◎ 待ち焦がれて…そして
その日俺は信じられないものを見た。
バイト先でつけていたテレビから流れるのは今日のニュースだ。
この近くに警察署があり、さっきからパトカーのサイレンが煩く鳴り響いていた。
一体何があったのか、俺はただならぬ不安を感じていた。
そして、テレビのアナウンサーがただ今入ったニュースですと続けたことで俺は顔をあげていた。
内容はこの近辺で警官を拳銃で撃ち重傷を負わせた事件が発生したというもの。
『現在まだ犯人は捕まらず、捜索が続けられています』
もしかして、という不安。
でも、あのリボーンがこの事件に絡んでいるという確証もない。
時々俺の顔を覗きにやってくるが、その日は来なかった。
来ない日なんて結構あるし別に気にしてはいけない。
「綱吉君、なんだか顔色悪いわよ?」
「大丈夫です、おばさん」
「今のニュース気になるの?」
「…はい、少しだけ…」
言われてしまえば否定はできない。
頷けばそういう仕事だからねぇと暢気な声が返ってきて俺は顔をあげた。
「危険なんて、あの人たちはいつもだろうさ」
「…でも」
「そうやって心配してくれる人がいるからがんばれるんじゃない?」
ぽすっと頭を撫でられておばさんを見れば優しげな笑みを浮かべている。
それで少しばかり不安が解消され、その日は何とか乗り切った。
帰ってきて、待ってみるもリボーンからの連絡はない。
これまでも忘れられているなんてことはよくあったから、きっとそうなんだと思う。
ご飯を食べ、お風呂に入り朝洗濯されるようにと予約をする。
いつもの日常を繰り返した。
リボーンに言われたからだ、やらないと怒られる。
そうして、一つだけのベッドで眠った。
眠って、朝起きて…いつもの時間に起きてしまってリボーンがいないことを実感する。
一人離れていたはずなのに…。
付き合ってくれた男はいた。俺の身体目当てに、抱かれてそれでもご飯を作ったり家事をしたり…そして、バイトを探して…。
相手がどこぞで女を作って帰ってこないことなんてよくあった。
一人で勝手にご飯を作って食べて、相手の分は冷蔵庫にしまって。
同じベッドだけれど、隣にいないことがむしろ嬉しいとさえ感じていたあの時。
今は違う、少しでもリボーンがいないと心配になるし、遅くなる時はメールしろと言ったのもリボーンが初めてだ。
なんでか、依存させられていてリボーンがいつ帰ってくるのか心配で、不安で夜も満足に眠れていないような気さえする。
朝方予約しておいた洗濯機がまだ終わってなくて俺はそれを眺めていたけど、壁に寄りかかるとずるずると力なくその場にしゃがみこんだ。
「生きてるなら…メールぐらいしろよ」
嫌なことばかり考えてしまう。
俺のことなんてきっと家政婦かなんかだと思っているんだ。
でも、いい…リボーンだけなら許す。
それぐらい、なんでもしてあげる。自分でもちゃんと服を片づけるようにしたし、一人で居てもちゃんとご飯を作るようにしたよ。
もう自分を投げやりにしたりしないから、だから。
待てど暮らせど、リボーンからの連絡は一切やってこない。
もうこれで一週間が経過しようとしている。
忙しくなる、だから連絡できない…納得できる内容だが、かつてこれほども忘れられたことなどない。
まさか…なんて妄想はし飽きた。
俺はただリボーンが帰ってくるのを待ちながらバイトに通い続けている。
バイト先のおばさんとおじさんはそんな俺を心配してか、最近よく声をかけてくれるようになった。
話しをすれば少し気は紛れる。
おかげでバイト中寂しく思うことはなかった。
あの事件の犯人も無事に捕まって、今は取り留めのないニュースを流し続けている。
俺の中ではあんなにも変化があったのに、世界は何も変わらない。
いつもと同じように新聞配達は回っていて、飛行機もいつもの時間に空を飛ぶ。
なにもかわらない、リボーンがいないのに…なんにも、かわらない。
「どこに、いっちゃったんだよ…」
ゴミ出しの合間、呟いた一言。
聞く人もいないし、それに答える人も当然いなかった。
戻れば昼休みの時間のため注文の嵐、そんなハードなバイトに慣れてきて楽しみすら覚えている。
ここで働き続ければ、安アパートでも入れないことはない。
それはリボーンの望む未来だ。
目覚めれば真っ白い天井が目に入った。
長いこと眠っていたような気がして、ここはどこだと辺りを見回す。
一人部屋、管が繋がれた腕からは栄養が送られている。
空は青く澄み渡っていて、雲がちらほら見える。
撃たれたはずの腹、触れば包帯の感触がした。
「生きてんのか…」
ぽつりと漏らした一言はなんとも気の抜けた声だった。
頭が回らず、襲ってくる眠気。
もうひと眠りして、それから誰かを呼ぶことにしようか。
どうせ心配している人間などいやしない。
それだったら、ゆっくり寝てそれから仕事の話しを聞けばいい。
それは俺のいつもの日常だった。
「って違うだろ…今はいるだろ」
自分に突っ込みを入れつつ俺は上半身を起こした。
あれから何日経っているのだろう。
このだるさから言って一日二日は寝ていただろう。そんなことを思ってケータイを開くが充電が切れて使い物にならなかった。
カレンダーがあったが、今日が知りたいわけで誰か直接教えてくれる人を呼ぶためにナースコールを押した。
それから自体はめまぐるしく過ぎていった。
特に今日があの事件から一週間も経っているという事態に、悲鳴を上げそうになったこと。
時間はおろか、後始末までしっかりと終わっていて、俺の回復待ちだったそうだ。
俺の上司がやってきて笑っていた。
あいつら、俺の痛みなんてわかりもしない癖に、と思いつつ同じようなことに合ってきた仲間同士結局笑うことでいろんなことは解決していくのだ。
傷の具合やらなにやらいろんなことを聞かれ、それに逐一答えてやればやっとひと段落ついた。
俺はまだやることがあるのに気付いていた。
まだ身体がふらつくため松葉づえをついて公衆電話に向かった。
ナースセンターの近くにそれを見つけて俺はそこに小銭を入れる。
自宅の電話番号をうろ覚えになりながらかけてみる。
コール…コール…呼び出し音が鳴り続ける。
留守電設定にしていないから鳴り続けるそれは家に誰もいないという証拠だ。
「…出ていったか」
一週間、そんなに放置されれば他に行ってしまっただろう。
あれだけ自立を促したのだ、残っている方がおかしい。
でも、バイト先を早々帰ることもないだろうからきっとあいつはあそこに居続ける。
たまに顔を出してからかうぐらいは許されるのだろうか。
がちゃんと受話器を置けばいれた小銭が返ってきた。
俺は財布にそれをしまいベッドに戻る。
面倒だと思った生活、それはいつの間にか俺の一部になりつつあったのだ。
こんなにもいれ込むつもりはなかった、きっと帰れば元通り一人だけ。
「そういえば、あいつが持ってきたものなんて服ぐらいだったな」
少しの服と残金は小銭だけ、あんないでたちの綱吉を匿うようにして一緒に暮らした。
ベッドは一緒、食事は俺の金、最初の内は小遣いをやったが物欲がないらしく小腹がすいた時のために少しのお菓子を持っていた。
本当に、何もなくなっているのだろう。
「寂しいと…思うなんてな」
一人は慣れている。
そうやって出て行かれることも一度や二度の経験ではないのだから。
俺はあいつの羽休めできる止まり木にでもなれたのだろうか。
それだったら、いい。
それも少しはアイツの存在に癒されていたから。
帰ると必ず笑うところとか、ご飯はいつも美味しそうに食うし、風呂も気持ち良く入っているみたいでなんだこいつと思ったが、悪くない奴だと思う。
夜の相手も、嫌がってみせたが悪くはないと最近では思っていた。
不覚にもあいつの存在に惹かれていたのだと、思う。
「ああ、好きだったのか」
今さら気付いた事実。
後悔なんてしない質だと思っていたのに、こんなことで今さら自分の職業を恨む羽目になるとは思っていなかった。
そんな後悔が身に押し寄せてきても日は過ぎていく。
俺はその一週間後、ようやく退院することができ、誰もいない部屋へと帰ることとなった。