パロ | ナノ

 甘い唇


最近、綱吉の様子が変だ。
仕事が忙しいせいもあるのだろう。
いつも閉店間際かちょっと早いぐらいの時間にここを通るのに、この頃は遅いのかすれ違いもしない。
久実から聞く話では、週一の割合で来ていたらしい。
ここ二週間はまともに見ていない。

「嫌われたのか…」
「なーに言ってんですか。ほら、しっかり仕事してください店長」

ばしばしと背中を叩いて開店前の手伝いをしてくれる。
けれど、そんなに簡単ならもうここへきてもいいころ合いだと思う。

「……忙しい…か」

いまどきのサラリーマンの仕事がどんななのかわからないから、忙しいの意味が掴めない。
ただ、ここにくることもできないんだなと感じるのみだ。
一つ深呼吸して気持ちを入れ替え、今日も店をオープンさせた。




「おい、沢田」
「はいっ」
「お前、先月今月と後輩に抜かれてるじゃないか」
「……はい」
「この分じゃ、ここにいられなくなるぞ」

朝から、上司のお叱り。
もう聞き飽きるぐらいだ。
高校の時から駄目駄目だった俺はごくごく普通の会社に就職して、ごくごく普通に仕事をしているのだが、駄目駄目なところは治りようがないらしく今でも仕事の失敗が絶えない。
今では二年目の俺だが、できる後輩が入社してきたせいで最近上司の俺を呼びだす確率は確実に上がっている。
散々に小言を聞かされて席に戻るが、親しい友人もいない俺は一人。
それでいいと過ごしてきたのだから、不貞腐れることもない。
変わらずに仕事をするだけだ。
リボーンに話しかけられてからというもの、俺の世界が少しずつ変わってきた。
あれほど一人が気楽だと思っていたのに、リボーンに相手をしてもらってそれが心地よいと思ってしまう。

「最近、行けてないな」

そのケーキ屋に最近はめっきりいけていない。
店にいけなくなった当初の理由は仕事の忙しさだった。
毎日のように残業残業で帰る頃にはしっかりと扉は絞められてしまっていた。
が、この頃は先程のように怒られてしまう始末。
こっちに回ってくる仕事もなくて、今は定時で帰ることの方が多いくらいだ。
当然店は空いている時間だが、実はもう一つ大きな問題が俺に起きていた。



仕事帰り、俺は緊張した面持ちで会社を出た。
しばらく歩いていると聞こえる俺と重なるように歩く足音。
俺が止まれば、止まる。
歩けば、歩く。
典型的なストーカーだった。
最初こそ、行く方向が同じなのかと気にもしていなかった。
俺が適当にコンビニに入って少しすれば居なかった。
それが、だんだんつける距離を伸ばしてきているのだ。
最初は会社周辺で撒けていた。
が、昨日は電車に乗ってきて車両を移動しつつ人ごみにまぎれて駅に降りた。
でも、どんなに振りきったとしても次の日にはまた近くまで来ては撒かれるのだ。
きっと、今日は俺の降り駅まで来てしまうのだろう。
こんな状態でリボーンの店になんか行けるはずがなかった。

「…不気味だな」

顔は見たことはない。
振り向けば隠れてしまって、見ることはかなわなかった。
声をかけても返事はなし。
不気味というか、もう恐怖しかない。
何の目的があってこんなことをしているのか。
俺にはさっぱり心当たりがなかった。
途中でコンビニに入り、十分ほど時間をつぶす。
が、待ち構えていたようにコンビニから出ると後ろを付けてくる。

「っ……」

駅に着けば改札へと入るなり走り出して、人込みをかき分けながら走り丁度来ていた電車に駆け込んだ。
後ろのドアは閉まったかのように思ったが、一度ガっと開いて閉まった。
どこかのドアから誰かが駆け込んだ音のようだった。
一気に胸が冷えていくのがわかった。
なんで俺がここまでされなければならないのだろう。
できるだけ人と関わらないようにしてきた。
一人で居るのが当り前な俺には、そんなことされる謂れもない。

「なんなんだよ……」

降りる時も細心の注意を払って降りた。
が、駅から出るとしっかりと後を付けてくる足音。
俺の心はますます追い詰められて、マンションの近くまで来てしまうが、俺はそこで曲がり角にまがった。
途端に走り出して、逃げる。
別の道から駅までを戻る道なのだが、ここから駅に向かうにはリボーンの店の前を通らざるおえない。
俺が漁っている間にも後ろの足音が追いかけてたのがわかると、もう俺はパニックに陥った。
どこにも行くあてがない、怖い、殺されでもしたらどうしよう。
必死に走って、リボーンの店の方へと曲がると丁度リボーンが店終いの為に店先を片づけているところだった。
リボーンは俺に気づいたらしく、首を傾げている。
その様子に俺はもう駄目だった。
こんなのは怖いわけがないと虚勢と意地で保っていたそれが一気に崩壊した。

「どうした?」
「もっ…匿って、お願い」

リボーンに抱きついて、泣きだしそうになるのを耐えた。
リボーンは俺の言葉を理解すると、俺を店の中へと押しやった。
そして、足音は道を駆け抜けていってしまった。
俺は乱れた呼吸を整えようと胸を抑えてうずくまっていたが、やがてリボーンが店に入ってきて俺の背中をさすってくれた。
いつもリボーンが纏っている甘い匂いが鼻を掠めてようやく安堵する。

「もう行ったぞ?」
「ど、どんな…人だった?」
「男だな、知らない顔だったぞ」
「そう……はぁっ…もう、嫌になるよね…ずっとつけられてて、もう少しで自宅ばれそうだった」

ははっと無理やり笑顔を作れば、鼻を思いっきり摘ままれた。
ちょっとどころかすごく痛い。

「お前、無理やり笑うな。辛かったな」
「…痛いよ…っ…ふっ…」

痛くて涙が出た。
腕を引いて抱きしめられて、ぽんぽんと一定のリズムを刻んで擦られてひくひくと喉が鳴った。
いつの間にか溢れる涙は鼻に与えられた痛みがなくても止まらなくて暫く、リボーンはそうやって俺を宥めていた。




「…ごめん」
「いや…落ちついたみたいだな」

暫くすると俺は落ち着いて鼻をすすりながらもリボーンから離れた。
自分から離れたと言うのに、酷くそれが心細かった。
けれど、それはほんの一瞬のこと。
元の温度を取り戻してしまえばまったく気にはならなかった。

「ケーキでも食べるか?ここにはそれしかないけどな」
「あるの?最近食べてなかったから口寂しいよ」
「なら、上にあがってけ」

俺は階段を示されて、上に部屋があったのかと初めて知らされると少し緊張しながら上に登っていく。
上は、すっきりと片付いていて汚くないのは物も少ないせいだと気づいた。

「おい、そんな入口で止まるな」
「あ、ごめん」

ケーキをもったリボーンに後ろから足を蹴られて慌てて中に入る。
テーブルに向かい合わせに座ると真ん中にケーキを一つ。

「リボーンのは?」
「俺はいい。飯食べたばかりだからな」
「そっか…でも…」
「いいから食べろ」

俺一人で食べるのは気が引ける、と言おうとしたらいきなりショートケーキを一口すくいとって口の中に入れてきた。
文句は消えてしまい、もぐもぐと租借すれば美味しさに頬が緩む。

「お前は、いつもそうやってふにゃふにゃしてろ」
「ふにゃふにゃって…」
「まぬけな顔」
「なっ…」

まぬけと言われてむっと唇を尖らせるが、にやにやと見られるだけだ。
良いようにからかわれていると気づけば、ばくっと一気に食べてやった。
生クリームが唇の端につくが気にしない。
せっかく美味しく食べてたのに…。
からかわれるなんて心外だと機嫌を損ねているとくっと顎を掴まれた。

「綱吉、お前無防備すぎなんだよ」
「へ…?」

リボーンがなんだかさっきと打って変わって真剣なまなざしをしているのに気付くと、何が起きたのか一瞬理解できなかった。
ただ、唇が何かに塞がれていてリボーンの顔が目の前にあった。

「…なっ…に……」
「……すまん」

リボーンの苦しい様な何かに耐えるような顔を見てしまえばようやく自分がキスされたのだと気づいて、唇を拭った。

「へんだよ……へん…俺、もう帰る…」
「ああ…」

頭が混乱して、何が起きているのかわからなかった。
俺は混乱しながらも立ちあがって足早にその部屋から出た。
いつまでも、リボーンの寂しそうな声だけが頭に残ってますますわからない。
なんでキスなんかしたのだろう。
なんであんなに罪悪感でいっぱいの顔をするのだろう。
唇に残った甘い感触だけがはっきりと感じられてまた俺は唇を拭った。
もうストーカーのことなど頭にはなくて、どきどきと早くなる脈に合わせるようにマンションまでを走っていた。




END






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