▼ あなたの夢をみる
カラリと店の鈴がなって顔を上げれば、珍しい男に俺はわからないようにサングラスの奥で目を見開いた。
「おや、まだきていないようだ」
「誰かと待ち合わせかい?」
「ええ、ここで待てと言われたのですが…」
「今日はやつらもいねぇ、少し休んでいきな」
運び屋の男は意外に短気だと聞いたため、少し引き止めてやることにした。
コーヒーを出してやると小さく礼を言って椅子に座った。
しばらく待っていれば、忙しない足音ともにヘヴンが入ってきた。
「あー、いてよかった。Dr.ジャッカル頼まれもの」
「ありがとうございます」
「昨日いきなり言うんだもの。伝手を全部当たったわよ」
「無理は承知でしたよ。報酬は弾みますので」
「当たり前よ、でもこれを一緒に飲む相手を教えてくれたら…チャラにしてあげるけど?」
息を切らしながら入ってきたヘヴンは手に持っていた瓶をカウンターへと置いた。
ジャック・セロス、高級シャンパンとして名高いそれはこの時期もうどこにも置いてないだろう逸品だ。
そんなものを何故この赤屍が。
そう思っているのはヘヴンもらしい。
少し前から噂に聞くようになった、赤屍の同居説。
これは同棲かもしれねぇぞ。
「クスッ、例えヘヴンさんのお願いでもそれはお教えできませんね。報酬を弾めというのなら…お好きな金額をどうぞ」
誰も寄せ付けない笑みを浮かべながら赤屍が取り出したのは何も書かれていない小切手。
ここまでされちゃ、聞き出すこともできないだろう。
教えてくれないなら、最初に提示した金額で結構よ、とヘヴンも諦めたように鼻を鳴らした。
「では、シャンパンありがとうございます」
きたときのように静かに鈴を鳴らして、やつは店を後にした。
ヘヴンは、残念そうに椅子に座ると珈琲を催促。
俺は仕方なく振る舞ってやれば、どうおもう?と一言。
「べつに良いだろ?大切にしまっておきたいんだ。そう聞くもんじゃねぇさ」
「でも、きーにーなーるー」
「女ってのはどうしてそう、しりたがるのかねぇ」
「あの変人を表したような人間をどう懐柔したのか気になるでしょう?」
ならない。
まぁ、それも噂のようなものですぐに消えてしまうだろう。
俺は名も知らない赤屍の相手にもう少し大人しくしておいてくれと心の中で思った。
ヘヴンから渡されたシャンパンを持ち、家のドアを開けた。
「お帰り、蔵人」
「ただいまもどりました」
玄関に顔を出した人物に目を細めて笑みを浮かべる。
そうして、手にしたシャンパンを目の前に差し出した。
「ジャック・セロス、飲みたいと言っていたでしょう?」
「これ、どこの委託業者も完売御礼だったのに…」
「とある伝手を使いまして」
「そうなんだ、誕生日に用意してくれるとか思ってなかったから嬉しい」
シャンパンを受け取りきらきらとした目でそれを眺めている。
彼のそういう素直なところがかわいらしいと思う。
開けて良い?と聞いてくるのに頷いて、渡された瓶を私は綺麗に開けていく。
もちろん、仕事用のメスではなくちゃんとしたナイフでだ。
「最高の誕生日だよ」
「それはよかった、名前クンのために頑張ったかいがありましたよ」
「大好き」
グラスに注いでやると、二人でそれを持ちカチリと合わせた。
一緒に味わい、名前はとても幸せそうな顔をするのだ。
さらりと流れる髪を梳いて、耳を撫でる。
「くすぐったいよ」
「もっと顔を見せてください」
いえば、顔を赤くした彼がこちらを見る。
そんな顔をして、誘われているとしか思えないじゃないですか。
いや、誘われているのか。
引き寄せると軽く唇が重なった。
啄むように何度も重ねていると赤い顔をして唇を舐められた。
まだケーキも、食事も済んでいないというのに…。
これは誤算だったと苦笑を浮かべる。
「名前クン」
「ん、くろうど」
「クスッ、君からそんなお誘いがあるとは…想定外でしたよ」
「だめ?」
「いえ、嬉しい誤算です」
もっとと引き寄せて舌を絡ませれば小さく声をあげている。
感度が良いことに気づき、それと同時に恋人としての営みを最近していなかったことにも気づいた。
私は席を立ち、腰に手を添えて行為を匂わせると手を伸ばしてきて、服を掴む。
「蔵人、気付いた…?」
「すみません、失念していました」
「いいよ、蔵人だもんな」
私だから、で許されるのは些か情けない。
クスリと笑って、ならば今夜はその名誉挽回にいそしむことにしましょうか、と耳へと吹き込めば途端身体を赤く染める。
その血色のいい身体がしなるのを想像するとこちらも待ってはいられない。
「蔵人って、ホント都合いいな」
「そういうところも好いてくださっているのでしょう?」
「ん…しかたないから」
すりっとすり寄っていう台詞には少しばかり説得力に欠けますよ。
彼の唯一覚えていた誕生日だ、祝わないことはないだろうと思ったのだが、結局いつも通りで終わってしまいそうだ。
だが、目の前のかれは楽しそうなのでこれでいいのだろう。
END