◎ 来週からがんばる
「なんでいるんだ」
「あは、なんか…帰る場所ない」
リボーンが帰ってきて俺は笑顔で出迎えた。
リボーンが言った通り俺は適当にご飯を作って食べた。
そのまま帰るのもよかったのだが、嫌がらせをしてやろうと思いついたのが居座ることだった。
勿論住んでいるところはある、一人暮らし小さいアパートで壁は薄くて隣のリア充がすごく煩い。
朝はわからなかったが、リボーンはスーツを着ていた。
ネクタイを緩めて、面倒臭そうにため息をつくと俺を避けてあがってくる。
先にいくリボーンの後をついて行くと部屋を見回した。
「で、お前はなんでここにいるんだ?」
「んー、帰る場所はあるけど…一人は寂しいんだ」
苦笑いを浮かべて鍋に作ったカレーを覗き込んだ。
殺気出来上がったばかりだから冷めてはいない。
「食べる?少しぐらいなら、俺もご飯作れるから…おいてくれたり、しない?」
「お前仕事は?歳はいくつだ?」
「フリーターってやつ、歳は25歳」
答えを聞くなり、リボーンは椅子に座って待っているようなので皿にご飯とカレーを盛りつける。
二人分をよそってリボーンの前に置けば、何か考える素振りをしていた。
もしかして、一緒に住まわせちゃうのか?
昨日の今日でそんなことができるとか、本当に大丈夫!?
俺の内心を知らずリボーンは俺の顔をじっと見つめて、口を開いた。
「少しだけだぞ。でも、男と暮らすなんて俺は願い下げだ、通え」
「何それ面倒臭い」
「嫌なら来るな」
リボーンから出された条件に、それでは俺がリボーンのことが好きで通い詰めているみたいじゃないかと思ったがそれだけは口にしないことにした。
決してそんなことはない、俺はリボーンが嫌いで嫌いで…いつかそうやって生きてきたことを後悔させてやるってそれだけを考えてきたんだから。
そんなリボーンのちょっとしたことで惚れていたとしたら、それは単なる馬鹿だ。
けれど、このまま関係がなくなってしまうのは困る。
「…わかった」
「……」
俺が返事をするが、それの返事はなくリボーンは勝手に食べ始めた。
黙々と食べるから、俺もそれにつられて黙々と食べて、つけっぱなしにしていたニュースキャスターの声だけがしっかりと部屋に響いていた。
食べ終わるとリボーンは皿にスプーンを置いた。
「甘い…もっと辛くしろ」
「…は?これあんたん家にあったもんだけど?」
「俺はそれにスパイスをいれる」
「そんなこだわり知らない」
「知らないなら覚えろ」
勝手なことを言って勝手に会話を切るとリボーンは立ち上がり風呂場へといってしまった。
ドアがしまり、しばらくするとシャワーの音が聞こえ始める。
俺ははぁとため息をつき、なんでこんなところに居座ろうと思ったのだろうと早速後悔を始めた。
リボーンは俺のことを覚えていないみたいだし、俺がこんな想いでリボーンの近くに居ることがなんだか、どうでもよくなってきた。
何でこんなことしちゃったんだろうなという、なにもかも投げ出してしまいたくなる想いがわき出て、でもそうしたら俺はまだこのもやもやとした感情を抱いていないといけなくなるのだ。
俺は少しでもいいからこの想いから解放されたかった。
この苦しめられた年月を、止めようのない憎しみを、どうか昇華してほしくてたまらないのだ。
「こんなことしても、どうにもならない方が大きいのにな」
もしかしたら、リボーンにこの方法はなんの効果もないかもしれない。
まず、リボーンが俺に惚れないかもしれない。
どれだけアプローチしても勝手にやってろといわれてしまうかもしれない。
俺がしていることが、全部水の泡になってしまうかもしれない。
けれど、此処まで来た。
此処までしてしまった。
取り返しのつかない計画が始まってしまっている。
どうあがいても後戻りをするにも、先に進むにもリスクしか存在しない。
俺は何かを決意したように立ちあがって食器を洗った。
リボーンの部屋は妙に綺麗にされていて、落ちつかない。
ほとんどものがないのだ、閉鎖的な空間が嫌で壊して回りたい衝動を押し殺した。
暫くするとリボーンが出てきて、頭にタオルをおき髪を拭いていた
「まだ何かあるのか?」
「リボーンって何してる人?」
「お前には関係ないだろ」
疑問に思っていたことを聞いてみたらそっけなく答えて寝室に入っていこうとするので、慌ててリボーンのズボンを引いて引き留めた。
「なんだ?」
「教えてよ、俺だけなんてずるい」
「勝手に上がりこんできたお前には関係ないだろ?」
「気になる」
一歩も引かないと見つめていれば、はぁとあからさまなため息が聞こえた。
俺はフリーターという普通は口にしづらいことをカミングアウトしたのに。
いや、俺が無理やり押しかけてきている時点でこれは確定的みたいなものなのだが、この際関係ない。
「教師だ」
「……先生?」
「ああ…中学生のな」
静かに響いた短い単語に俺は、動けなくなった。
リボーンはそのまま寝室へと入っていってしまう。
誰かを苛めた男が、教師…?
どうして、そんなことができるのだろう。
どうして、鳴ろうと思ったんだろう。
俺のことはもう忘れちゃった…?
そうだよな、大体小学生の頃のことなんて抱く学生にもなってしまえば…忘れてしまえる…?
誰かを傷つけた人が、簡単に誰かに授業や道徳を教えるなんて…そんなことが合っていいというのだろうか。
どうして、どうして!?
カタカタと震える指先、立っていられずにふらふらと近くのソファへと座りこんだ。
逃げたい、怖い。
そう言えば、どうしてここにいたんだろう…。
なんで、こんな人のところに…。
「おい、どうかしたのか?」
「っ…な、なんでもない」
俺の反応がなくてリボーンがこっちに顔をのぞかせてきた。
早くここから出ていかなければ。
さっきまで考えていたこともなにもかも頭から消え去り俺はどうやってここからでられるのか、それだけが頭の中をぐるぐると回っていた。
「具合でも悪いのか?」
「だいじょうぶ、だから」
近寄らないで。
歩いてくる足音に怯えて立ちあがろうとするのに足がすくんでそれができない。
手が俺の肩にかかる。
引かれて振り返ると、なんでもないような顔がそこにあってそれが一気に慌てたものになる。
「どうした?」
「…え?」
「泣いてるじゃねぇか」
言われて自分で頬を撫でた。
べったりと濡れた感触にいつの間にこんなに泣いていたのかと不思議に思った。
「大丈夫だよ、なんか…へんなだけだから」
「変って何だ?痛いのか?」
「痛くないって、そのうち出てくからちょっと放っておいてよ」
身体がびっくりしただけだ。
そういって、リボーンの手を振り払った。
教師は俺の苦手な人間だった。
何を言っても信じない、一番信用できない人間。
俺が苛められていたと知っていながら、両親に相談された時はしらを切り子供のいうことは大体気を引きたくて嘘の場合が多いなんて、そんなことないのに。
苦しい思いをしていても、見ているだけ。
泣きだしても小学生にもなって泣くなんていつまで子供だと思ってるんだ、なんて、自分の都合を押し付けてくる。
俺を助けてくれる人間なんてどこにもいないんだと言われていた。
言葉にしなくても、伝わってきた。
そしたら、ほっと息を抜ける温もりがあった。正気を取り戻したら、そこにはリボーンの服が見えた。
抱きしめられているのだと理解するのに時間がかかって、俺は目を見開いた。
「な、に」
「落ちつかせるには誰かにこうして抱きしめられるといいんだ」
ぽんぽんと子供にするように背中を叩いて優しく撫でられた。
リボーンが言うように俺は少しずつ落ちついてきて、そのうち涙も止まった。
「止まったな」
「ん…ごめん」
「子供を宥めるのには慣れてるからな」
子供扱いするなと言いたかったがそんな気力もなかった。
リボーンは離れるとキッチンに立って、何やら小さい鍋を取り出して冷蔵庫を漁っている。
俺はそっちに視線を向けることもできず、じっとテーブルを見つめていた。
そうして、リボーンがこっちに歩いてきたかと思うと目の前に差し出されたのは温められた牛乳だった。
「飲め、落ちつくから」
言われるまま口にすれば少し甘くて、ゆっくりと飲んだ。
リボーンは何をするでもなく、俺が飲む様子を見てるようだった。
「ごちそうさま」
「今日はもう遅い、風呂入ってこい」
「は?」
「寝ろって言ってんだ」
「だって、さっさと出てけって…」
「いいから早くしろ。出ないと本気で蹴りだすぞ」
リボーンは飲み干すのを待って俺の腕を引いて立ちあがらせた。
風呂場に無理やり押し込められて、ドアを閉められてしまった。
これでは逃げるどころか何もできない。
俺は渋々といった感じでシャワーを浴び、出るころにはすっかり気分も落ち着いていた。
でていくと、ソファの部屋にはリボーンの姿がなく寝室かなと顔をのぞかせるとリボーンは寝転がっていた。
「こっちにこい」
「いいよ、ソファで寝る」
「早くしろ」
リボーンの急かすような言葉に俺は逆らえずおずおずと近づいた。
ドアを閉めて来いと言われたけれど、少し開けたままで入る。
「寒いだろうが」
「少し、開けておいてくれないと…困る」
「は?」
「閉所恐怖症なんだ」
「昨日はしまってたぞ」
「飲んでたからだよ、理性とんでたら大丈夫なんだ」
「仕方ないな」
改めて思うが、計画を立てたと言っても勢いだらけだ。
今さらながら自分のしたことに恐ろしくなりながらリボーンの隣へとはいった。
他人の気配があるのは怖いのだが、なんでか安心感も感じることができた。
いつも寝つきが悪いのに目を閉じた途端、俺は眠ってしまっていた。
怖い夢ばかり見ていたのが、嘘のようになにも見なかった。
何でだろうと思ってもわからない。
ただ、まだ何かをするには早すぎるのだと気付き始めていた。
END