◎ 壁と背
綱吉ドタキャン、珍しいこともあるものだと思っていた。
あいつも仕事が大変そうだったし、木曜日がダメになったぐらいでは別にどうということはないと思っていた。
ただ、空いた時間そのまま部屋に帰る気になれず、暇なときによくいく居酒屋に俺は足を向けていた。
あれは偶然だった。
店に入ったとたん、俺の目に飛び込んできた光景。
俺と目があった、綱吉。
知らずショックを受けていた。
女と一緒で、しかもすごく親しげに見えた。
俺はその光景を消すように店を出た。
殴ることもできただろう、だがアレが本来のものだと感じてしまった。
男同士、それこそがこの関係の一番脆いところだ。
どちらかに女ができれば別れなければならない。
決めたわけではないが、それが普通だ。
そう自分に言い聞かせていた。道を歩いている間、必死に唇を噛み、歩く方向にあったゴミ箱を蹴飛ばし、苛立ちも露わに部屋に帰ってくればその場で壁を殴りつけていた。
痛みなんてものも感じることはなかった。
拳が赤くなるけれど、それも構わず何回か殴って、それでも気が晴れることはない。
俺が以前したことの仕返しか。
あれが、お前がしたかったことか。
裏切られた。
こんなにも俺は藍を返しているのに何が足りない。
何が、足りなかった!?
「俺は、お前のしてほしいようになっただろ。俺は、お前のためになんでもしただろ」
やっただけ返せとは言わない。
けれど、それがこれとはどれだけ酷い仕打ちと言うのだろうか。
俺はあいつを試すようなことをした。あいつがどれだけ俺に想いを向けれるかを知りたくて。
けれど、それがどんなに試した人間を傷つけるのか思い知らされた。
こんな形で知らされる羽目になるとは思ってなかったが。
俺は部屋に入るとこの前注文してさっそく置いた本棚を眺めた。
片づけは済んだ、そして、空き部屋が一つ。
あいつを俺に縛り付けるためにはどうすればいい…?
「その答えは、ここにあるじゃねぇか」
その時初めて、俺の中の狂気を自覚した。
それほど、惚れこんでそれほど誰にもやりたくない。
誰にも…渡さない。
俺は昨日から混乱しっ放しだった。
何とか試しただけだとメールしようとしたが、それすらもできずに夜が明けた。
俺は機械的に職場に向かい、いつものように仕事をした。
明日が休みだとしても、今はもう何も考えたくなかった。
こんな現状を自覚したくなくて、昨日の自分をどうにしかしてしまいたい気分に陥った。
どうしてこうなる前に気づかなかった?
どうして、あんなことになるようなことを想定した…?
どうして、と自問自答。
どうすることもできないんだとカレンダーは言っている。
泣きだしてしまえたらどれだけ楽だろうか。
このまま会社を抜け出して本当はリボーンのことが一番好きなんだ、試してごめんと謝れたら…。
いや、謝ったところでリボーンは元の関係になってくれるだろうか。
元のあの、関係にしてくれるだろうか。
何もかも悪いのは…俺だから。
「リボーン…」
なんでこうなってしまったんだ。
ならないケータイを見つめてため息を一つ吐いた。
けれど、チカッと光ったメール受信のランプに俺は飛びついた。
折り畳み式のケータイを開けばそこには、リボーンのメールを受信したとの知らせが。
俺は慌ててそれを開いた。
そこには、今週会えないかの一言。
「もしかして、別れを言い渡される…!?」
大人しく離れられる気はしない。
多分、泣き縋ってでも俺はリボーンの傍にいたがるだろう。
でも、それを聞きに行くことはできない。怖い…もう、好きでもなんでもないと言われるのが。
お前なんか興味ないと言われるのが。
『ごめん、ちょっと仕事立てこんでて』
さりげなく断ろうと思った。
こうして逃げればいつものリボーンは引いてくれる。
『どうしても駄目か?部屋が片付いたんだ。お前を部屋に呼びたい』
「…え」
いつもは諦めてくれるはずのリボーンは引き下がらなかった。
しかも部屋って、リボーンの部屋?
ホテルで会うのがいつもの俺達だった。
これはなにかの変化なのだろうか。
なにがあるのだろう、けれど部屋に行くということは別れ話はまずないと思う。
普通そう言うのは、すぐに離れやすい喫茶店やそういうところを選ぶはずだろうし。
別れるだけならメールでも電話でもできる。
それをあえてしないで、部屋に呼ぶということは本当に部屋に呼ぶということなのだろう。
リボーンはあれをみていなかったのか。
「いや、目があったし、それはない」
なら、どうして…
何が始まろうとしているのだろう。
すごく嫌な予感がして、けれどこれを断ることはできないのだ。
『わかった、じゃあ土曜日に行く』
送った後すぐに待ってる、と簡潔なメールが返ってきたきりケータイがなることはなかった。
でも、会うことになってしまったとなればリボーンに謝らなければならない。
あのことを正直に話して、そしてそれでもちゃんと好きでいてほしいこと。
俺だってリボーンのこと愛してるってことを、しっかりと伝えなくては…。
俺は返ってきた了承メールに笑みを浮かべた。
これで準備は整った。
あとは綱吉が俺の部屋に入ってくるだけで全部の計画が実行できる。
最初からこうしてしまえばよかった。
何も見ないように、俺に縛り付けて。
そうして、綱吉を身体も心も俺しかみないようにして。
そして…。
約束をした土曜日。
インターフォンがなる。俺は立ち上がり、玄関のドアを開いた。
そこにはいつもの綱吉がいた。
少し顔を赤く染めて、少し緊張しているような顔をしている。
「こんにちは」
「ああ、あがってくれ」
「あ、あの…この前のことなんだけど」
「いいから、早くしろ」
居酒屋と言われて胸が痛む。
今更言い訳を繕っても遅い。
綱吉の言葉を遮って中へと促した。
そうすると、一瞬戸惑いを見せ、それでも中に入ってきた。
ドアが閉まる。
がちゃんとしまったと同時に俺は綱吉を引き寄せた。
口付けて、咥内を舐め、舌を吸う。
久しぶりの感触に身体が反応しようとして、そうじゃないと自分を戒めた。
息もつかせぬぐらい激しく舌を絡ませると綱吉はむずがるような顔をして抵抗してきた。
俺はすかさず綱吉の首根に手刀をいれた。
腕の中の身体が柔らかくしなり、俺に寄りかかってくる。
気を失わせることに成功した俺は、空き部屋へと綱吉をつれこんだのだった。
「さぁ、これから楽しい二人暮らしの始まりだ」
逃げるのなら捕まえてしまえばいい。
抵抗するなら眠らせてしまえばいい。
簡単なことだった。
簡単すぎて、少しつまらないが、これから起きた綱吉とどうやって暮して行こうか。
まずは、帰れないように服を没収し風邪を引かないように暖房をいれた。
部屋からは逃げられないようにドアにあらかじめ鍵をつけてある。
これで、俺が仕事に行く時も安心だ。
トイレなども部屋からいけるようになっている。風呂は不便させてしまうが、昼間の間はしかたないだろう。
全部俺がしてやる、だから俺だけを見ろ。
俺だけに愛してるを囁いて。
俺もお前に同じだけ返す。
いや、それ以上で…。
俺の中で何かが崩れていく音がする。
それはずっと抑え込んでいたものだった。
ずっと、耐えてきた…ものだった。