◎ 簡単と難解
綱吉の好き、という言葉が頭の中を回る。
うるさいほどに響いて、俺の感情を揺さぶる。
なんで綱吉はそれを嫌わないんだろう。
なんで思い通りに行かないんだ。
イライラする。
「綱吉、嫌いになるだろ?」
「好きだよ、こんなんじゃ…嫌いには、ならない」
本心なのか、意地なのか…もうわからない。
俺にはこいつの本心が見えない。
何度問うたところで同じ答えしか返ってこない。
つまらないと思うのに、ケータイに入っている綱吉のアドレスを消すことができないのだ。
今日もホテルを先に出て行く綱吉の背中をベッドから眺めていたら、唐突に振り返った。
見ていたことがなんか癪ですいっと視線を逸らした。
「あのさ、次会う時は来週の木曜日は止めてくれる?」
「なんだ、浮気か?」
「お前じゃないんだから、違う。会社の用事」
「わかった…その日以外だな」
「うん、それじゃ」
からかうように言えば至って普通に返されてこちらがやり返された気分だ。
なんだろうか…歳は俺と同じだというのに、綱吉は妙に大人びている気がする。
それは俺の気のせいか…。
扉のしまる音が聞こえて、何故かもの寂しく感じる。
こんなこと以前の俺はなかった。
離れて行く女にも、壊したものも新しい物にも、何も俺は興味なんて引かれなかった。
期待するだけ、無駄なんだってことは最初からわかっていた。
した方が馬鹿なんだ。
愛情とか、そんなものいくら与えられても俺にはよくわからない。
それこそ、俺に取り入るためいい顔をしているだけな奴もいたし、俺から愛されたくて近づいてくる女もいた。
けれど、俺は何もわからないんだ。
自我をもったときから俺には愛情を与える奴は誰ひとりいなかったから。
今となってはそんなもの必要ないと思える。
だって、なくたって立派に社会に出れる。
それを話した時の綱吉は酷く悲しい顔をしていて、何を悲しい顔をするのだろうと感じた。
俺は俺なんだ、これでいいと思ったら成立してしまう。
必要以上のものと求めない方が何もかも楽になるから。
「暇だな」
一人の部屋が、ではない。
実際綱吉に言われなければ木曜日にホテルをとろうと思っていたのだ。
急に開いてしまった時間に俺はため息をついたのだった。
木曜日になって俺は飲み屋に来ていた。
実は会社の面子で飲みに行こうと集まっていた。
リボーンに言ったことは当たっていて、外れている。
まぁ、俺は嘘をついたわけだが…嘘をついた理由は、リボーンにそんなことを言っても嫉妬なんてしないと思っていたし、言うだけ無駄だと思って。
でも、予定を入れられるのだけは避けたかった俺は嘘をつくという選択肢を選んだのだった。
けれど、俺は嘘が苦手だ。
実際嘘をつかれたこともあるし。
恋人と付き合っている頃はなるべく嘘をつかないでいようと心掛けた。
でも、リボーンに関してはそんな遠慮はしなくていいと自分の中で定義をつくっていた。
いつの間にか、リボーンのことを軽く考えていたのだ。
最初のころの緊張感みたいなものが薄れて、リボーンに対する距離感をわかってきたつもりでいた。
「なんか、最近綱吉ノリ悪かったから来てくれてよかったぜ」
「あはは、そうかな?別に普通だったよ?」
「私もそう思った、なんか急いで帰るときとかあるじゃん。彼女でもできたとか?」
「まさか、もう俺は一人で生きてくって決めたからいいんです」
両側から腕をつついて話しかけられ笑顔で対応する。
俺が知らない間にそんなことを思われていたなんて、これからは気をつけようと考えた時だった。
向かい側に座っていた同僚の子が手を挙げたので自然と視線が向かってしまう。
「じゃあ、私立候補していい?」
「なになに、公開告白?」
「今言ったじゃないですか、一人で生きてくって」
あははと笑ってやり過ごす。
みんな酒を飲んでいて多分ノリという奴だ。
深い意味はない。
これではリボーンに言われたとおりになってしまう。
例え、恋人(仮)だとしても浮気だけはしない。
それが相手をどれだけ傷つけるのか俺はよく知っているから。
それだけは、しないと自分で決めた。
「それに、俺はすごく重たいので多分無理じゃないですかね」
「えー?初耳なんだけど」
「俺も初めて聞いたな、それ」
「いうわけないじゃないですか」
途端に話の中心にさせられてしまって俺は困った。
俺の嫌なところを話すのは気が引けるし、五人以上の人間に聞かれるのは誰だって嫌だろう。
俺はさりげなく時間を確認した。
「あ、もうこの店閉店ですよ」
「え、嘘っ」
「やばい、ここ早かったんだ。どうしようか?」
「私まだ飲みたいー」
「俺もまだのみたいりない、綱吉次も行けるか?」
「まぁ、いけるけど…」
「なら、別の店行こうぜ」
結局飲み会は終わることなく二次会へと縺れ込むことになってしまった。
けれど、話を途切れさせることは成功したので良しとしよう。
そうして、店を移動することになって俺達はよろよろとしながらも次の店へと歩いていた。
「ふぅ、綱吉君あったかいね」
「酔ってるんじゃないですか?次いって大丈夫ですか?」
俺の腕にしなだれかかってきたのは先程立候補しようかといってきた三島さんだ。
彼女は結構おっとりとした性格で、俺が大変だと時々手伝ってくれたりする。
珈琲をいれてくれたり、気配りができるイイ人だ。
そんな彼女を突き離すことは気できずに顔色をうかがうとすりすりと俺の腕に顔を寄せてくるだけだ。
困ったなと先をいく人たちを見ればこちらに気づいて何か考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「綱吉、三島ここら辺ってきいたから送ってこいよ」
「へっ!?」
「すぐ合流すればいいって。次の店あそこだから、な?」
「真里酔うとふらふらしちゃうから、一人で帰すの心配なの。綱吉くん、いいでしょ?」
「……わかりました」
少し気がひけたが、女性を一人帰すわけにはいかないのは確かだ。
仕方ないので、俺達は皆から離れて三島さんの案内するままにマンションへと向かってい始めた。
「あのね」
「はい?」
「私、彼女希望なの…本当だからね」
「はは、考えておきます」
二人で歩きながら言われた言葉に俺は社交辞令で返した。
笑顔を浮かべるも、そんなのはごめんだと思う。
どうせ、離れて行くのだろう。
どうせ、俺の愛情を受け止めてくれる人間なんてリボーンぐらいしかいないんだ。
本当なら今日会う予定だったんだろうな。
最近木曜日に合うことが多かったため俺は先に申告したのだ。
だからこそ、今日リボーンに会ってないことが変だ。
予定を入れたのは俺だけど、無性にリボーンがいなくなって困っている自分を自覚した。
「あ、ここなの。あがってかない?」
「え、遠慮します。俺はすぐに戻るので」
マンションにつけば離れると思っていた彼女の腕は離れずにまずいなと困る。
嫌な予感しかしない。
ここはやんわりと断っておかないと何かある。
「お願い、お礼がしたいの」
「大丈夫ですから。では、俺はこれで」
無理やり腕から逃れると俺はそのまま彼女の視線を感じながら踵を返した。
こんな場面をもし、リボーンに見られていたら…。
有り得ないことだけれど、それだけは嫌だった。
自己満足だけれど、今はリボーンと付き合っていることになっているのだからそれはしたくない。
けれど、俺は飲みなおすことはできずにケータイをとりだした。
こんなのは、間違っていると思うのに…。
俺は初めて自分からリボーンへと電話をかけていた。
初めてのことに緊張しながらもコールするが一向に出る気配がない。
仕事だったのだろうか…。
俺の予想が外れていたことに少し残念に思いながらその日はそのまま家に帰っていった。
仕事帰り、俺は綱吉の姿を見つけた。
仕事だといっていたのに、二人で歩いていた。
しかも、女だ。
やはり浮気だったんじゃないかと嘘をつかれたことに俺の気持ちがすぅっと冷えていくのを知った。
いや、もともとアイツに対する気持ちなどないに等しかった。
けれど、綱吉が裏切るとは思ってなかった。
綱吉はなんだかんだ他人の痛みがわかる男だと思っていた。
なんだかんだ、俺を労わることがあるし。
気配りも忘れない。
愛情が重いということを除いたらいい男に違いはないのだ。
「俺以外にはあんな顔をするんだな」
俺には向けたことがない笑顔。
あいつはいつも泣いているか、怒っているか、そのどちらかだ。
俺に笑ったところなんて…多分最初に俺を女と勘違いして待っている間の時ぐらいだ。
それ以外で、あいつの笑ったところなんてみていない。
「まぁ…当然か」
それなりのことを俺はしていたから。
綱吉を傷つけることで安心した。
俺が酷いことをして泣く、それに安堵を覚えたのだ。
誰かを思って泣くということはその間ずっと俺のことを考えているということだろう?
だから、俺は綱吉を泣かせた。
けれど、今の笑顔を見て何故かとても苦しくなったのだ。
俺がどんなに嫌いかといっても好きと言い続けたのに、あっさりと女をとるのか。
結局なにもかも幻想でしかなかった、そういうことだろう。
「寒くなってきたな…」
そんなに気温は下がっていないはずなのに、急に寒気を覚えて足早にその場を離れた。
もう、見たくもない。
そうして、俺が自宅に着くころ胸ポケットのケータイが鳴った。
バイブにしてあるそれを出すと、綱吉からだった。
初めてかかってきた電話。
俺からしかかけたことのないのに、と思いつつ俺は通話ボタンを押すのをためらった。
さっきの今で何を言うつもりなのだろうか。
まさか、ここに来て別れると言うつもりか。
そうはさせない。
俺はそのままにして部屋へと入った。
ケータイをベッドに放り投げる。
出なければいい、何事もなかったように明日か明後日に予定をいれることにしよう。
「簡単に離れると思うなよ」
浮気現場を目撃した俺は次に会った時のことを考えていた。
どんな仕打ちをしてやろう。
泣かせて、傷つけて、さっきの女のことなど考えられないようにしてやる。
俺に好きだと言い続けたことを後悔させてやる。
「くっ、くくっ…たのしみだ」
自然と笑みを作った口元。
俺は誤魔化すように呟いて、次のホテルを探すためにパソコンをつけたのだった。