パロ | ナノ

 甘い掌


高校の同窓会、皆恋人や妻の話しに華を咲かせる中、俺は一人だった。
俺は仕事で忙しくしていたせいか、伴侶になる女性どころか恋人すらいない。
それでいいと思っていたし、こんなところでそれが浮き立つとは思っていなかった。
みんな、結構寂しがりなんだな…。
一人で仕事をすることが多いせいか一人が寂しいと思ったことはなかった。
ここでも、ちょっとつまらないなと思うだけでそれ以上何を思うこともない。

「……甘い……匂い…」

適度に煽っていたつもりのアルコールが頭に回ってくればそっとグラスをテーブルに置いて椅子に座った。
立ち飲みバーなので、座り仕事が多い自分には少し疲れる。
そのとき、フッと香った匂いに鼻をきかせるとお菓子の様な匂いに似ていると目を閉じながら思った。
そして、そのまま意識を手放してしまったのだ。



「…おい……おい、起きろ」
「ん…」
「綱吉、もうお開きだぞー?」
「皆帰るから、お前もそろそろ帰れよ」

身体をゆすられて意識が浮上すると、同級の皆が困った顔で俺を起こしてくれていた。
ごめん、と苦笑を浮かべながら俺はさっと荷物を掴むとお金を払って店をでた。
二次会とかもないらしく、そのままそこで解散となった。
まだ、早い時間…一人の部屋になんの土産もなく帰るのが嫌でどうしようかと逡巡するとまたあの甘い匂いがして、俺はその匂いに誘われるようにふらふらと歩きだした。
甘い匂いがするのは、同級生だったか?と思うほどのかっこいい男。
こんなに目立つのにどうして俺は覚えがないのだろう。
疑問に感じながら電車に乗って帰るらしく、自分の電車だが行き先がわからないためここで別れてしまうのかとがっかりしながら電車を待っていれば、その男も同じホームに立った。
暫くして電車が来ると別々の車両に乗り込んだ。
ケーキでも買って帰ろうかな、と少し緊張していた自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
行きつけのケーキ屋に寄ろうと心に決めて、自宅のある駅に止まると電車を降りた。
すると目の前にまたあの男がいて、何でだと思いつつもケーキ屋に向かって歩く。
少し遅い時間だが、まだ閉まっていない。
店の前にくれば甘いものが食べれると嬉しい気持ちになりながら店のドアを開けた。

「いらっしゃいませー」

女性の店員に声をかけられて目を合わせないまま少し頭を下げてショーケースに飾られているケーキを眺めた。
定番のショートケーキは勿論、今旬のモンブランやフルーツタルトがあるが、ここには専属のパティシエがいるらしく女性に人気のケーキまで置かれている。
季節に合わせていろいろ変わり、最近はハロウィンのためお化けのようなチョコレートが乗っていたりカボチャの形をして中に色々な味の層がつまったムースと目を楽しませてくれる。

「あ、もういいんですか?」
「ああ、お前はもうあがりだろ」
「はい、では失礼します」

俺がケーキを選んでいるとレジの奥の方でやり取りされて、シフトが終わったんだなと感じてケーキを選んで顔を上げると、ビクッと驚いた。
さっきの男が目の前に居たのだから。
甘い匂いはここからだったのかと場違いにも思いながら、どうしようかと固まった。
パティシエの服を着た男は少し強面で、それでも顔は見たことがないのだから気やすく話しかけるのもどうかと思う…。
でも、ここまで真剣に選んでしまってはもう帰りますというのも言いづらい。

「……お前、沢田綱吉か?」
「へっ!?なんで、俺の名前」
「今同窓会やってきただろ」

なんで名前知っているのだろう…、俺は知らないのに別に俺が目立ってたわけでもないと思う。
とりあえず、コクリと頷くとあっと気づいたように視線を逸らされる。

「別に、知ってたって良いだろ。お前、剣道やってただろ、高校の時」
「あ、うん」
「お前、綺麗な姿勢してるから…目が行く」
「あ、ありがと」

高校の時の部活は剣道に入っていて、それで県大会に行ったとか名誉なことはしていない。
むしろ、部員の中では弱い方だった。それなのに、異様に姿勢はいいと褒められたのだ。
それは、この目の前にいる男にも同じように見えていたらしい。
素直に嬉しくて礼を言うと、なんか欲しいんだろうとショーケースを指さす。

「う、うん…これが、美味しそう」
「じゃあ、俺のおごりだ」
「え、なんで…俺、名前もしらないのに」
「リボーン、特進科だったから知らないだろ」
「…うん、ごめん…」

リボーンは俺の指さしたカボチャのモンブランタルトを一つ綺麗に箱に詰めながら金はいらねぇからと言いだして、そんなのはと言うが、好きにさせろとショーケース越しに袋に入れられて渡されてしまった。

「なんか、お前と話したらもっと気に入った。たまにこいよ」
「実は、ここ俺のいきつけ」
「偶然だな、それで知らなかったのは意外だぞ」
「はは、そうだね。また、来る」
「おう、ここで待ってる」

苦笑して言えば驚いたように言って、ありがとうと笑顔を向ければニヤリと笑って見送られるままに店を出た。
あの店にパティシエは一人しかいない、こんな美味しいケーキを作り続けているのだと思うとまた会いたいと思った。
こんな優しい味なのだから、きっと作った本人も優しいんだ。
それに、高校の時他に強いメンバーがいたにもかかわらず俺を見ていてくれていたと言うのが嬉しかった。




そして、次の日偶然にも出勤時間ケーキ屋の前を通りかかるとふわっと甘い匂いがしてガラス越しに厨房が見えるようになっているそこから中を見るとリボーンが真剣にケーキの飾り付けをしていた。
あの無骨な指で、綺麗な生クリームの曲線を描く。
ほうっと見惚れていると、俺に気づいたリボーンは顔をあげて笑顔を向けてきた。
何故かその笑顔に胸が高鳴って、焦る。
昨日のレジをしている時より、やっぱり厨房に立っている方が断然かっこいいし、あの顔なら女が放っておかないだろう。
こんな風にされたら、きっと惚れてしまう。
……惚れる?…男なのに?
自分は惚れてなどいない、変な思考に埋め尽くされてしまいそうになって、ブンブンと首を振ってリボーンを見れば何か言いたげに口を動かした。

「う、ま、か、っ、た、か…?うんっ、おいしかったよ」

リボーンの問いかけに元気よく頷くと次は時計を指さしてきた。
俺は何気なく時間を確認すると、電車に遅れそうなのに気付く。
やばっと急いで手を振ると、親指を駅の方に差して早くいけと示してきた。
まったく、リボーンが話しかけて来たんじゃないかと感じながらもなんだか嬉しい気分になっていくのを知る。
一人で居るのが楽といったばかりなのに、こんな自分は知らない。
そして、なにより昨日から香るリボーンの甘い匂いが忘れられそうにない。
近くに居るだけで香るそれは、中毒のように…じわじわと沁み込んできた。


もっと、近づいてみたい。
もっと、話してみたい。
もっと、知ってみたい。
一度生まれると止まらない欲求は、どんどん俺を蝕んでくる。
本能のままに、近づいてもいい?
俺を見ていて、あんな風に言ってくれたのは、リボーンだけだったんだ。
だから、次はその甘い掌に…触らせて……?
繊細なお菓子を生みだす、その魔法の手に…俺の心は奪われ始めていた。




END






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