◎ 微かな好意
この春、俺とリボーンは引っ越しをした。
教師の都合で転勤しなければならないらしく、俺はそれについて行く形での引っ越しとなった。
長くバイトしたコンビニでは三咲ちゃんが悲しんでくれたが、ついて行かなければならないんだと説明したら「綱吉君がそういうのってすごく意外。あの人のこと大切なんだね、私のことできたら忘れないでくれたら嬉しいよ」と泣きそうな笑顔で見送ってくれたのだ。
大切…なのかな。
リボーンとこういう関係になってから五年ほどが経過していた。
三咲ちゃんにもリボーンのことを話して、これからかもしれないと思っていた時期の突然の転勤だった。
リボーンは受け持っていた生徒に少し思いを残していたようで、残念そうにしていた。
いつもあいつらは碌でもないとか、仕方ない奴らだとか言っていたが立派に思い出も詰まっていたらしい。
俺はリボーンの部屋に居ながら払い続けていた自分の部屋をこの度手放すこととなった。
俺は小さくため息をついた。
逃げたい時はいつもあの部屋に逃げていたのだ。
もうそこがなくなってしまえば、俺は今度からどこに逃げればいいのか、と。
こんな見知らん土地で不安がないわけではない。
けれど、このままリボーンと離れるのは嫌だった。
幸い俺はいつ辞めてもよかったので、そのまま辞めてきたのだがこっちで新たなバイトを探さなくちゃならなくなった。
憂鬱でしかない。
「大丈夫か、ツナ」
「ん…平気」
荷物を運んできたリボーンに声をかけられて頷いた。
さすがに俺の逃げ込む部屋がないと困ると思ったのかこのマンションの部屋は二つあった。
俺の部屋とリボーンの部屋だ。
俺の荷物は運び終え、リボーンは自分の荷物を運んでいた。
俺は段ボールを開けて中からものをだして置かれていく家具にいれていく。
そして、そこには俺とリボーンと女の子二人が写った写真立てを見つけてそれを取り出した。
これは俺が初めてリボーンの学校の文化祭にいったときに撮影されたものだった。
「校門に着いたらメールして待ってろ」そうリボーンに言われて俺はメールをするとガヤガヤと煩い校門前に立っていた。
久しぶりの中学校に自然と身体がこわばり緊張を表す。
中学もまともに通ってなかったから、懐かしいというより緊張だ。
俺よりも年下の子供がはしゃいで露店をやっている。
不思議な光景だった。
「待ったか?」
「…リボーン」
声をかけられて振り返ると、視線を集めた。
なんだろうか、女子の視線が俺とリボーンに集まっている気がする。
その間にもリボーンは俺の手を掴む。
一瞬身体を引きかけるが、はぐれるだろと言われれば従うほかない。
「何が見たいとか、あるか?」
「…教室」
「…わかった」
出しものの方で聞いたのだと後からわかったが、リボーンは何を言うわけでもなく俺を校舎の中に案内してくれた。
生徒たちがリボーンを見て話しかけてくる。
この中学ではなかなかいい先生をやっているんだというのは雰囲気で伝わってきた。
生徒たちの視線が信頼しているそれだったのだ。
「せんせー、うちのクラスきてよー」
「こっちもー」
「いかねぇよ、見回りだ見回り」
俺のことを匿いながら廊下を歩いて行く。
いいのかと声をかけたけれど、いいんだと短く切り捨てられた。
「あ…」
「なんだ?」
「なにも使ってない教室」
「…入るか?」
そこのクラスの出し物は体育館でやっているらしく休憩室になっていた。
机を並べ変えて利用しやすいようになっていた。
俺はそこに引かれるように入れば、黒板には大きく文化祭最高、とピンクや黄色を使って書かれた文字があった。
懐かしくて、リボーンの手を離すとそこに向かって歩きそっと触れる。
「後悔しているか?」
「…してないわけ、ないだろ。でも、過ぎたことだから、いいんだ」
リボーンの声が沈んで、俺は慌てて首を振る。
なんだか、意外だった。
そんなに気にされているとは思わず、俺はリボーンを見ると、少し座るかと椅子に促された。
「ツナ、俺はお前のためになにかしてやりたい」
「変だよ、リボーンは俺をいじめた側の人間だろ?」
「今は違う。今は、お前の味方だ」
真摯に告げられる言葉に、まるで時間が止まったかのようだった。
それは、多分リボーンの本心なんだろう。
嘘をついているのだとしたら、こんな風に学校に呼んだりしないし…ましてや、俺と一緒に住むということすら嫌悪するだろう。
信じたい、けれど…俺の中に残る不安がそうさせない。
それは騙されているんだと、また裏切られるんだと叫ぶ。
それに、抗いたいと思い始めてきた。
「あっ、リボーン先生居たっ。お客さん連れてるんだって?」
「お前ら…」
「文化祭の思い出づくり…どうですか?」
「え…あ、の…」
いきなり乱入に俺は驚いて、顔を覗きこまれると少し緊張する。
すかさずリボーンが、俺の前に手を出してきてこら、とたしなめる。
「こいつは人見知りするんだ、あんま近づくな」
「え、ごめんなさい。でも、写真一枚だけ…いいですか?できれば、学校用に二枚欲しいんですけど…」
「だから…」
「いいですよ」
女の子の申し出を俺は頷いた。
追い返そうとしてくれたリボーンには少し感謝するが、なんだか彼女達と俺との差が心に響いた。
むかむかというか、ぐちゃぐちゃというか、なんかそんな言葉では表現しきれないような感情。
俺は立ち上がり、黒板の前にリボーンと立たされ、その両側から女の子二人がピースをする。
俺も一緒になってピースをして、リボーンはなんだか納得してない顔。
二回シャッターが押されて、ポラロイドだったため一枚を俺にくれた。
「ご協力ありがとうございましたっ」
「こちらこそ、ありがとう」
ぺこり、と頭を下げる女の子たちに元気だなと笑えば、きゃぁあっと声を上げて教室から出ていってしまった。
なんなんだろうとリボーンを見れば、いいからとまた手を引かれて、校内を歩き散策した後終了時間に俺は帰されたのだ。
後から思えば、その感情は嫉妬だったんだと五年経った今ならわかる。
初めて抱いたリボーンへのプラスの感情。
そのあと、俺は思いきって恋人の様なそうでないような曖昧な関係になったのだ。
今でも、その距離は変わらず…変わったと言えば俺が良く笑えるようになったということだろうか。
楽しいことが増えて、今まで以上に笑っていることが多くなった。
それが、リボーンの影響なのかもしれないと思ってしまって、だから今回の移動にも思い切ってついてきたのだ。
ただ、リボーンはそのつもりで部屋を選んでいたわけなのだが…。
写真立てを綺麗に見える位置に置くと俺は自分の部屋も整理しはじめる。
リボーンは書類やらなにやら、学校で使っていたものを持ち込んで、ごちゃごちゃになるからあっちにいってろとの言葉に甘えることにした。
しばらくすると、リボーンは俺の部屋を覗きにやってきた。
「終わったか?」
「うん、大体は」
「なら、飯にするか」
今日はリボーンが作ってくれるらしくキッチンへと立った。
俺は風呂の準備をして置き、リボーンの部屋を覗いた。
書類や本はしっかりと片づけられて、引っ越す前の状態に似ていた。
そして、大きなベッドが窓の近くに置かれている。
俺の部屋にはシングルベッドで、リボーンの部屋のはダブルベッドだ。
「ねぇ、俺だけ小さいベッドなの?」
「ああ、お前は俺の部屋で寝るからお前の部屋のは仮眠用だ。それと逃げ道」
リボーンの背中に問えばそんな声が返ってくる。
俺はリボーンの一言に驚いて、動きを止めた。
あの部屋を手放すとき、躊躇ったそぶりは見せなかったしリボーンの傍に居られなくなった時の逃げ場所にしていたなんてことは一言も言ってなかった。
それなのに、何で知っているのか。
「なんだ、俺が気付いていないとでも思ってたのか?」
「へ?」
「お前が本当に逃げる場所を失くしてしまったら、苦しませるかもしれないからな。壁一つあるだけでも違うだろ?」
くしゃりと髪を撫でられた。
リボーンに触られることにも、慣れた。
リボーンは少しずつ俺の中に入ってきて、俺が許したところまで近づいてくる。
今日はここまで、と一歩ずつ近づくように俺の恐怖を煽らないように。
五年間、それを続けているのだ。
背中を向けているリボーンは、なんだか楽しそうで…俺は胸が苦しくなる。
「リボーン」
「ん?」
「なんで、そこまでするの?」
「そんなの、お前を大事にしてるからだぞ」
身体の関係だって、今でも怖くなる時がある。
リボーンの望むままはできていないかもしれない。
それなのに、どうしてそれでいいなんて言えるんだろう。
「リボーンって、俺のこと好きなの?」
「言い続けてるはずなんだがな」
苦笑を浮かべて、料理を盛り付けた皿を蓋つもちテーブルに並べた。
「そっか…」
ようやく、と言っていいほど遅く俺は腑に落ちた気がした。
信じてなかったわけじゃない。
いつもリボーンの声は真剣で、俺のことを思っていてくれているのだとわかっていたつもりだったけれど…。
こんなにも、まっすぐに想われているだなんて…それはそれで恥ずかしくて、顔が熱くなる。
ふっと気付いた時にはリボーンの手が俺の頬を撫でてきた。
「ツナ…今日、抱くぞ」
「り、ぼ…」
「嫌なら、あの部屋に逃げとけ」
そんな優しい声で、言われて誰が嫌だと逃げられるのか。
少し前なら、逃げていただろう。
でも、俺はリボーンの優しさを少しずつ教えられてきて、感情にも反応することができるようになった。
リボーンの想いは本当なんだと思えて、それから…それから、あとは…何が必要…?
ご飯を食べて、綱吉が湯を張った風呂に交代で入った。
俺が出てくると、寝室のベッドにちょこんと座っていて、これが初夜だと気付いているのか。
いや、あいつはあれで結構…年なところがあるから気づいてもないだろう。
教える気もなく、ここにいてくれたことに安堵しながらベッドにあがる。
その日、綱吉は眼鏡をしたままだった。
コンタクトだった綱吉は、最近では眼鏡で過ごしていることが多くなっていた。
聞いたら、コンタクトは最初から好きでつけていたのではないようだ。
自分の外見を少しでも変えたくて、やっていたことなのだと聞いて苦笑してしまった。
その話しを聞いて以来、少しずつ眼鏡の機会が増え、最近では眼鏡でいる方が多かった。
今日は俺を認識させたまましてみたくて、わざと眼鏡を外さないままキスをしてやった。
「ん…りぼ、ん…」
「今日は、外すなよ」
眼鏡をとろうとする手を掴んだ。
なんでだと視線で問いかけるのに、そろそろ見ていてくれてもいいだろう?と首を傾げて言ってやると逡巡した後力を抜いた。
「怖かったら、すぐに言え」
「…わかった」
よしよしと頭を撫でて額にキスをすると綱吉の身体を押し倒した。
深く口付けながら服を脱がす。
少しずつ露わになる肌に唇を移動させた。
首筋から胸にかけて、ちゅっちゅっと音を立ててキスをする。
綱吉の身体は敏感なようで俺の唇が触れるたびにぴくりと反応していた。
ゆっくりと刺激し、どうしても緊張に固くなる身体が弛緩した時が許された時だ。
今日はなんだか、反応が早いように見える。
臍のあたりまで唇を落としていくともう自身が緩く立ちあがっていたのだ。
俺はそれを手に取ると指先で軽く撫でる。
息を乱して感じる姿に、これにも慣れたなとこっちも詰めてた息を吐き出す。
「つな…」
「ん…?」
「感じてるだろ」
ふるりと首を振る。
わからせるようにそこを扱けば、小さく声を上げて耐えられないとシーツを握る。
腰を逃がそうとしていて、それを引き寄せもっと刺激をおくると、か細い声で喘いだ。
「あっあっあっ、やめ…だめぇ…はぁっ」
「このままいけよ」
「ん〜、やっ…ああっ、あー…!!」
かりかりと俺の手を引っ掻きながらも快楽に耐えられず白濁を放って、身体を弛緩させる。
これで大抵よくなる。
俺は足を開かせると秘部にローションを垂らした。
「ひ…」
「今日はどうした?」
「な、にぃ?」
「もうひくついてるじゃねぇか」
「や、いうな…って」
身体の反応がいつもより早いことを聞けばなんでもないと首を振る。
自分でもわからない様子にしかたないと行為を続けることにした。
指をいれると柔らかく絡みついてきて、本当にこっちが求められているようだ。
いつもなら少しの抵抗があって散々慣らしてようやくいれることができる場所なのだ。
次々と指を飲み込んであっという間に三本を吸っている。
「ツナ、いれるぞ」
「ん…いいよ」
か細く聞こえた声に、俺は指を抜くと腰を押し進めた。
背が反り、俺のを飲み込む綱吉。
身体がぬるりとして、下を覗き込むと綱吉は二度目の絶頂に達したようだった。
感じすぎるのかと身体を撫でてやると小さく喘ぎを漏らす。
「つな、わかってるか?もうイってるぞ」
「え?や…ちが、やだ…やだ、あっ…みないで」
見せつけるように指先に付けて目の前で指を開いてやれば顔を真っ赤にして俺の手を押しのけてくる。
その反応が可愛くて、つい、意地悪心に火をつけた。
「みせろ、俺だけに全部見せろよ。ほら、先端開いてるぞ…糸引いてやらしいな、ツナ」
「ん…やっ…やぁ、あっあっ…だめ」
みないで、と泣きだして自分の顔を腕で隠してしまった。
しゃくりあげ我に返ると、ようやく自分のしでかしたことに焦る。
かわったと思っていたのに、なにも治ってない…。
自分に呆れながら腕を解いて逃げようとするツナを優しくベッドに縫いとめた。
「ツナ、すまん…逃げるな」
「やぁ、やめてやめてぇ…」
悲痛な声に俺は仕方なく腰を引きかけるが、ちがうと首を振り足が腰に絡んできた。
「これじゃ、離れられねぇぞ」
「ちが、そうじゃ…ない…ふっ」
なにが違うんだと答えを待つが、綱吉は泣きながら腰を揺らす。
それが、いつも感じる場所に擦りつけているのだとわかったとたん、俺の中で何かが切れる音がした。
「アッ…ちょ、まって…まって、あっあああっ」
「感じてるんだろ?だったら、感じさせられてろ」
腰を打ちつけるとそのうち怖い、奥怖いと泣きだしてそれは逆効果だと拍車をかける。
腰を掴み最奥を突き上げ、涙を流しながら白濁を吐きだし続けていた。
綱吉の手が俺の腕を掴んで、その指が縋るようにされているようで思わず抱きしめていた。
隙間なくぴったりと肌をくっつけていると耳元で喘ぎ声をもらし、理性も飛んだ様子で腰を揺らしている。
可愛いと頭を撫でて、ようやく一つに慣れたような充足感を味わいながら、最奥を突き上げ綱吉が白濁を放った瞬間、俺も中へと注いでいた。
綱吉の身体は途端に弛緩し、ベッドへと倒れるのを腕で支えて寝かせてやる。
少しやり過ぎたかと気絶している綱吉の髪を撫でて、耳元で小さく謝った。
俺は、好きの定義がわからない。
ただでさえわからないのに、殺したいほど嫌いだったリボーンに至ってはどこが好きなのか未だにわからない。
けれど、少しずつ俺の中を侵食してくるリボーンはどこまでも優しくて、ときどきどうしたらいいかわからない。
目を開けると、横にはリボーンがいた。
俺を抱きしめるようにして眠っていて、セックスしていたのに身体がべたつかない。
よく見ると俺は服を着ていた。
身体も拭かれたようにべたべたしていない。
そういう、些細な心づかいが俺を混乱させるんだ。
「最近、困ってるんだ…お前に触られるのが嬉しくて、そのたび混乱してる。こわい…俺が俺じゃなくなってしまうのがわかって…このまま、愛されたいのに…こわくて、不安だ」
ぽつりと溢す想いは誰にも言ったことのない気持ち。
ダメなのに、止められない。
優しくされるたび、リボーンが笑う度、俺はどんどん怖くなる。
このままいったら、また裏切られてしまうんじゃないかって思う度身体が動かなくなって呼吸も辛くなって…どうしたらいいかわからない。
泣きそうになっていると、リボーンの腕が俺を引き寄せた。
「リボーン…?」
「独りで泣くな、俺が全部答えてやるから。綱吉、いい加減認めろ…もう、お前は俺のことが好きで離れるのが不安な位なんだ…許さなくていいから、愛されたいって言えよ。そしたら、俺はお前のことを全部で愛してやる」
涙を拭う指先、リボーンの声は少しかすれて響いた。
まっすぐに見つめてくるその瞳は嘘をついているわけじゃないのは明白。
俺は、無言のままリボーンの腕の中に居た。
数分は悩んだだろう。
じっと考えて、俺は一つの結論に至った。
「たぶん、俺は好きなんだ…リボーンのこと。だから、愛して…俺のこと、好きで、いて」
「ったりまえ、だろうが」
伸ばした手は、やすやすと握られて痛いぐらいの力で抱きしめてきた。
それが、なんだかリボーンが泣いているような気がして俺もいつの間にか泣いていた。
眼鏡が外されているからよくみることはできなくて、でも。この瞬間は同じ気持ちを抱えているんだとわかった。
ようやく、新たな一歩を踏み出せたようなそんな気分。
こうして、俺達はお互いの距離を縮めていくんだと思った。
許せなくても愛していて。
END