◎ 星の砂
「綱吉さん、リボーンさんのこと好きですよね」
「……へっ!?」
つい先日、リボーンが俺の職場へときたときのことを思い出していた時だった。
唐突すぎる隼人の言葉。俺はじっくりと言葉を噛み砕いて飲み込んで、驚いて顔をあげた。
そこには、隼人のびっくりした顔があってなんでそこまで驚くのだろうと首を傾げる。
好きってどういう意味なんだろう、好き…好き…?
「あれ、自覚なしだったんですか?」
「自覚って、やだな…俺も男でリボーンも男だよ?」
当然の様な隼人の言葉に俺は慌てて言い募る。
けれど、なんだろう…最近ちょっとおかしいなとは思っていたんだ。
なんか、リボーンばかり見てしまうし、なんというか…これが好きってことなのか?
でも、男だ。
芸能界自体そういうものが曖昧だと聞いたことがあるが、リボーンだってそれを平気だというのは聞いたことがない。
いや、口外して回っていてもおかしい話しだが…。
「好きなら、男とか女とか関係ないもんじゃないんスか?」
「…そう、なのか?」
「まぁ、綱吉さんのそれが本気じゃないって言うのなら別に今の言葉を撤回してくれても構いませんが」
俺には関係ないですから、言ってみただけですと止めていた手を動かしだす隼人をみて、そうして自分の手元に視線を落とす。
すとんとなにか落ちたように思えた。
リボーンを見ていると知らず顔が熱くなる時があるし、二人きりだったら必要以上に緊張するし…しまいにはこれだ。
自分の描いている物は、どれもリボーンに着せたら似合いそうだと思うものだ。
もう写真集の服は作り終わって、いるのだからデザインを考える必要などないのに、俺は気付いたらこれを描いている。
慌てて消すのに、なんだか勿体ないからスケッチしてそれを別のファイルにいれておくということまでしてしまう。
よく考えれば、俺はリボーンに惚れているんじゃないんだろうか…。
「好きなのかな」
「そう言えば、綱吉さん惚れるのとか初めてですよね」
「高校生で初恋体験したとか推察しないのかよぉ」
「俺と出逢ってちょっとしたときに童貞暴露したくせによく言いますね」
「うるさいよっ、あれは酒のノリってやつだ」
にやにやと笑みを向けてくる隼人の視線から逃れるようにノートを目の前に構える。
もちろん、童貞で恋もしたことがない。
良いなと思う女の子がいても、俺はこのデザイナーの仕事に就きたくて必死だったからそんなこと考えている暇もなかったのだ。
そして、大学で隼人と出逢った。
他にも仲良くしてくれた人はいたが、こいつだけは俺についてきて今でも頼れるアシスタントだ。
大学からとはいえど、結構私生活についても知られてしまっている仲だ。
でも、今言った通り俺は隼人とどうこうなったこともないし、そういう対象でもない。
「見つめられて緊張したり、上手く返答できなかったり、なにより相手の身体に触れたいと思ったら恋と思っていいでしょう」
「…全部当てはまるどうしようっ!?」
「では、これから確かめるために行ってきてみるのが良いでしょう」
「確かめるって?」
何を言い出す気なんだと隼人を見れば時計を見て、予定を確認している。
今とりあえず、俺は仕事が落ち着いているが依頼がくればそんなことも言っていられなくなる。
「今日はまだ大丈夫です、丁度撮影がありましたよね。いってらっしゃい」
「なんか最近隼人おかしいよ?いつもは俺にそんなに外出させなかったくせに」
「俺は、あなたの幸せを願っているんです、後押しできるのなら誠心誠意しますよ」
笑顔でいいことを言ってくれる。
けれど、その顔が完璧に野次馬の顔になっているのは気のせいだろうか。
俺は本当に人が苦手だ。
恋なんか自覚して、このあとリボーンとまともに顔を合わせることができるのかと言われたら、難しいとしか答えられない。
「緊張する…」
「その緊張も慣れれば大丈夫っス」
ぐっと親指を立ててみせる隼人に、絶対楽しんでいる雰囲気を感じてしまうが、背中を押されてドアをあけられてしまえばいくしかないのだろう。
こうも気の重い外出は今まで体験したことがない。
「俺、告白するつもりないけど」
「まぁ見てくればいいじゃないっすか。暇なの今だけですよ」
「……わかった」
どうせいつもの俺なら、リボーンの撮影があると聞くなり飛び出しただろう。
実際今でも行きたいと思っているのだから。
大丈夫だ、なにも変わることなんてない。
それに、俺の気持ちなんて言わない限り知られることがないのだから。
セットができていく様子を眺めながら俺は撮影を待っていた。
今日はコロネロが一緒ということで気分がのらない。
いつもは風がいてくれたが、今日は二人だけらしい。
何がどうしてあいつと一緒に仕事しなくてはならないのか。
今日も今日とてコロネロは遅刻してきて、俺が控室に出るときに滑り込んできた。
つくづく常識のわからない奴だと思う。
そのくせ、俺の方をやたらと気にしてくるし、あれはいったい何がしたいというのだろうか。
「うざいだけだろ」
「リボーンさん。先に撮りますのでよろしくおねがいしまーす」
「はい」
カメラマンに呼ばれて、先にセットに入った。
いつものように視線をレンズに向ける。
今日は色気出してみようかと言われて少し艶っぽくしてみる。
流し目も慣れたものだ。
すると、スタジオのドアが開いてやっとコロネロがやってきたかと思ったが違ったようだ。
今日も綱吉が来ている。
そして、俺を見ているのだ。
仕事中だからそちらに視線を向けることはできない、けれど綱吉の視線は感じることができる。
そうしていたら、次にドアが開いてコロネロが入ってきた。
「リボーンさん、顔怖いですよ」
「あ、すみません」
カメラマンに言われて慌てて顔を笑顔に戻した。
コロネロは綱吉の傍に行き何かを話している。
完全に綱吉の興味が俺から逸れた。
あいつ、また俺のものに手を出しやがって。
なんでもかんでも俺のものには手をつけるコロネロ。
嫌がらせと言うには質が悪い。手をつけるといっても、別にやましいことではない。
俺と一緒に撮影した女優とは必ず交流を持とうとしているし。
なぞなことだらけだが、綱吉だけはやらない。
まだ、こっちとしては告白もしていない。それより、意識もされていない。
ちらりと見れば綱吉とコロネロは楽しそうに話し続けていて、イライラが募っていく。
「あれ?今日は機嫌が悪いみたいだね。あぁ、コロネロか…ホントに君たちは仲が悪い」
「すみません、ちょっと気が散って」
「わかった、じゃあ先に彼をとろうか。遅刻してきたからね」
俺達のことをよく知っているカメラマンはコロネロを呼んだ。
「もう俺なのかコラ」
「リボーンさんはもうとったから、コロネロの状態も見せてよ」
はーい、笑ってと機嫌をみながらカメラを向ける。
そうすると、途端に仕事の顔になるのだ。
そこだけは尊敬すべきなのに、どうしてああも態度が悪いのか。
俺はセットから降りるなり綱吉の元へと向かった。
「今日も来たんだな」
「うん…かっこよかったよ」
「ありがとな」
ぽんっと頭に手を乗せると途端に恥ずかしいのか顔を俯けてしまう。
いつもだったら普通に笑顔を見せてくれるのに何かが変だと思った。
けれど、綱吉には時々そういうときがあるからあまり気にならなかった。
「コロネロに何かされなかったか?」
「コロネロに?別に何もされてないよ」
普通に仕事の話ししてただけだと綱吉は言った。
俺はふぅんと頷いてコロネロの撮影風景を眺めた。
けれど、綱吉は少し話したいらしく、くいっと服を引いてくる。
「どうした?」
「え、と…うまくいえないけど、コロネロが気にしてるのはリボーンじゃないかなって…俺は思ったよ」
「俺?」
綱吉は俺を見ないまま少し言いづらそうに呟いた。
スタジオ内は静かなので必然的に声も潜めたものになる。
「俺と話してても、コロネロはリボーンのこと見てたし…なんというか、リボーンの反応を見ていたんじゃないのかなって」
「なんでそこまでわかる?」
「いや、俺人見るのが仕事みたいなもんだしさ…自然と、わかるのかも?」
いろんな服を描いてるとね、と笑って首を傾げて見せる。
俺の反応を見て何が楽しいというのだろうか。
俺はますます訳が分からなくなって口を閉ざしてしまえば綱吉はまだぼそぼそと続けていた。
「なんというか、えっと…うん、良く見てるってわかるのは当然だよ。だって俺もリボーンのこと好きなん…だ、ぁ」
「え?」
「っ…今のなしっ!!!!!」
つるりと零れるように落ちた言葉。
小さい声だったため、俺だって耳を傾けていなければ聞こえなかっただろう。
俺は驚いて綱吉をみたら、顔が一気に赤くなって叫んだ。
それはもうスタジオ内に響き渡るかのように。
「す、すみませんでしたぁっ」
そして、逃げた。
ぱたぱたとドアを開けて歩き去っていく足音。
俺は驚きながら追いかけることはできなかった。
俺は仕事がある、それに好きと言われて足が動かなかった。
今のなしってどういうことだ。忘れろと言われても忘れるわけないだろ。
仕事が終わったらなんとしても捕まえて問い詰めてやる。
なにがどうとか関係ない。
ぶっちゃけコロネロとかどうでもよくなった。
なんで今俺は仕事しているんだろうか。早く綱吉に会って、今の言葉の意味をしっかり全部聞くまで捕まえてたい。
「くそ…かわいいじゃねぇか」
「あれ?リボーンさんご機嫌だねぇ、じゃあそのままコロネロと一緒にとっちゃおう」
憎たらしいぐらいのコロネロなんて頭にはなかった。
ただ、このあとどうしてやろうかとそれだけを考えて仕事を続けていたのだった。
続く