◎ 嫌いのち好き
「ただいま」
帰ってくるといいにおいが部屋に充満していた。
綱吉は相変わらず、俺の部屋に住んでいた。
もう少し時間が経てばこちらに移り住んでしまえと言ってもいいころ合いだろうか。
「おかえり」
顔を出した綱吉の頭を撫でて、一瞬身体をこわばらせるがすぐに力を抜く。
突然の接触には無意識に身体が硬くなるらしかった。
俺はそんな変化にも気付けていなかった。
あの最初の夜、確かに綱吉は酔っていたがこういう変化はあったのだと思う。
ただ、綱吉が目の前に現れたとそれだけに嬉しくて夢中になってしまっていた。
「好きだぞ」
「…ん」
小さな返事に俺は笑って中に入るとテーブルについた。
二人分の食事が並んで、向かい合って食べ始める。
今日の夕食は焼き魚に味噌汁とった朝食じみたものだった。
綱吉は俺の知らないところで料理のレシピを買ったらしく秘かにそれを試している。
内緒にしても綱吉の寝ている間にその本を見つけてしまったのだ。
「うまいな」
「そう…」
お互いに口はあまりうまくない。
俺は元からで、綱吉は人と接触してきていなかったから。
二人での会話は極端に少なく、喋っていたのは綱吉が俺を騙していると思って演じていた時ぐらいだろう。
どちらにしろ、こっちが本来の性格ならばなにも言わない。
ただ、俺は綱吉に声をかけることを始めた。
自分の感情を口にする、それは簡単なことで言葉で傷つけることをしてしまったのなら、今度は言葉で綱吉の緊張を解いてやろうと思ったのだ。
好きだという度、返事はしないが複雑そうな顔をする。
嫌いになれないと泣いた綱吉はあれ以来怯えているようだ。
俺が何かしないかと、また何か怖いことをするんじゃないかと。
もう何もしないと言ったのだが、信じきれないようだった。
「今日は何してた?」
「バイト、それと買い物…リボーンは?」
「俺は授業だ。そろそろ文化祭が近づいてるからな、浮ついて授業受けてる奴が多くて困る」
「文化祭、一般参加いいの?」
「きたいのか?」
「うんっ」
珍しく俺の話しにくいついてきた綱吉。
学校の話しをしたら泣かれたので、それ系のものはNGだと思っていただけに意外だった。
「まぁ、俺の学校は一般OKだけどな…」
「だったらいきたい」
「別にいいが、一人だぞ?」
「リボーンのとこにいく」
「…それならいいか」
俺の傍にいるなら問題はないと頷いた。
今さらどうして学校に興味を持ったのだろうか。
疑問をためておくのもめんどうで俺は食事が終わって話しを切り出した。
「どういう心境の変化だ?」
「なにが?」
「学校だよ、いきたくないんだと思ってたぞ」
「うーん、まぁ…二度とあの時の学校にはいきたくないけど…でも、俺さ…学校あんまいけてないんだよね。だから、みんなはどんな学校生活してるんだろって思ってさ」
そういって寂しそうに笑う綱吉は、好奇心とまだみぬ優しい仲間との交流に焦がれているようだった。
「人が多いのとか大丈夫なのか?」
「それは、平気」
「なら、今度くればいい」
よかったと笑った綱吉はとても綺麗だった。
そうやって少しずつ綱吉との距離をつめていった。
好きだと言って、無言の時や小さな返事が多かったが好きだと返されたことはない。
逆に嫌いだと言われた時もあるが、嘘だと泣かれた時もある。
それは、情緒不安定になる綱吉にはよくあることだと後に知った。
こんな風にしてしまったのは俺のせいだ。
上手に愛情を示してやれなかったから、こうなってしまった。
だから、今度はちゃんと愛せてやれればいいと思った。
そんな生活が三カ月ほど経過していた。
季節は春から夏に変わり、猛暑が続いていた。
綱吉は暑さで食が細くなり部屋でばてていることが多くなったが、そのころから少しずつフレンドリーに接してくることが多くなった。
少しずつ、綱吉の中では変化があるらしく最近では明るくバイトの話しを進んでしてくる。
同じバイト先に三咲とか言う女がいたことは初耳だった。
偶然を装って見に行けば、なにしにきてるんだよと追い返されてしまったことは記憶に新しい。
今日も暑さにやられそうになりながら部屋に帰れば冷房の涼しい風が流れてきて一息つく。
「ただいま」
「おかえりー」
ごしごしと目を擦りながらでてきた綱吉の頬に涙の後を見れば、俺は慌てて駆け寄って肩を掴む。
「な、なに?」
「何はお前だ。何泣いてるんだよ」
顔を覗き込んで涙で潤む瞳はごまかせないと言ってやれば、綱吉は何でもない顔であれだよと指さした。
その先にはみじん切りのタマネギがあった。
「あ…そうか」
「そうだよ、ご飯もうすぐできるから…待ってて」
「ああ、わかった…好きだぞ」
「うん…知ってる」
安心して頭を撫でようとすれば一瞬怯えを見せてきた。
今日は止めた方がいいかと手をひっこめるが、視線がそれを追ってきていて俺は少し迷ってぽんぽんと頭を撫でる方を選択した。
すると柔らかく表情が緩んだので、これが正解かと俺はほっと胸を撫でおろした。
いまではすっかり綱吉に翻弄させられている気分だ。
それにしても、今日はなんだか様子がおかしい。
思えば朝から少し変だった気がする。
そわそわと落ちつかないような、何をそんなに気にしているのかはわからないのだが、とりあえず一日様子を見ようと思った。
「いただきます」
「いただきます」
その日の食事はハンバーグだった。
これで玉ねぎのみじん切りか、と納得した。
最近では勝利のレパートリーに幅が増えている。
それも美味しい、手先は器用らしい。
美味しくハンバーグを食べれば、その後は寝るだけだ。
綱吉とは最初の夜以外手を出したことはない。
キスも、だ。
それ相応のことをしていたし、綱吉は受け入れることはないと思っていた。
だが、それも少しずつ距離を縮めていけば有り得ることだ。
無理をすることでもない、そう決めていた。
綱吉は先に風呂に入っている、俺は出てくるのを待っていた。
「そう言えば、アイツが玉ねぎで泣いたところとか…初めてみたな」
ふと思い立って、それは綱吉がいつもコンタクトをしているからだと思いだした。
ということは、今日はコンタクトをしていなかったのだとわかる。
綱吉の眼は元から悪かったのに加えて、今も少しずつ悪くなっているようだから裸眼は結構近づかないと見えないと言っていた。
してなくても感覚でなにがあるかわかるからコンタクトを外しても問題はないと言っていたから違和感がなかったのか。
でも、なんで外していたのだろうか。
今さら疑問が浮かんできて、落ちつかなくなってくる。
考えていると綱吉が風呂から上がってきたが、ふらついていた。
「どうした?」
「シャンプーとリンス間違えた…」
「…お前、なんで今日コンタクトしてないんだ?それでなくとも、眼鏡は時々掛けてただろ?」
「あ……と、みえるから…いい」
見えてないからそんなことになったんだろと、ため息をつけば俺は綱吉の手を引いた。
「外してたいなら、今日は大人しくベッドに居ろ」
「リボーンは?」
「風呂入ってくる」
「すぐ、きて」
綱吉の言葉に引っ掛かりを感じたが、俺はわかったと頷いて風呂に入った。
暴れる心臓を深呼吸することで抑えつける。
リボーンのことを殺せないと思うまで時間はかかった。
嫌いじゃないと思うまで、また時間をかけた。
好きだと言われるたびに、俺は好きじゃないと答えたくてたまらなかった。
けれど、そう言い聞かせるたびにリボーンを気にしていると思ってしまってダメだった。
そのうち、リボーンとの距離がだんだんと縮まっていることに気づいた。
ドアは少し開いているだけでも平気になったし、夜に起きてしまうこともなくなった。
突然の接触にはびっくりするが、触られることに抵抗を覚えなくなった。
怖いぐらいに、俺はリボーンを受け入れていたのだ。
リボーンの行っている学校の文化祭にいったときに、意外にも皆にもてはやされて…もやもやした気持ちを抱いたのがきっかけだった。
まだ、リボーンを許せた気になっていない。
いや、一生許すことはできないかもしれない。
時々泣きたいほどに、不安になって縋ってしまった時がある。
世界に一人きりになってしまったような感覚に涙が止まらなくて、リボーンが傍にいると言ってくれたときに安心した。
こんなのは矛盾している。
そう思うのに、抗えない。
そんな気持ちを抱え続けて、今日俺は決心した。
自分から近づいてみようか、と。
「あがったぞ」
「早い」
「すぐ来いって言ったのはお前だろ」
隣に座って寝る準備に取り掛かる。
いつものように寝室のドアは少し開けてくれて、どこまで尽くす気なのか。
あんな過去がなければ、惚れていただろう。
でも、あんな過去がなければ、こうして隣に居ることすら…叶わなかった。
リボーンは布団の中に入りこもうとして俺が動かないのを不思議に思って、俺をじっと見つめてきた。
俺は見えないが、視線を感じることはできた。
「見えないか?」
「…みえる」
聞かれて、首を振った。
今一度呼吸を整えて、俺はリボーンに顔を近づけた。
見える位置まで、というと相手の息がかかるぐらい近くだろうか。
案の定リボーンの驚いた顔が見えた。
そうして、少し顔を傾け唇を触れさせた。
あの夜はキスすらもしていなかった。
行きずりの男にそこまですることはなかったのだろう。
しばらく重ねて離れると、リボーンの手が俺の頬を撫でた。
「ツナ…」
「して、くれない?」
「いいのか?お前、嫌だろ?」
「嫌だったけど、リボーンなら…いいよ。リボーンが、いいんだ」
それは俺の本心の様なそうじゃないような複雑な気持ちだった。
まだ、自分の気持ちがはっきりとわかったわけじゃないけれど…でも、時々ぎゅうっと胸が締め付けられるのだ。
苦しいほどに、リボーンを求めたくて手を伸ばせば近くにいつもいる。
だから、今日は手を伸ばしてみた。
「あまり、もたないかも…」
「わかった、優しくする。お前がいいところまで、くれ」
逃げたい気持ちと、明け渡したい気持ちがせめぎ合って、落ちつかない。
リボーンに肩を押されてベッドに横たわった。
近くから出てきたローションに俺は恥ずかしくて視線を逸らした。
「俺を見てろ」
「…むり」
「俺をみたいから、外してたんじゃないのか?」
「それも、あるけど…」
視界が不明瞭の方が、違和感なくリボーンに近づけると思ったのだ。
服を脱がされて、足を広げさせられる。
リボーンは離れることなく身体のどこかが必ず触れていた。
「痛かったら言えよ」
「ん…」
奥に指先が触れた。
リボーンはなんだか急いでいるようで、周りを撫でた後に指が一本入りこんできた。
一本はすぐに飲み込めて、動かされるたび違和感があったが、慣れれば大丈夫だった。
二本に増えたら圧迫感に息が詰まる。
「やめるか?」
「や…め、ない」
「もうすこし、我慢しろ」
いれる気なのかと驚かれたけれど、頷いたらわかったとだけ短い返事が返ってきた。
だから根気よくリボーンは俺の中を解かして、ローションを継ぎ足した。
ぬるぬる、ぬちぬち、卑猥な水音が俺の感覚を麻痺させてくる。
中を擦るたびになにか熱いものが湧き上がってきて腰が揺れる。
落ちつかないとリボーンの手を掴めば大丈夫だとキスをしてきた。
リボーンが見えるとそれだけで安心できて、手を伸ばして自分から抱きついた。
「りぼーん、りぼーん…」
「なくな、やめるぞ」
「や、やぁ…あ、ん…」
じわじわと追い詰められてきて、リボーンの指が俺の頬を撫でた。
止めるのは嫌だと首を振った。
此処まで来たら、リボーンを受け入れたい。
「はぁ、はぁ…だいじょうぶだから」
「いいのか?ほんとうに?」
「ん、いい…からぁ…きて」
多分、俺はぎこちなかったんだと思う。
リボーンは始終嫌じゃないのかと聞いてきて不安そうな顔をしていた。
逃げたくなる気持ちを押し殺していた。
リボーンを受け入れたら何か変わるかもしれない。
だんだんと心の距離が縮まっていく気がして、嬉しかったのは俺だけじゃないはず。
ゆっくりと入りこんできた熱に、身体をのけぞらせてそれでも止まらないリボーンの侵入は時間がかかった。
なにせ、全く使っていなかった器官だ。
時間がかかるのは当たり前だろう。
そうして、全部をいれた時には意識を失いかけた。
「おい、冗談にならねぇからそれだけは止めろ」
「けほっ…ん、うごいて」
「ツナ、急すぎねぇか?」
「ん、いい…ここ、もぞもぞして、落ちつかない」
下腹部辺りを撫でて、見上げれば息を飲む音がした。
途端、突き上げられて悲鳴のような声が上がったけれど、リボーンはもう動きを止めることはなかった。
リボーンの熱いものが中を擦り上げる。
気持ちよさもわからなかったが、十分満たされた気になった。
心が温かくなって、自然と涙が溢れた。
次第に嗚咽が混じって、リボーンが心配したけれど止めることはできなくて俺はリボーンの手を握って泣きじゃくった。
「それじゃあレイプしてるみたいだろうが…」
「ごめ…なさ、ひぃ…うあ、あああっ、あー」
謝ったが、堰を切ったように溢れだす涙はとめどなくセックスどころじゃなくなってリボーンは頭を撫でて抱きしめて、宥めてくれたけれどそうされるたび泣いた。
許せない気持と、許したい気持ちが織り交ぜになって感覚がマヒしていた。
泣くだけ泣いて、それでもリボーンのそれは萎えることなく我に返ると動きが再開された。
「ったく、すきだ…すきだ、綱吉」
「…ん……れも」
突き上げるたびに言われた告白に、小さな声で返したら痛いぐらいに抱きしめられてリボーンの泣きそうな声が耳に注ぎこまれた。
そうして、謝る声が…囁かれた。
また涙が溢れて、止まらなくなって…泣いているうちに自身を扱かれ、高みに連れていかれた。
中へと放たれたモノに、込めていた力を抜いた
「うさぎになってるぞ」
「…みるな」
リボーンの触れてくる手をそっと振り払って胸に顔を埋めた。
一気に色々詰め込まれた気がして、疲れてしまった。
今日はこのまま眠ってしまいたい。
「抱いてて、ねえ」
「わかった、してやる」
俺の涙腺は壊れてしまったらしい。
少しの感情の高まりにも反応して涙が出た。
リボーンが俺を抱きしめた時に泣いて、乱れそうになる声を抑えてしがみついた。
リボーンは俺の髪を撫で続けてくれていて、やっぱり俺は複雑な気持ちになって、変な顔をしていたのだと思う。
それでも、リボーンの手が上機嫌に動くものだから、これでよかったのかもしれないと思うことにした。
まだ、長い時間はかかりそうだ。
確信がもてないところが、一番の不安な点だが…きっと、俺はそのうちこの男にはっきりと告白をする日がくるのだろう。
それまで、待ってくれているという確信はあるので、もう少し気長に待ってもらうことにしようと、落ちていく意識の中、好きだとリボーンの聞きなれた告白が鼓膜を震わせていた。
お前の愛を信じられるまで、あとどのぐらい時間がかかるのかな。
きっと、時間はかからない…。
何かがそう、告げていた。
END