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 星の海

きらびやかな世界。
きらきらと光る舞台と、その裏の葛藤。どこからか、出演者を誘導する声が聞こえ、表では音楽が鳴り響く。
とびきり綺麗な服を纏ったモデルが登場する度歓声が上がり、モデルも意気揚々とランウェイを歩いている。
自分の服を見せ、自慢し、サービスも忘れない。
そんな世界の切れはしに俺はいた。

「はい、行ってください」

肩書きとしてはファッションデザイナー、こんなところにいなくても良い存在だ。
けれど、俺は自分の服がどんな風に人に見られ、どんな評価をされているのかと見てみたかった。
だから、上の人に無理を言って舞台袖からファッションショーを見ていた。
あくまでも、おまけだ。
観客席にいるようなすごい立場でもないし…でも、見てみたかったのだ。
みんなが夢中になるような華々しい世界を。
モデルがまた一人、また一人と歩きだし、中央まで行くとポーズを決める。
自分の表現の仕方で客の反応までも違ってくる。

「すごい…」

圧倒された。
俺は基本デザインをするだけの立場の人間だ。それが形になり、それを売るためにこうして開催されるショー。

「おい、邪魔だ」
「あ、すみません」

俺は夢中になってみていたから、頭を小突かれた。
慌てて謝り、顔をあげて一瞬にして目を奪われた。
スーツ風の服を身にまとい、ネクタイを徐に緩めると深呼吸をして、タイミングを合わせ舞台へと出ていく。
その背中をずっと見ていた。
なんと、均等のとれた身体。歩き方もすごく綺麗で、客も見惚れたのか一瞬にして空気が変わった。
モデル体型とでも言うのだろうか、そりゃここにいる人は全員モデルなのだけれど俺はその人にずっと目を奪われていた。

「綺麗だ」

ランウェイをきっちり歩いたかと思えば一番前まで来るなりかっこよく決める。
女性客が黄色い声をあげていて、そのモデルはただものじゃないんだとわかった。
ファッションショーでは基本女性の方が多いのだが、数少ない男性モデルだ。
他の男性モデルも異彩をはなっているのだが、その男はそれとも違うように見える。
なんなんだろう、でも…あの人の服を作ってみたい。
じっと見つめて、想像する。
あの人に一番似合う服、一番輝かせられる服。
頭に浮かぶ数々の服を俺は描いていた。
帰ってきて、一息ついているその人に俺は声をかけたかった。
けれど、それができる立場でもない。
その日はとてももどかしい思いをしながら帰路についたのだった。





「あ、あの人リボーンって人なんだ」
「なんですか?」
「んー、この前行ったコレクションですごくかっこいい人がいたんだ、それがこの人」

俺は記憶が残っているうちにと出演者のリストに目を通していた。
そして、見つけたのだ。
あの時俺に話しかけてきた人物を。
俺は話しかけてきたアシスタントの隼人にリボーンを見せた。
経歴からいって最初は読者モデルだったらしい。
でも、ここまで伸びるのはすごいなぁというのは個人的な感想だ。

「ああ、最近の雑誌の表紙総取りの人っすねぇ」
「そうなんだ?」
「綱吉さんは興味なさすぎですよ。今女性の間でも人気の人ですよ」

隼人の言葉にふぅんとつまらなそうに呟いて、差し出された雑誌に目を通してみた。
等身大が映っているページを眺めた。
やっぱり良い体つきだ。

「俺さ、この人に服作ってみたいんだけど…どうかな」
「……それは、難しいんじゃないっすか?」
「そうだよねぇ、無理だよなぁ」

そこそここの名前も売れてきたとはいえ、こんな雲の上みたいな人に自分の作った服を…なんて、無理だろう。
それに、俺の作っている服は誰かのためのオーダーメイドなんかじゃない。
量産される服だ、ファッションショーで少しでるぐらいで…雑誌に載るものも限られてくる。
それにピンポイントでリボーンにきてもらうなんて、それは無理だと…思う。

「そろそろ次のデザイン考えてかないとだった…」

季節は移りゆくもの、それに乗り遅れないようにするためにも今日も俺は紙に服を描き込んでいく。
朝から晩まで、いつものようにそれを繰り返した。
そんなある日のこと。

一本の電話がかかってきた。

『もしもし?』
「はい、綱吉です」
『ああ、あのそちらの服で写真集を作らせてもらいたいのですが』
「写真集?よろしいですよ、新しい服もですか?」
『そうしてもらえると助かります』
「モデルは…誰なんでしょうか」
『リボーンです、情報はメールでお送りします。他、なにかありましたらまたご連絡ください』
「…ありがとうございます」

かたん、と受話器を置いて、俺は混乱する頭の中を整理した。
今、なんかすごいこと聞いた気がする。

「綱吉さん?今の電話は?」
「リボーンが…リボーンが俺の服で写真集だってっ」
「は?」
「写真集ッ、服…服作らなきゃっ」

驚く隼人の肩をがしっと掴んでがくがくと揺さぶった。
こんな形で近づけるなんて思わなかった。
どうして俺が選ばれたんだろう、他にやる人がいなかったのか。
それとも、俺を直々に…いやいやそれはない、それは自分でもわかっている。
でも、何が縁でもこれで俺とリボーンは近づけた。

「近づけたっ!!」
「綱吉さんっ」
「やったぁあっ」

はぁと呆れた隼人の声が聞こえるけれど、俺の耳には入ってこなかった。
なんでもいい、適当に選ばれても…できれば、望まれていてほしいけれどリボーンの服が作れる…それだけで、俺は舞い上がっていたのだ。
そうして、メールをチェックし、どのシチュエーションで撮影されるのか。
どんなものが良いのかなど、事細かに指示されていた。

「隼人、これから忙しくなるよ」
「わかってますって、それより綱吉さんはさっさと書いてくださいよ」
「はいはーい」

まずはどんなものを作っていこうかと指を鳴らしながら机に向き合った。
まぁ、作るのは隼人の役目だったりするのだけれど。
俺は生地を選び、デザインする。
型をとって形にするのは信頼する隼人の役目だ。
隼人は大学時代からずっと一緒にいる。
俺のアトリエで唯一の人間だ。
普通なら数人いてもいいのだが、俺は人と接触するのが苦手だったりする。
あまり人が多いと気後れしてしまうし。ファッションショーの時なんて慌てたあまり邪魔になるわ、転びそうになるわで実は大変だったのだ。
そして、隼人からもまだ手が足りているから大丈夫だと気を使ってもらったのでそれに甘んじている。
でも、もう少し我儘を言えるならばあってみたいと思った。
またあの、人の目を引きつけるような瞳で見てほしいと思っていた。
あの人は不思議だ、あんなにも完成された人を見たことがなかった。

その人に一番の服を。
俺の精一杯の想いを形に。






続く





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