◎ 朝
高級マンションの一室に響く単調な目覚ましの音。
セットしたのは熟睡の青年。
だが、そのセットした青年よりくるんとしたもみ上げがよく似合う男の睡眠を妨げていた。
キングサイズのダブルベッドで不機嫌顔のすっかり目が覚めてしまった男は隣で眠っているあどけない顔の頬を容赦なく引っ張った。
「…うっ、いたい…痛い、痛い」
引っ張られてもしばらく無言だったが、痛覚を感じてきたのだろう顔を歪めて抗議してくる。
こうみえて、青年こと沢田綱吉は俺と同じ年齢だ。
「いたいよ、リボーン…頬が伸びる」
「だったら早く起きろ、うるせぇんだよ」
あんなに煩く鳴っているのに気持ちよく寝ていられる神経が俺にはわからない。
綱吉は緩慢な動きで目覚ましを止めるとそのままベッドに突っ伏した。
俺は気にも止めずそれを無視していたが、しばらくすると気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
「起きろっつってんのがわかんねぇのか!?」
「ぅわっ…だって…」
「遅刻しても知らねぇからな、常習犯」
何か言おうとするのを遮って、俺は二度寝の態勢だ。
すると、後ろで時間を確認したらしくガバッと起き上がってふらつきながら着替え始める音がする。
「じゃ、行ってくる」
「今日は?」
「お前が行く頃には帰ってくる」
「そーか」
バタバタと傘立てを倒す音を聞けばそのうちドアがしまって静かになる。
綱吉は小さな喫茶店のウェイターのバイトをしている。
ああみえて、マスター直伝だというコーヒーはすごく美味い。まぁ、マスターには適わないが。
俺はと言うと、夜の仕事…所謂ホストだ。
ここから徒歩十分の場所にある。ホストクラブ虹のNo.1をやっている。
綱吉との出会いは約三ヶ月ぐらい前か…。
俺はそこまで考えて、ゆっくりと睡魔に誘われる。
いつも、帰りは朝方なので目覚ましがなければ出勤時間の夕方頃までは眠っているのだ。
「もう一眠りするか…」
俺は小さく呟いて、朝日に背を向けて眠り始めた。
「ただいま」
俺が身仕度をしているとバイトから帰ってきた綱吉がリビングに入ってくる。
「今から行くの?」
「ああ、お前を待ってた」
「いっ…ちょっと、待ってよ」
「はぁ?お前話聞いてたか?俺は時間がねぇんだ」
「で、でも、シャワーも浴びてないし…」
「そんなの、今更関係ないだろ?」
綱吉が帰ってくるのを待って、ソファに押し倒した。
いきなり手を引かれたためびっくりした顔が俺の下にある。
おもむろに服をたくしあげて肌に唇を寄せるとちょっと待てと抵抗してくる。
そんなのに構っていられるかと、さっさと快楽で支配してしまおうとズボンに手をかけた。
カチャカチャと金属の擦れる音とともに一気に下着まで脱がしてしまえば何の兆しもない自身を少し扱いて、ゆるく芯を持ったところでいきなり咥えこむ。
「いっ…やぁっ、ああっ、いきなりっ…あああっ、やだぁ…おかしっ」
「おら、出せ…」
疲れ切った身体に刺激が強かったのか、俺の髪に絡む指先が少し震えている。
強く吸いあげれば先端から蜜を溢れさせ、尿道に舌先を押しつければ腰が揺れてもっとと強請ってきた。
こんなにもこいつの身体は素直だ。
なのに、なんでだろう…なんで好きと言わない…?
この生活を始めて三ヶ月になるというのに綱吉から好きと返事をもらったことがない。
俺は最初に伝えている。
この生活を始めるきっかけとなった日に…。
それ以来、身体の関係を本当の意味で拒むことはないくせにヤってる最中は嫌、駄目、の繰り返し。
ただ、その言葉に煽られている自分もいるわけでそう言われるたびにそれ以上のことをしてしまう。
綱吉がここに居る限り好意を寄せてくれているのは確かだ。
「やっ…イっちゃう、イっちゃ…あっ、あぁああっ!!」
「っ……ふっ…」
俺が考え事をしている間に耐えられなくなった綱吉は放って、俺はそれを当然のことのように受け止めて飲みこんだ。
独特な味も今更だ。
綺麗に舐めて顔を上げると、息を切らしている綱吉が目に入る。
そんなもの欲しそうな顔をしても駄目だ。
お前の気持ちがわかるまで。
俺は口を拭うと、立ちあがった。
「行ってくるからな。大人しく寝ろよ」
「言われなくたって、寝るよ」
寂しそうな声。
だから、俺はお前が俺を嫌っているとは思えないんだ。
嫌いとか身体が受け付けないとかだったらもっとはっきり拒否してくれればいい。それなのに、お前はそんなことを言って俺を引きとめる。
俺はそのまま綱吉を見ることはなく仕事に向かった。
ホストクラブと言っても、女性と話をして時には酒を飲み時には大人の駆け引きを楽しむ。
夜が明けるまで、永遠ともつかないぐらいの娯楽を楽しませる。
その間も、俺は片時も綱吉のことを忘れるわけではない。
ちゃんと寝ているのか、できれば俺のことを考えてくれていたらいい、好きで仕方ない気持ちが溢れ続けている。
「ただいま…」
小さく呟いた声は静かな部屋に寂しく響いた。
いつものことだ。
綱吉は当然寝ているだろう。
バイトの時間は大抵十一時から、朝五時なんて早起きでもしない限りは俺達はすれ違うこともできない。
俺はシャワーを浴びて綱吉を起こさないようにしてベッドに入り込んだ。
起きていないか綱吉の顔をうかがうのはいつものこと。
そして、小さく呼吸している唇へと自分のそれを重ねる。
もともと、相入れることのできなかった俺達は普通に会話することもできなかった。
「なぁ、いつになったら俺はお前のここに…入れるんだ…?」
誰に問うでもなく呟く声をそのままに、俺は眠気に目を閉じた。
また、明日も同じ日常がくる。
俺は待っている。
いつか、このすれ違いの螺旋をとめてくれるのを。
いつか、あのときの返事を綱吉がしてくれるのを。
綱吉、綱吉、心の中で反芻するのはいつもお前の名前ばかり。
なぁ、いつかちゃんとお前と通じあえた時にはもっとお前の表情を見せてくれ。
寝顔ばかりじゃ、俺はつまらないんだ…。
END