◎ 不純と誠実
一人なら何も、怖くない。
一人なら、何も気にしなくていい。
一人なら、何をしても怒られない。
一人なら…。
こんな思いを抱えて生きてきた俺が誰かを好きになる…?
それすらあり得ない。
なら、この感情はどうやって説明をつければいいのだろう。
どうやって、整理をつけたらいいのだろう。
綱吉と一緒に寝た日は何故かいつも感じるものを感じることはなかった。
朝になっても隣にいて、普通に出勤していったが照れたような顔を見た瞬間からかう気がなくなった。
どうしたんだろう。
俺はもっと綱吉の泣いた顔や恨みを込めた視線を見るのが楽しいと思っていたのに。
「どうしたんだ、俺は」
どうしてこんなにも揺さぶられている…?
なんで俺はこんな気持ちを抱いているんだ。
知らない、感情。
知らないもの。
わからないから、なお苦しい。
くそっとテーブルを殴りつけた。
この気持ちに名前が欲しいと思うのに、それに似合うものが俺には分からない。
どうしたらいい…?
どうしたら、わかるのだろう。
すると、ベッドに置いたままだったケータイが鳴り響いた。
あれから、何故か綱吉からの電話が増えた。
必要以上に干渉してこなかったのに、俺の許す範囲でじりじりと寄ってくる。
そして、俺もそれが鬱陶しいわけではないからそのままにしていた。
ケータイをとれば通話ボタンを押す。
『リボーン、今度はさデートしようよ』
「…は?頭でも湧いたか?」
『酷っ、違うって…だって、俺はリボーンを惚れさせるのが条件だし』
だったら何もなしで会ってみるのもいいんじゃない?と伺いを立てられて、俺はため息を吐いた。
あからさまに吐いたのに綱吉はそれを気にすることなく、いいだろ?と返事を求めてくる。
「いつだよ?」
『えーと、リボーンの用事のない日』
「なら、木曜日だな」
『木曜日な…いいよ。っていうか、木曜日は仕事早く終わるんだ?』
「…まぁ、な」
『わかった、時間はメールする』
「ああ」
俺の短い返事にも文句ひとつ言うことなく言いたいことだけ言って電話は切れた。
最初の電話の時は長ったらしく話してきて、煩いと切ったので学習したのだろう。
妙なところで気を使うのが得意らしい。
暫くして、会う場所と時間を指定してきてそれにも短く返事を返した。
けれど、乗り気がしない。
綱吉のアタックは結構鬱陶しいというのがあるが、なんで俺がこんなに酷いことをしているのに嫌いにならないのかそこが謎だ。
「俺のせいでマゾになったとか…」
有り得そうな予想を立てては言ってしまってから後悔する。
俺と関わったばっかりにそんなことになるなんてな。
ケータイを放り投げて一人自分で作った料理を食べる。
俺は、どうしたいのだろう。
こんな関係、俺がこだわらなければすっきり終わるものだ。
それを言わなくても綱吉がさっさと諦めたらこうして会うこともないと言うのに。
綱吉もなんでこんな俺にこだわるのか。
何回あっても、何度好きと言われても同じものを返すと言うことはないと言うのに。
馬鹿なのだろう。そうに違いない、でなかったら俺なんかと一緒にいたいなど言えるはずがないじゃないか。
特に美味しくないものを口に運ぶと言う作業をする。
いつもの日常だ。
何も変わらない。
他人の失敗を笑って、自分の得するところだけを美味しく頂く。
俺は変わらない、いつもどおりだ。
綱吉に押しつけられた予定時間をすこしすぎて俺は待ち合わせ場所へと向かった。
急げば時間どおりにつけたと思うが、別にどうでもいいと思ったからそうした。
生きてきて俺がどうでもよくないことに出くわしたこともないが。
どうでもいいのだ、何もかも。
俺にかかわろうとそうでなかろうと、困ってようが助けを求められようが、俺にとって得じゃないことはどうでもいい。
「………」
だったら、なんでこんな得なんてものないとわかっていながらあいつに会いに行くのだろう。
それこそ、どうでもいいのに。
「ばかばかしい」
「何がだよ?」
「いたのか」
「いや、待ってたんだけど。別にいいやほら行くぞ」
声をかけられて振り向けば、まったくという呆れた顔をして綱吉がそこにいた。
大抵時間を過ぎれば怒るか、帰るかすると思ったのに、綱吉はそのどちらでもない反応。
綱吉は俺の手を掴むとずんずんと突き進んでいく。
「どこにいくんだ?」
「まずはご飯。お腹すいただろ?」
会社帰りで何も胃に入れてないなら腹はすく。
さぞ雰囲気のある場所にでも連れて行かされるのかと思ったが、普通のファミレスだった。
「男二人でここかよ」
「悪いか、安いし美味しいんだよ。つべこべ言わない、俺お腹すいてるんだから」
とりあえず腹を満たしてからと思っているのだろうか、綱吉は呆れている俺の背中を押して中へと入った。
案の定、家族連れが多いのに、綱吉は構わず二人席に座ると何にしようかとメニューを開く。
気にするだけ無駄かと俺も選んで、選ぶ中でもいろんな質問をされた。
最近知ったが、綱吉は煩い。
いろんなことを知りたがるし、いろんなことに口を出す。
嫌いなものはなんだとか好きなものはどういうのがいいのかだとか。
質問される方はいちいち考えなくてはいけないから面倒だ。
それに、そんなに俺のことを知ってどうするのかと思う。
渋々答えてやっているが、自分が特に面白い人間だとは思わない。
むしろ、面白味のないつまらない男だと思っているから尚更だ。
「俺といて面倒臭くないのか」
「別に?だって、リボーンは俺の質問に答えてくれるじゃないか」
こてんと首を傾げて言われてますますわからない。
質問されて答えるのが普通じゃないのか。
まぁ、たまにあまりしつこいと煩いと言ってしまうこともあるがここまで自分に興味を示してくる人間も珍しいので答えてやっているだけだ。
「普通だろ?」
「まぁ、これが普通なんだと思うけど…俺って煩いだろ?リボーンもよく言うけど、いろんな人にも言われてるんだ。そんで、質問攻めにすると、答えたくないって言われる」
いろいろ聞かれるのが嫌なんだってと苦笑を浮かべる綱吉に首を傾げた。
確かに煩いと思うが、そこまでなのか?
俺の場合はここまで聞いてくる人間も珍しいと思うぐらいだ。
運ばれてきたものを食べて、意外にも美味しい食べ物に驚いた。
どこにでもあるようなファミレスなのに、美味しいと感じてしまった。
「おいしい?」
「ああ、うまいな」
「へへ、よかった」
またこようね、なんてデートでありがちな言葉にくくっと笑ってしまえば、馬鹿じゃないのかと言ってやった。
けれど、気分を害した様子はなく食事を終えればまた綱吉は話し始めた。
黙っているのはベッドの中と食事中ぐらいだなと感じればまた笑ってしまい、その顔を見て綱吉は一瞬動きを止めた。
「何だよ?」
「…あ、いや…なんでも、ないよ。リボーンは、もっと笑えばいいのに」
「は?いつも笑ってるだろ」
綱吉の言葉によくわからないと首を傾げた。
俺は楽しいと思ったことには忠実に笑っていると思う。
それが、なんでいつも笑ってないように言われるのだろうか。
「うん…笑ってると思うんだけど」
「何が不満なんだよ?」
むっとして言い返せばそんなんじゃないと首を振った。
「もしかして、わかってないの…?」
「は?」
「そうか、わかった。ごめん、今言ったのなし」
訳がわからないと言えば両手を振ってならいいと話をさらっと流した。
俺はそれ以上突っ込んで聞くのも面倒でため息をつけばそのまま立ち上がる。
「どこいくの?」
「食べたんだからホテルだろ?」
今日俺は部屋をとっていないから綱吉が案内するままに行くつもりだが、そうじゃないのかと振り向いた。
綱吉はきゅっと唇を閉ざして会計を済ませると腕を掴まれた。
「ホテルには、いかない」
「なんだ、抱かれるのが嫌になったか?」
「嫌になったわけじゃない、俺はただ普通にリボーンと話したかっただけ。仕事帰りで疲れてるだろ?今日は俺に付き合ってくれてありがとう」
一足早いイルミネーションが綺麗な光を放っていて、ここの場所は結構お気に入りなんだよと教えてくる。
身体が目当てじゃない付き合いなんて俺は知らない。
むしろ、こんなに恋人らしいことを俺はしたことがない。
俺はどうしたらいいのだろう。
こういうとき、普通の人間ならどうやって返事をするのだろうか。
もっと、一緒にいたいと思ったとき…なんて言ったら普通に聞こえるのだろうか。
わからない。
なんで自分がこんな風に思ってしまうのか、なんでこんなにこいつが気になるのか。
「お前は、なんで俺を嫌いにならないんだろうな」
「それこそ、今更じゃないか。そんなの、無理だよ。好きだと思ったら、そんなことできない」
自分はなかなかそう言うのを変えることはできないからと苦笑を浮かべた。
そんな顔をさせたいわけじゃない、と自然と伸びた手が綱吉の頭を撫でた。
はっとして顔を上げるやつの顔を見たくなくて顔を逸らした。
好き…そんな風に思う気持ちが俺にもわかればいいのにと自分らしくなく思う。
こんな風に思うのはこいつにだけだ。
だからこそ余計どうにもならない。
経験したことのないことだからこそ、わからない。
混乱する。
「この気持ちは、なんなんだ…」
「どうかした?」
「お前の気持ちが知りたい、確かめたい、もっと触れたい、これは一般的にはなんていうんだ?」
「…え、はっ!?ちょ…えぇぇっ!?」
頭で考えていたことが口を突いて出た。
けれど、綱吉はいきなり顔を真っ赤にして俺を見てくる。
一体なんだと言うんだ。
俺はそんなに変なことを言っていたのだろうか…?
自分の言葉を思いかえしてもそう変な響きはないと思う。
「なんだ、俺は変なことを言ったのか?」
「うん、いったよ…すごいこと言った」
「はぁ?」
「うーんと、えっと…それって一般的に好きっていうんじゃ?」
「そんなことあるわけねぇだろ、お前相手に好きなんて思うか」
「……え、あ…はい…ってそうじゃないよ」
納得しかけた綱吉は自分で自分に突っ込んで首を振っている。
とにかく顔が赤い。
なんかそれはとても自分が恥ずかしいことを言ったような気になってくる。
好き…?俺が、綱吉を…?
有り得ないだろ、なんでそんなことになるんだ。
適当に言ってるだけじゃないのか。
綱吉のことは面白い玩具だとは思うが、恋愛対象で見たことはない。
というか、好きがどういう意味なのかもわかっていない。
そう言う感情がどういうものか、とか、俺には関係ないものだからだ。
何もかも面倒だ。
「なにもないなら帰る。じゃあな」
「リボーンッ」
「なんだ?」
「すきっ、なんだ…今言ったの、覚えててくれたら…次は、ホテルで会いたい」
翻した上着の裾を掴まれて顔を隠したまま言われた言葉に、ニヤリと笑うとそのまま綱吉の手を振り切って歩きだした。
「覚えてたらな」
もうすでにどの言葉を覚えていたら、なのかわからなくなりつつも手を挙げて別れた。
毎回のように言われている告白。
それが最近は真剣味を帯びてきているのは気のせいだろうか。
馬鹿だな、こんなことで真剣になっても、俺ではどうにもならないだろうに。
今度はあいつを泣かせてやろう。
久しぶりに泣き顔が見たくなった。
アイツの口から嫌いという言葉を聞くまで、俺はこれをやめないのだろう。