パロ | ナノ

 水深30mの世界で

ぱたりとしめられたドア。
俺はバイトまで時間があるため部屋に残る。
一週間ほどが経過した。
すっかりこの生活に慣れてしまって、もとから通っていたようなものだから慣れるのなんて簡単だった。
けれど、そのあいだずっとリボーンを殺せないでいる。
殺してもいいと言った、言った通りリボーンはいつもなんの警戒もしない。
一緒に風呂に入るかと誘われた時もあるが、それは断った。
リボーンは俺が嫌だと言ったことは絶対にしない。
ただ、なにもかも受け入れる体勢をとっている。
それが怖いと思うのに、相手のパーソナルスペースに引き入れられているようで嫌な気はしない。

「そう思うことがおかしいだろ…」

おかしい…のに。
なんで、あれだけ憎いのに手にかけることができないのだろうか。
凶器ならキッチンにある。
やろうと思えば後ろをとることも可能だ。
なのに、どうして…。
俺はソファに座って、くしゃりと髪を掴んだ。

「こんなに苦しい思いをしているのに、なんで…」

そりゃ、人の命をとるなんてことしたことないし…むしろ、そこまで思っているのは一人しかいない。
アイツも殺して俺も死ぬぐらいの気持ちでいても身体が動かないのだ。
そして、ふっとこの生活が続けばいいなと思う時もある。
俺とリボーンは少しずつ話すようになった。
元から、俺はあいつと話すようにしていたため俺がリボーンを騙していたことがばれて少し話さない期間があったぐらいだ。
リボーンが話すたび、新たなことがわかっていく。
時々見せる笑顔を見るたび、俺の心が揺れ動く。

「俺は、どうしたいんだ」

この身体に沁みつくほどの憎しみが蓄積しているのに。
俺ははぁーっと胸に溜めた息を吐きだすと立ちあがる。
こんなことを思っていても仕方がない。
バイトに行く時間が迫っていた。
俺は貸してもらっている鍵で鍵を締め、部屋を出た。




今日も変わらない授業が始まる。
俺の勤めている中学は頭が良いというわけではない、悪い奴もいい奴も、みんないっしょくたで一人になってるやつはそっと助けてやる。
人間は不思議な生き物だ。
仲間割れはするし、相手を平気で嘲ることをする。
泣くという感情は人間にしかないのだとどこかの偉い奴が言っていた。
誰かを思って泣くことも、傷つけられて誰かに助けを求めて泣くことも、人間にしかできない。
俺は、あいつの泣き顔が好きだった。
綺麗な涙を流して、助けを求めていた。
俺の名前を呼べばいいのにと思った、どうして俺を選ばないのかと。
それは、たんなる独占欲だったのだが、それでも俺はアイツが欲しかった。
男同士なんてそんなのは一番どうでもいい。
アイツがそれを望んでくれたら、もっとよかった。
もうあの頃の様な子供じみた感情は薄れたが、欲しいと思う気持ちはあり続けている。
自分でもヤバいんじゃないかと気晴らしも兼ねて先生になってみたが、どうにも忙しいのに時間がある時はいつも綱吉のことばかりを考えていた。
何年越しの片想いだというのだろうか…。

「リボーン先生、なんか今日はぼーっとしてんね」
「してねぇよ」

つい、気を逸らし過ぎて声をかけられてしまった。
俺は慌てて気を取り直すと教科書の内容を読み上げ、黒板に文字を書き足していく。
俺の受け持つクラスは奇跡的に苛めはなかった。
皆が仲良くというわけではないが、派閥に溢れるものはなくみんな仲のいいものだ。
こうして俺もアイツの手をとってやればよかったんだ。苛める側ではなく、仲間として受け入れる側に。
そしたら、空白の時間なんてものもなかっただろうに…。
でも、再び出逢えたのは結果的に綱吉の執着心であって、俺が何をしたわけではない。
そう、綱吉からきた。
それだけが、俺の自信。
アイツが俺を忘れていないという、事実こそなによりの証拠。
授業の終わりを知らせる鐘と共に俺はここまで、と話しを切った。
今日も定時で上がりたいが、テストの採点が残っている。
少し遅れるかもしれないな、とメールしようとして止めた。
いつまでも嫌いだと認識させているのは、良くない。
綱吉が俺を殺せない時点で、嫌いは否定されているというのに。
小さい頃、あんなトラウマを植えつけられて、殺せないなんて…それは、おかしい。
俺を追いかけてくるまでのことができるなら、それぐらい容易いことだろう。
そろそろ、行動に移してわかってもらって方が良いかもしれない。
教室を出て、まっすぐ職員室へと向かいながら、帰りのホームルームまで時間があるので先にやることをやっておかなければと思考を巡らせていた。




いつもの時間より三時間ほど遅れて部屋についた。
部屋の明かりはついていて、綱吉はもう帰宅していることを示していた。

「ただいま」
「…何で遅れたんだよ」
「残業だってある。飯は?」
「あるけど…冷めちゃってるよ」
「いい、そのまま食うからな」

少し寂しそうな声が聞こえた。
ほらな、普通そんな声出さないんだ。好きでもないかぎり、そんな寂しくて仕方ないって顔もしない。
俺は構わず部屋の中へと入った。
夕食の匂いがして、綱吉は一人で食べたらしい。
俺はそのままテーブルに乗っている食事に手をつける。
なにも食べてこなかったから腹が減っていた。

「何か、飲む?」
「いや、ツナはそこに座ってろ」
「…うん」

最近はまた話すようになった、心を開いている証だ。
ゆっくりと俺に傾いてくる、嬉しいはずなのにそれでいいのかと問いかけたくてたまらない。
だから、これからすることはツナが悪いわけじゃない…むしろ、俺が悪い。
全部全部、俺のせいだ。
食べた傍から、俺は立ち上がるとキッチンにいってナイフを取り出した。

「な、に」
「こうするんだ」

俺は、綱吉の手をとると自分の首筋へとあてさせた。
手を引けばそのまま切れて俺は死ねるだろう。
綱吉は信じられないという顔をしていた。

「ツナ、いつになったら俺の息の根を止めるんだ…?待ってるだけじゃ、なにもならないぞ」
「や、だ……やめ…」
「お前の闘志はどこにいったんだ?いつになったら、俺に手を下す…?」

聞けば綱吉は首を振り続けた。
そのうちぽたぽたと涙が零れ落ちてフローリングを濡らした。

「むり、できない…やめて、やろよぉ」

泣き叫ぶように声をあげて、綱吉の手から力が抜けた。
そのままナイフを落としてしまえばその場に膝をついて蹲ってしまう。
肩が震え続け、見ているだけで痛々しい。
俺は背中をそっと撫でた。

「すまん、ツナ…お前のこと好きだったんだ、今もだ。ずっと、好きだったんだ。この気持ちは変えられない、嫌だったら俺を殺せ。きっと、この先お前のことをまだ傷つける。だから、なかったことにしろ」

言えばそれだけ激しく首を振った。
泣きづつけているらしく嗚咽は止まらない。
けれど、綱吉は顔を上げて俺をじっと見つめた。

「俺がいなくなれば、全部なかったことにできる。お前は俺を追いかけてくるだろ?だから、いっそのこと息の根をとめてしまえ」
「おれ…おれだって…、もうむりだ…お前のこと、嫌いって思えなくなってる、もう…手遅れだ」

真っ赤に染まった瞳が見つめた。
俺は綱吉の手を引き寄せ、抱きしめた。
大人しく腕に収まっている様は、どうみても愛情のそれだった。

「お前、いいのか。俺は一生はなさねぇぞ」
「そんなの、わかってる…俺の心がもうお前のものなんだから」

ぎゅっと握りしめられた胸を見ればそっと手を重ねる。
まだ戸惑いが見える。
それもそのはずだ、苛めていたのだから。
もしかしたら、綱吉は俺を一生許せないかもしれない。
それ相応のことをしていた、それでもいい…いっそ、こいつの中に何かを刻めるなら一生消えない傷跡を残したいと思っていたところなのだから。



END





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