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 甘い言葉


俺が綱吉を知ったのは、高校二年の時だった。
特進科の俺は時間を必要とする運動部には入らず、料理部に入っていた。
そこは自分の作りたいものを作ってもいいというゆるい部活で、俺は時間の許す限りスイーツを作っていた。
最初は部員にケーキやクッキーを配るだけだった。
それが、女子にクラスに、と規模を増やしていったが俺は俺でやりたいことをやっていただけで苦にもならなかった。
そんなある日のことだった。

「作りずぎたな……それに失敗した」

ケーキの一つを失敗してしまい、綺麗にできた方はすぐになくなってしまったが、失敗したケーキは自分のもとに残ってしまった。
このまま持ち帰ってもいいが、荷物になる…とため息をついた時のことだ。

「お前、もっとしっかりやれよ」
「お前が足引っ張らないか一番心配なんだよ」
「う…ごめん」

通りかかった水飲み場。
そこには剣道着を来たやつらがいて、一人を非難していた。
そいつは言い返しもせず、じっと耐えるだけで奴を囲む男の気が済むまで文句を聞き続けていた。
そして、言い返さないので気が済んだのかそのまま立ち去ったのを確認するなり、ふぅっと疲れたようなため息を漏らした。

「おい」
「へ…?」

気づいたら俺はそいつに話しかけていた。
手元に残っているのは、失敗して不格好になってしまったケーキ。

「疲れてんだろ?甘いもん食べろ」
「いいの?」
「こんなんでいいならな」

残飯処理だ、と言いながら差し出したケーキをそいつはそのままつかんだ。
一口食べて、味を噛みしめた顔がとても幸せそうにふにゃりと緩んだ。

「おいしい」
「そうか…なら、全部食うか?」
「いいの?」
「ああ、貰われ残りだからな」

本当に美味しそうに食べる姿に、俺は見惚れた。
あんなにも何かに耐えるような顔をしていたくせに、一気に変わる表情。
凛と伸びた背筋。
男には興味なかったはずなのに、と思う反面目が離せなくなっている。

「美味しいのに、なんで?」
「失敗作だ。スポンジが綺麗に膨らんでねえだろ?」
「ああ…これだけで、貰われなくなっちゃうんだね」

その時見せた何かに重ねるような寂しい瞳。
どうしてか、言ってはまずかったかもと後悔した。
自分には関係ないはずなのに…。
そうして、綺麗に食べて空を俺に渡してくる。

「ありがとう」
「俺の方こそ、こんなもん食べさせて悪かったな」
「ううん、また失敗したら…俺にちょうだい」
「ああ、わかった」

次は失敗することはないだろうと思ったが、俺は知らずに頷いていた。
案の定俺が失敗したのなんてあれ一回きりだ。
俺はそれでも、アイツか忘れられずに秘かに調べた。
名は、沢田綱吉。剣道部所属。 勉強運動共にそこそこ。
ついでに言えば、剣道部でも活躍はできていないらしい。
けれど、俺はいつの間にか綱吉の背中を追うようになっていった。
決して俯くことのない顔、伸ばされた背、何のとりえもない男。
結局想いを伝えるどころか、あれ以来会話をすることなく高校生活を終えた。
それで、終わりだと思っていたんだ。
正直、つい最近まで忘れていた。
それが、同窓会で久しぶりにみてしまった。
全く変わらない背中、だが、少し疲れた表情を見せる。
思い切って話して見れば、やはり覚えられてはいなかったようだ。
それでいいと思う。
これから、また繋がれるチャンスはあると言うもの。
偶然にもこの店は、綱吉の家の近所らしいし。


「店長?なんか……ニヤケてますよ?」
「あぁ?」
「いや…気持ち悪いなぁって」

過去を振り返っているといきなり話しかけられて顔をあげれば、久実が立っていた。
こいつは、俺が一人で店を始めた時の初めての客+初めての就職希望者だった。
まぁ、店員は一人ぐらい必要だと思っていたので即採用。
それ以来、元気に働いてくれるが天然なのかさらりと毒舌をはく。
本人それに気づいていないから質が悪い。

「良いだろうが、俺の事情だ」
「ふーん、気にはしませんが…見られてますよ?」

外を指さす久実の指の先を辿れば、綱吉がこちらを見ていてバチリと視線がかみ合った。
俺は一つ咳払いをすると、こい、と口ぱくで中を指さした。
もう店は閉まるころで客はもういない。
それに、今日もケーキは完売だ。

「私はどうすれば?」
「売上げしまったら上がっていい」
「はーい」

久実はレジに入って中を開け金の集計を始めていて、暫くすると綱吉は店に入ってきた。
俺は今作っていたケーキを持ってレジから出ると、テーブルにケーキを置いた。

「なに?」
「新作だ、味見しろ」
「わあ、いいの?っていうか俺が一番?」
「そうだ、そんなに嬉しいのか?」
「嬉しいっ、リボーンの作るのすごくおいしいんだ」
「そうかよ」

高校の時と変わらずふにゃりと笑って、いただきますとフォークを手に持つ。
今回の新作は二つだ。
一つは、チョコレートケーキ。中はチョコクリームとイチゴをスポンジで挟んでその上からビターチョコレートでコーティングした。上には金箔と、生クリーム。
もうひとつは、ベリータルトだ。クッキー生地にカスタードクリームを少し塗りその上からイチゴを中心にブルーベリー、ラズベリーとベリーをふんだんに敷き詰めた。
今までは久実にしてもらっていたことだが、綱吉の喜ぶ顔が見たくて今回は綱吉が一番だ。

「すごい、おいしい」
「本当か?」
「うん…リボーンのケーキって、なんか懐かしいんだよね」
「どういう意味だ?」

美味しい美味しいと食べる綱吉に、俺もつられて嬉しくなる。
一つ目をあっという間に食べてしまうと、二つ目にとりかかる。
見ていれば、何かを考えるそぶりをしながらぽつりとつぶやいた。
もしかして、気づいているのかと自分は知らないふりをする。

「んー、なんか…こういう味前も食べたことある気がするんだ」
「前もって、ここができるまえじゃないのか?」
「違う、もっと高校だったか…中学だったか、そのぐらいにケーキを貰ったことがあって……たしか、こんな味なんだ」
「どうしてわかるんだ?素人がつくったのと同じ訳がないだろ?」

俺が否定すると違うと首を振る。

「違うよ。違うけど…なんか、上手く言えないけど…似てるよ」

はっきりと言いきった綱吉に俺は意外過ぎて驚きで固まってしまった。
それをみて、まずいと思ったのか手をぶんぶんと振っている。

「まずいとかじゃなくて…むしろ、俺はこれが好きだよ」
「ああ、わかってるから…」

焦る綱吉を宥めて笑顔を浮かべる。
なんだ、こいつの中に残っているのか。
昔の片鱗を見つけて、つい綱吉の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「……リボーンって、モテるよね」
「は?なんだ、突然」
「なんでも…これ、ちょっと酸っぱい気がする」
「カスタードの甘さが足りなかったか…」
「いや、ゼリーとか甘いの上からかければきっと丁度いいよ」

いきなり言われた言葉に、唐突になんだと追求する前に食べていたベリータルトをつついてきた。
一口食べてみると、確かに少し甘さが足りないかもしれない。
綱吉の案に頷けば、次に出すときはそうしようと記憶する。

「次も味見しろ」
「わかった、そのときはまた呼んでね」
「ああ」

お土産に余ったシュークリームを渡して、綱吉は帰っていた。
なんだか疲れた表情をしていたが、できれば気のせいだと思いたい。
アイツが口にするまでもう少し待ってやったほうがいいのだろうか。
どちらにしろ、今度また顔を合わせた時にでも考えようと俺も店をしまうためにシャッターを下ろしたのだった。

俺のケーキ以上に甘い言葉をお前はくれる。
喜ぶ顔が見たくて、いつも最高のケーキを考える。



END





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