◎ 訪れた突然の雷
「ディーノ、近々ひと騒動起こるかもしれねぇ…十分警戒しておけよ」
「ああ、わかった」
ツナがここに働きに来て一カ月ほどになるか…。
リボーンがこれから起るだろうことに備えている。俺はと言うと相変わらず恭弥の観察していた。
恭弥は単独行動を好みいつも日当たりのいい窓際で昼寝をしている。
警戒されているらしく食事の時以外で触れようとしたり近づいたりするとこっちの方を向いてじっと見つめてくるのだ。
寝ていても同じことで小さな物音で目をさましてしまう。だからか、俺が近くに居る時はよく眠れていないようだ。忙しなく耳が動いていたりイライラしているときはパタパタと尻尾で床を叩いている。
それでも、食事を残さず食べた時に頭を撫でると大人しく撫でられてくれるし、雨が降っていたり寒かったりすると俺の傍らに近寄ってきて暖をとっていたりする。
「まぁ、基本は猫と変わんねぇのか」
調書にまとめながらシャープペンシルを口に咥えていると、横から伸びてきた手にとられてしまう。
「ねぇ、それ…むずむずするんだけど」
「ああ、すまん。好奇心煽ったか?」
口で遊んでいたら反応してしまったのだろう。手が伸びてきた方向を見ればむすっとした顔が見つめていた。
もう動かなくなったシャープペンシルは机に戻されて今度はちゃんと手に持った。
このネコの習性は恭弥の意思とは関係なく働いてしまうので秘かに嫌っているらしい。
というか、俺がそれに一々謝ったり笑ったりと反応を示すからだと思うが…。
「そうじゃない」
「そうか?もうねるのか」
「そうだね、あなたも寝るんでしょう?」
「ああ、もう眠いからな」
調書をまとめて封筒にしまうと椅子から立ち上がり、ベッドに入ると恭弥も入りこんできて一緒に眠る体勢に入る。
この部屋にはベッドが一つしかないし、恭弥が最初に来た時からベッドに寝かせていたのですっかりこのベッドになついてしまったのだ。
それはそれでいいんだけど…と心の中で呟きながら俺は布団をひきあげた。
「おやすみ、恭弥」
「ん……」
何の物音もしなくなって、静かに息使いだけが部屋に響いた。
寝顔を眺めればとても穏やかだ、それなのにトンファーは振りまわすわ暴言は吐くわでこいつの良いところと言ったら寝ている時だけだと思う。
俺はため息を一つ吐くとそのまま目を閉じて眠り始めた。
次の日、オレは恭弥より先に起きると薬品の在庫を調べ始めた。
恭弥を起こさない様に起きてきたつもりなのに結局起こしてしまいちょっと不機嫌な雰囲気が漂っていた。
恭弥の機嫌を取る前にこっちからだと常備してある薬を調べていくが、このところ新入りが立て続けたため薬の在庫がすっかりなくなっていた。
特には恭弥が暴れてくれたおかげで割れてしまったモノもあって取り寄せることはできないので発注は母国に帰ってしなくてはならない。
「困ったな…恭弥をここにおいて行けるか…?」
薬を買うのに二、三週間はかかってしまうだろう。
その間、こいつは大人しくしていてくれるだろうかとチラリと視線を向ければ、まだ寝足りないのか大きな欠伸をして見せた。
とりあえず、俺の親である方の本部に連絡すれば発注なぞ自分でやれと放り出されてしまった。
だが、このごろすっかり本部に顔を出すことをしていなかったので顔も見せにこいと案に言われているのだ。
俺は仕方なく重い腰を上げざるをえなかった。
「恭弥、俺さちょっと用事できたからちょっと数日居ないけど大丈夫だよな?」
「どこに行こうと、僕は僕の好きなことをするよ」
出張の準備をしながら恭弥に聞けば不遜な態度で返事が返ってきた。
言い返すほどの元気があるのなら自分の心配など杞憂なのだろうと安心すれば、俺は重くなったバッグを持って恭弥の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「飯はツナに作ってもらえ、それ以外で腹が減ったら冷蔵庫から適当に食えってリボーンが許してくれたから。外に出るときは夜の時だけリボーンに言ってけよ?あとは…「もう、うるさいよ。僕は勝手にやるからあなたは早く行きなよ」
「う…わかった。じゃ、行ってくる」
くどくどと言っていれば煩いと耳を押さえて、背中を押された。
恭弥は恭弥で自分でできるだろうと言い聞かせれば俺はまだ皆が寝静まっている早朝に店を出た。
「うっし、行くかぁ」
残していく恭弥に後ろ髪を引かれるが、一つ気合いを入れれば空港へと向かった。
リボーンに護衛をしてもらう日々が始まって二週間が経とうとしていた。
今じゃ不審な車も、怪しい人影もなく安心だと思ったから断ろうとしたら頑なに危ないと言い張り送り迎えを続けてくれていた。
朝早くから動くなんて嫌だろうに、なぜリボーンがそこまでしてくれるのかずっとわからずにいた。
もちろん、あの時のキスも…だ。
「ねぇ、邪魔なんだけど」
「あ、すみません」
考え込んでいると後ろから声をかけられた。
振り返ったら雲雀がいて慌ててそこから退けば俺の横を尻尾を揺らしながら通りディーノの部屋へ入って行った。
普段、雲雀は一人で部屋の外に出るようなことはしない。
ディーノ曰く、人見知りでちょっとばかしトラウマを持ってしまったから…らしい。
で、どうして今日は出歩いてるのかと言うと研究に使う薬品やその他諸々が切れたらしく本部と言うところに戻って発注してくると言い置いたきり一週間ディーノが不在にしているためだ。
最初こそ人がいないときを見計らって腹を満たしたりしていたが今では俺がいてもお構いなしに冷蔵庫から牛乳をとって行ったりしている。
「慣れてくれたのかなぁ…なんて」
誰もいなくなった廊下を眺めながら小さく呟き、どこかの部屋の扉が開く音を聞いてそちらに視線を移すとそこにはリボーンがいた。
「どうした?眠れない?」
「お前じゃあるまいし、お前が寝ているか確認しに来ただけだ」
ぼーっと考えていたので時間を確認するのを忘れていた、見れば零時を回っている。
「こんな時間だったんだ、そろそろ寝るよ。心配掛けてごめん…っと、何?」
「…いや」
急いで自分の部屋に戻ろうとすればリボーンに手首を掴まれてどうしたんだと首を傾げて問いかける。
少し俺を見つめた後、視線を逸らして手を解放された。
何か言いたかったんだろうけれど、思ったことを言わないなんてリボーンらしくない。
どうしたんだろうかと不思議に思いながらも深くは追求しなかった。
俺は最近ようやく一人で眠れるようになっていたのだ、一人なのは寂しいが慣れてしまえばなんてことはない…ような気がする。
でも、隣の温もりがないとベッドは寒いと気づいた…。
「手首が…あつい…」
ドアを閉めて自分のベッドへと潜り込むがリボーンが掴んだ手首から伝わるのは先程のリボーンの体温だった。
いつまでも消えないそれにわからなくなりながら、俺は就寝した。
朝、いつものようにリボーンに送ってもらって学校にいけばあれ以来何事もなく授業を受けて同じように帰りもリボーンについてもらって帰ってくれば夕食の準備に取り掛かった。
今日は少し豪華に中華なんてのはどうだろうかとこの頃出てくるようになった雲雀へのお祝いもかねた食事を考えていると雲雀は部屋の外を出歩いているらしく、冷蔵庫に手を伸ばしていて、夕飯は俺が作るからそれを食べてくれるとありがたいのだと言いたくて手を伸ばして肩にかけた時だった。
「あの…夕飯もうすぐできるので…」
「触るなっ…ひっ、うぅっ…」
俺の手を振るほどいて冷たく言い放って拒絶されたと思った時いきなり首を押さえてくるしみだした。
はっはっと荒々しい呼吸を繰り返していて尋常じゃない事態にどうすればいいかわからず俺は急いでリボーンを呼びに部屋に走った。
「リボーン、リボーンッ…雲雀さんがっ」
「どうした?騒がしいな」
「雲雀さんが、突然苦しみだして…俺どうしていいかわからなくて…」
気だるげに部屋から出てきたリボーンに焦りながら雲雀が大変なんだとつたえれば、すぐにリボーンを連れて戻った。
そしたら、床でぐったりとしていて俺は青ざめる。
「まさか、しん「なわけねぇだろ、過呼吸に耐えきれずに意識が飛んだか…。恭弥は人間恐怖症なんだ。俺が運んでやるからお前は飯作ってろ」
「う、うん…わかった」
最悪の事態を想定したが命に別条はないと言われて安心してからか足から力が抜けた。
リボーンは俺に指示を出すと雲雀さんを抱きあげてディーノの部屋に運んで行った。
「人間恐怖症って…リボーンも人間なのに…平気なんだ」
リボーンの言葉に突っかかりを感じるがいつまでも悩んでいることはできず夕食の続きを作り始めたのだった。
雲雀に俺が飼っていた猫の話しをしてみたことがある。
見事にそんなの知らない、の一言で蹴散らされてしまったのだが、あの黒い毛並みがすごく似ていたとやっぱり思ってしまうのだ。
まぁ、違うというのだから仕方ないのだが…。
人型動物は稀に生まれ変わりと言うのが存在するらしい、というのをリボーンの部屋にあった本を読んで知った。
だから、雲雀が以前俺が飼っていた猫じゃないかと思ったのにそうではなかった。
探したいわけじゃないけれど、もし生まれ変わっているのだとしたら俺は一度その猫に謝りたいのだ。
あのときはありがとうと大切にしてやれなくて、ごめんね、と。
それは結局失敗に終わってしまったけれど。