母さんは料理が好きだったし、俺に好き嫌いなく食べさせてくれたからだ。
だから、それを見習って朝食と夕食は俺が作ることにさせてもらっている。
昼食はというと、弁当までは用意しなくていいと言われて作っていない。
まぁ、正直こんな甥の作った弁当など持っていって何か言われたら、嫌なんだと思う。
バレンタインとかには沢山のチョコレートを貰っていたからモテないことはないんだと思う。
俺なんかに構わず、誰か作ればいいのにと…思った。
でも、それをされてすごくさみしく思う自分がいることも確かだ。
「ただいま…」
返事のない部屋にも慣れて、俺は時間があるため机にと向かった。
宿題を終わらせて、時間を見れば夕食に丁度いい時間だ。
今日は何にしようかなと考えて、ロールキャベツに決めた。
キャベツの特売をしていたから沢山余っているのを確かめ、俺は準備を始めたのだ。
出来上がり間近になって俺はちらちらと時間を気にする。
リボーンさんは帰ってくることはないと知っているのに、気にせずにはいられなかったのだ。
「リボーンさん、もしかして…恋人できたのかな…」
思えばすごく胸がギュッと締めつけられた。
苦しくて胸を掴めば、深呼吸する。
なんで、こんなにも気にしてしまうのだろう。
リボーンさんがこうなることはいずれわかっていたことなのに。
いざ、そうなってしまうと寂しさに認められないなんて…。
俺達の関係は叔父と甥でそれ以上でもそれ以下でもない。
出来上がったロールキャベツを食べて、片づけをした。
一人分の食事を残して、風呂に入る。
身体を洗って湯に浸かり、すっきりしてベッドに寝転がれば、睡魔が襲ってくる。
俺はリボーンさんしかいないからそう思っているだけだ。
これからは、自分の立場をわきまえなければいけない。
踏み込めないことがあるのを知っておかなければと、自分に言い聞かせていた。
でも、こんな生活が長く続いてしまうのなら…俺はいつか、壊れてしまいそうだ。
少しでも、顔を見たいと思うのは間違いですか…?
少しでも、話しをしたいと思うのは…いけないことですか…?
「わからない」
なにも、わからない。
誰か答えをください。
俺はこんなにも一人を味あわされている。
帰りたいよ…。
居候二年目にして、俺はこの生活に悲鳴を上げそうになっていた…。