◎ 始まりのチャイム
元から馬が合わなかったと言えばそうなのだ。
どうして、俺だったのか。
なんで、お前だったのか…わからないけど。
あのときから、こうなることは予想できたのだろうか…?
桜咲く新しい季節、春。
俺は駅前のマンションへと引っ越してきた。
中に入れば荷物が届いていて、必要なものを出していく。
元からあまり持ってくるものはなくてすぐに終わりそうだと俺はもう一つの部屋を見た。
そこにはもう一人入る予定だ。
所謂ルームシェアってやつ。
駅徒歩五分圏内、近場にコンビニ、スーパーの好条件。
一人暮らしだと結構値が張るマンション、けど、ルームシェアなら半額。
マンションの管理人さんに、お勧めされた共同生活。
どういうものかと思ったけど、部屋にかぎが付いているしプライベートは守られる。
壁も結構厚そうで、部屋も十分な広さ。
これならできそうだと思って承諾したのだが、まだド同居人がやってきてない。
荷物は届いていてきっと今日中には来るのだろうと思うのだろうが、うまくやっていけるのか心配だ。
「性別は男ってそれだけしか聞いてなかったしなぁ」
ついでに、とてもかっこいいとまで言っていたがあまり気にしなかった。
大学は違うらしい、ここから近場にある大学っていうと、俺の通う少しお馬鹿でも通えるところか、頭のいい…ついでに、女のこのレベルも高い…頭のいい人の通う大学。
つまり、俺よりできるってことだ。
どんな人が来るのだろうかと部屋を片付けながら思っていた。
そして、三時間ほど夕食の時間に差し掛かりそうになったころに部屋のチャイムが鳴った。
俺は慌てて鍵を閉めていたのを開けてドアを開くとそこにはかっこいい男が立っていた。
「よぉ、一緒に住む綱吉か?」
「は、はい」
「リボーンだ、よろしく」
にっこりと笑いかけられて、手を出してくる。
俺はその手を握れば嬉しそうに笑ったのだ。
なんだかイイ人そうだ。
俺の第一印象はそんなかんじで、そのまま中へと案内した。
「荷物届いてるよ、俺はこっちの部屋。リボーンはそっちでよかった?」
「ああ、別に気にしない」
置いてある荷物を持って早速部屋に入っていくリボーン、丁度お腹が空いていたころだけどリボーンはどうなんだろうか。
「リボーン、ご飯とか…どうしようか?」
「適当でいいぞ」
「食べる?」
「…ああ」
俺は分担とか聞きたかったんだけど、リボーンの頭にはまだそこまでの思考はなかったみたいだ。
落ちついたら聞いてみようと俺はそのとき軽く流して夕食を作った。
リボーンはなんだか俺とは違ったタイプで、女の子にもてそうだし頭の回転も速そうだ。
さすが、頭のいい大学に行くわけでもあると納得していたのだが、その幻想はすぐに打ち砕かれることとなる。
「まずい」
「え…?」
「醤油が多すぎるんだ、それと砂糖も入れ過ぎだ…もう少し栄養面とか考えて作れないのか」
一緒に食べて、むしろ一口目でそんなことを言われた。
そもそも俺は母親から直接料理を教えてもらったことなんてなくて、それでも一所懸命がんばって作ったのだ。
それをそんな簡単に切り捨てるなんて…。
「そんなにいうなら、リボーンが作れよ」
「俺は面倒臭いことが嫌いだ」
「だったら文句言うなっ」
当然のように言われた。
さっきまでのいい印象が一気に台無しになった瞬間だった。
なんだあれ、きっとあれは夢だったんだ。
あの、綺麗な笑顔。まずくても、もう少し考えた言い方ってもんがあるだろ。
そうして自分で食べた料理はリボーンに言われたとおり醤油が多くて甘すぎた…。
大学が始まるまでの一週間相手に慣れるために宛がったのだが、好き嫌いはするわ、わがままだわ…なんというか、最悪だ。
こんなんで俺はリボーンと共同生活を共にできるのか本気で心配になる一週間だった。
結局、食事は何でか俺で洗濯はリボーン。
掃除は交代でゴミ当番も一週間交代になった。
忙しくなったらその時々で譲歩し合うということとまできっちり決めて、俺達の生活はようやく前に進み始めたのだ。
俺とリボーンは学費と生活費を稼ぐためにバイトをしている。
大学の帰り、俺はふっと立ち寄ったバー。
勿論、友達もいる。高校の時から一緒で、大学も一緒になって進学祝いにということで来たのだ。
俺はアルコールが飲めないから気分だけでもという感じで、連れてこられたのだがそこにバーテンダーのリボーンがいた。
「あ…」
「んー、どうかしたん?」
「いや…なんでもない」
友達はカクテルを飲んで結構テンションが上がっているようだ。
酒に慣れない俺はよくわからないが、この少し暗いバーは雰囲気もいいし、また来たいと思っていたところの地雷だった。
俺はすぐに視線を逸らそうと思ったが、リボーンが俺を見た。
ゲッという顔をして、そのあと口だけで最悪だ。と呟いたのがわかった。
あー、わかるわかる…バイトに来られるのって嫌だよなぁ。
にやにやと笑って、したり顔でいれば思いっきり肩を抱かれた。
「何見てんだよ、好み?」
「違うって、もう酔いすぎだろ」
「酔っていないって、もう少し飲んだら帰ろ」
「はいはい」
俺の同居生活はしっているが、ここでその同居人が働いていることは教えるのはやめておこうと思った。
なんというか、こういうのは知られない方が良いんだろな。
からかって遊ぶだけにしてやろう。
そう思って帰ってきたが、リボーンが帰ってきて俺の部屋を遠慮なく開け放った。
「なんだあれは」
「あ、リボーンの帰り」
「なんだあれは、と聞いてるだろ」
「いててっ、いたいって…知らないよ、俺が言ったら偶然お前が働いてたの」
ずかずか入ってきたかと思えばいきなり俺の顎を掴んで目を合わせてきた。
ギブギブと腕を叩きながらも今日行ってしまったことを離せばチッと舌打ちをして離れた。
ほんと、こいつって…。
「もうくんな、わかったな」
「別にいいけど、もう行かないよ。俺酒とか苦手だし…」
「…嫌いなのか?」
「なんでそんな意外そうな顔するんだよ」
俺が苦手とかどうでもいいじゃないか。
今時のように酒を浴びるほど飲んで翌日記憶をなくしたりだとかしない。
そういうものは嫌いだ。
それに、酒はお金もかさむし…。
「いや、お前は結構飲む方だと思ってた」
「偏見だって」
まぁ、濃い味を好む人はとかそういう奴なんだろうけど…。
もういいだろと、俺はリボーンを部屋から追い出して課題に取り組むことにした。
リボーンが大学でどういう人間をしているのかはわからないし、知りたくもないが…バイトしている時はとても猫を被っているということが知れた。
それと女の子の視線を集めるあれが、童貞だとは俺には到底思えなかった…。
俺がしているバイトは案外近くにある、スーパーだ。
ほら、バイト先は近場が良いって思うし…。
だからって、夕食の材料買いに来たリボーンがいるなんて誰が思っただろう。
スーパーなんてここら辺ならたくさんあるし、どうしてここを選んだのか知りたい。
しかも、レジ打ちしている俺を見つけるなり先に並んでいたところをわざわざ抜けてこっちにきやがった。
「なんだ、こんなところにいたのか」
「営業妨害です」
「客に対して失礼だぞ」
「……最悪だ」
いつもより早いスピードで打ち終われば、にやにやと笑ったままリボーンは袋に材料を詰めて帰って行った。
通していた野菜やそれ以外のものを見て俺が思ったこと、鍋が食べたいらしい…。
ただ、リボーンは材料だけ買ってあとは放置なのだ。
自分で食べたいものをチョイスするぐらいなら作ってくれればいいものを…。
けれど、あいつはまずいといいつつまだ俺の作ったものを残したことがない。
「育ちが良いのかな…」
出されたものはしっかりと食べる、そう教育されてきたのだろうか。
まだまだリボーンという人物を知るには時間が必要だと思った。
バイトを終えて帰れば食材をきちんと冷蔵庫に収めてあった。
俺はエプロンをつけるとその日は二人で鍋をした。
「なんでおでんの具と鍋の具が一緒になってんだ」
「え?えのきっていれない?」
「いれないだろ」
「鍋だよ」
「なら、なんで大根が入ってはんぺんがはいるんだ、答えろ」
お玉で頭を殴られて、むかっとした。
「俺のうちはこれが鍋だったんだっ」
「なんだ、母親の味なら仕方ねぇな」
「……あ、うん…」
あっけないほどのリボーンの熱の冷め方に俺はついていけず、どぎまぎしながらも頷いた。
そうして、黙々と食べ始めたリボーンに拍子抜けする。
今日こそは残すのかと思ったけど、結局リボーンはしっかりと食べ終えて部屋に戻っていった。
「なんだよ、あれ」
つくづくわからない。
とりあえず、俺はおでんと鍋の違いについてネットで調べることにした。
そのあと、鍋には玉子やはんぺんはいれないし…おでんにはえのきや白菜をいれないことを学んだ。
母にはアレンジを加えていたのだと教えておいてほしかった…。
俺様なリボーン…横暴でわがままで、好き嫌いもするし…口では勝てない。
けど、なんとなく一緒にいても苦痛になりきれない男だと思った。