◎ いつも通りなわけがない
俺はコンビニのバイトをしている。
シフトはバラバラで、特にみたいテレビも恋人といくようなイベントもないのでいつでも俺はバイトをしていた。
欲しいものも取り立ててないので、ほとんどが生活費へと消えていった。
俺はただ生きているだけだ、昔のことに囚われたまま息をしているだけの人間だった。
そして、今も昔に囚われているだけなのだ。
いつまで続くのか、終わりは見えない。
暗く狭い場所に入れば身体が震えてしょうがないし、初対面の他人はいつまでも緊張するし、誰かと目なんか合わせられないし。
リボーンのところに乗り込んだはいいけれど、結局自分の目的を見失っている。
リボーンに復讐といっても、まず俺に惚れるかもわからない。
あんな形で転がり込んだが、いつ終わるかもわからない恐怖にまた怯えている。
ここで終わってしまったら全部がなくなってしまう。
俺の存在意義も、俺が生きてきた今までの過去も、なにもかも。
「綱吉さん?」
「え、あ…ごめん」
「なんか今日はぼーっとしてるねぇ、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ…ちょっと考え事」
同じバイトの三咲ちゃんが話しかけてくる。
彼女とも最近ようやく打ち解けれたのだ。でも、長く喋るのは苦手で、嫌いじゃないのだがよく喋る子は苦手だった。
俺も同じように喋らないといけないかと思ってしまうのもある。
ちょっとその勢いについていけないのもあるのだ。
「綱吉さんが考え事なんて珍しい」
「そうかな?」
「うん、いつもなんかなんとなくで一日過ごしてる雰囲気だから」
そう言うと彼女は品出しのためにレジを離れた。
俺が彼女と打ち解けれたのはそこも関係している。
彼女はよく人を見ているのだ。
いつの間にか俺の苦手なことと、好きなことを知られていたみたいでさりげなくわかっているよという雰囲気が俺を安心させてくれる。
女々しいのかもしれないが、そういう人の存在は初めてで、嬉しかった。
「今でもなんとなく…だ」
「ん?なんか言った?」
「いや、なんでもないよ」
小さく呟いたつもりが、小さなBGMだけだと聞こえてしまったらしい。
慌てて手を振って違うんだと笑顔を浮かべた。
今は平日の昼間だから会社などから遠いこのコンビニを利用する人はあまりいない。
のんびりと過ごしながらこの後どうするのかを考える。
思えば他人との付き合い方も俺は知らないのだ。
恋愛感情というものも覚えたことがないし、知識だけはあってなんでキスをするのか抱きしめるのか、セックスするのかが結びつかない。
いうなら、ただ気持ちいいから…なら理解できる。
実際リボーンと始めてしたことは、嫌悪だけじゃなく忘れられないものだと思っている。
リボーンの技巧は慣れていて、とても気持ちが良かったのだから。
それと同時に、心が妙に冷めていく感覚があって俺はそれにも戸惑いを覚えた。
なにもわからなくて、それなのに好きにさせて振るとか…大きく出過ぎたのかもしれない。
「なんか悩むのもいいけど、らしくないぞ」
「それお店の商品」
「私のおごり、元気だしなよ」
ピッとお金を払って俺に渡してきたのはとろけるといわれるプリンだった。
このコンビニでは美味しいと有名な商品だ。
「ありがとう」
「疲れてるときは甘いものだよ」
「うん」
一人でいいからという三咲ちゃんに任せて俺は裏でそっとそのプリンを食べた。
甘くほろ苦いそれはなぜか誰かさんを思い出した。
今日は家に帰ろうと決めて、バイトが終わるなり俺は自分の家へと帰った。
久しぶりの自分の部屋にもかかわらずあまり疲れが取れない気がする。
ベッドに寝そべるとようやく肩の力が抜けたみたいだ。
半開きのままのドアを見つめる。
自分はいつでも逃げることができる、そう思いこむことをしないと心安らかに居られない。
いつ誰かに押さえつけられるかもわからないのだ。
それほどの恐怖をあの男は俺に植えつけた。
起き上がって、いれっぱなしだったコンタクトを取るとぼやける視界に慌てて眼鏡を手にとった。
あの頃より落ちついたデザインにしてもらったから似合わないということはないのだが、自分を少しでも変えたくてコンタクトを始めたのだ。
あの頃の俺の何がいけなかったのか、それは苛められる性格をしていたからだ。
「苛められる性格ってなんだよ」
性格や恰好でなんでもかんでも他人を否定していいのか。
そうじゃないだろう。
なにより、良い悪いを見た目で判断することにはどうにも俺は慣れない。
「落ちつかない」
一人がこんなに落ちつかないなんて…。
リボーンのいっている学校に顔をみにいったらだめだろうか。
生徒の下校を見なければならないと言っていたのを思い出して俺はベッドから起き上がった。
リボーンの高感度を上げるにはちょっとずつ、俺を印象付けていかないといけないだろう。
「ちょっとみるだけ」
先生、俺の話しを少しも聞いてくれなかった。
苛めのあるクラスだと認めるのが嫌だったのなんて、今になって思えばわかるが、だからといって無視をしていいものじゃないだろう。
先生も嫌いな対象だった。
どうして、リボーンが先生をやっているのか…あれのどこに魅力を感じたのか。
俺には理解することもできない。
出かける支度をすると俺はリボーンの行っている学校に向かった。
学校というのも久しぶりだ、見るのも嫌だったから早く社会人になりたいとそればかりだった。
それが、今ではニート生活をしているのだけど。
「せんせー、ばいばい」
「とっととかえれ」
「リボーンせんせぇ、今日も暇そうじゃん」
「暇じゃねぇよ」
学校の校門の近くまで来ると生徒の声とだるそうなリボーンの声が聞こえた。
あまり近くにいくとばれてしまうかと足を止めて、遠目から眺めた。
「りぼーんせんせい、今度のテスト簡単にして」
「するかよ、ばか…おい、気をつけて帰れよ」
「…はいっ」
リボーンはみんなに挨拶しているようだった。
顔を俯けて歩いて行く生徒にまでしっかり声をかけて、表情を見て確認しているようにも見える。
俺はその場に居られず、そっと離れた。
「想像してたのと違う」
なんだあれは、誰なんだろう。
とても小学生の時苛めをしていたと思えないほど…。
ぽたりぽたりと涙が落ちて、拭うこともせず俺は自分の部屋に戻るために歩いていた。
あんなに優しい顔ができるならなんで俺にはそれをしてくれなかったの?
どうして、こんなに俺は苦しまなきゃならないんだ。
どうして、俺はこんなにも報われないんだろう。
「はは…ほんと、何だよアレ」
いかにも自分はいじめをしませんって顔をして、酷いことをする。
どうして、俺はこんなに苦しい思いをしてあの男の傍にいるのだろう。
自虐もここまでくるとマゾになった気分だ。
今日は時間に関係なく寝たい、そう思い始めたら一直線で部屋に帰るなりシャワーを浴びた。
冷たいベッドに入って、ご飯も食べていないことに気づくがとてもそんな場合ではないと自分に言い聞かせる。
眠って、現実から気持ちを遮断しないと俺はなにか取り返しのつかないことをしてしまいそうで…。
布団に顔を埋めた。
なにも考えたくない。なにも思い出したくない。
無理やり目を閉じて眠ったのだが、次に目が覚めた時にはあまりすっきりしなかった。
真っ暗な部屋、空腹を伝えるお腹の音に俺は舌打ちを溢した。
この先に救いはあるのだろうか。
俺は、報われることができるのだろうか。
誰も教えてくれない。
俺が正しいのか、間違っているのか。
この先に進むべきなのか、止まるべきなのか。
ただ、淡々と過ぎていく時間の中で思うのはこれ以上時間を動かすのを止めてほしいと、それだけだった。
END