◎ つかの間の晴れの日
雲雀が倒れたその日の夜、俺はこの頃気になっていることを整理するためにリボーンの部屋の前に来ていた。
せっかく別の部屋で寝ることに慣れてきたのに、結局少し寂しくてこの部屋の前に来てしまうのだ。
それに、雲雀のことも気になった。
あのあと平然と戻ってきてリボーンは皆と一緒に食事をしていたのだから。
「そんなとこにいたら風邪ひくぞ」
「っ……ぅん」
突然中から声をかけられて、驚きながらもドアを開けて中に入る。
いつかの夜のように、リボーンは上半身を起こして本を読んでいたようだ。
「なんだ、また眠れないのか?」
「うん…そんなとこ…一緒に寝てもいい?」
「ああ、隣は空いてるぞ」
からかい交じりに言われた言葉に苦笑を浮かべながら言えば、リボーンは少しずれて隣を開けてくれた。
そこに潜り込んで横になったら、リボーンの香りに包まれて心地よくなってしまう。
「雲雀さんって…大丈夫だったの…?」
「気を失ったままだったが、もうすぐディーノが帰ってくるから大丈夫だろ」
そっけない一言だったが、深入りするよりはそのぐらいの距離を開けておいてあげた方が良いのかもしれない。
それから無言…パラパラとページをめくる音が聞こえて、俺は本題を言おうかどうか迷う。
このまま寝てしまってもいい、俺の疑問は思い過ごしだと思うし。
それを確かめに今日こうやってリボーンの隣に来ているのだけど、本人を目の前にするとなかなか話題を出しづらい。
けれど、こうしていてもらちが明かないのは確かだ。
「あ、のさ…リボーンって…もしかして、右目見えないのか…?」
「…なんで、そう思うんだ?」
「だって、時々電柱にぶつかりそうになるし…右をいつも気にしてる風に見える」
「その通りだ…よくわかったな」
緊張を押し切り問いかけた言葉にリボーンの纏う空気が一瞬張りつめたように感じたが、けれどそれはすぐに消えた。
代わりに諦めたような声が頭に降ってきた。
そんな顔をしているのか、目を見ることができずにうつ伏せのまま口を開く。
「えっと…俺、昔猫飼ってて…その猫が、右目見えなくて…その時の歩き方みたいなの?…今の、リボーンと似てたから」
「その猫は、もういないんだな…気になってるのか?」
「うん、俺が殺しちゃったようなものだから…子供のころだし仕方ないって言われたらそれまでだけど、いつまでも気になってるんだ」
「お前は、優しいんだな」
「そんなことないっ…そんなこと、ないんだ…」
優しいリボーンの掌がゆっくりと俺の頭を撫でてくる。
優しいなんてそんなのは勘違いなんだ。俺は優しくなんかない、ただ最近その夢を見たからリボーンと重なって気になっているだけで…。
俺はリボーンの言葉を否定するように首を振って頭の下にある枕をギュッと握った。
「リボーンが…あの猫に重なって見えて…変だよな、リボーンは人間なのに」
「そう、だな…。なら、お前は俺のことが気になっているのか?」
「へっ!?…そうなのかな…わからない」
この気持ちがなんなのかわからずにいれば、リボーンに問いかけられて思わず間抜けな声をあげてしまう。
リボーンが気になっているのかと言われればそうなのだろう…けど、それがなんで気になっているのかがわからないのだ。
「ツナ…お前、案外…いや、なんでもねぇ、寝るぞ」
「何言いかけたんだよ」
「なんでもねぇって言ってんだろ。ほら、明日も学校あるんだ、寝ろ」
リボーンが言い淀めば何が言いたいんだと顔を向けるのに気にするなと頭を軽く枕に押し付けると、身体をベッドに横たえて顔をあげたら既に目を閉じていた。
眠れなさそうな雰囲気だったのに寝れるのかとリボーンの顔をまじまじと見るが、一人で起きていても仕方ないので俺も無理やり目を閉じる。
結局、リボーンに俺の疑問をぶつけたところではぐらかされたような…うまく避けられたような気がする。
なんでこんなにもリボーンが引っかかるんだろう…。
苦しい…痛い、ここは冷たい。
「雲雀、大丈夫か?」
「……こんな、身体…」
「トラウマは仕方ねぇことだろ。ディーノが来なかったら食事は運んでやるからとりあえずもう寝てろ」
僕と同じ匂いのその男はそれだけ言うと部屋を出ていった。
ディーノがいなくなってしばらくたつ、帰ってくると言った日はそろそろなのだろうか。
一瞬の混濁の後、目を開けたら最近では見慣れた天井。
さっきの様な苦しさはもう首になくてそっと触れてみてもいつものように空気を入れてくれる。
なんの変哲もない…それなのに、人間に触られるとそうなる。
けど、ディーノに触られてもそうはならない。
なんでなのか、ディーノも気にしていたが僕が一番混乱した。
良く知った匂いが薄れてきている。
ベッドに寝続けてずっとその匂いに包まれていたい。
「こんな…僕、おかしい…」
誰かを待ったことなんてなくて、ただ日々自由気ままにしたいことをしていた。
いつの間にかここに居るのが普通になって行くのに、気持ちばかりが外に行きたいと急いた。
けれど、いざ窓に手をかけるがその一歩が踏み出せなくなっていた。
あの日、腕や足を引きずったままでいた僕に一方的に暴力をふるってきた男。
忘れもしない…けれど、身体が竦む。
あれぐらいで、と思うのに傷つけられた身体が震える。
「はっ…はっ……っ…」
思い出しただけで息が詰まって、ぎゅっとシーツを握りしめた。
あの人がいたら僕はこんなこと考えないのに、あの人がいたら…僕はいつもの僕でいられるのに…。
なにもかも考えたくなくてぴくっと耳を震わせ身体を丸めると目を閉じた。
何も考えたくない。
早く、帰ってきて…。
きしりと音が聞こえて、顔をあげたら辺りは真っ暗だった。
昼間と違いこの部屋には月の光はない。
「悪い、起こしたか?」
「…帰ってきたの?」
「ああ、ちょっと遅くなった。寂しかったか?」
「そんなわけないじゃない」
「そうか」
くしゃりと頭を撫でるなり、鞄の中から薬を棚へと並べていく。
それを僕は見つめて、その背中が少し疲れている雰囲気を感じて僕はベッドから降りると隣に立った。
「ん?どうした?」
「いつまでやるの?」
「全部並べたら終わり」
「ふぅん…」
僕には何の興味もないことだったけれどディーノがなんだか忙しそうなのに楽しそうだった。
僕にはあまり見せない顔だ。
手を伸ばしてもっと見ようと顔をこちらに向けた。
「んん?…きょーや?」
「ねぇ、もっと見せてよ」
「なにをだ?」
「あなたの顔」
途端胸に感じた痛み、けれど何故かこの人に触ればそれが治るんだと思った。
顔を見ながら僕はディーノの身体に抱きついていた。
ディーノは、どうしたんだ一体と困惑しながらも僕を撫でる。
落ち着きなく揺れていた尻尾はディーノに触れられたことによって落ち着いて、それと同時に痛みもほっと落ち着いてくる。
「変だね、あなたは…人間なのに」
「恭弥?」
「なんで、あなただけは特別なんだろう」
綱吉が触れた時はあんなにも苦しくなったのに、この人から感じるものはいつも浴びている陽だまりの様な温かさ。
ディーノの手が僕の頭を撫でて、梳いて…耳をくすぐる。
「ちょっとリボーンのところいってくるから、お前はもう少し寝てろ」
「ん…早く、来て…寒くて、仕方ないんだ」
「わかった、待っててな」
ちゅっと音を立てて額に何かを感じるも僕はぼうっと眠くなった頭では何も考えられずベッドに戻った。
静かにディーノが出ていく気配を感じながら意識が沈んでいく。
最近はずっと無理に寝ようと思って寝ていたのに今は自然と眠れた。
朝日が眩しくて目を開ければ今日は一人じゃないベッドの上。
そう思って隣を見るがいつもと同じ一人の朝だった。
リボーンはどこに言ったんだと身体を起こせばクローゼットの近くに居て、すでに服を身につけていた。
ボルサリーノもいつものように着帽済みだ。
「早く飯作れ」
「言うと思った、リボーンが起きるの早いんだろう?少し待っててよ、すぐ用意する」
俺が起きたのを見るなり空腹を訴えてくる。
そんな生活にも慣れたもので、俺はリボーンを宥めるとベッドから出て自分の部屋に着替えに戻った。
時間を見たらいつもより少し長く寝過ぎてしまったらしく急がなければならない。
俺は骸達が待っている店の方へと急げば朝食を作る。
ついでにリボーンのものも用意していると上のドアが開いた。
「よぉ、ツナ…昨日はごめんな。びっくりさせたみたいで」
「ディーノさん、おかえりなさい。雲雀さん大丈夫だったんですか?」
「おう、俺が帰って来たときにはピンピンしてたぜ」
「それなら良かったです」
降りてきたディーノを見て、すこし寝不足そうにみえたのはリボーンと朝話していたからかなと勝手に予想をつけつつ、食事をもう一人分増やした。
なにはともあれ、雲雀もいつもの調子に戻っているようで良かったと思う。
食事が済めば後片付けもほどほどに俺とリボーンは店を出た。
「おい、そろそろ何もしなくてもいいだろうと思ってんだろうが…油断するなよ」
「え?」
学校までの道のりで慣れた光景を目にしながら歩いていると、唐突にリボーンが言った。
今自分が考えていたことなだけに、ドキッとしてリボーンを見たら真剣な顔で俺を見ている。
「原因が解決してねぇんだ。油断すると気を狙ってるに決まってんだろ」
「そう、なのかな」
「そうだ、わかったな?帰りは勝手に帰ってくんじゃねぇぞ」
リボーンの念押しに俺は不思議に思いながらも頷いた。
頷かないでいれば、また色々小言を言われてしまうと思ったからだ。
学校に着けば、校門から中に入るのを確かめてリボーンは店に帰って行く。
最近リボーンが変だと思う。
何か、隠している気がする。
俺は敏いと思っていないが、それほど鈍感だとも思っていない。
学校にくれば何も変わらない日常があって、周りに合わせるように俺の気持ちを入れ替えて、今日も授業を受けた。
綱吉が学校に行ってしまい、静かな昼下がりが訪れた。
窓から差し込む光は僕に睡魔を促してくる。
「今日は、とても心地が良い」
尻尾をぱた、ぱた、と心臓の鼓動を刻むようなリズムで振りつつ優雅な時間を過ごしていればそれはいとも簡単に破られた。
「白蘭…」
コツコツとガラスを叩かれれば僕は顔をあげた。
見れば昨日も顔を店に来た白蘭だった。
今日も憎たらしいぐらいの笑顔を顔に貼り付けている。
まったく、この男は笑顔以外の顔をしないのかと軽く溜め息を吐いて窓の近くへと移動した。
といっても、防弾のために熱いガラスの近くに行こうと白蘭の話声が聞こえることはないのだが…。
白蘭は僕がみたのが嬉しいらしく最近ではずっともちあるているらしいメモ帳をとりだせばボールペンでさらさらと書いていき、僕に見せてくる。
『今日もデートしようよ』
「遠慮します、僕はここが一番心地いいので」
『そんなこと言わずにさ…出てきてよ。こんなにいい天気なのに、閉じこもってるなんてもったいない』
白蘭の言葉を突っぱねるが、それでも引く気はないらしく『ねぇねぇねぇねぇ…』と永遠と書きつづられていくメモを見てちょっとだけ…と自分に言い聞かせれば再び窓の鍵に手をかけて開いた。
「やぁ、こんにちは」
「貴方がしつこくするから出てきただけですよ」
「ふふっ、今日はどこに行こうか?」
「…人の話し聞いてます?」
白蘭が先に歩きだしてしまうので必然的に僕はそれを追いかけながら白蘭の隣に並んでいつものマイペースな男にまたため息が漏れる。
「とりあえず、平日だし…公園でも行こうか」
「そう言えば、学生ですよね?こんなところに居て良いんですか」
「いいのいいの、僕もうあそこに行く気ないから。それより、僕が学生ってちゃんと覚えててくれたんだぁ」
平日と聞いて、前に正一とスパナとか言う二人一緒に学校に通っていたなと思いだせばこんなところに居る場合じゃないだろと咎めるも、白蘭は全く違う論点で目を輝かせた。
「あなたが、嫌と言うほど僕に聞かせたからでしょうっ!?こっちは知りたくないものを植え付けられているんです」
「そうなんだ、覚えてくれてるんだ…よかった」
「なにが良かったんですか」
「骸クンがちゃんと僕を見てくれていて」
にこっと笑った顔はなんだかいつもよりうざいくらいなのに、ついその顔から目が離せなくなる。
「で、でも…行く気がないって…学校を止める気ですか。そんなことして、将来が心配じゃないんですか」
「ん、大丈夫。僕、飛び級してるから外に行けばなんとでもなっちゃう」
引きこまれそうになって無理やり視線を逸らしながら言えば、白蘭は難しい言葉を使った。
飛び級?人間の世界に関心のない僕は白蘭がこともなげに言った言葉を少し考えるがどういう意味なのかわからずに首を傾げる。
「いいよ、たぶん説明するとむずかしくなっちゃうし。簡単に言うと、骸クンは何の心配もいらないから安心して僕のところにくればいいんだよ」
「誰があなたのところに行くと言いましたか。僕の居場所はちゃんとあるので心配は無用ですよ」
腕を大きく広げて僕に笑いかける顔はやっぱりいつものと違う感じがして、思わず胸が高鳴りよくわからない感覚に驚くが何でもない風に装って強気に言い返せば、だよね、と苦笑を浮かべながら頷いていた。
会話しているうちに近くの公園へと着けばまだ歩くことも覚束ない子供が遊んでいてそれを避けるように芝生の映えている木陰へと移動した。
「なんかしたいことある?って言っても、何も用意してないけど…あるのは、これぐらい」
公園で何かをするつもりはないが、白蘭がポケットから薄っぺらなものをとりだした。
色鮮やかなそれは、紙風船と言って力強く膨らませたらすぐに破けてしまう脆いものだと白蘭が僕に手渡しながら教えてくれた。
「そんなもの僕に膨らませられるわけないじゃないですか」
「そうっとやるんだよ、貸して」
そんなものでどうやって遊ぶんだと首を傾げれば白蘭は木に凭れて優しく息を吹き込んで膨らませていく。
僕はその行動に興味を抱いて僕と白蘭の間にあいた隙間を埋めるように肩が触れるか触れないかと言うところまで寄って白蘭の手元を見つめた。
「そんなに期待の眼差しで見られても、有意義な遊びじゃないよ?」
「し、しょうがないじゃないですか。僕は遊びなんて知らないんですっ」
「…そうか、あんなとこに閉じ込めてたんだもんね。なら、僕がたくさん遊びを教えてあげるよ」
膨らませた紙風船を手でポンポンと器用に操る様子を眺めん柄なんともなしに言えば、そこのとを白蘭は気にしているらしい。
少しの罪悪感を滲ませる物言いに、あんなこと僕は慣れてしまっていたのにと小さな笑みが浮かぶ。
「そうですね、それは楽しそうだ」
「明日から色々持ってくるよ。二人でできることをしよう?」
明日もこの時間に現れることを仄めかされるが、それが案外嫌じゃないことに気づき始めた。
あんなに嫌で、強制的とは言え逃げ出したようなものなのに…。
どうしてこの男は僕を見つけて一緒に居ようとするのだろう。
「あなたは僕に、何をしてほしいんですか」
「っ…嫌だった?」
「違います、そうじゃなくて…」
あんなことをしておいて、これから僕をどうするつもりだ…と、言おうとして言えなかった。
また利用すると答えられてこの夢の様な時間が終わってしまうのが怖くて、そしてこの自然な居心地のいい空気も消えてしまう気がして…。
ただ、そうじゃないんだと首を振ることしかできなかった。
「嫌じゃないなら、いいけどね。骸クンにしてほしいことなんて、一つしかないよ」
「一つだけ?」
「うん、一つ。この手を…握ってほしい」
案の定白蘭は僕の言葉の続きを気にすることなく話を元に戻して、ぽつりぽつりと話した。
落ちついた声に問い返しながら白蘭が紙風船を芝生に置けば手を出してくる。
この手をとることで僕に何が起こるのだろう、とても大きな決断に見えてその手をとることをためらった。
「…っ……」
「なーんてね、冗談。今日は暖かいし、昼寝にはちょうどいいよ?君はもう眠いんじゃない?」
僕が戸惑っているうちにその手はぱっと離されてしまい、いつもの笑顔を貼り付けた白蘭は僕の髪を優しく梳いてくる。
まるで、さっきまでのことが幻のように雰囲気も言葉もなくなってしまった。
そのわりに、白蘭に梳かれている髪から暖かい熱が伝わってきてだんだん促されるように睡魔が襲ってくる。
優しく引き寄せられてダメだと思うのに、僕は身体を倒して白蘭の太ももに頭を預けて意識を手放していた。
「警戒心がなくなってきた証拠かな」
僕の足に頭を預けて眠り始めた骸を見れば小さく笑みがこぼれる。
優しく髪を撫でて今はその感触を堪能した。
さっきのはまずかったと自分でも感じているだけに、ここで眠ってくれなかったらすぐにでも離れるつもりだった。
「まだ、はやすぎた…」
つい、問い返してくるままに自分の欲望が顔を出していた。
まだ見ているだけで十分と思っていなくては、いつか無理やりその腕を掴んで研究所に居た時の様なことを繰り返してしまう。
それだけは避けたかった。
骸を見ている限り、生まれた時からこんな生活を続けていたのだろう。
遊びの知らなさと、時々感じるもの慣れなさが僕たちのしたことなのだと思うと苦しくて仕方がない。
僕たちは大学に入ってから研究に混ぜてもらうようになったからデータでしか骸のことを知ることはできなかったが、小さい頃はよく脱走を繰り返していたと書いてあった。
だから、もうそんな風な思いはさせたくないと思う。
「大事にしたいんだ…きっと」
恋人と言う名の存在のように、時には子供を見守る父親のように、何も知らないこのネコを…。
近くに転がるボールをとれば子供が笑いながら走ってくる。
骸を見れば顔を覗き込もうとして、僕はボールを返してやりながら人差し指をそっと唇にあてた。
そうすれば、素直な子供は抜き足忍び足でその場を離れていくからそんな光景にまた笑みがこぼれる。
いつのまにか、僕は骸に感情を与えてもらっていたのかもしれないと…唐突に思った。
授業を終えて、学校を出れば人はまばらで閑散としていた。
それもそのはず、今日は最後までしっかりと授業があってしかも今日に限って教授に運びものを頼まれたのだ。
終わってみれば生徒はもうほとんどいない。
俺はいつものようにリボーンにメールをした。
そして、いつもだったらこのままリボーンを待つのだが今日は違った。
朝言われたことを覚えてはいたのだ。
けれど、いつもリボーンに送り迎えを頼むのが申し訳なくなってきていたのも事実だった。
どうせリボーンが来るのだから途中までのんびり歩いていようと思って、歩き出した。
歩きながら、自然と周りの音を気にしてしまう。
リボーンがついてきてくれていたときは知らなかった感覚だ。
知らず知らずにトラウマを植え付けられていたのかもしれない。
人の少ない道へと入った時、俺は全身が凍るような感覚を覚えた。
そこには、全面スモークガラスの黒い車があったのだ。
「っ…どうしよう」
まだ、リボーンの姿が見えない。
このまま引き返そうかと思うが、俺の存在に車の中の人間が気付いていたとしたらその行動が命取りになるかもしれない。
しばらく逡巡した後、俺はその車の反対側を通ることにした。
道幅が狭く、どんなに距離をとっても近づいてしまうが最悪走り抜けてしまえばいい。
そう自分に言い聞かせていた。
気を張りつめさせて歩いて行き、車の横を通り過ぎた時だった。
「ひっ…んっんんっ…んーっ」
車の裏に隠れていた男にいきなり後ろから口元に布を押し当てられて抵抗しようとするもその布から薬の様な匂いがして意識が揺れた。
ヤバいと警告音が鳴るが、身体から力が抜けて俺の意識は意思と関係なく途切れていき手に持ったケータイでリボーンへ電話をかけることしかできなかった。
そして、そのままケータイは俺の手から滑り落ち…浮遊感を感じながらどこかのドアが閉まる音を聞いたきり、深い闇の底へと沈んだ。