◎ 好きと嫌い
ベンチに悪戯に書かれているアドレスにメールしてはいけない。
それは生涯忘れることのできない教訓だろう。
ベッドが軋む音が聞こえる。
どこかその場所からかけ離れたところで自分とは思えないほどの甘い声が聞こえる。
こんな風になったのはいつからだったっけ…?
たぶん、三ヶ月ほど前だ。
『お前俺が好きなんだろ?』
『…そ、だ…』
『嫌いなのか?』
『好きだよ』
『だったら、抱かれるのは嫌か?』
『抱くって…』
嫌いかと聞かれると好きだと言わなくてはいけない雰囲気になる。
あんな賭けに乗ってしまったために俺はこんな関係を強要されている。
いや、嫌なら止めればいいと言われた…けれど、俺がそれを嫌がった。
好きって言わせてやると言った手前その言葉を裏返すことはできない。
そして、俺がリボーンに抱かれることでリボーンに好きと言わせることができるのなら…。
『わかった、抱かれてもいい』
『よし、決まりだな』
ニヤリと笑った顔を恐いと思った。
リボーンのその顔は何をするか予想がつかない顔だった。
俺は何をされるのか恐かったけれども、でもあの日リボーンに会えてよかったとも思っていた。
だって、こんな風な関係とは言え一人きりという寂しさから逃れることができたのだから。
そして、この時から三ヶ月。
俺は目の前のリボーンを見つめていた。
「何見てんだ?」
「んっ…りぼーん、すき…すき…」
中を突き上げるのは無機質なバイブ。
指を入れられて慣らされ、今日はバイブを入れて永遠と感じる場所を刺激させられている。
それをリボーンは何の感情もなく見下ろしていた。
俺は手を伸ばして首に腕を回す。
抱きついて、耳元で囁く。
リボーンの抱かれるようになって好きという言葉は口癖のように口から零れた。
これに応えてくれたらいいと思ったからだった。
俺は本当に好きなわけじゃない、勝手に決めた賭けに勝つために俺はリボーンに愛を囁き続けていた。
「ったく、答えろ」
「りぼ、みてる…んんっ…あぁぁっ…もう…はぁっ…」
キスを強請るようにすればやんわりと避けられた。
やっぱりかと思いながら腰を揺すって、太ももに自身を擦りつける。
リボーンからの愛情は返ってくることはないが、幸いなことに俺の身体で欲情してくれるらしい。
男の裸で勃つということがすごいと思ったが、俺にとっては救いだった。
こんな風に一人だけ感じさせられて終わり、ではないのだから。
「りぼーん、欲しい…ねぇ、ほしいから…」
「俺のことが嫌いだろ?」
「好きだよ、すき…」
嫌いだろといつもリボーンは確認をとる。
最近になって聞かされたことだが、リボーンは愛情がわからないらしい。
与えられたこともなければ、与えたこともない。
近づいてくる女は自分の容姿だけに目がくらんだやつらだった、と舌打ち交じりに話してくれたことがあった。
家でも両親が医療関係者でほとんど顔を合わせたこともないと聞かされた。
だから、こんなにも投げやりな性格になってしまったのかと少し悲しくなった。
だったら、俺がその愛を与えてあげてもいいかなと、思ってしまうぐらいに。
多分俺がリボーンに抱いているものは愛などではなく、ただの同情だ。
「俺は、リボーンを嫌いにならない…」
「本当に…?」
「うん、本当に…」
他人を愛せないと言うなら、俺がリボーンに沢山好きだと言ってあげよう。
いつも俺は重いと言われていた。
一つ一つの言葉が、重すぎて耐えられないと恋人に別れを告げられた。
成り行きだとは言え、俺の言葉をさらりと流してしまえる人がいるのには嬉しく思っていたんだ。
遊びでいい、俺の傍にいてくれるのなら。
「ちょうだい、中に欲しいんだけど…」
「仕方ねぇな…いつのまにか開発されやがって」
「お前がしたんじゃん…うっ…あぁぁっ、ひぁあっ」
バイブを抜かれて無遠慮に入ってくる熱いものに背筋を反らせて感じ入った。
最初のころは乱暴にされて切れたりしていた秘部も今では慣らされて簡単に受け入れるようになった。
当人たちの感情なんて知らずに身体は開いていくのだ。
案外簡単なんだなと思いつつ、擦られると気持ち良くて視界が歪む。
「はっ、強姦されて感じるなんてお前ぐらいだろ」
「んぁ…い、じゃん…いつまでも、感じないより…」
無理やりやられるなら少しぐらい気持ちいい方がこの時間を堪能できると思うのだ。
リボーンの指先が俺の頬を撫でる。
それは俺の涙と拭うためだと気づけばまたかと小さくため息を吐いた。
痛くても感じても自然と流れる涙、それを見てリボーンは安心しているようだった。
俺にはよくわからない。
何を安心できるのか、泣くことで何もかもどうでもよくなるのか。
俺には、理解できなかった。
それでも、いいけれど…。
俺はリボーンに興味がない、俺は好きだと言って近くにいて、それだけできる人がいればそれでよかった。
人間は一人では生きていけない、俺はそれをよくわかっている。
「も、イきたい…」
「もう少しだ」
「ひっ…それ、やだぁっ…ああっ、ああっあー…」
まだイくなとせき止める癖に先端をぐりぐりと刺激する。
もう先走りを溢れさせているそこにそんなことをすればどうなるかぐらいわかっているだろうに、そんなことをする。
酷いとなじれば笑みを浮かべる。
「サドッ」
「お前はマゾだな」
違うのに、むっとすればますます楽しそうに笑って腰を押し付けてくる。
それに感じて中を締めるのに一向に放つ気配がない。
いつまでこんな状態にする気だと睨みつけると足を掴まれて胸の辺りまで押し上げられて、痛いと喚くのに聞いてくれないままそのまま動かれると一段と強い快感が俺を襲った。
「ひぃっ、それぇ…あぁっあああっ…やめっ」
「こっちの方が締まるな、気持ちいいいなら…このままイっちまえ」
出してやる、と笑って一層強く最奥を突き上げられて俺は白濁を放った
中を締めつけると、奥にそそがれる嫌な感じを覚える。
何をされても快楽に切り替えていけたが、これだけは何回されても慣れなかった。
結局非生産的な行為だし、出された方は油断すると腹を下すし。
初めてされた時なんか本当に最悪だった。
もう、言葉にも出せなくなるぐらいに恥ずかしい思いもしたし、二度とさせないと思いもしたがリボーンにメールで呼び出されるたび来てしまう。
リボーンのメールには必ずといっていいほど今日何時からここに、ともう決めてしまわれているのだ。
しかも集合場所がホテルという辺りもう金も払ってしまっているのだろうと思えば、それを無視できるはずがなかった。
「っ…また、だしたな…」
「いいだろ、もう慣れてんだから」
「慣れるわけないだろっ、何が楽しくて自分であそこかき回して綺麗にしなきゃいけないと思ってるんだっ」
本当に死ぬかと思うほどの羞恥を覚えたのだ。
あんなもの慣れるはずがない。
さっさとリボーンが離れれば暢気に伸びなんかしている。
「まぁ、精々がんばるんだな」
「はぁ…人事だと思いやがって」
実際人事なんだろうけど。
起き上がると中を何かが動く感覚に身体を固める。
風呂に入るまでは我慢しなければならない、くそっと汚い言葉を吐きながら立ち上がりふらつく体を支えながら壁伝いに歩いて脱衣場に入った。
向こうではテレビの音が聞こえてくる。
一人だけくつろいで…むしゃくしゃしながらも浴室に入ってシャワーを浴びる。
でも、不思議なことに嫌いか?と聞いてくるが、リボーンからは嫌いだと聞いたことがなかった。
そこら辺は処世術か…と暢気に考えながら情事の痕を洗いながしていく。
シャワーの音が聞こえてくればため息を吐いた。
つまらない。
突然来たメールから始まった関係は惰性のように続いていて、綱吉に好きだと言われるたびにイラついた。
なんでこんなことをしているのかもわからない。
俺は、最初綱吉をからかって遊ぶために近づいたというのに。
付けっ放しのテレビを流し見ながら思うのは半年もこの関係が続いていることだった。
いつもだったら、女は一週間で飽きて他へといってることだろう。
嫌いかと聞けば嫌いだと言われた。
それなのに、アイツは意地を張って嫌いかと聞くのに好きだと返す。
本当はそんなこと微塵も思ってない癖に。
見ていて面白い奴だと思った。
アドレスだって、俺は書いた覚えがなかった。
数日前に付き合ってた女が出ていったからそいつの仕業だということはすぐに予想がついたが、変な奴が引っかかったものだと思う。
けれど、つまらないのだ。
楽しい日々を想像していたのに、俺が思ったものよりはるかに面白味がなくて、いくら苛めてもアイツは好きだと言う。
いくら辱めても、泣かせても好きだと言う。
それが俺には苦痛で仕方なかった。
だが、綱吉は言葉にすることで自分の想いを昇華しているような気がしていた。
「まぁ、んなの本人から聞いたわけでもないが」
こちらの一方的な観察の下言っているだけだが、重いと言われていただけあって抱く度あんなに言われたらウザくもなるのだろうか。
俺はそんなこと言われたこともなかったから結構新鮮味もあってかこの関係が続いている理由でもあった。
けれど、この関係をいつまで続ける気だろうか。
あいつは飽きることがないのだろうか。
俺は秘かに綱吉の口から嫌いだという言葉が出るのを待っていた。
綱吉から嫌われてしまえば全てが終わる。
この関係にいつ終止符を打ってくれるのか俺はそれだけが今の楽しみだ。
「精々、がんばって愛とやらを囁き続けてみろよ」
次はどんなことをして泣かせてやろうかと考えながら俺はベッドに寝転がった。
綱吉はこの後部屋を出ていくだろう。
俺と一緒に寝ることはない。
それが、俺のことを決して好きではないのだと教えてくるようだ。
苦痛しか感じないんじゃないのだろうか。
あいつが何をしたいのか、俺は興味がないがそれでいいんじゃないかと思う。
こんな成り行きで成り立ってしまう関係なんて深入りするだけ無駄なのだ。
好きなところだけお互い刺激していけばいい、自分勝手でも身勝手でもいつでも離れられる関係だから遠慮なんかない。
お互い自分の欲しいところだけを貰って、それでいい。
これ以上なんていらない。