パロ | ナノ

 星の瞬き

写真集の話しが来てから一ヵ月、二十着ほどのデザインを手がけた。
一息ついて最後の一着をどうしようかと迷っているところだ。
これだけ絞り出すとなかなか出てこない。
一人の人に着せたい一心で描いてきたが、ここでネタ切れだ。
どうにか絞り出せないかと頭を捻ってみるもまったく浮かぶ様子がない。

「なんも浮かばない〜」

ぎしりと音を立てながら俺は身体を反らせる。
そうして窓から外を見てみてもなにもない。ただ空を鳥が飛んでいるだけだ。
無駄に時間ばかりが過ぎていく、隼人の型紙を切る音が聞こえる程度でこの部屋からは音がない。

「気分転換に、本人に会ってきて見ては?」
「……は?」
「会いたいって言ってたじゃないっすか」
「…いや、いったけど…俺は無理なのわかってるだろ」

さらりと言われた言葉をしばし飲み込むのに時間がかかった。
会いに行くって…会いにだろ?無理無理、第一邪魔してしまうかもしれない。
むしろ、向こうからはメールだけでリテイクがなければ接触することもないと思う。
それなのに、無理やり会いに行く?無理だ。

「無理って決めつけてばっかりで行動しなければそれで終わりになりますよ?」
「…それは、わかってるよ」

それで終わりでもいいんだ、顔とか身体はすごく好みだけれど人間性とか…いや、あのパフォーマンスを見れば初対面の人間に印象悪く接するような人でないことはわかるけれど…でも。
会いたいけれど、それは普通同じような舞台にあがるような人間のするようなもので俺なんかが会いに行ったところで無視されるか邪魔だと言われるかどちらかだろう。

「あ、もしもし…沢田デザイン事務所ですが…」
「って、隼人なにしてんの!?」
「ええ、はい…是非、お願いします。今日の午後、わかりました…ありがとうございます」

俺が考え事をしている間に隼人はどこへやら電話をかけていたようだ。
近くのメモへと聞いたことを書き込んで俺に手渡してくる。
俺はその渡されたメモを見た。時間とスタジオの名前が書いてある。

「なに…これ」
「リボーンさんの仕事です。今日ここでやるそうなので、行って来てください」
「は!?」
「俺は仕事がありますので、通行証は受付で名前を言えば発行してもらえるそうです」
「ちょ、ちょっと、なにしてくれてんの!?」
「仕事、してください」

にっこりと笑って言われた言葉に俺はちょっと引きかけた。
昨日から何もあがってないことをこの男はもどかしく思っていたらしい。
思いつかないなら本人見てもなんでも良いから描け…そういいたいのか。
隼人の無言の圧力に俺は頷くことしかできなかった。
しかも一人なんて、俺はどうしたらいいんだ。

「隼人は?」
「今言いましたよね?」
「…一人なんて」
「仕事だと割り切っていってきてください。それに、この前はコレクションにもいけたんですし、大丈夫ですよ」

何が大丈夫なんだ。ついて来たくないからだろ…このわからずや、強引っ。
隼人の恨めしそうな目を向けながらも俺は服を着替えようと部屋を出た。





俺がのろのろと支度をしていたせいで時間がぎりぎりになってしまった。
受け付けを不快にさせない程度に済ませてスタジオへと案内してもらった。
中へと入ればもう撮影は始まっていた。
ドアをそっと閉めて、カメラに笑顔を向けているモデルを見た。
そこにいたのは三人だ。
今人気のリボーン、それに対抗するように挑戦的な表情の多いコロネロ、そして、それを眺める風だ。
どれも知っている顔ぶれで俺は息をのんだ。ピンと張りつめた空気の中カメラに視線を向ける様は何か勝負を仕掛けるようなもので、何の撮影なのかさっぱりわかっていなかった。
下調べをしてくるんだったと後悔しそうになってた時、肩をちょんっとつつかれた。

「ん?…えっ!?んんっ」
「しー、静かに。君は誰なんでしょう?通行証はあるようなので、部外者ではないとお見受けしますが」

声を上げそうになって口をふさがれた。
ふわっと良い匂いがして、モデルってそんなに良い匂いがするのか、と納得しそうになりながら目の前の男を見た。
そこにいたのはいつの間にかステージから抜けていた風だった。
聞かれたけれど、これでは答えられないと見つめているとそっと掌がとられた。

「俺は、こういうものです。今日はリボーンさんを見学させてもらいに来ました」
「デザイナー…ああ、彼の専属の…ですよね、確か」
「ああ、そうです」

なんで知られているのか首を傾げながらも頷く。
納得したように頷いて、そのまま何を話すわけでもなく風はカメラの方に視線を向けてしまった。
なんなんだろう…少し調子が狂うと思いつつ俺もリボーンに視線を向けた。
集中しているのか俺に気づいている様子はない。
というか、こんな部外者にまで気を配れる方がおかしい。

「…かっこいい」

カメラマンの要望のままに自分を魅せている。
コロネロと向きあったり、拳を合わせたりたまに笑って。
あの二人の立ち位置はライバルと言ったところか。そう言えばよく雑誌でも犬猿の仲と言われていたりもしたか。
最近よく目を通すことにしていた雑誌の煽り文句を思い出せばまさにそんな感じだと感心する。
実際のところどうなのかわからないが、ポーズを決める二人は張り合っているようにも見えるし、仲も特別悪そうに見えない。

「はい、ありがとうございましたー。次、リボーンさんと入れ換わりで風さんお願いしまーす」
「はい」

風は呼ばれると壁に寄りかかっていた身体を正してステージへと入っていった。
そうして、入れ換わりでリボーンがこっちに向かってくる。
スペースはあるのだからこっちに来ることはないのにと思いつつ、隣へと自然な仕草で立つと真剣なまなざしで風とコロネロを見つめていた。
楽しそうだけれど、やっぱり仕事なんだなぁと感じてそっと離れようとすれば腕を掴まれた。

「へ…?」

まさか、と顔をそちらに向ければ案の定リボーンの手が俺の腕を掴んでいた。
なんで?とリボーンを見れば俺の顔にずいっと近づいてきた。
イケメンが間近っ。
それはあまりのことに声を出すこともできず口をぱかぱかとさせていると静かにしろと囁かれ思わず手で自分の口をふさいだ。
そうして、俺の方に手を伸ばして通行証を見られた。
じっと読んでいたが俺の名前を見たのだろうぱっと顔をあげて顔を近づけてきた。
これ以上近づくといろんな意味で俺はどうにかなってしまいそうだと声をあげてしまうのを必死にこらえていた。

「お前、沢田綱吉か」
「は、はい」

必死で絞りだした言葉は語尾が掠れて、もうなんかどこかへ行きたい。
こんなに近くにリボーンがいる。心臓がうるさいぐらいに動いて、俺の心拍がどうにかなっている。
緊張と照れと人見知りを最大に発揮しながらもリボーンを見つめていた。

「何泣きそうな顔してんだ?」
「い、いや…これは、その」

普段人と目を合わせることもない俺が初対面でしかもいいなと思ってたモデルで、しかもこんな近くでそれでそれで、そんな人から目なんか離せないと焼きつけるつもりで見つめていれば、視界が歪んだ。
ぼろっと零れたそれに驚いたのは俺だけじゃなかったようで、リボーンの目が大きく見開かれた。

「あ、いや…すみません、あの…俺…」

人が苦手、なんて言えなかった。
ここで人が苦手だと言ってしまえば近づいてもらえないかもしれないし、なんとか涙を止めようと袖で涙を必死で拭う。
けれど、一度決壊したそれは俺の意思を無視して零れ続けどうしようかと困っていたらタオルが俺の顔に押し付けられた。

「ちょっとそれで押さえとけ、擦るんじゃねぇぞ。赤くなるからな」
「はい…」

どこからタオルが、と思ったが俺の様子は誰も気づいてなかったようだ。
少し安心しながら落ちついてきたのを見計らってタオルをとってみる。
よし、出てない。
涙は止まったとリボーンを見れば、リボーンはじっと撮影を見守っていた。

「…ありがとうございます」
「別に、なんともないか?」
「はい、ちょっと…慣れないところに来たもので」
「ああ、あの時もなんだか変な顔してたよな」

変な顔、と言われてあの時を思い出す。
リボーンと初めて会ったのは…あのコレクションの時だ。
あのとき、確かに俺は変な顔をしていたのかもしれない…自分で言うのもあれだが…。

「コレクションの時に会ったの、覚えているんですね」
「偶然な、俺のことじっとみてただろ」
「…あ……」
「見られてるのはわかるんだ」

こういう商売だからなとふっと笑った。
カメラで見せない顔だと、思った。
もしかしたら、今の顔は本当のリボーンの顔なのかもしれない。
偶然かも知れない、けど勘違いしてしまいそうになるぐらい…その笑顔は本物だった。

「じゃあ、少し休憩します」

カメラマンが立ち上がって他のスタッフにも声をかけ十分間だけの休憩をもらった。
一気に空気が緩み、話し出す人もいれば外に休憩に行く人もいる。

「なんだ?見学者なんていたのか」
「あ、こんにちは。初めまして」
「ああ、そういうのは苦手なんだコラ」

こちらに向かってきたのはコロネロだった。
それに続いて風まできてしまう。
なんだこれ、みんな俺より背が高いし、囲まれるとリンチされているみたいに見えるんだけど…。
怖いと少し怯えを見せてしまったら、リボーンが俺の前に手を出した。

「俺の客人だ慣れ慣れしくすんな。特にコロネロ」
「ぁあ?俺はただ物珍しさだろうが」
「物珍しさで近づくな」
「ぁ…え…」

俺を守ってくれたように見えるのは気のせいじゃなさそうだ。
なんで初対面同然なのにそんな風にしてくれるんだろう。
確かに俺はあの時会ったきりで、そんなに大層なことはしていないというのに。
隣でふふっと笑い声がして振り向くとそこに風が立っていた。
唐突で俺はまた驚くが声だけはあげないようにした。

「あの二人はいつもああなので、気にしないでくださいね」
「はぁ…」
「撮影もう少し続きますが、疲れませんか?」
「大丈夫です、全部見ていっていいですか」
「勿論、私たちの仕事…みていってください」

風はとても優男なんだなと感じながらも俺は頷いた。

「おい、風さりげなく近づいてんじゃねぇよ」
「ああ、すみません…ただ、客人をつまらなくさせては…と思いまして」
「余計な世話だ」
「撮影再開します、風さんリボーンさんお願いします」
「「はい」」

リボーンは…かっこいい。俺の中ではやっぱりかわらずその印象のままだった。
その後も撮影の風景をじっくり観察しながら、時々コロネロや風に構われた。
結局リボーンからはあれ以来特に話をすることもなかったのだが、それは気遣われたのかそれともあまりのことに引いてしまったのかわからず仕舞い。
けれど、迷っていた服のデザインが決まりその日、終わりがけに風にありがとうございましたと耳打ちしてスタジオを出た。
帰って仕事をしなくては、あんなにがんばっている姿を見てしまえばこちらだってがんばらなくてはいけない。
それに、また会える気がしていた。
リボーンとは、これで終わるような関係じゃないと知らず思っていた。





続く





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