◎ 君だけの星
ばたばたと煩い足音が聞こえて俺は顔をあげた。
作業に支障が出るとその音の正体を確かめるためにドアを開けた瞬間綱吉さんが目の前に現れた。
今撮影の見学に行っている人がどうしてここにいるのか。
「どうして、帰ってきたんですか」
「俺、いっちゃった、俺…弾みだったんだっ」
「……えーと、ちゃんと順を追って説明してくれませんか」
真っ赤にして、今にも泣きそうな顔を晒して帰ってきた俺の雇い主はすごく混乱しているようだ。
なんというか、ここまで慌てた姿を見るのはとても微笑ましいというかなんというか。
俺はかけていた眼鏡のずれを直すと、冷静な声を出した。
まさか、自覚してこの人は仕事中にぽろっと言っちゃったとかそういうヘマをしてくれたというわけではないだろうと思ってのことだった。
「…ということになって、慌てて帰って来ちゃった」
「いや、そんなよく漫画にあるタイプのヘマをよくやりますね」
「隼人、なんでそんなに他人事!?俺、どうなっちゃうのかなぁっ」
「では、俺は今日はもうあがらせてもらいますね。時間も丁度いい感じなので」
「え、ちょっとまって…どうしてそうなるの」
俺が想像していたまんまをしてくれるなんてさすが綱吉さんと言ったところか。
どうしてこの人はそんなドジをしてしまうほどなんだろう。
でも、決して悪い人ではないのだ。
純粋で、その一途な思いを応援したくなってしまうほどに。
リボーンさんもあれで悪い人には見えない、まえにここに来た時には事前連絡をくれていたし、モデルをしているからと言って常識外れではないのだ。
そして、綱吉さんのことをちゃんと考えてくれている。
みた目で決めつけてしまってはダメだと思ったのだが、リボーンさんの眼差しは綱吉さんに惚れているそれ。本人に気づかれていなくとも、綱吉さんを見つめるまなざしは周りをきづかせるものではないだろうか。
俺は荷物をまとめて、アトリエを出ようとする。
そしたら、綱吉さんに腕を掴まれてしまった。
その目はどうして一人にするのだという目だ。
綱吉さんの頭に犬の耳が垂れさがって見えたのは見間違えじゃないだろう。
「これからリボーンさんが来るかもしれないのに邪魔者はいれないでしょう。俺の仕事はひとまずつけたので、ごゆっくり」
「やだぁ、隼人置いてかないでぇ」
ここは綱吉さんの自宅兼事務所兼アトリエになっているので、綱吉さんはここから逃げるすべがない。
そんなことを言って逃げてくれば、リボーンさんが追いかけてくるのは明白。
そして、有無を問われるのだろう。
綱吉さんは自分がフラれると思っているのだろうか。
「どちらにしろ、俺は邪魔者でしょう」
「いやだ、俺フラれるのヤダ」
「大丈夫ですから」
俺の腕を離そうとしない綱吉さん。
こんな顔を見れるのは俺だけの特権かと優越感に浸りつつも、優しく頭を撫でた。
年上なはずなのに、なんでかとても可愛く見えてしまうほどにこの人は魅力的だ。
そんな人をフるはずかない。
「もし、フラれたら俺のこと殴って良いですから。そしたら、俺がリボーンさんを殴りに行きます」
「それはだめだって…わかった、でも邪魔ものじゃないからな」
「…はい、では…おやすみなさい」
「うん」
腕を優しく解かれて俺はようやく解放された。
そうして、ドアに手をかけて手を振る。
そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫なのになぁと思うが、これ以上いってもこの人は信じないだろうからそのままでいい。
どうか、この二人が幸せになれますように。
そう祈る気持ちで、ドアを閉めたのだった。
「はぁ…」
閉まったドアを見つめて、俺は力が抜けたようにその場に座り込んだ。
緊張どころじゃない。
というか、まず今日ここにくるかどうかということろだろう。
あんな風に置いてきぼりにしてしまって、追いかけてくるかどうかと言われたら…普通は追いかけるが、別にどうでもいい相手なら追いかけてくることはないだろう。
むしろ、あんなことを言われて気持ち悪かられない方が変だ。
「ああ、どうしよう…気持ち悪がられたら服着てもらえないかもしれない。写真集の話しもなかったことになるかもしれない」
撮影が始まっているというのにそんな不安が俺の中に溜まり始めた。
だってそれほどのことを俺は言ってしまったんだ。
小さな声とは言え、自分の気持ちを吐露してしまってしかもそのあとのあのスタジオ全員に注目されてしまって死ぬかと思った。
あんな場所に居続けることなんて無理だったんだ。
「無理だ、むりむりむり…ちょっと、引きこもろうそうしよう」
俺は誰に言うでもなく自室に戻るなりベッドへと潜り込んだ。
こんなこと忘れてどうにか日々普通に過ごしていくためには一度落ちつくところから始めなくてはならないと思う。
シャワーも浴びることはせずベッドの中に入れば無理やりにでも目を閉じた。
こんな現実から今すぐにでも目を背ける。
そうじゃないと、俺はこの世界にいることを拒否してしまいそうになるから。
ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。
すっかり寝ていたらしい俺はベッドから這い出ると、時間も気にすることなく玄関へと向かう。
ピンポーン…また呼び鈴がなる。
いつから押していたのかわからないが、急ぎの用事でもあったのかなと思って家の鍵を開けて、そういえば何か忘れていると思い、思い出しながらドアを開けたら。そこにはリボーンがいた。
「ひっ…」
「おい、しめんな」
今忘れたことも思い出されて素早くドアをしめようとしたのに足を素早く入れられてしまい締めることは叶わなかった。
俺は泣きそうになって必死にドアを閉めようとするのにそれができない。
「綱吉、話がある」
「っ…」
リボーンの言葉にふるふると首を振って、答える。
声なんて出てこなかった、だって俺をフる気だ。
「なんでそこまで頑ななんだよ、なんだここで言ったらいのか」
「な…なにを…」
リボーンの声が低くなって少し恐怖を覚える。
俺は恐る恐る顔をあげて、リボーンを見つめればとても綺麗な顔で俺を見つめていたんだ。
自分の手からゆっくり力が抜ける。
リボーンがドアに手をかけて開かれ、俺のテリトリーに入ってくる。
そうして、俺のことを玄関の壁に追い詰めて腕で逃げることを阻んだ。
気付いたときには逃げることはおろか、リボーンの顔から目を背けることもできなくて俺は瞬きすらも忘れてじっとその瞳を覗き込んだ。
その中に俺への答えがあると思ったんだ。
そして、リボーンの手が俺の頬にそっと触れた。
「また、だな」
リボーンの言葉に俺はわからずにいれば、目元をすっと撫でられる。
「なんで泣きそうな顔してんだ。俺は何かしたのか?なにもしてねぇだろ、少なくとも今は」
「あ…俺、人…苦手で…」
俺は慌てて目を逸らして俯いた。
このまま目を合わせていたらまた泣きだしてしまいかねなかったからだ。
情けないことに、これだけはずっと治らなかった。
リボーンに隠し続けることなんてできるわけなくて、大人しく白状した。
「見つめてたら泣くのか?」
「条件反射みたいなもので…」
「じゃあ、キスできないな…」
「きす…そうだね…キス?……っ!?」
リボーンのさらっとした言葉に俺はうろたえた。
今この人なんて言った!?
キスって言った、キスって…あのキス!?
俺は慌てて顔をあげたら至近距離にリボーンの顔を見てしまいしかも、そのままちゅっとキスをされた。
何が起こったのかわからずに自分の唇を手で抑えれば、面白い反応だなと笑われた。
「なに、なんで…」
「好きだ。俺も、好きだった、これで信じてくれる気になったか?」
俺は信じられない気持ちで、でもその言葉はとても嬉しくてコクリと頷いた。
もう信じるも何も、唇まで奪われた。
俺を気持ち悪いと思うかと思った人が、そんなことをしてくれる何て。
そう思ったら涙が溢れた。
止まらなくて自分で拭おうとした手をとられて、リボーンの唇が涙を拭ってくれる。
「ふ…あ…リボーン」
「綱吉、どのくらいだ?」
「え?」
「お前が俺に慣れるのはどのくらい待てばいいんだ?」
リボーンに言われた言葉が上手く理解できなくて首を傾げたら、涙を指先で拭って抱きしめられた。
「泣かなくなるのはいつなんだよ」
「それは……わかんない」
体質と言うか、癖と言うかもう自分でもどうしようもないんだと苦笑して。
けれど、抱きしめてくるリボーンの心臓が丁度俺の耳に近づく。
俺よりも緊張しているのがその鼓動で伝わってくる。
あんなにプレッシャーのかかるような仕事をしているのに、俺に触れるのにそんなに緊張してくれるのかと思うとなんだか嬉しくて、俺は勇気をだして自分からリボーンの背中に腕をまわした。
「でも、俺…すごく、うれしいよ」
「もう一回キス、させろ」
俺の心臓もどきどきと煩いぐらいになっていて、必死に絞り出した言葉はちゃんとリボーンに伝わったらしい。
頬を撫でて、俺の顔を覗き込んでくる。
さっきから涙は止まらないままだけど、リボーンの言葉に頷く。
今度は不意打ちじゃないキス。
一瞬怯えて目を閉じる、けれどリボーンはしっかりと唇を重ねてきた。
唇が触れただけなのに、身体が痺れて身体中から力が抜けてしまいそうになる。
重ねたままなかなか離れない唇に、どうしたのかなと少し目を開けたらじっと見つめてきていて驚いて口を開いたらそのまま舌が入りこんできた。
「んっ…んんっ…ふ…」
「……っと、大丈夫か?」
あまりのことに驚いて、しかもそのまま口の中をまんべんなく舐められたら足から力がすっと抜けてしまった。
唇が離れた途端腰に腕が回って助けられるも、立つことはできずにそのまましゃがみこんだ。
「綱吉?」
「は…はじめて、だったから…」
どうしたらいいのかわかんなかった、と息を整えたらごめん、と謝られてしまった。
どうかしたのかと顔をあげたら、ぎゅっと引き寄せられてまた抱きしめられた。
「好きで、どうにかなりそうだった」
「あは…俺も、窒息しそうだった」
じゃあ、今度は優しく、とリボーンが言ってまた触れるだけのキス。
言った通りに一瞬だけのそれ。
俺は充分しあわせで、このまま時間が止まればいいのに、なんてどこかの漫画の様なことを思っていた。
続く