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 ディータ・ディ・マーダ

「な、にするんだよ。人がみてたら…」
「見てねぇよ」
「浮気、になる」
「っ……」

唇を解くと我に返ったように唇をごしごしと拭っていて、その仕草が俺の心を痛めた。
そして、とどめが浮気の一言だった。
綱吉のことを浮気と言われたのはそうとうショックだったらしく、俺は言葉が出なかった。
そうなるようにニュースは流れていて、今の口ぶりからツナはニュースを見ていたのだろう。
だからこそ、今日はキスを強請らなかったし楽屋で二人きりを避けた。
綱吉の為とはいえ、大事にしたい本人からそんなことを言われてしまえばもうどうしようもなく自暴自棄になりたくなる。
いっそ、全部ばらしてお前がいいお前は俺のものだ、他を見るなと言えたらどれだけいいか…。
俺が何も言えずにいる間に本番が始まり、俺達はゲストとしてスタジオに入った。
いつもは喋るとどもったり滑舌悪くなったりする綱吉だが、その日は一度もつっかえることなく自分の言いたいことはしっかりと意見を主張していた。
俺はといえば、動揺していたせいかうまく言葉が出なかった。
俺だけが、乱されていた。




俺にとっては悪夢のような時間が終わってそのまま場所を移動する。
この後は小さなライブハウスでのゲストを務めることになっている。
普通に二曲歌って、アンコールがあればそのあとでるといった感じで客も俺達のファンとしているのではない。
それはある意味、俺にとって嬉しいことでもあった。
ファンであればきっと何かあるかもしれないからだ。
車で移動中、いつもは緊張をほぐすために話しを振ってくる綱吉は今日はやっぱり無言だ。
それほど、ショックだったのかと思えば少し嬉しくもあったりしてしまい、訳がわからなくなる。
俺からも特に話題が見つからずに、始終無言だった。

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「よろしくお願いします」

ライブハウスへと入れば、共演するバンドメンバーが挨拶に入ってきて俺達はそろって頭を下げる。
俺達の歌でもバンドを務めてくれるのだ。

「リボーンさんは、大変そうですがリラックスしてお願いしますね」
「はい、ありがとうございます」

隣の綱吉の肩が震えた気がしたが気にしないように装って笑顔で対応しておいた。
もうあの話しは噂となって駆け巡っているらしい。
本当に厄介なことだ。
メンバーが出ていったのを見れば、衣装に着替え始める。
その間も、無言だ。
いい加減俺は痺れが切れてきた。
このままライブに出てもいいことなどない気がしてきた。
俺は、綱吉の肩を掴むと今度はパシリと払われた。

「俺は、あんな女と付き合ってない」
「嘘言うなよ」
「本当だ、それはお前が一番よくわかってることだろうが」
「だって、だったらあんな写真どうしたらとられるんだよっ!?」
「あんなの、昔のに決まってんだろ。アイツとPVとったあと俺が送ってったことがあっただろうが。第一あの写真は半袖だっただろ」

季節が違うと言えば、ようやく俺の言うことを信じたらしくくしゃりと顔を歪めてとっさに俯いた。
今度は綱吉の肩を掴んでも抵抗されなかった。
そっと引き寄せればゆっくりと身体をあずけてくる。
誤解が解けたとわかれば、優しく頭を撫でるのも心地よく受け止めていた。

「でも、なんでそんな前のが今更出てくるんだ?」
「しらねぇよ、今日はちゃんと歌えるんだろうな?」
「ん、大丈夫…リボーンキスして?」

理由はやっぱりいうことができずに白を切り話しを切り替えると、さっきとは違い笑顔で頷きキスを強請ってきた。
俺はそれに笑みを浮かべてキスをしてやれば、二人で楽屋をでた。
舞台のそでからゲストとして呼ばれて出ていけば歓声が湧きあがる。
ただでさえライブハウスという狭い場所で音をじかに聞けている中に飛び出していけばますます客のテンションが上がっていく。
その中で声を張り上げて歌った歌は最高に気持ち良くて、堪らなかった。
綱吉も楽しそうにしていて、顔を見合わせた瞬間に笑みを浮かべた。
ずっとこんな時間が続いていけばいいと思った。
それほどに、このライブは楽しくて時間も忘れてしまうぐらいだった。

「みんな、もっと高く跳べよ!!」

叫ぶままに皆が跳ね、床が揺れるそれすらも心地がいい。
それなのに、一つだけ不協和音が混じった。

「この、ホモ野郎っ!!」
「は?なにいってんの?」
「こいつら付き合ってるんだぜ、ニュースになってた女の方のブログ見たらそうやって書いてあったんだ」
「え、うそでしょ?確かに仲はいいと思うけど」
「やだぁ、気持ち悪い」
「それって事務所公認カップルってこと?そんなとこ行きたくないよね」

そこから一気に話題が浸透していきライブ会場の熱は一気に冷めていった。
それでも俺は歌い続けていた。
歌わなくてはいけないと思っていた。
何があっても揺らいではいけない…。
それなのに、綱吉の声がだんだん小さくなっていくのを知る。
歌が終わるころには、もう誰も何を言うでもなく立ちつくしていた。

「ありがうございましたっ」

無理やり終わらせて、俺は綱吉の腕を無理やり引いてそのまま舞台を降りた。
綱吉はもう喋れるような状況ではなかった。
俺は共演させてくれた人に頭をさげて謝った。
こんなことになるなんて思ってもいなかった。
どうしてだ?
俺の何が悪かったんだ?
楽屋に入り、いつまでも無言の綱吉の顔を覗き込んでいた。
顔は蒼白に近く、ショックを受けているのは明白。
こうなることを一番嫌がっていたのは綱吉だ。

「大丈夫か?すまん、たぶん俺のせいだ」
「っ……」
「口があるだろ、言いたいことがあるなら言え」

それでも否定するように綱吉は首を振った。
いつまでも声が聞けなくて、なんで喋らないんだと聞けば口をパクパクとさせている。
最悪な考えしか浮かばなかった。
俺はすぐにマネージャーに電話をかけて車を呼んだ。
すぐに、病院へ行かなければならない。
こいつの声がなくなることが、俺達の終わりを示しているからだ。

「早く乗ってください」
「わかった」

楽屋から出て、人目につかないように車に乗り込んだ。
多分こうなったのは俺が原因だ。
俺が付き合うなんて言わなければ、こいつに何の患いもなく歌わせてやることができたかもしれないのに…。
俺がもう少し注意していれば、こんなこと起こりもしなかったのに。

「すまん、ツナ…俺が、油断しなければよかったんだ…」

ずっと俯いたまま何を思っているかも知らずに自分の感情を吐露し続けた。
こんな風にしてしまったのも、俺のせいだ。
ただでさえ人の視線を気にするのに、これではこいつのお荷物は俺じゃないか。

「俺達がこうならなかったら…つきあっ」
「っ……っ…」

独り言のように言おうとした言葉を綱吉の掌が俺の口を塞いだ。
顔をあげた綱吉は瞳いっぱいに涙を溜めて、これ以上言ったら許さないと唇を震わせていた。

「こ…な、こと…俺は…の、んでないっ…お、は…おれは、りぼーんといるの…嫌だなんて思ったことないよっ、後悔したこと…ないよ…」

ぼたぼたと涙が車のシートを濡らしていくのも構わず綱吉は叫び続けた。

「それいじょ、言うなら…もう、お前の好きな声なくしてやるっ…もう、こんなのいらないっ…リボーンと一緒にいられなくなるぐらいなら…いらない…」

あろうことか綱吉は近くにあったボールペンを手にして自分の首筋に突きつけるのだ。
それだけはやめてくれと綱吉の手をとれば力なく俺の肩に額をあずけてくる。

「ね、リボーン…おれ…うたいたい…」

ずびっと鼻をすすって呟かれた一言に、俺はどうしようもなく掌を握りしめることしかできなかった。




病院に着くなりすぐに検査を始めた。
レントゲン、触診、どれも問題はなかった。
喉に異常がないとなれば、問題はやはり一つしかない。

「心因性のものですね」
「治るのか?」
「一時的なストレスで声が出なくなったのなら、すぐに戻ると思います。もう結構喋れてますから、ですがこれが慢性的に癖になってしまえばこういったストレスを感じるたびに声が出なくなってしまう可能性が出てくると思います、とりあえず安定剤を処方しておきますね」

それはもう綱吉が人前に出るのが難しいと言っているようなものだ。
今回のことがトラウマにでもなったりしたなら、きっとこいつはまた声が出なくなってしまうだろう。

「僕は社長に連絡してきます。二人は今日はもう遅いので帰ってください、リボーンさん綱吉君についててあげてください。もう隠す必要もないですから」

マネージャーのその言葉はもう俺の綱吉接近禁止令の解除が明け渡された証拠だった。
実際離れていた期間なんてほとんどない様なものだが、会ってはいけないというその事実だけで俺はショックを受けていたのだ。

「ツナ、帰るぞ」
「ごめん…俺、リボーンの足引っ張ってばかりだ」
「それは、俺もだから気にするな…それより、お前に隠してたこと話すから帰るぞ」

もう失くすものなどないはずだ。
俺は打ち明けるつもりで、綱吉を俺のマンションへと誘った。







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