パロ | ナノ

 アマレッティ

腕の中ですやすやと眠る相方を見つめる。
昨日は少しばかり激しくし過ぎた。
もう止めてという綱吉を追い詰め、綺麗な高音を奏でるその喉元に噛みついた。
俺より高いその声が綺麗だと思っていた。
最初に対面した時から…。



「君は、高い声が出ないのかな?」
「……」
「それじゃあ、ソロは無理だねぇ。あ、そうだ。君にぴったりな子を紹介してあげよう」

その当時、少しは歌が人より上手いと思っていた俺は、お金を払って養成所へと通っていた。
そこで声をかけてきた、事務所の社長。俺はすぐにでもソロで歌わせてもらいたいと思った。
けれど、現実は厳しく自分のこの高音の出にくい声が邪魔した。
だが、次に言われた言葉に俺は希望を持って顔をあげた。
綱吉くーんと呼ばれて慌てて走ってくる音がする。
部屋に入ってきた奴の顔を見た瞬間、俺には敵対心が芽生えていた。
顔には所々転んだと思われる切り傷、いかにも馬鹿そうな顔。

「この子と二人ならデビューさせてあげるよ」
「え?」
「本当か?」
「うん、二人仲良くできるでしょ?」

社長の言葉に俺は二つ返事で頷いた。その時の綱吉の顔はと言えばすごく驚いた顔をしていて、まったく雰囲気の違う自分たちが仲よくなるなんて、できる気がしなかった。
「よしよし、ならこれ君たちの歌。上手く歌えたらCDにしてあげる」

今思えば、社長も結構変なやつだった。
それなのに、俺は目の前の憧れたステージを仄めかされ渡された譜面に目を通したのだ。
俺は、そのまま綱吉と呼ばれていた男を放って帰った。
他の奴なんて知らない、俺だけが目立てばいい。
なんとも自分勝手だと思うが、先が見えない職業に就こうとしているからこそだ。
チャンスがあるなら掴んで見せる。




後日、指定された日に発声練習をして収録スタジオへと向かった。
見学でしか見たことのなかった収録スタジオ、マイクの前に立てば柄にもなく緊張して、隣にいる綱吉を見れば見るからにがちがちだった。
この曲は二人で歌うものだ。
どちらかが足を引っ張れば必然的に二人ともなかったことにされてしまう。
俺は今更ながらそれを思い出せば、相手のことが気になって仕方なくなった。

「おい、歌えるようにしてきたか?」
「う、うん…してきた」

俺が心配で言えば、小さな声でしっかりと頷く。なんでこいつは歌手になりたいと思ったのだろう。
こんなにも緊張してるくせに。
普通、少しぐらいの緊張は気分を落ち着けてみせるものだが、こいつはいつまでも緊張していてつい目が離せなくなってくる。

「緊張すんなよ」
「…頑張る」

緊張するなと言われて緊張しないでいれたら苦労しないと言い返されてもいいはずなのに、綱吉は俺にふわりと笑うと頷いたのだった。
なんで、ライバルだというのにこいつはそんなにも暢気でいるのだろう。
もしかして、本当に仲間だと思っているのか?
それだけは勘弁してほしい、まだ顔すらまともに見つめたこともないというのに…。
そして、マイクテストをして二人で息を合わせて歌い出した。
最初こそ良かったものの、サビまで来るとすっかり音程がめちゃくちゃだった。
そのたびにストップをかけられ、何回も取り直しをした。
それなのに、一回も上手く歌えていない。
練習はしてきたと言っていた、それなのになんでここまでできないのか…。

『ちょっと休憩入れようか?』
「え…」
「お願いします」
「ちょっと」

マイクで声をかけられ、俺はすぐに頷いた。
こんな状態でいいものができるとは思わなかったからだ。
それに、どうしてこんなにどうしようもなくなっているのか気にもなっていた。
監督をしてくれていた人たちは休憩にとスタジオから出て行って、ようやく俺は綱吉をまっすぐに見つめた。
すると、そいつは怯えているというより困っている顔をしていた。

「なんでこうなってんのか知ってるのか?」
「俺が…悪いんだ」
「わかるように話せ」

聞く話によれば、綱吉は極度の人見知りだそうだ。
そんなのでよくこの仕事をしようと思ったなという言葉はかろうじて飲みこんだ。
そして、その人見知りが行きすぎると緊張につながり、緊張すると高音が上手く出なくなるらしい。
だから、高音の場所ばかり音外していたのか。
俺はようやく納得して、こいつの本来の声を聞いてみたくなった。

「アカペラで歌えるか?」
「え…んと……歌える」

なら歌ってみろと促せば、さっきのボロボロな声とは違い澄んだ綺麗な高音が室内に響いていた。
練習したといったとおり、完璧な出来だった。
ただ、緊張していた…それだけだ。

「あの中に知ってるやついたか?」
「…一人だけ、知ってる人いた」
「なら、その人に事情話して人を減らすか?」
「だ、大丈夫…ちょっと休んだし…今歌えたし」

気を使っているのかぶんぶんと首を振って遠慮する。
まぁ引っ込み思案とか人見知りってこういうもんかと少し悩んで、周りを見回した。
すると、やっぱり俺が探していたものがちゃんとそこにあってため息をつく。

「わかった、じゃあ再開するか」
「…うん、ありがとう…ございます」
「そういや、お前何歳だ?」
「うーんと、20」
「俺は22、リボーンだ。よろしく、綱吉」

そういえば自己紹介もしてなかったなと苦笑を浮かべながら手を差し出せば、一瞬戸惑いながらもぎゅっと握りしめてきた手は緊張からか濡れていて思わず笑ってしまった。

「なんでこんなに緊張してんだよ」
「だ、だって…上手く歌えるか、不安で」
「大丈夫だ、俺はお前の声好きだぞ?」
「ほ、本当!?」
「ああ、だから自信もて」

褒めれば、異常なくらい喜んでつられて俺も嬉しくなる。
なんだ、こいつ…すごい面白いじゃないか。
こいつとなら、この先やっていける気がする。
社長が適当に選んだだけだと思っていたが、これは案外…。

『なんか、僕たちがいない間に仲良くなったみたいだね』
「あ…」
「コイツ緊張するみたいなんで、カーテン引いて良いですか?」
『そうか、まだまだ最初だからね。いいよ』

一番親しげな人がカーテンを引くことを許してくれたおかげで俺は視線を遮ることができた。
最悪音声だけ拾えればいいのだ。
こうしてやれば、こいつの最高の声が引き出すことができる。
俺はいつしか、綱吉の声に魅了されていた。
曲が流れて、歌い出す声はやっぱりどこか澄んでいるような気がして、その優しい声に逆らわないように重ねていく。
呼吸を合わせて、最後まで一気に歌いきった後には二人して顔を見合わせて喜んだ。

『綺麗だよ、ここまでできるならCDになっちゃうかもなぁ』
「「ありがとうございますっ」」
『お疲れ様、今日はもうあがっていいから』

こうして、俺達ドルチェの最初のデビューCDができたのだ。
でも、発売は半年後でその間、名前を売るためにいろんな場所で歌を歌った。
綱吉の人見知りも、少し暗示をかけてやればよくなって、人に慣れてきていたようだった。




そして、四年の月日がたった今は、かけがえのない相方であり恋人だ。
こいつがいなければ、自分よりすごいものがあることに気づけなかった。
何にも必死で、必死過ぎて時々見ていられなくなるぐらいだ。
そんな綱吉のストッパーになれればいいと最近は思うようになってきた。
そして、自覚したのだ。
綱吉がいないとどうしようもできなくなっている自分を。
こんな関係が許されるはずがない。
だからこそ、この秘密は守り通さなくてはならない。
誰にも言えない、二人だけの秘密。
腕の中で眠る綱吉が小さく身じろいだ。
ああ、そろそろ時間だ。
寝起きの悪い綱吉を起こすために、俺は耳元に唇を寄せたのだった…。








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