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▼ 稀にみる不思議な出来事


「っ…まずったなぁ」

暗い路地裏、夜も更けてもう普通の人間達は寝静まる時間。
俺は片腹を押さえて地面に座り込んだ。
赤屍に拾われてからというもの、俺は赤屍の仕事を手伝い始めていた。
自分には水を操るという能力があるが、制御が不可能に近い。なので、仕事では使わず遂行していたのだが、今回は自分の読みが甘かったらしい。
敵に不意を突かれて負傷してしまった。
なんとか倒し、赤屍の家がある新宿までたどり着いたが血を流しすぎたせいか意識が覚束なくなってきている。
仕方なしに路地へと入り込んで休むが、それがいけなかった…だんだんと意識が途切れる。

「ん?…おや、なんか死にそうになってるけどおにーさん大丈夫?」
「…はっ、蔵人……?」

人影があるのが見えれば、赤屍が助けにきたと勘違いしてまるで初めて会った時のようだと感じながら意識を手放した。




「……どこ、だ?」

目を開ければ見知らぬ天井があって瞬きしてしっかりと状況を確認しようと周りを見渡すように首を動かせばいきなりPDAのディスプレイを突きつけられた。

『大丈夫か?』
「えっ?まぁ、そういえば俺怪我してたんだった」
『良かった、少し待っていてくれ』

無言で会話して、待ってろとはどういうことだと問う前にライダースーツを身に纏って顔を隠している人物は部屋の外へと出て行ってしまった。

「何なんだろ?…もしかして、なんかヤバいとこにきちゃったのか?」

仕事が仕事なだけに、赤屍が恨みを買うことが多い…時々俺もそのおこぼれにあずかることもあるのだ。
ありえる想像に胸がすーっと冷えていく。

「蔵人…迷惑かけてたら、ごめんなさい」

とりあえず自分は無事なのだ。交渉の材料に使われるなりしていたのだとしたら、帰ったらきっと怒られるのでそっと心の中に謝った。

「やぁ、目覚めたみたいだね。新宿で倒れてたのを友人が発見してさ、私は岸谷新羅、池袋で闇医者をしている者です」
「闇、医者…じゃあ、俺助けられたのか?」
「そうだけど…もしかして、君もあまり人に言えないことしてる人?」
「ん、まあ…そんなとこ」

医者と言われて、そういえば赤屍も医者だけど知り合いなのかと不思議に思うが今は礼を言う方が先だと上体を起こして頭を下げる。

「とにかく、ありがとう」
「いえ、私にできるとこをしただけだよ。できるなら、礼は臨也にしてやって」
「臨也?」
「折原臨也、情報屋をやっていて新宿に住んでるんだけど…知らないかな?」

俺を助けてくれた人の名前を出されて知っているかと聞かれれば首を振った。
赤屍が赤屍だ、いくら同じところに住んでるからと言って俺には知っていることが少ない。

「身体の方は大丈夫そうだね。人間の治癒能力は高いけど、君は普通の人より飛び抜けてる」
「ああ、俺無限城出身だから」
「無限城って…あの、新宿にある無限城かい?」
「そう……わっ!!」
「是非っ、解剖させてくれないか!!」
「えっ」
『新羅っ!!部屋の外からこっそり聞いていれば、会って間もない子になんてこと言うんだ』

新羅と名乗った男はいきなり目を輝かせて抱きついてきた。
解剖と言われて驚くがすぐさまさっきいたライダースーツの人が入ってきて新羅を引き剥がした。

「ああ、ごめん…つい、血が騒いで…心配しなくても大丈夫さ。僕は君が一番可愛いと思っているからね」
『そんなこと、聞きたいんじゃないっ…バカ新羅』
「あ、紹介が遅れたね。この人はセルティ、君をここまで運んでくれたんだ」
「そうだったんですか、ありがとうございます」
『い、いや…呼ばれただけだけどね』
「ところで、セルティさんは…なんで家の中でもメット被ってるんですか?」
『あ、それは』
「見せてあげたら?彼はたぶん驚かないよ」

俺の素朴な疑問に言いよどむ様子をみて、なにか不快なことを聞いてしまったかと思うが新羅は笑顔でセルティを安心させたあと、ゆっくりとメットを外した。
そこには、何もなかった。
そう、首から上を綺麗に切り取ったように何もなかった。

「だから、話せなかったんですね」
「そう、PDAが彼女の会話手段なんだ。でも、私はそれでも全く構わないんだけどね」
『…新羅……』
「やあ、開いてたから入らせてもらったよ。っと、目が覚めたようだね」

なんだか微妙な甘い空気に包まれそうになるとそれを遮るように男が現れた。
しかも俺をみるなり心配した様子を見せてくる男に、この人が俺を助けてくれたという折原臨也と言う人間なのだろう。

「…あなたが、俺を?」
「そうだよ、まさか君があの赤屍蔵人の同居人だったことには驚いたけど」
「えっ!?」
『赤羽…?…??』
「なんで、知っているんですか?」
「それはもう、俺の専売特許だから…というか、探してたよ?」
「探してたって…」
「君が帰ってこないから、新宿彷徨いてて気味悪いんだ。だから、俺が迎えに来てあげたってわけ」

彷徨いてると聞けばそれこそ血の気が引く。
絶対怒られるっ。
ガバッと起き上がって、その拍子に治療してもらった場所が痛むも気にすることなく臨也の元へと歩いた。

「すごいな、あんな怪我じゃまだ歩けないと思ってたのに」
「充分休んだし帰らなきゃ、ありがとう新羅、セルティさん」
「今度、是非赤屍さんに会わせて欲しいっ」
「あ、ああ、いいよ。じゃ、名刺」
「いつでも来てくれて構わないから」
『元気でな?』
「うん、それじゃ、また」

新羅と名刺を交換すると俺は助けてくれた二人に手を振って、臨也についてマンションを出た。
楽しそうに歩く臨也の少し後ろを歩く。

「そんな距離とらなくても良いんじゃない?」
「いや、なんとなく…」
「そんなに自分のことを知られるのが嫌?」
「誰だって嫌だと思う」
「でも、気を失う前に蔵人って呼ばれたら誰か調べたくなるだろ?」

臨也の言葉にうっと詰まった。
そりゃ、間違えたのは悪いと思うし赤屍と言ったらこちら側にとったらすごく有名なのだ。
名字じゃなく名前で呼んでいるのも気になる要因だったのだろう。

「間違えたんだ、黒い服着てるから」
「わかってるよ、俺も夜に紛れて仕事をする質だから……でも、俺が君を保護したのもう一つ理由があるとしたら?」
「…もう一つ…?」
「それは「いーざーやぁぁああ!!」
「うわっ、シズちゃん…タイミング悪すぎ」

突然目の前を物凄い速さで標識が飛んできて壁に突き刺さった。
有り得ないことに驚いていれば地を這うような声が聞こえて、声のした方をみるとバーテンダーの男が、自販機を持って立っていた。
臨也は、如何にも鬱陶しそうに言うなり俺の手を引いて走り出した。

「ちょっ、俺は関係ないだろっ」
「俺は迎えに来たんだから関係あるよ。ほら、逃げないと殺されちゃう」
「殺されっ!?」

いつもの自分の日常を差し置いて、殺されるの一言に俺は走り出した。
むしろ、さっきまでベッドに寝ていた人間にする仕打ちじゃない。
臨也を狙っているのかバーテン服の男はいろんな物を投げてくる。
俺を狙ってるわけじゃないなら話は簡単だ。
臨也を置いて道を反れればいい。
でも、なんでかそれができない。

「やっぱ、似てるから…かなぁ」
「ん?何か言った」
「なんでもない」

あの赤屍がこんな風にしていたらそれはそれで嫌なのだが、 臨也には目を離せないくらいの危うさと惹きつける赤い瞳がある。
なにより、俺の全てを知って、それでも俺を迎えに来てくれた。
それだけで、俺はこいつを嫌いになれない。

「名前っ、ぼーっとしてると俺のこぼれ球食らうよ」
「っ…そう思うなら、お前囮になれよ」

臨也に腕を引かれてひきよせられる。
驚くも、ムッと言い返せば、ヤだよ。と軽口が帰ってくる。
全く、これだから………これだからなんだよ。
今なに考えた?
…ああ、早く蔵人に会いたい。

「新宿ついたらソッコー別れるからな」
「当たり前でしょ?あんな恐ろしいバーサーカーに近付きたくないし」
「バーサーカーって、蔵人はそんなんじゃない」

やっぱ前言撤回、こいつ最悪。蔵人の悪口言いやがって。

「そうなんだ?…でもまぁ、そういうのはさ、名前だけが知ってればいいんだろ?」

たぶん赤屍さんはそう思ってると思うよー?と言われて、俺は言葉を詰まらせた。
確かに、赤屍は必要なこと以外を他人には話すことなく、かと思えば俺にはいらないことまで言ってきて時には煩いと思ってしまうことがあるほどだ。
いつの間にかシズちゃんと言う人を振り切っていたらしく、呼吸を整えながらゆっくりと歩く。

「君はさ、とても貴重な存在だよ。人は独りでは生きていけない…使い古された言葉だけど、それって本当だろ?」
「…まぁ」
「俺はさ、そういう人間を観るのが好きなんだ。大切だ、愛していると言いながら平気で裏切る…そんな人間を俺は愛してる」
「……」
「そうあからさまに引くなよ」

臨也の止め処ない言葉の応酬につい距離を開ければ笑みを深めている。
なんだか、鏡響二みたいだと思って思い出せば張り付けた笑みが浮かんで眉根を寄せる。

「だから、どんな風でも生きて俺を楽しませてよ」
「楽しみたいなら、自分一人にしろよ。お前はそういう奴いないのか?」

なんだか、俺だけが言われて良い気分がしなくて言い返せば目を見開いた後…あいつの本当の笑顔をみたんだ。

「いないよ、俺は人間全部を愛してるから。まぁ、そういうことだから精々足掻きなよ…じゃ」

臨也はああ言っていたけど、きっと何かあるんだと思えば胸がすっとした。
俺を離さないでいた手がパッと離れるといつの間にか新宿に戻ってきているのを知る。

「ありがとう、臨也っ」
「赤屍さんによろしく」

後ろ手に手を振って人混みに紛れて行った。
そんな臨也の背中を見送って、俺は三日ぶりに家に帰ってくることが出来た。





「ただいま、蔵人」
「何をしていたんです」
「いや、ちょっと失敗して…臨也って人に助けられた」

臨也は頼まれたと言っていたくせにそうじゃなかったようだ。
赤屍は少し何かを思い出すように考えていたが、思い当たることがあったのだろう…小さく、そういうことですか、と呟いたきり無言になってしまった。

「蔵人…?」
「いえ、今日は楽しかったでしょう?」
「え?…まぁ、新鮮な体験ができたと思うけど」
「私と一緒だと、早々そんなことないですからね」

何だろう、なんだか赤屍は落ち込んでいるような…そうじゃないような…。
でも、赤屍は勘違いしている。確かに楽しかった。
赤屍が一緒ならこんなこと、味わえないような疾走感だった。だけど…

「俺は蔵人と一緒にいるんだから他人からみてそれが俺にとって良いことでも、俺はやっぱり蔵人といる方が安心する」
「そうですか」
「そうだよ」

抱きつくと、いつもの血生臭い匂いの中に赤屍本来の匂いが香る。
嗅ぎ慣れた匂いに安堵の溜め息を洩らした。
そして、遠慮がちに髪を梳いてくる手のひらの温かさに目を閉じた。

「ごめん、遅くなって」
「いつものことでしょう?それに、君が来て以来ずっと傍にいてくれるじゃないですか」
「だって、蔵人生活無能者みたいなもんだったじゃん…俺が見てないと心配」

きっとまた何も食べていないのだろう。
そっと覗き見たキッチンは使われた形跡がない。
苦笑しながら首に腕を回して長身を引き寄せ、口付ける。

「ですが、人間と言うものは一日二日食べなくても水を飲むだけで生きていけるんですよ」
「それは、前も聞いた。でも、体力作るのは肉とかなんだからしっかり食べろよ」

どうしようもないんだからとため息を吐くが、笑ったままだ。
まぁ、確かに臨也の言ったことは一理あるかもしれない。
俺がいなければ生活無能者だなんて知れてみろ、Dr.ジャッカルと名前だけで逃げてた奴まで敵として向かってくるかもしれないのだ。
だったら、こんな弱み…俺だけが知っていれば良いことだ。

ああ、でもとりあえず

「蔵人に会いたがっている人がいたんだ」

俺は新羅の名刺を蔵人に渡した。
何事も、交友関係は大事だと思う。
俺以外に仲良くなれる人なんかいないとわかってはいるが、胸にもやもやとした気持ちが渦巻く。

「名前、嫉妬するぐらいだったら破り捨ててしまえばいいでしょう?」
「そんなこと、できるわけないだろ」
「私にとったら、名前の方が心配ですよ。私以上に外と関わっているんですから」

ああ、さっき感じていたのは嫉妬だったのだと赤屍の言葉を聞いてようやく思い当たった。

「だーいじょうぶ、俺はこの通り蔵人しか見てない…だからさ、一緒に行こう?」

別に赤屍一人で行かせるつもりは元よりない。
セルティさんだっていたのだ、二人で行った方が何かと楽しいだろう。
こうやって、楽しみを共有すればいい。
少しずつ、世界を広げていけばいい。
きっとできる、足りない物を補うためのコンビなのだから…。



END




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