◎ 戻れませんっ
夕暮れの病室、起こされた俺はじっと自分の器を眺めていた。
これに入れば、元通り。
リボーンを好きだったことも忘れてしまうかもしれない…。
それなら本当は戻りたくない、だってこの気持ちはなくしたくない大切なものだから。
でも、元に戻らないとリボーンに好きになってもらえない。
俺はリボーンのことを跡形もなく忘れてしまうかもしれないのに…そんなこと言うなんて卑怯だ…。
「酷いよ…」
それでも身体があっただけましだと思うべきか。
本当ならないかもしれなかった身体。
そっと掌を翳せば温かい…生きてる。
中身がなくても心臓が動き血が巡り、息をしている。
俺はここにいるのに…。
中に入ろうと意を決して目を閉じた。
重なる感覚で自分の中に入る。
「……あれ?」
そうして手足が動くはずだった。
が、俺は今ベッドの下だ。
自分の身体をすりぬけてしまった。
「え、うそ…え?ええっ!?」
下から自分の身体に入ろうとしても上に抜けた。
自分の身体は眠っているのに、どうして入れないんだろう。
誰かに助けを求めようとあたりを見回すが、なんか変なのしかいない。
そもそもここは病院だ。
俺が考えられないようなものたちがいることは明白。
俺は冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「ひっ……」
「ふぁ…」
誰もいなくなった部屋、することもなく俺は欠伸をしてベッドに横になった。
煩い奴がいなくなると途端に寂しくなるとはよくいったもので、俺は異様な静けさにつまらなさを感じていた。
なにしろ、俺が何かするたびにわーわーと煩かったツナのことだ。
あれだけ騒げば嫌気もさすがこうなってからの寂しさはひとしおだ。
「別に、いいだろ。こんなのいつもなんだから」
誰に言うでもなく寝がえりをうって呟いた。
唐突に自覚したものが大きすぎてどうしたらいいかわからない。
大体、次に会うのがいつになるかもわからないのに…いや、もう会えるかもわからないのにこんな風に想うだけ無駄な気さえしてくる。
そんなとき、こんこんとドアをノックされる。
俺は起き上がり夕食をとりに行った。
一人きりでの食事は慣れたはずなのに、どうしてこんなにもつまらないと思ってしまうのか…。
「はぁ……」
ため息をついて食べる気もなかったが無理やり飲みこんだ。
チッと舌打ちして食器を戻しに行く。
帰ってくるといきなり何かに押し倒された。
「うわぁああっ、リボーンッ!!」
「………は?」
もう少し情緒なんかあってもいいんじゃないだろうか。
俺の腹にくっついて泣き喚いているツナにしらず拳が舞った。
「…痛い」
「で、なんでお前戻ってきてんだよ」
「だって、すごくこわかった…」
泣きべそをかきながらベッドに座る俺の足元に正座しているツナを見下ろした。
怖かったってなんだ、アレか?
だからお前幽霊だって何回言ったらわかるんだよ…。
俺は怒りを通り越してあきれたようにため息を吐いた。
「怖くて自分の身体にも入れなかったのか?」
「ううん、入ろうとしても入れなかったんだよ…で、誰かに助けを求めようとしたら変なものが俺の身体に…」
「なにもなってないじゃないか」
「逃げてきたんだって」
それはそれは恐ろしかったんだと身振り手振りで表現しようとするツナになんだか楽しくなっているのを知るとそれを知られないように大袈裟に頭に手をやるとぐしゃぐしゃとかきまぜた。
「うわぁぁっ、何するんだよ」
「馬鹿だな」
「そんなわかりきったこと言うなって、余計傷つく」
「だからさ、もう少しここに居させて?」
「…お前、そうやって強請ればなんでも許されると思うなよ」
「駄目なの?」
これ以上の面倒はごめんだと口では言うも、上目づかいで見上げられてしまえば折れてしまうしかないだろう。
こいつはどうしようもない奴だ、放っておいたらまた変な霊に何かされかねない。
「しかたねぇな…戻れそうなら、ちゃんと戻れよ」
「うんっ…ありがと、リボーン」
ぎゅっと抱きしめられてつい抱き返そうとした自分に自己嫌悪する。
そんなに簡単な男だったのか、俺は。
自制心を最大限に駆使してツナを引きはがした。
「もういい…とりあえず、漫画でも読んでろ」
「はーい、リボーンはどこ行くの?」
「風呂っ、ついてくんなよ」
ったく、暢気なものだ、
ツナは愛情を返されたらどうするつもりなのだろう。
好きだ好きだと言い続けて、好きだと返されたらあいつは…どう思うのだろうか。
「まぁ、戸惑うか」
自分だってこんなの信じられないのだ。
風呂場につけば脱衣場で服を脱ぐ。
どうせ嘘だ、あり得ない、と言いながら俺の言葉をまともに受け入れはしないのだろう。
それを一々説明してやるほど気の長い男でもないため、今の状態のツナに自分の気持ちを伝えることはできないかもしれない。
でも、それもいいだろう…あんな姿で想いが通じ合ってしまったら、それこそ…。
浴室に入ればシャワーを浴びる。
後ろを確認してツナが後を追ってきてないのを確認すると壁に寄りかかり自身を握る。
ここ最近、ツナの相手をしているので溜まりっ放しだ。
男の生理現象として夢精なんてものしようものなら恥ずかしいどころではないだろう。
目を閉じツナをベッドに押し倒している図を想像した。
『りぼーん…ほんとうに…?』
『なんだよ、嫌なのか?』
『いやじゃないけど……あっ、んんっ…』
我ながら本命が部屋にいるのになんとも滑稽なことだろう。
ツナ、ツナ、胸の内で囁きながら自身を擦った。
自分で玉袋や裏筋を撫であげ高めていく。
「はっ…つな……つな…」
「……呼んだ?」
「っ…ばっ……はっ!?」
「え…あ、あれ?」
知らずに口から出ていた言葉、それにあろうことか返事をして現れたツナに俺は慌てた挙句…言葉を失った。
ツナも俺の状態を知って顔を真っ赤にしている。
それもそうだろう、いくら馬鹿だって今がどんな状態で誰のことを思いながらしていたかなんてわかりきったことなのだから。
「とりあえず…でてけ」
「はい……」
一瞬にして萎えてしまった自身を再び高ぶらせることなんて俺に出来るわけもなくシャワーを頭からかぶり、でると部屋に向かう。
どんな話しをするべきか…そんなの最初から考えてない。
ドアを開ければ再び正座しているツナがいた。
「なにしてんだ」
「ごめん…」
「何に謝ってんだ」
「いや、覗いちゃって…」
こうも素直に謝られるとつい無視を決め込もうとしていた自分を呪いたくなるが、これはこれまず覗いたことが悪い。
いや、名を呼んでしまったのは俺の失敗でもあるのだが…。
「…これでわかったか」
「……いや、その…」
「てめぇ、あれ見て何かわからねぇとかいったら殴るぞ」
俺はついツナの胸倉をゆるく掴んで言ってやったがツナは恥ずかしそうに視線を合わせないままだ。
なんだ、あれみて嫌いになったとか言うのかこのやろう。
「いや、わかったよ…でも……俺も男だから」
「は?」
「どうしよう、リボーン」
泣きそうな声で言われてぎゅっと俺の服を掴んでくる。
よく見ればツナの瞳は欲情にうっすら濡れているようにも見える。
「お前、無理だろ」
「わかってるよ…わかってるから……もう、俺を喜ばせないでよぉっ」
「……はぁ…」
何かと思えばそんなことで悩むなんて…いや、本人にとってはとても重要なことだ。
俺にとっても、重要ではあるが…些か呆れが最初に来るのは多分これまでのこいつとの生活のせいだ。
「だったら早く戻れっ」
「それができたら苦労してないっ」
「早く直接触らせろ」
「俺だって触りたいっ」
「生殺しかっ」
「俺は半分死んでるっ」
好きなだけ言い合ってプッと噴き出した。
なにしょうもないことで言い争いしてんだろう。
「ったく、なにしてんだよ」
「…すきなんだから、しかたないよ…ね?」
「お前がいってんじゃねぇよ」
服を離してベッドに横になり両手を広げればツナが抱きついてくる。
感覚のない身体、本当に抱きしめる日がくるのか…なんて考えたくはない。
「リボーン、ありがとう…俺、今死んでもいいぐらい幸せ」
「しゃれになんねぇこと言うな…このままとか、言ったら殴る」
「ごめん、もう言わない…でもさぁ、触れるんだからなんとなくなんかできそうじゃない?」
「……なにが言いたい?」
「いやぁ、俺は気持ち良くなれるなって…いったぁっ」
何を言い出すかと思えば自分だけ満足しようなんて考えやがって。
エロいことしか興味ないとか中学生か。
「すぐ殴るっ」
「殴られるようなことをお前はしてるんだ、早く気づいてくれ」
「……あ、じゃあ俺がオナるからそれ見て…ああ、ごめんっもう言わないから殴らないでぇっ」
まじでコイツ一回絞めあげたい。
えろいことしか考えない頭はこれだからいやなんだ。
まぁ、いいとは思うが…思うがっ。
俺は俺で我慢しようとしているんだ、それなのにこいつは好き勝手言いやがって。
「もう、寝ろ…つーか、寝てくれ」
「うん、わかった…寝るからこのままでいい?」
「別に問題ない…重さなんてないようなもんだしな」
幽霊なんて感触があるだけで腕枕をしたところで何のことはない。
ようやく諦めてくれたことにほっとしつつ、この状態が続くようならきっと…俺は我慢が効かなくなるんだろうが…それまでは普通に愛させてほしい、と思う。
相手が幽霊というだけでもう普通じゃないが、今はこのままこの変な幸せに浸っていたい。
異常だと言われてしまえばそうだろうが…仕方ないだろ。
好きになってしまったものは…。
先が思いやられるとため息を吐きながら、隣で目を閉じるツナの額にそっと唇を寄せた。