◎ 変わり始めるこころ
同居人の綱吉と暮らし始めて、結構経つ。
悪くないなと思っていた矢先に意外な性癖も知ってしまった。
男にしか感じない身体なんて、漫画の中の話しだと思っていただけに俺は驚いたが、悪くないなとも思っていた。
実際、俺は萎えるどころか反応したのだが…。
これが恋なのか、というのはわからないままだ。
綱吉がどうであれ、身体の関係だというのは明白でお互いに満足するのならこれは悪くないと思っている。
綱吉が毎日のように飯を作るのを俺は眺めている。
俺の目の前でエプロンして腰揺らしているのをみたら、なんとなくむらっときた。
「それって、どうなんだ実際」
「…えーと、変態?」
「俺は清純派だぞ?」
「うっそ、どこが」
前髪を掻きあげ、バーテンダーの恰好をした俺に容赦なくつっこみをいれる、こいつは逸美。
幼なじみっていうやつで、そのくせ碌な男に引っ掛からない。
若かりし頃は、俺にしとけ、なんつうクサイセリフを言ってみたこともあるが気持ち悪いで一蹴された。
まぁ、自分でもあれはさすがに黒歴史だ。
逸美にカクテルを出しながらため息をついた。
「それってぇ、惚れてるんじゃない?」
「お前みたいに軽々しく惚れねぇンだよ」
「私だって軽々しく惚れてないしっ」
そう言いながら頬を膨らませる。
その頬には痛々しいぐらいの青あざがあり、膨らませた瞬間痛みに顔をしかめていた。
「軽々しく惚れてないなら、お前の顔にこんな跡残さねぇだろ」
「これは…私が、だめだったから」
「ほう、どう駄目だったのか聞かせてみろ」
「…いいでしょ、私のことなんか。リボーンの話し聞かせなさいよ」
話を濁す逸美にこいつ、また変な男に捕まってるなとため息をついた。
こいつは、昔から本当に男運がない。
しつこいストーカーだったり、妄想主義だったり、二股三股なんていうのはざらにあった。
そして、今はDV男らしい。
「殺される前に俺に連絡しろよ」
「やだなぁ、殺されるとかホント大丈夫だって」
逸美の言葉にその強がりが心配だと思うのだと悪態をつく。
こいつには恋愛感情なんてものはない、小さいころから一緒なせいか兄妹のような感覚だ。
「で、その痣つけた男は今どこにいんだ?」
「ああ、彼今バイト中」
「そうか、飲み過ぎるなよ」
「うん、大丈夫。リボーンより強いし」
ニヤリと笑ってグラスを傾ける逸美に俺は引き攣り笑いを浮かべた。
こいつはざるでいくら飲んでも酔わない。さすがに気持ち悪くなるようで吐きたいというが、飲み比べをした時はワインを四本ほど開けているのを見た時にはさすがに負け宣言したのだ。
あれは、俺がいくら張り合ったところで、逸美の身体がどうにかなりそうだと思ったからだ。
決して負けたと思ったとかそういうんじゃねぇぞ。
そして、結局もっと聞かせてと言われるままに俺は綱吉の話しをして、聞くだけ聞いて帰って行った。
「あいつ、綱吉のこと気に入ったな」
綱吉なら悪い男ではないと思うが、俺の飯を作っている間だけは恋人なんてものにはならないでほしいと思う。
アイツは俺のものだ。胃袋を掴まれるというのはこういうことを言うのだろうか。
「最近じゃ、アイツの飯が一番うまいとか思ってるしな…」
やばいな、と思うが食べるとなると綱吉の料理なのだから、美味しく食べられるのなら問題はないと思う…思うのだが…。
「男だぞ」
日々、誰を遊ぼうかと女を吟味する俺からしたらどうしてそうなった、と言いたいぐらいだ。
正直、男が男を好きになるとか思わない。
自分の最近の行動を思い返してみて、どうしてアイツの甘えにも応えてやっているのかわからない。
確かに、甘えるのはかわいらしいなと思うが…。
「はぁ…」
「ため息つくなー」
「はぁい」
小さなため息を後ろで聞いていたらしい先輩にすれ違いざま言われて口を噤む。
バイト中だというのを忘れてはいけない。
これが終わったら、綱吉の飯にありつける…。
と思った。
「なんで誰もいないんだ」
チッと暗い部屋に舌打ちをして中へと入る。
そうして、ようやく思い出した。
綱吉は友達と飲みに行くと言っていたことを。
俺は、しかたなく自分でご飯を作った。こんなことになるのなら店で賄いでも少しもらってくればよかったと後悔した。
何で忘れていたのか、寝起きで頭が働いていなかったからか…そうか。
自問自答しても意味がないのでご飯を食べた後、部屋に入る。
日々出される課題をやりながらぼーっと時計を眺めた。
いつもは面白いぐらい時間が過ぎていくのに、今日はなかなか前に進まない。
いつも同じように時間を刻んでいるのにおかしいなと感じながら自分が綱吉を待っていることに気づいた。
「あいつを待ったところでもう用はなくなったのにな」
わざわざ部屋に押し掛ける用事もないし、綱吉が帰ってきたところであいつは勝手に風呂に入り勝手に寝るだろう。
これが普通だろ、いくら同じ空間で過ごしていると言っても居住区は別々だ。
お互いの生活に干渉されるのが俺は一番嫌いだ、なのに…。
「なにしてんだ、あいつは」
夜が深くなっていく。
飲みに行くと言って、帰りになにかトラブルに巻き込まれてしまったのだろうか。
それとも単に飲み過ぎて遅くなっているだけか…。
考えはじめたらきりがなく、どんどん浮かび上がってくる疑問にどうして綱吉のことばかりなのかと思う。
「ったく、早く帰ってこい」
チッと舌打ちしたところで、部屋のチャイムが鳴った。
俺は立ち上がると玄関に向かい覗き穴をみた。
そこには、綱吉が男に支えられているのが見えた。
俺は鍵を開けてやると綱吉が自分でドアを開けた。
「ただいま…」
「遅い、いつまで飲んでんだ。明日一限からだったんじゃ…」
「ども」
「…ども」
苦笑いを浮かべて挨拶をする男にますます俺は機嫌が悪くなる。
つか、なんで俺はこいつにそんなことを思わないといけないのか。
単なる、綱吉の友達だろ。
顔をあげた綱吉は酔っているようで、目がうつろだ。
そうして、綱吉の腕を差し出してきたので俺はそれを受け取った。
「へ?…え?」
「いや、俺綱吉の友達で…飲ませすぎたのは悪いと思ってるから」
「飲んだのはこいつが悪いんだろ、わざわざすまねぇな」
「じゃ、俺はこれで」
綱吉の友達なのでできるだけ悪い印象は与えないように努めた。
猫を被るのは元より得意だ。
ドアが閉まると綱吉が俺の腕を縋るように掴んできた。
なにをしているんだと思うが、特に理由もなさそうだ。
よくあることだ、なにが良いのか綱吉は俺の顔をじっと見ている時がある。
「おい、くっつくな酔っ払い」
「はきそう…」
「ばっ、こんなところで吐くなよっ!?」
言われた言葉に俺は驚いて、綱吉をトイレに連れて行った。
早く吐けと待ってみるが一向にそんな気配はない。
声をかけると、思うように吐けないと言われてしまった。
ここには用意がない、だいたい飲み過ぎた時に指以外の対処法が思いつかない。
俺は綱吉の口に指を突っ込むと喉奥を刺激した。
咳こんで一気に吐き出す綱吉を見れば少し楽そうにして、座り込んだ。
手を拭きながらよく頑張ったという意味で頭を撫でてやり、さっさと風呂に入れよと声をかけて自分の部屋に戻った。
そして、そこでようやくハッとする。
どうして自分は男の綱吉の口に平気で指をつっこみ、吐かせたんだ…?
仕事がらそういうのはよくあるが、そこまでしてやったのは綱吉だけだ。
「はぁーーーーーー、何やってんだ俺」
女、どうにか女を見つけなければならないらしい。
これはなんかやばい。
綱吉が可愛いと思ってしまっている俺はどうかしてしまったに違いない。
女がいないせいでこうなっているのだ。
女がいて、きゃっきゃと騒がれる空間に戻ろうそうしよう。
「よし、とりあえず合コンからか」
ケータイを持つと明日からの予定をみっちりといれてやった。
これですこしは気の迷いだったとわかるに違いない。
これは恋じゃない、これは違う。
いつの間にか自分に教え込む暗示のようにその言葉を繰り返し、唱えていた。