◎ 突然降り始めた雨
「ん……」
頭の鈍痛と冷たい感触で脳が覚醒していく。
目を開けたら、どこからかジャラッと鉄の音が聞こえて、目を凝らしたら石で囲まれた部屋だと気づいた。
一瞬なんでこんなところにと考えて、記憶をたどればすぐにわかった。
俺は攫われてここに来たんだ…でも、どこなのだろう。
「っ…手錠…?」
腕の重みに気づけばさっきの鉄の音はこの鎖の音だったのだと確信した。
冷たいだけの感触が一層恐怖を植え付けてくる。
「だいじょうぶですかー?」
「…君は…?」
放心状態の中声をかけてきたのは帽子をかぶった少年だ。少し眠そうにしているがその腕には無数の注射の後と、殴られたのか顔にもあざがあった。
「ミーはフランですー。あなたは人間さんですねー、こんなとことに連れてこられるなんて運の無い人ですー」
「…わるかったな…ここは、どこなのか教えてくれるか?」
「んーと、研究所ですねー、表向きはー」
初対面から運のない人認定されてしまえば半分はもっともだと思ってしまって、小さくため息を吐いた。
続いて研究所と聞けばどういうことだと首を傾げる。
そして、周りを見渡せばこの石に囲まれた部屋にはまだ住人がいることに気づく。
「人型動物…」
「おにーさんはよく知ってますねー、もしかして関係者で捕まっちゃった感じですかー?」
「関係者って…俺は何も知らないよ」
「まぁ、ミーたちにはまったく関係ないことですけどー」
そう言いながらフランは体育座りをしてその場に蹲った。
「嫌なら、逃げればいいんじゃないのか?」
「どこに逃げるって言うんですか、ミーたちはここで生まれてここで育ったんですー。逃げたところでどうにもなりませんよー…師匠もいなくなっちゃいましたし」
「師匠…?」
「ここにいた、オッドアイのネコなんですー。ミーの話し相手でした…」
オッドアイと聞いて骸だと気づいた。
あの目自体が貴重なのだ、そうそういるはずがない。
だとしたらここは骸の捕まっていた研究所…どうして、こんなところに。
俺なんかの人間を捕まえても何もないだろう。
「ああ、目が覚めましたか」
「っ…」
「別に君に危害を加えるつもりはないのでそんなに警戒しないでください」
ドアの開く音でそちらを向けば白衣を纏った研究員らしい人が入ってきてこちらに視線を向けてくる。
危害を加えないということはどういうことなのか、どうして俺を監禁しているのか甚だ不明だ。
「なんで、俺はこんなところに…?」
「六道骸…知っていますね?」
「……」
「そのネコと交換と条件をつけさせてもらいました。なので、今はまだ危害を加えません。ですが、今後そちらの選択次第では君をこちらの好きにさせてもらうことになります」
研究員から伝えられた事実に俺は言葉を失った。
俺は人質としてここに連れてこられてしまったのだ。
そうして、ぱたりとドアのしまる音でまわりの緊張した雰囲気が消えた。
「おにーさんは、人質なんですねー」
「そうみたい…」
「でも、よかったじゃないですかー。帰る場所があるんですからー」
「あのさ、みんなここ出たいの?」
帰る場所がないと言われて俺は骸のことを思い出した。
骸も生まれてからずっとここで暮らしていたと聞いたことがある。
「出たいけど…出たくないですー」
「どうして?」
「ここでは沢山いろんなことをされます。薬の試作投与なんてのはざらですよ。身体も開かれますしー。でも、ご飯が出るんですよ、それにそのなかでも情が移って優しくしてくれる研究員もいるので、ここから出たいやつらはあまりいないんじゃないでしょーか」
こんな姿になっても結局は縛られているんだとフランは言った。
外に出ても行く場所がないから出ても仕方ない、というのもあるのだろうか。
「でも、師匠は…ダメなんです。あの人は…優しいから」
「骸が…?」
「ミーたちを庇って、酷いことをされていたのを何度も見てきました。外に出れて、そこで暮らせているのなら…それでいいんです…ここに、連れ戻さないでくださいー」
じっとこちらを向いていってくるフランは本気だ。
交換条件にと俺が出されて、それでもそう言ってくるということは骸は本当に大事にされてきたのだろう。
そして、一番辛い目にあってきたのだ。
骸がこんなところに連れ戻されたらきっとまた前のようになってしまう。
今は、あんなに楽しそうに笑う顔を見れるようになったのに…。
俺が油断していたからだ。
自分一人が巻き込まれるならまだしも…人質にされて交換条件に出されるなんて…。
「リボーンはどうするんだろう…」
「リボーン?」
「俺の、一緒に住んでる人」
「家族ですかー?」
「ちがうよ」
リボーンと言う単語に興味を持ったのかフランが顔をあげて質問してくる。
首を振れば少し考えてぽんっと手を打った。
「なら、恋人ですねー」
「えっ、何でそうなるの!?まず最初に男だけどっ!?」
「家族じゃなくて、恋人でもなかったら…どんな繋がりで一緒に住むんですかー?」
いきなりぶっ飛んだ答えにつっこみを入れるとなんでだと首を傾げる。
そんなフランに俺は何も言えなかった。
バイトとして住んでいる…けれど、今はそんな薄っぺらい関係じゃなくなってきている気がする…。
ただのバイトと店長の関係だとしたら学校の送り迎えを面倒見ることはしないだろう。
怖い夢を見たり、眠れない日も一緒に寝ることもないだろう。
なんで?とう考え出すと今の関係は名前のつけにくいものだった。
俺は自問自答を繰り返して、答えのない迷路に迷い込んでいた…。
ツナから迎えのメールがくれば俺は椅子を立ち上がった。
奴等はまだ動きを見せてはいないが、痺れを切らしているころだろう。
あいつには散々注意したが、警戒心が解けてきているのは否めない。
「大人しく俺の言うことを聞いていれば良い」
我ながら独占欲の強い言動だと感じているが、自粛する気はない。
ただ、俺はアイツが大切で守りたいものなのだ。
今回の件でだって、ツナが助かれば俺は全く問題ない話しだ。
だが、それをするとアイツは絶対に自分を責める。責めて責任を感じてアイツがあいつじゃなくなる。
それは、俺にとってあってはならないことだ。
学校に向かいながら歩いていれば、いきなりケータイの着信音が響いた。
それはツナの番号で俺は慌ててそれに出る。
「ツナ、どうした!?」
通話ボタンを押して問いかけるが返事がない。
代わりにガサガサと音がして車の走り去る音が聞こえた。
俺は瞬間的に走り出していた。
いつもツナと通る道をいき、人通りの少ない道に放置されたツナのケータイを見つけた。
それを拾い上げて、確かにツナの持っていたもので間違いなく周りを見るがそこには何の痕跡も残っていなかった。
「……っくそ!!」
俺はそこまでも続くどおろを見ら見つけて、暫くしたのち俺は店に戻った。
そして、ある場所へと電話をかけた。
少々時間が早いが、起こってしまったことはしかたない。
「おい、動いたぞ。お前の準備はできてるか?…はあ!?んなの知るか。…ああ、ああ、ならそれからだ」
通話口に怒鳴りつつ、通話を切ればため息を吐いた。
内心とても混乱していた。
いつかこうなるとわかっていてもいざとなったら頭が働かない。
正直こんな前準備してなかったら、問答無用で殴りこみに行っているだろう。
そうしてもいいのだが、余計な敵を増やすことになる。それをしてしまったら、ディーノの身がますます危ぶまれるのだ。
そして、こっちにも飛び火するだろう。
だから、身長に行かなければならない。
「リボーン、ツナはどうしたんだ?」
「ああ、捕まった」
「捕まった!?」
「でも、対処はしてる大丈夫だ。お前は恭弥を見張っとけ」
「あ、ああ…わかった。俺達は手を出さない方が良いのか?」
「できればそうしてくれ、お前が出てきても面倒だからな」
ディーノが心配してくるのも左から右へと聞き流して俺半分放心状態のまま自室にこもった。
パソコンを開けば、案の定メールが届いていて沢田綱吉を返して欲しければ六道骸を差し出せと予想した通りのことが書いてあった。
「バカ野郎が…油断すんなって、あれほど言ったのに…」
結局俺ができたことと言えば、閉じ込められているだろうツナに悪態を吐くぐらいだった。
「何が起こってるの?」
「ああ、ツナが攫われたらしい」
部屋に戻れば恭弥が耳を立てて聞いてきた。
すっかりここに馴染んでしまったが、離れる準備をするべきか…。
「恭弥、たぶんこれから一騒動あるだろうから大人しくしててくれ」
「この街で?」
「ダメだ、絶対外に出るな」
恭弥がこの街を好きなのは最初から知っている。だからこそ、この街の秩序を守り続けているのだ。
この街でなにかあると言ったらこいつはすぐにでも外に出ていくだろう。
けれど、奴らの狙いは六道骸。
こちらが何もしない限り牙を向けてくることはない。
だったら、何もしない方が良い…何もしないでほしい。
俺は手を伸ばして恭弥を抱き寄せた。
本部であるイタリアへと戻って帰って来た時から何かとくっついてくることが多くなった恭弥。
自覚はないのだろうが、気持ちが傾いてきていると自惚れても良いだろうか。
だからこそ、なおさらここで離してしまうわけにはいかない。
「僕は僕だよ」
「わかってる、だから騒ぎが納まるまで…ここにいてくれ」
「……」
落ちつけるために背中を撫でていれば呼吸も落ち着いて、鼓動も落ち着いてきた。
ずっと居続けることはできなくても、あと二、三日はここにとどまっていてもらわなければ。
まだ何も始まってもなければ、終わることでもない。
俺のこの想いもそのまま、恭弥のこの態度も…終わりになんかできないだろ。
「あなたは…なんなの?」
「ん?」
「最初僕を見ても驚かなかった…普通の人間じゃないね」
「ああ、俺はイタリアに住んでて…まぁ、マフィアみたいなもんか…でも、お前らが連れされたりしてんのみてられなくてつい、権力ふるって匿ってるってことだ」
「それって、すごく鬱陶しい」
「わかってるさ、そんなのやってる方が一番わかってるんだ。けど、居場所をみつけてやるのも、こうして減って行く一方の人型動物にしてやれる最大限のエゴだろ?」
自分勝手なことをいっているんだと思う。
案の定恭弥の耳は不機嫌を表すようにピクピクと揺れていて、尻尾もゆらゆらと揺れ始めた。
守ってやらなければ、恭弥みたいにトラウマを植え付けられる結末が待っている。
だとしたら、嫌がられても最初は居場所を作ってあげるのが最適だと思うのだ。
恭弥には…理解できないかもしれないけれど…。
「ごめんな、もう少し…俺の腕の中に居てくれよ」
「…仕方ないね、もう少しだけだよ」
意外な答えに俺は目を瞬かせた。
ひょっとしたら…恭弥の気持ちは…もう…。
電話を受けるなり僕は受話器を叩きつけた。
「どうしたんだ、ボス」
「綱吉クンが連れ去られたよ」
「やはりそっちをとることにしましたか」
「まったく、もう少し警戒しててくれれば…」
「最初に忠告した時点で引きこもってくれていた方が俺達も動きやすかった」
「もう、起きてしまったことは仕方ない…白蘭さん、どうしますか」
僕は時計を確認した。
骸と外に出て帰って来てから二時間と言ったところか。
とてもゆっくりと流れた時間なのに、今は一刻を問われるほどの緊迫した気配。
ため息をついて、僕は立ち上がり玄関へと向かう。
「白蘭さんっ!?」
「ちょっといってくる」
「どこにですか」
「骸クンのとこ」
「一体何しに」
「告白しに」
「………はあ!?」
正一の言葉なんて聞いている暇はない。
こうなってしまった以上、ゆっくりなんてしてられないのだ。
骸を自分のものにする。というか、骸を助けるためならば僕は何でもしてやれる。
だから、僕の手を…とってよ。
こんなことを交換条件に出すなんて最低だと言われるだろう、さげすみの目で見られるだろう。
けれど、そうでもして欲しいものがある。
外が騒がしい、僕は身体を起こすとドアを開けた。
リボーンが何だか騒いでいるようだ。
「どうかしたんですか」
「お前とツナを交換させるために連れ去られた」
「綱吉くんが…だったら、僕は帰りますよ」
自然と開いた口はそんなことを口走っていた。
結局、僕はここにいても何もならない…むしろマイナスでしかないはずだ。
だったらあそこに帰ればいい、僕があの薄暗い部屋に入れば全部が元通りなんだ。
「何言ってんだ」
「僕が一番の邪魔者でしょう、僕があちらに行けば何もかも解決。損も得もありませんよ」
「ここに居るのはほんっとバカばかりだな」
僕が言えばリボーンは僕の額をデコピンで叩いた。
地味に痛いそれに額を押さえていればぐいっと頭を押された。
「いいか、絶対お前はあいつらに渡さねぇ、そんでツナも取り戻す」
「…あのですね、そんなことが通用する相手じゃ」
「そんなの、お前が良くわかってんだろうが。いいから、部屋に戻ってろ。さっきメールが来てた…物々交換は明日の予定だ。それまで動けるように寝とけ」
「動くって…何をする気ですか」
なんともリボーンらしい言葉に呆れそうになるも、その瞳に本気の色を見つけてしまえば問いかけるもその質問には答えてもらえず、リボーンは懐から出した銃を磨き始めた。
何もすることがなくなって、仕方なく僕は部屋へと戻って、すっかりと日が沈み月明かりが差す部屋でじっと月を眺めていたらいきなり影が立ち塞がった。
「白蘭…」
『開けて』
こつこつと窓を指で叩かれてためらう。
もしかしたら、白蘭が手引きしている可能性が拭いきれないからだ。
僕が躊躇っていたらメモ帳にすらすらと文字が書きこまれていく。
『伝えたいことがあるから、口で言わせて…お願いv』
いつもの調子に乗った文面、けれど顔はいつもの貼り付けた笑みじゃなく呼吸も乱れているようだ。
どうして、そんなに必死な顔をしているのだろう。
僕はしかたなく、窓の鍵を開けた。
「骸クン…っ」
「な、どうしたんですか…いきなりっ」
窓を開けた瞬間腕が伸びてきて窓の近くに居た僕は一気に抱きしめられていた。
ぎゅぅっと抱きしめられて、白蘭の匂いが香る。
昼間を思い出して力を抜きそうになれば慌てて引きしめ、腕をつっぱって少し距離を開けた。
「なにをするんですっ」
「ごめん…先走った…あのね、骸クン良く聞いて」
いつもなんだかんだと余裕のある声が今日はなんだか急いているようだ。
腕から逃れられたが白蘭の目が僕をまっすぐに射止めてくる。
「僕は…君が好きだよ、ずっとこれからも愛してあげる。君が望むものを与えてあげる…だから、僕の手をとって…僕をゆるして…?」
再び差し出されたその手はわずかに震えていた。
昼間取れなかったこの手…僕は、どうしたい…?
確かに白蘭を恨んでいる、けれど今は…。
優しさに気づいた、案外子供っぽいことも…僕をずっと見ていてくれていることも、大切にしていてくれることも、嫌と言うほど与えられて満たされて。
僕の中のコップがいっぱいになって溢れそうになる。
許すなんてことは…多分、できない…許してはいけない気がする。
でも、希望を見出したくなった。
この手をとったらどうなるのだろう…この手で僕と綱吉が救われる道があるのなら。
「僕は…何もありません、だからあなたを許すことはできない。許してしまったら、僕が生きている意味がなくなりますから。でも、あなたの手…もう、怖くはない」
その手がいろんなものに触れて僕にいろんなことを教えてくれたように、僕に触れることであなたが笑ってくれるのなら、それもいいかなんて…。
すっかりと絆されてしまったと自嘲気味に笑いながら白蘭の手を握った。
するとはっと顔をあげて僕をじっと見た後、安堵したような笑みを浮かべたのだ。
つい、胸が高鳴るのを感じれば僕は一歩後退さった。
「逃げないで」
「逃げてなど…」
「じゃあ、僕も入って良いんだね?」
「なにをっ…」
窓を乗り上げて部屋に入ってきた白蘭にあまりのことに驚いて奥のベッドの部屋に逃げようと入りこめばあっさりと侵入を果たされ、僕はどうしていいかわからなくなる。
「あはは、ちょ…骸クン、尻尾すごいことになってる」
「それはあなたのせいですっ!!」
尻尾がぼわっとなってしまっているのを指摘されれば自分で抱きこんだ。
驚いたり威嚇したりするとこうなってしまうのだ、ネコの習性なのにしかたないと叫べばごめんってと謝りつつ再び伸びてきた手が僕を抱きしめる。
さっきは慌ててたのでわからなかったが、白蘭の心臓はいつもより早スピードで脈打っている。
「白蘭こそ、緊張が丸わかりですよ」
「それは、教えてるの…骸クン、キス…していい?」
「そんなこと…」
しないでくださいとは言えず、なんていったらいいのかわからなくて視線を彷徨わせたら顎に手が添えられて上向かせられると軽くちゅっと重なってすぐに離れた。
「好きだよ、すき…骸クン、やっと…手に入れた」
僕のものだと耳に吹き込まれてぴくっと揺れる。
聞いたことのない甘い声で、囁かれ…でも、それ以上は踏み込んで来ない。
今日はこのまま寝てもいい?と聞かれて僕はこくりと頷いていた…誰かと一緒に寝ることなんて初めての経験で、だが一人で寝れる気がしなかったのだ。
白蘭の近くなら寝れる気がした。
案の定横になって頭を撫でられているうちに僕は睡魔に襲われた。
さっきまで全く眠る気もなかったのに、泣きそうなほどその温もりが欲しかったのだと身体が教えてきて、離さないようにと白蘭の服を握った手は、僕が朝になって起きるまで離れることはなかった。