◎ お前だけだ
いつものようにグラスを磨く。
ライトに照らすと綺麗に光って、俺を満足させる。
やはりこうして店をやっている時が一番楽しい、あるときは恋人がいる生活もいいなぁなんて思ったりもしたが、自分の時間を有意義に使える。
そんな自由気ままなこの時間が堪らなく好きだ。
「マスター、現実逃避はよくないです」
「うるさいなぁっ、ひたってるんだから話しかけるなよっ」
はぁとため息が聞こえてくる。
俺はむっとしながらグラスを置いた。
できることなら、俺だってリボーンと二人きりとか…してみたいよっ。
けど、リボーンは最近仕事が忙しいらしくここにはまったく顔を見せなくなっていた。
もう、一カ月近くか…まともに顔を合わせていない。
久しぶりに来ていた時、俺ではなく三城が対応していたし…。
ちょっと疲れた顔をしていた。
あの状態で今までずっとその生活をしているとなると、相当の仕事量だ。
俺に理解できないことはない、その辛さをわかってしまう。
だから、強く言えないのだ。
「会いたいって、いったら良いじゃないですか」
「言えるわけ、無いだろ…社会人だぞ、俺もあいつも」
いつもより崩したものいいは、今日は客がいないからだ。
繁盛しているわけじゃないし、俺と三城が食べていけるぐらいの収入があればいいだけだからどうということはない。
「社会人だから、わがままぐらい言ったっていいんですよ」
「余計なお世話だ」
俺にもアイツにも仕事があって、それ以上踏み込んではいけない領域と言うものがある。
それに、俺は基本この店を離れられない。
リボーンを探すなんてこともできるわけがない。
そんな俺の思考を断ち切るように店のベルが鳴った。
「ますたぁ、二次会だよぉ!!」
「二人だけのな」
「いらっしゃい、お二人さん」
鴻上と水野の姿になんでか安心して、カウンターに座るとすぐに注文されたハイボールとスクリュードライバーを作り始める。
三城は後ろでため息を吐いていた。
まったく、気にしすぎなんだよ。
三城はなんだかんだ俺を気にしてくれるが、気にしすぎは気に入らない。
心配するなとは言わないけれど、なんかリボーンの味方されてるようで、嫌なのだ。
ん?…これじゃあ、まるで…。
「ますたー?入れずぎじゃない?」
「あっ…ごめん、でもこれぐらいでも大丈夫か」
「薄いよ」
「そんだけ酔っ払ってたら、薄い方が良いだろ」
「マスター、何か悩み事でも?そんなに不機嫌になるぐらい」
「不機嫌なのはあいつのせい」
ちょっとソーダを入れ過ぎたそれを鴻上に渡して勘ぐる水野をあしらう。
これ以上何も突っ込まれたくない。
そんなことを言われても、俺とリボーンはどうにもなりはしないのだから。
三城は苦笑を浮かべているだけだし、まったく、なんなんだよ。
ここには癒されに来てほしいと思うのに、これじゃあ意味がないだろう。
「あ、そうだ…マスター、トワイライトってやつ作ってよ」
「……なんで、お前がそれ知ってるんだ?」
鴻上の一言に俺はピシリと固まった。
トワイライトとは、リボーンにと思って俺が作ったカクテルで夕日の色をした創作カクテルだ。
俺だけの特別な、カクテル。
「誰情報だと思う?」
「って、そんなの…ただ一人しかいないだろっ」
「リボーンさんとこいつ、アドレス交換してるんで」
「はぁっ!?」
「そうゆうこと〜」
意外な事実にまたリボーンへの怒りがこみ上げる。
グラスを握っていればさすがに三城が止めてきて、まあまあと肩をたたいて落ち着かせてくるが、そんな簡単に落ちつけるか。
「ねぇ、マスターいいでしょ。作ってって」
「…仕方ないなぁ」
まぁ、この二人もなんやかんやと色々あったようだし、少しぐらい祝う気持ちをもってやってもいいか…なんて。
ため息をつきながらもトワイライトを作っていく。
トワイライトという名前も適当につけただけで、商品化するつもりなんてまったくなかったから値段も決めてない。
適当でいいかと思いつつ二人分をきっちりと作った。
「はいどーぞ」
「わぁ、綺麗な色」
「これだけ綺麗なら店で出してもいいんじゃないですか」
「いいんだよ、遊びで作ったようなもんだし」
飲んでも美味しいと鴻上は喜んで、水野も満足そうな笑みを浮かべている。
これを同じように飲んでくれた男はここにいない。
何日も連絡はこないし、顔も見てない。
もしかしたら、閉店した後に仕事から帰ってきているのかもしれない。
なにも、知らない。
何も知ろうとしていない。
これで、良いとどこかで諦めていて、いつでもリボーンが逃げる隙を作っている。
俺だって、あまりいれこまないようにして好きだと伝えたけど…その想いはいつか消えてしまうものだから。
重くないように、リボーンの枷にならないように…。
「マスター、リボーンさんに会いたいんでしょ?」
「は?そんなこと一度も言ってない」
「顔に書いてあるよ、それに…マスターは偏屈だから」
「偏屈って…そんな特殊な性格してない」
なんつう言いざまだとため息をつくと入口のベルが鳴り響いた。
顔をあげた俺は言葉を失った。
そこには、息を切らして髪を乱し、少し疲れをにじませた顔がそこにあった。
「リボーン、なんでっ」
「はぁ?お前が投身自殺しそうだってメールで呼び出されたからだろ」
リボーンがケータイを俺に突きつけてきて、差出人はみなくともわかった。
ギロリと睨むとひくっと頬を引き攣らせて水野の後ろに隠れる。
「鴻上っ!!」
「ひっ、だってだってぇ…はっきりしないマスターが悪いんじゃんー」
むぅっと唇を尖らせて反撃する鴻上に俺は力が一気に抜けた。
確実にリボーンは急いで来てくれていて、迷惑をかけているだろうに…俺は、そんな嘘丸出しな内容のメール一本で来てくれることに嬉しさを覚えた。
「あぁ、もう…ごめん、こいつのせいだから…煮るなり焼くなり好きにして」
「そうだな、煮るなり焼くなり好きにさせてもらうか」
「ぇ…」
突然視界に入り込んできた手に驚いていると顎をとられて口づけられた。
寒い中は知ってきたのだろう、リボーンの舌は冷たくて俺のと絡まる度に体温が同じになっていく。
ここが店なのにと思うのに、リボーンは止めてくれない。
「わお…熱烈」
「さて、そろそろ帰ろうかな。三城さんお願いします」
「はい」
俺がリボーンのキスに翻弄されていると鴻上を連れて水野が席を立った。
おい、ちょっとまてこのままにする気か。
お前だろ、こいつ呼んだの俺じゃないのに…。
「ちょうどいいな、これで店じまいなら…上に行くか」
「ちょっ、何勝手に決めてるんだよ」
「すなおに寂しいって、聞きたくて放置したのに結局これか」
これってなにが、リボーンの呆れたような物言いに俺はますますわからなくなる。
そして、俺の手はリボーンに捕まってしまい、抵抗も虚しく二階へと引きずりあげられた。
後ろで確認した三城はひらひらと手を振るだけで、気づいたらベッドの上だった。
「あのさぁ、もうちょっと何かあってもいいんじゃないのかよ」
「何かって何があったらいいんだ、言ってみろ。ん?」
俺の上に覆いかぶさった男は少し苛立ちを表しながら俺に問いかけてくる。
そんなこと急に言われても…。
俺の言葉はほぼ反射的に言ったようなものだから何がといわれても、自分で何がいいたかったのかわからない。
「そ、んなの…会えなくて、ごめんとか…もっと優しく抱きしめてくれないかな、とか…」
視線を彷徨わせながら自分でも気持ち悪いと思うぐらいの言葉が出てくる。
こんなこと言ってもリボーンは喜ばないし、俺だってうざいと思う。
それなのに、リボーンを見たら言葉が止まらなかった。
「キスも、優しいのがいい…し…きて早々ヤるとか…それだけみたい、だし…」
そんなこといっても無駄だろっ。
突っ込む声が聞こえたのに俺はリボーンのスーツを握って、抱きつきたい衝動を抑えた。
「綱吉、素直になったらどうだ。寂しかったって」
「そんなわけ、ないだろ…俺だって仕事だし、おまえも…わかってるし…」
見くびるなとリボーンを見ればちゅっとキスをされた。
さっきのものとは違い優しく触れてくる。
ちゅっちゅっと啄んで落ち着くようにと髪を梳いて抱きしめられた。
久しぶりのリボーンの感触に詰めていた息を吐けばそのあともくしゃくしゃと撫でられ、甘やかされているような雰囲気。
「恋人なんだ、わがまま位いえ」
「言えない…嫌われたくないから」
それだけが怖くて、踏み込めない。
いつでもなんでもない距離を保って、うざいって言われたくないから。
それを言ったら、なおも強く抱きしめられた。
「そんなこと思うわけないだろ、そんなに不安なら今日から毎日メールしてやる。好きだって言ってやる、お前のものだって言ってやる。満足するまでお前に言葉をやる」
「言葉だけじゃ…足りない」
「なら、もっとだ」
耳元で囁く声に背筋が痺れる。
リボーンのやること全部が俺を感じさせる言葉だ。
力が抜けていく感覚に、身も心も預けたくなっていく。
こんなにも暴いて大切にしてくれようとする人を他に知らない。
もっと、欲しいって欲張ってもいいのだろうか。
もっと…リボーンを感じたいとねだってもいいんだろうな。
そんな甘い男だ。
そんな、甘い男に惚れたんだ…。
END