◎ 意外な感情にご用心
毎日のように事件は起きる。小さいものから大きなものまで。
大抵は小さなものですぐに片が付く。
が、面倒なのもが挟まれば俺は休む間もなく動かなくてはならないのだ。
俺は時計を見てチッと舌打ちをした。
「綱吉の奴…しっかり食ってんだろうな」
「どうしたんだ、リボーン。さっきからイライラしっぱなしだぜ?」
飴でも食って少し落ち着くか?と、いちごミルクの飴を渡してくる。
俺はなんでもねぇよ、と返してその手に握らされたものを仕方なくポケットに突っ込んだ。
どうせ、俺が食べなくても今は食べる奴がいる。
俺と綱吉の共同生活はかれこれ二週間に突入しようとしていた。
綱吉は毎日のようにハ●ーワ●クに向かうが一向に職につける様子はない。
面接を受けては落ちて帰ってくる。
俺は面接官何ざやったことはないが、綱吉にはあまり悪いところは見受けられない。
普通に受けているのなら一次ぐらい通ったっていいものを…。
「なぁ」
「ん?」
「いつまでも就職できない奴ってどこが悪いんだ?」
「は?面接で相当奇抜なこという、とか…態度礼儀がなってないとか…やる気がないとかじゃねぇのか?高収入狙わなければなんでもあるんじゃね?」
「それか…」
なんだよ、と言ってくる同僚の言葉を無視して俺は綱吉の受けてきた社名を思いだす。
どれもこれも名前が知られている、特にバイトにも結構額を払う会社ばかりだった気がする。
あいつ、会社選んでやがったのか…。
なかなか就けないわけだ…。
「なんだよ、隠すなよ。彼女とかか?」
「ばか、んなのいるわけねぇだろ」
突き放しても食いついてくる男に、こんな仕事していれば女なんか勝手にどこかに行くだろうと言ってやれば、そうだよなぁ、と頷く。
多分、経験は一つ二つあるだろう。
俺だってそうだった。
刑事だと知っていても帰らない日が続けば女は飽きてさっさと自分を見てくれる次を探しに行くのだ。
そんなのはただの金目当てだったのだと自分を納得させ、生きていく。
こちらだって、一人だけを見ていれるほど簡単な仕事をしているとは考えていない。
時には自分より優先しなければならないこともある。
「じゃあ、一体誰なんだよ」
「…ちょっとした拾いもんだ」
「拾いものって…大丈夫なのか?」
「あ?未成年じゃねぇから平気だろ」
成人していると言えば、ならいいかと納得して会話が切れたところで俺は逃げるように部屋を出た。
これ以上の詮索は無用だ。
そして、俺はケータイをとりだすと自宅へと電話をかけた。
この時間なら綱吉も帰ってきているはずだし、言っておかないと夕食の準備をしてしまうだろう。
『もしもし?』
「綱吉か、今日は帰れそうにねぇ、飯食ってしっかり寝ろ。わかったな?」
『うん…お仕事がんばってね』
「ああ、じゃあな」
短い会話、俺達にはそもそもそれ以上のものなんかいらない。
電話をかけるのも二人分の食事を作っていしまってはいろいろと困るからで、俺は俺で冷蔵庫の中に総菜が増えるのが嫌なだけだ。
「ったく、面倒だな」
誰かと暮らすということはやってきたが、自分を待ってくれているというのは実のところ初めてだったりする。
女は勝手にやって勝手に出ていくいきものだと思っていただけに、何も言わずに帰らなかったら半泣きで俺のケータイに電話をかけてきた。
時間も何も読まない奴だったから俺から電話をかけることにした。
…ただ、それだけだ。
だが、このまま就職先が決まらないのは色々と困る。
アドバイスをしてもアイツの場合、なんだかんだと聞かないだろう。
「一つ、あたってみるか」
情けをかけてやるのはここまでだと感じながら、日の沈み始めた街へと出かけたのだった。
俺が帰ることができたのはそれから三日後のことだった。
一つの事件が大きくなり、会議やら何やらで帰ることもままならなくなって気付けばこんなに時間が経過していた。
そのおかげか休みを一日もぎ取ってきたため、好きなだけ寝れる。
「ただいま」
「おかえり、リボーン。なんか今日はちょっと早いね」
達成感と共にドアを開ければ綱吉が笑顔で出迎えた。
なんというか、少し違う気がするのは気のせいということにしておくか。
「仕事終わりですぐに帰ったからだろ。飯は?」
「できてまーす。今日はお腹に優しくうどんにしてみました」
少し早かったかな、と頬を掻きながらテーブルを見れば食器が用意されていた。
俺は別にいい、と短く答えるなり椅子に座る。
綱吉は甲斐甲斐しく俺の鞄やら何やらを片づけている。
…なんだかおかしいが、気にしない。
「お風呂は?」
「食ったら入る」
「はーい」
「……新婚じゃねぇンだぞ!?」
「あぁっ、痛いよ」
さらっと馴染んでる綱吉の頭を殴ってやれば雰囲気出しただけじゃん、と頬を膨らませている。
どうして、いつから俺はお前の旦那になったのか…。
「むしろお前は居候だろが、ほら…今日の成果見せてみろ。つか、俺がいなかった間の全部出せ」
「…ご飯食べてからにしない?」
「早く出せ」
手をひらひらとして見せると渋々と言った様子で溜めておいただろう書類を持ってくる。
俺はそれに一つ一つ目を通した。
「全部、落ちたのか」
「…はい」
「こんなに落ちるのも珍しいな」
社名を見るとどれもこれもやっぱり高収入だ。
バイトをするのも甘くないというものだろう。
きっと競争率もはんぱないだろうし、その中で高卒の綱吉が食い込めるわけもない。
「いつまでもこんなところに入り浸るつもりはないよな?」
「これでも必死なんだってっ」
俺と自分のうどんを用意しながら喚く綱吉にため息がこぼれる。
必死ならばそんなことにこだわらなければさっさとバイトでもなんでもできるというのに。
「まずは働いてみるのが一番肝心だ」
「ん?…まぁ、そうだろうな」
「明日から、此処にいけ」
食事の用意を終え、目の前に座った綱吉に出したのは小さな紙切れ。
それに、店の場所を書いてあるのだ。
「…これって」
「お前のバイト先だ、ちょうど俺の行きつけの店がバイト募集してたからな。すぐに欲しいって言ったから丁度いいと思ったんだ」
「うわ…すごい。でも、ここ普通の定食屋さん…?」
「あのな、お前なんかがバイト先選べると思うな。とりあえず、仕事してみろ。どんな仕事がいいのかちゃんと自分で見極めろ。でないとずっとこのままだぞ。俺にとっては迷惑だ。わかってんのか」
「…わかってるよ、でも…だからこそ早く出て行こうと、いいところに行こうと思ったんじゃないか」
「そんな気が回せるなら、しっかり働いてからモノ言いやがれ」
話しはもうしてあるから行けよと念を押してやれば、渋々と頷いていた。
せっかく仕事持って来てやったというのに、その態度はどうなのかと思うが…まぁ、いいだろう。
これで少しぐらい社会勉強を積んでくれれば少しはらくになるだろう。
それに、いきつけの定食屋にしたのにはわけがある。
変なことをしようものならすぐにでもいける場所だからだ。
うどんをすすりながら普通に美味しいそれに満足する。
疲れた身体にじっくりと沁み渡るような食べ物に、少し勿体ない気がするのも気のせいだ。
未練があるのか、どうなのか自分でも最近よくわからなくなってきている気がする。
普段は結構煩い部類になるのに、なんでか夜は少し静かで寝るときは決まって同じベッド。
布団を買おうとしたらすぐに出ていくからいいじゃないかと止められた。
こっちはベッドだと言っても狭い思いをするよりかはマシなのにと思ったが口にはしなかった。
俺は…こいつをどうしたいのだろう。
とりあえずの目的としては、こいつに仕事を身につけさせてもう少し自分のこともしっかりやるようになってもらうところまでが目標か…。
「そういや、お前また自分の洗濯もの畳んでなかっただろ」
「…あ、いや…別に、いいだろ…リボーンのはしっかりアイロンもかけてるし」
「人のはよくて自分のは疎かにするとかどういうことだ、自分のもしっかりやれ。お前だって、清潔でぴしっとした姿で行けばなんとかなるんじゃないのか」
「…そう、かも」
「家事全部任せて大変だと思うが、自分のもしっかりやってこそだろ、自分のこと自分で労わってやれ」
どういうわけかこいつは自分を大切にしない節があるらしいのもなんとなくわかった。
他人にいい顔をするわけではない。
できない自分を苛めているような、そんな感覚なのだろうか。
ぽんぽんと頭を撫でてやると、一瞬きょとんとした顔がくしゃりと歪んだ。
「リボーンは、俺のことどうでもよくないんだね」
「は?」
「だって、俺を泊めてくれた人とか親せきの人とか俺のことはどうでもよくて、ただ自分たちがよければいいって人たちばかりだった。だから、俺は誰とも波風立てないように…してきたのに」
「言っとくが、俺がお前を此処に泊めてやっているのは、身体の為でも押しつけられたからでもねぇぞ。義務ってのもあるが、お前のこと考えてやってんだ、だから少しは自分を大切にしてやれ」
言ってやればぼろぼろと涙を溢して、ウンと頷いていた。
こんなに素直なやつをこんなふうにしたのは誰だ。
ただ、必死に生きてきただけだろうに。
「これからは、一人で生きていけるようになるんだ。わかったな?」
「ん…」
独り立ちする手伝いを少しでもできたらいい、とそんなことを考えていた。
自分で拾ってしまったものだから、旅立つまではしっかりと面倒をみてやる。
そんなつもりで…。