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 甘い感情


「綱吉、そろそろ、会社いけ」
「え……」
「きっちり、辞めて来い」

唐突に放たれた言葉に俺は一瞬何を言われているのかわからなかった。
けれど、冷静になって頭でちゃんと理解すると俺が思うより先に頷いていた。
いずれ来ると思っていた。
俺がここに臨時で働き始めて一週間になろうと言うところ、会社は無断欠勤を続けていた。
功との一件があってそれ以来行っていない。
どうなっているかもわからず、功との連絡も途絶えたままだ。
リボーンはそれでいいと言った。
俺もそう思うのだが、功は会社で唯一優しくしてくれた人だった、だからか裏切られたことにはショックを受けたが、同時に寂しさを覚えた。

「じゃあ、行ってきます」

内緒で書いていた辞表を鞄に入れてスーツに着替えると店を出た。
俺とリボーンはというと、至って普通。
あんなに息まいたくせに結局何もできずにバイトをやる日々を過ごしていた。
リボーンの部屋はベッド一つしかなくて一緒に寝ていると言うのになんの反応もない。
これは脈も何もないかな…と悲しくなる。
でも、そしたらなんでキスしたんだろう。
わからない、リボーンが…。
俺は人とかかわるのが苦手だったし、人を好きになるのも初めてだ。
だから、俺はどうしてアピールしていいのかもわからないでいる。

「というか、俺はリボーンのとこで働けるのかな」

今更ながらリボーンが働いてもいいと言ったわけでもないのに働くつもりでいる自分に苦笑する。
こんな就職難なのに辞めようだなんて、普通はしない。
リボーンにも見捨てられてらちゃんと就職活動しよう…。




「あーあ、店長がちゃんと言わないから不安そうな顔でしたよ沢田さん」
「………」
「俺が拾ってやるよ…って言ってあげないから」

俺の声真似をして久実が言うが、全く似ていない。
俺は話す気力もなく適当にケーキをショーケースにケーキを並べていく。

「店長の気持ちもわからなくもないですが、人間言わないと伝わらないんですよ」
「お前、最近俺への風当たりキツくなってないか?」
「…そんなこと、ないですよ…あ、いらっしゃいませー」

少し睨みつけて言うと視線を逸らしてくる。
まったく俺だって最近綱吉と同じベッドと言うだけであまり寝れていないのだ。
変に刺激するなと口を開きかけたところで客が入ってくる。
久実は元気よく声をかけ、店長は奥に行って下さい。と背中を押されて無理やり厨房へと押し込まれた。
顔がいいことは自負しているので久実にここにいろと言われたことはあるがもう奥へ行っていろと言われたことはあまりない。
それはきっと酷い顔をしているのだろうと思う。
綱吉のあのショックを受けてどうしたらいいかわからないと言ったような顔でいられたら手をだすにも出せない。
むしろ、あんな顔をされては触るのにも細心の注意を払わなくてはならなくて最近は目も合わせづらい。
だからか、綱吉は久実になついた。
仕事もしっかり覚えて、働くのなら申し分のない働きが期待できる。

「だが、あいつの居場所を作らねぇとな」

もうマンションに居ない方がいいのは明白。
でも、このまま一緒のベッドで…というのは俺の寝不足が加速しそうだ。
それに男二人で一人用のベッドは窮屈だったりもする。
だったら新しいアパートなりマンションなり探してやらなければならない。

「もー、店長…気持ち悪いですから、ころころ表情かえるのやめてください」
「俺だって人間だ」

客は無事に帰したのか俺の様子を見に厨房へと入ってきた久実の言葉にすぐさま表情を元に戻して言い返す。
まったく邪魔するのが好きな女だなと見つめ返すとふふっと顎をとられる。

「焦っている顔もいいですよね。いい男が台無しですよ」
「言ってることが間逆だぞ」
「そんなことないです。そうそう、風当たりがどーのとかって言ってましたが、あながち嘘でもないですよ?私沢田さん気に入ってるんで」
「お前、俺がアイツを好きだって知ってるよな」
「知ってますよ?けど、あんまりもどかしいと…とっちゃうかもしれません」

顔を近づけていーのかな、と笑う久実に苛立ちが募る。
女というのはどうしてこうもかき回すのが好きなのか。

「性格悪いな」
「女性というものは、多少ずる賢くなきゃ生きていないんですよ?男と違って」
「ずる賢いは関係なくないか?」
「いーんです、とにかく……え」

カチャリと音がして裏口の開く音がした。
裏口は社員専用で、俺と久実以外そこを開ける人物がいるとしたら…綱吉だけだ。
嫌な予感は当たって、俺と久実が顔を近づけているこの状況下で何を想像するかなんて考えなくてもわかるだろう。
綱吉は途端ドアを締めて逃げ出した。
久実はと言えば一瞬にして顔を真っ青にしてしまった。

「て、店長っ…早く、追いかけてっ」
「は?」

確かに俺は追いかけようと思っていたが久実の尋常じゃない剣幕で言ってきた。
一体何があったと言うのだろうか。

「ちゃんと誤解解いてきてください。このままじゃ…おねがい、すれ違ったまま終わるなんて…」
「ばか、んなこと誰がさせるかよ。お前は店見てろ」

久実は俺の一番最初の客だった。
そして一番最初の店員でもあったのだが、あいつの過去を俺は何も知らない。
話そうとしないし、知りたいとも思わないからだ。
それでいいと思っているが、このできごとが彼女の何かを刺激したことは確かだ。
だが、俺が綱吉を連れ帰ればきっと平気な顔をしているのだろう。
それでいい、きっとあいつにはあいつを大事にしてくれる人が現れるのだろうから。
俺は綱吉が走り去ったであろう方へと足を向けて走り出した。




会社に着けば、俺は恐る恐ると中に入った。
無断欠勤をした人間をもうこの会社は受け入れてはくれないだろう。
案の定、皆からの視線が痛い。
それに俺の席は、もう書類の山で使われるためにあるものではなくなっていた。
俺は部長の下に行くと鞄から辞表をとりだした。
普通だったら、ここで惜しまれるものなのだろうが部長は無言でそれを受け取り受理されてしまった。
もとから、ここに俺の居場所なんてなかったのか…。
俺がただひたすらしがみついていただけで、一人で必死だっただけで…。
俺はそのまま会社をあとにした。
私物なんて置いていないし、もう俺は必要ないのだろうから。
背中に感じる功の視線がとても痛くて、それでも視線を合わせることができなかった。

「よし、次は…リボーンのところだ」

気持ちを切り替えて電車に乗り、店に行く。
一週間で慣れ親しんでしまったこの店に苦笑をしながら裏口のドアを開けた時だった。
久実とリボーンが…キスしていた。
なんだ、これだからか。
あれは、ただの気紛れでただ冗談のつもりで俺だけが本気になってたんだ。
それでも、気にしないふりはできなくて俺は夢中で走りだした。
逃げたくて行き先もわからず走っていた。
細い路地に入れば公園があって、その先にいける道はなかった。

「あ…行き止まり」

普通ならわかったはずなのに、どれほど自分が混乱しているのか思い知らされる。

「も、なにやってるんだよ…」
「それは、こっちのセリフだ」
「リボーン…っ…離せよっ」

後ろから追いかけてきたまた逃げようとすると強い腕が俺の腕を掴んでくる。
なんで、追いかけてきたんだ。
俺なんか部外者で、関係ないのに。

「勘違いしてるだろ、俺と久実はなんにもねぇぞ」
「なんで、だって」
「キスしてた。か?言っとくけどな、あいつは何でもねぇぞ。それにバツイチだ」
「へ…でも、リボーンはかっこいいし…誰にもモテるんだろ」
「モテたってなぁ、好きなやつにモテなかったら意味ねぇんだよ、それぐらいわかるだろ」
「……リボーンの好きなやつって誰だよ」

誰もいない公園でなんという会話を繰り広げているんだと、恥ずかしくなるが、これをきかないと納得いかない。
でも、これで女性の名前がでたらへこむと言うことに今頃気づいた。
やっぱ言わなくてもいい、と言おうとしたらリボーンは指を俺に向けてきた。

「なに…?」
「お前……」
「は…?」
「馬鹿だな、お前だって言ってんだ」

自分だと言われて、ようやく頭の中にぴったりと当てはまった。
そのとたんほろりと涙が溢れでる。

「あ…れ……」
「こんなとこで泣くな」

拭っても拭っても後から後から溢れて止まらなくて、どうしようと思っているとリボーンの指で拭われる。
とたんに甘い匂いがして、反射でぎゅっとリボーンの服の袖を掴む。

「すき…」
「ああ、俺も好きだ」

リボーンの返事が、聞けてますます止まらなくなって、みっともなく鼻水をすする。
すると、そのまま引き寄せられて抱きしめられた。

「あ…涙、つく…」
「関係ないだろ。とりあえず、実感させろ」

なにが実感だ。
こんな公園のど真ん中ですることじゃないだろ…。
恥ずかしいはずなのに、俺は嫌がることもできずにリボーンの肩に顔を埋めて温かさを確かめた。
甘い匂いに包まれて、安心する。
なんだこれ、こんな…嬉しくていいのかな…。




END






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