◎ 一番星
「で、コロネロ俺を気にしてたみたいだが、何で俺を気にするんだ?」
「は?」
その日丁度俺と一緒になったコロネロに問いかけてみた。
あれから綱吉と思いを確かめ、そのままという雰囲気になったのだが人見知りが激しいと言われて泣かれてしまっては居座れるはずもなく帰って来たのだ。
まぁ、綱吉は俺のものになったのだから何の心配もいらない。
けれど、綱吉がコロネロが俺を気にしているという言葉をそのままにもしておけないと思ったのだ。
「お前、いちいち俺に突っかかるじゃねぇか」
「…別に、意味なんかねぇよコラ」
あからさまに何かあるって含み込めるなよ。
言わない気なのか、それとも無理やり口を割らせるか…。
俺ははぁとため息をついて、ポケットに忍ばせていたものをとりだし、コロネロの前に置いた。
「お前が本当に気にしてんのは、こいつだろ」
「……」
「無言は肯定と取る」
「そうだ、コラ」
「この女最悪だぞ」
「ラルを悪く言うなっコラ!」
みえてしまった結末に俺はまたため息を一つ吐く。
ラル・ミルチ、俺の幼なじみで有名なモデルだ。
俺とも何回か表紙をやったりしている。
俺の方が年下なため小間使いにされたり、色々と権限を駆使してきて嫌な女だと思うのだが、コロネロは好きらしい。
それは風から聞いた言葉だったのだが、そこでようやく俺に突っかかったりする理由が繋がった。
単なる嫉妬、だったとはな。
あまりにもあっけない答えに笑いすらない。
「別に俺はラルとそういう関係になったわけでも、またそういう感情を抱いてもない。それはラルも一緒だろ。幼なじみだが、今はただの仕事仲間だ」
「そういう嘘をつくな」
「俺は綱吉と付き合ってる。下手なこと吹き込んだらただじゃおかねぇぞ」
「え…じゃあ、本当に…」
「だから、何回言ったらわかるんだ…はぁ、面度くせぇ」
実を言えば、ラルもコロネロを気にしていたりするのだがそこは言おうか言わまいか迷って、止めた。
こいつらには迷惑かけた分、苦労してもらう方が良い。
情けないほどすっきりとした顔を見せるコロネロが気持ち悪くて、早く支度して顔引きしめてこいよこのあほ、といってもあまり効果はなかった。
「あー、早く綱吉に会いてぇな」
さらっとカミングアウトしたにも関わらず追求してこないのには感謝しなくてはいけないのだろうか。
いや、あれはただラルがなにもなかったことに次のアプローチを考えているのだろう。
この仕事を終えれば次は写真集のほうの撮影だ。
もう、あれも最後の服になる。
そして、少し特別な洋館を借り切っての撮影だ。撮る方もワクワクしているようで専属のカメラマンは嬉々として打ち合わせに参加していた。
綱吉も同様にいつもと違う場所に楽しさを隠せない様子だった。
俺も楽しみだ。
おねがいしますと入ったスタジオで、いざ撮影を始めれば俺達二人はいつもの殺伐とした雰囲気はすっかり無くなってしまったらしい。
「あれ?なんか今日は二人とも仲良しさんだねぇ」
「そんなことないぞ」
「ああ、こいつのことはいつでも」
「「だいっきらいだ」」
一つ目の仕事を終えて、俺はすぐに車へと乗り込んだ。
時間には十分間に合う、俺はゆられながら現地集合の綱吉に連絡をとるためにメールを入れた。
すぐに返事がきて、着く時間を知らせてくる。
どうやら、同じぐらいにつきそうだ。
しばらくじっと外の景色を見ながらいれば洋館にたどり着いた。
とても整っていて、いかにも撮影に使われそうな感じだった。
場所を提供しているのだからもとからそういう目的で作ったのかもしれないが。
もうスタッフはついていて、準備を始めているようだ。
バラやら羽やらがつまった袋をもっている。
今回の服は少し特別で、俺のためだけの特注品だ。
というか、綱吉が俺のために作ってしまってどうしようもないからきてほしいとのこと。
まぁ、そこまで言われなくても着る。
綱吉はまだきていないようで、俺は先に入っているとメールをしておいた。
控室として用意された部屋に入ればかけられている服に手をかける。
なんとなく燕尾服をイメージしたような服だ。
俺はあいつのなかで少し硬いイメージなのかと思ってしまうが、散らばるシルバーをみればそんなこともないのかもしれないとちょっと想像する。
「あ、リボーンいた…って、着替え中!?」
「いや、同性なんだからみてもいいだろ」
部屋に入ってきて覗くなり慌てて背を向ける綱吉に俺は呆れたため息を吐いた。
どうしてこいつは…。
入ってこいよと声をかければドアが閉められて、綱吉がこちらを見る。
着替え途中と言ってももう終わるころだったので、振り返るころにはしっかりと着たあとだ。
「似合ってる。きつくない?着心地どう?」
「いい感じだ。違和感はないな」
「そっか、良かった」
襟に手を伸ばして整える綱吉の言葉に答えればにっこりと笑顔を見せる。
こんなあからさまに嬉しそうな顔を見せられて思いとどまれる俺の理性は上出来だろう。
まぁ、少し悪戯してしまうのは許して欲しい。
「う…わ、リボーン近い…」
「ちょっとだけだ」
「ん…」
腰を引き寄せて、慌てる綱吉の唇をちゅっと奪った。
一瞬のそれに綱吉はおっかなびっくりと言った様子で瞬間的に閉じた目をそろそろと開ける。
「びっくりした」
「お前が可愛い顔して似合ってるとか褒めるからだろ」
「かわ…いくない、純粋に褒めたのに…」
ムッとする顔もかわいらしい。
なんだか、思いが通じ合ってからリミッターが外れてしまったようだ。
抑えようと思っても、二人きりなく浮かんでは無理だろ。
そんなことをしていればコンコンとノックの音が聞こえた。
「はい」
「準備ができましたので、撮影始めます」
「わかりました」
「俺も行っていい?」
「みるために来たんだろうが」
綱吉を離して、一緒に控室を出る。
窓を背にソファが置かれていて俺はそこに入る。
「なんだか今日は機嫌いいね、良い笑顔見せてくれる?」
「いいぜ」
綱吉は入口付近の邪魔にならないところに立って見ていることにしたようだ。
俺からよく見える位置。
それより、まずはレンズに目を向けなければならない。
視線こっちねと言われて不敵な笑みを向ける。
ソファに座ったり手をついたり、いろんな角度からいろんなことを試した。
バラを撒いて、羽を撒いて、やりたいほうだいだなと思いながら俺も楽しんでいた。
「じゃあ、ちょっと視線外して〜…ドアの辺り見て」
カメラマンに言われるままに視線を外して、ドアを見れば綱吉と目が合う。
俺をじっと見る視線は相変わらずで、俺はそっと笑みを浮かべた。
視線に魅かれた、一直線なその視線が俺を虜にする。
そしたら、綱吉も綺麗な笑顔で笑い返してくれたのだ。
とあるデザイン事務所。
俺は出来上がった写真集を見て、ため息を吐く。
「あーもう…勿体ない」
「さっきから何を唸っているんですか」
「この顔見てよ、これ」
つまらなそうな声で聞いてきた隼人に俺は持っていた写真集のあるページを見せる。
隼人はじっくりとそれを眺めた後、珍しいですね、と声を漏らした。
「リボーンさんは結構ストイックと言うか、あんまり笑わないイメージだったんですが…いや、笑うとしても少し意地悪そうにと言うか…それにしても、これは…」
「俺だけの笑顔なのにぃ」
「ああ、この先には綱吉さんがいるんですね。通りで、惚れこんでる顔だと思いました」
隼人は納得したように頷いてまじまじと見ている。
あまり長いこと見ているので俺はそっとそのページを閉じた。
あの日、あの柔らかい笑顔を見せたリボーンの顔はベストショットだとカメラマンさんが言い張り、一枚しかないこの写真をぜひとも見開きページに使いましょうと押しまくった。
俺はさっき言ったように、この笑顔だけは俺だけのものにしておきたいと思った。
いや、実際リボーンの手を引いて、これは駄目、これは俺の、と必死に抗議し、リボーンにも口を挟んでもらったが、カメラマンさんの押しが強くて結局そのままそこのスタッフ全員一致と言うことで採用となってしまった。
「俺行かなきゃよかったのかな、リボーン…」
「あ、そのリボーンさんがやってきたみたいですよ」
ピンポーンとタイミング良くなったインターフォンに出てきますねと隼人は玄関へと向かった。
俺達が付き合っているのは、とりあえずカミングアウトした。
というか、わかってますから。
泣きつかれなかった時点で丸く収まったのは予想できてますからと言われて、俺は一瞬ポカンとしてしまった。
だって、あんなにすぐ受け入れるようなもんなのかな、芸能界に近い仕事も伊達じゃないということか…。
決してそういうわけじゃないと思うが、そう思っておく。
面倒なことは考えない方が良い。
俺はそっと写真集を机の中に入れてリボーンが部屋に入ってくるのをむすっとしながら待った。
「では、ごゆっくりどうぞ。俺は少し席をはずします」
「ああ、すまねぇな…って、なんて顔してんだ」
「俺だけのリボーンが全国各地に晒されている」
「変な言い方止めろ、しかたねぇだろ。それに、恨むなら自分を恨めよ」
俺をこんなふうにさせたのは綱吉なんだぞ、と綺麗な足取りで俺の前まで来るとぐっと顔を近づけ、不意打ちにキス。
驚いて顔を離すと、ずいっと目の前に長い筒状のものが差し出された。
「これって…」
「お前が言ってた奴だ。あいつには、俺達の関係はすぐにばれたが…まぁ、これをつくらせるのも楽だったしいいだろ」
渡されて開けばさっきの見開きの笑顔のリボーンが。
頼んでおいた巨大ポスターに俺は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、リボーン。大事にする」
「本物は目の前にいるぞ」
「っ…これで、見れる練習するんだもん」
「俺はいくらでも付き合ってやるぞ、たとえ泣いても離してやらねぇ」
耳元で囁かれてびくっとするのにリボーンは俺の髪に手を入れて逃げられなくする。
そうして、耳たぶを舐められた。
ぞくぞくする感覚に、声が漏れる。
「ぁっ…りぼ、ん…やめ…」
「嫌じゃねぇだろ?」
「くすぐった…あっ…やめて、やぁ…みみ…」
耳の中まで舌が忍び込んできて中まで舐めるような仕草に俺はぎゅっと目を閉じて、リボーンの腕を掴む。
いやいやと声をあげれば、ようやく解放された。
「はぁ…もう、ダメだって…」
「お前の声がいちいちエロいんだ」
「ん?」
「もういい、とりあえず俺のポスターでもなんでもいいから早く俺に慣れろ」
「うん」
ぎゅっと一度抱き寄せられて俺はリボーンの背中に手を回す。
暖かい身体が、すごく安心して…笑顔ぐらいいいかなと思った。
確かにあの笑顔は俺だけのものだけれど、生身のリボーンは全部俺のものだ。
なら、それでいいか…なんて。
俺にとってリボーンは一番星のように強く光り輝いて見えたんだ。
最初に会った時も、今も…ずっと、これからもきっと輝き続ける。
「一番星…みぃつけた」
「なんだ、そりゃ」
「うん、俺の…」
END