▽ 黄瀬くんに嫌われました
仮入部って言うのはその部活がどんなものか見定めるためのものだ。
だがしかし、俺の場合は死刑執行期間のように思われるのはあながち間違ってないような気がする。
赤司からの強制仮入部事件から、五日経とうとしていた。
そして俺は、奴に出会った。
「青峰ぇっち!!」
「……」
「青峰っち〜」
「なんかすげー呼んでるぞ?」
「無視しろ」
あれから日課になりつつある青峰のバスケ練習はまだ続いていた。
つか、仮入部になってから出入りが自由になったせいでいつでもここにこれるようになったのだ。
それで、昼休みも身体を動かしたいと言うので来てみているわけだが、どこからか声が響いた。
青峰を呼んでいるから、青峰を見てみるが酷く迷惑そうな顔をしただけで俺からボールを奪うなりシュートを決めてみせた。
「もっと腰入れろ、そんなんじゃすぐとられる」
「青峰が力で押してくるんだ」
「力で押してもいいスポーツなんだ」
「…手加減」
「されてーか?」
「されたくないです」
これでも十分手加減されているのだ。これ以上手を抜かれたら嫌だし、青峰だってつまらないと思うだろう。
俺はボールを取りにいく。
「青峰っち、呼んでるんスから無視しなくてもいいじゃないっスかぁ」
「あー?なんも聞こえねーよ」
さっきの声の人だと振り返れば金髪が目に入った。それに整いすぎるぐらい整っている顔、目立つそいつをこの学校で知らない人は数少ないだろう。
「黄瀬涼太…」
モデルをやっているとかで女子から絶大な人気を集めている、らしい。
クラスが違うから知らないが、なぜその黄瀬がこんな所にくるのだろうか。
それに青峰とも仲が良さそうだ…一方的に。
青峰はとても面倒臭そうな顔をして黄瀬の言葉を流し聞いていた。
そういえば、黄瀬も部活に所属していなかった。モデルを理由に色んな誘いを断っているみたいだ。
会話に入っていいのかどうしようか迷っていると、時計はもう昼休み終了時間を指していた。早く戻らなくてはと、俺はボールを片付けにいく。
「先に戻ってようかな…」
「おい、置いてくなつーの」
「あれ?黄瀬は?」
「知ってんのか…最近バスケ部に入ってきたんだ。やたら1on1しようっていうから、少し構ったら、あれだ」
独り言のつもりでいった言葉に返事があって振り向けば青峰がいた。
早くいくぞ、と促されて体育倉庫からでると教室へと向かった。
「つか、なんでいなくなんだよ。俺と名前でやってたんだろ」
「だって、俺より黄瀬との方が楽しくできるんじゃないのか?バスケ部入ったんなら尚更だろ?」
「お前だってバスケ部だろーが、仮だけど」
「まぁ、仮だけどな」
教室までの間、青峰は少し拗ねたような口振りで話し始めた。
そんなに放っておかれたのが、嫌だったのか。
「次からは気をつける」
「そうじゃねぇよ、友達なんだから独りでどっかいくな」
「友達?」
青峰の口から出た言葉にキョトンと首を傾げた。
俺が、青峰の?
頭で理解した途端、顔が熱を持った。
「なんだよ、その顔」
「いや、俺青峰の友達なんだぁって思って…」
「は?…なんだそれ、俺だけがそう思ってたのか?」
「ちがっ、なんつうか…俺、友達初めてできたから」
俺もそう思ってたけど、独りよがりだと思ってたと笑ったらいきなり乱暴に頭をぐしゃぐしゃとかき回してくる。
「なに、青峰?」
「ばぁか、友達って思ったら友達でいーんだよ」
「…おう」
言われた途端ふわっと心が浮くような感覚になって温かくなった。
へへっと笑えば変な顔とからかわれて、そんなこんなをしていたらチャイムギリギリで教室へと滑り込んでいた。
午後の授業を受けた後、今日はバイトを休みにしてもらったので体育館シューズを持って体育館へと向かう。
青峰も一緒に歩きつつも、うずうずしているのは早く練習がしたいからだろう。
改めて思うが、青峰は本当にバスケが好きなんだなと思う。
部活は好きだからやるのだと思うが、こんなに体中でバスケ好きだと言っている奴も早々いない。
「バッシュ、今度一緒に買いにいこーぜ」
「そうだな、一人じゃどんなのがいいかわからないから」
「青峰っち!!」
青峰がいてくれるなら悩まなくて済むなと笑えばそれに割り込むように昼間聞いた声が入ってきた。
綺麗な金髪が揺れる。黄瀬だ。
「んだよ」
「1on1しようっス」
「…しかたねーな、俺が買ったらアイス奢りな」
「負けないっスよ」
青峰は少し渋ったが頷くと、俺に一瞬だけ目を向け…多分行ってるからといいたかったのだと思う…黄瀬に煽られるまま体育館へと行った。
俺はゆっくりと向かい、小さくため息を吐いた。
「どうかしたんですか?」
「うえ!?黒子、頼むからいきなり背後は止めてくれ。寿命が縮む」
「ずっといましたよ。それより、今日は部活にくるんですか?」
「ああ、よろしくな」
なかなかバイト先との交渉がうまくいかなくて、結局仮入部でもあまり参加できなさそうだ。
俺は黒子に笑いかければ、行きましょうかと手を握られた。
小さく笑っているのが見えたのは気のせいじゃないだろう。
手を引かれるまま体育館に行けば早速青峰と黄瀬はバスケをしていた。
1対1でボールをとりあう二人は一歩も譲らない。つい目を奪われて黒子が不思議がるのも知らず立ち止まった。
青峰は黄瀬からボールを奪うと一気に加速して、綺麗にゴールを決めた。
「くそっ、青峰っち強すぎっスよ〜」
「はっ、お前が弱いだけだろ」
そう言う青峰は黄瀬が悔しがるのをとても楽しそうにみていた。
すると、黄瀬が一瞬だけこちらに視線を向けて睨まれたような気がする。
でも、本当に一瞬のことで真意はわからない。
俺は知らない間に喧嘩を買ってしまっていたのだろうか…。
だが、そんな理由がどこにも見あたらないのだ。
「まぁ、こだわらないから嫌われたままでもいーけど」
「苗字くん?」
「あ、なんでもない」
黒子の声に首を振ると、案内されるままに部室に入った。そこは雑然としていて、いろんなものが散らばっている。
「カオスだ…」
「一週間もすれば慣れます」
Tシャツに着替えていると、緑色の髪の男が入ってきた。
手には何故か必勝ハチマキが握られている。
「緑間くん、それは今日のラッキーアイテムなんですか?」
「そうだ、俺は練習でも手を抜けないからな」
「手を抜けないからラッキーアイテム?」
「そうだ。人事を尽くして天命を待つ、ということわざを知っているか?」
ラッキーアイテムを持参するなんて変な奴と思っていればそんなことを聞かれた。
結局運任せってこと?
「…難しい」
「運任せってことですよ」
「おい、黒子ぉ」
「紹介が遅れました、この人は緑間真太郎くんです」
「苗字名前です、よろしく」
「よろしく、もう知っていたがな」
怒りかけた緑間を制して無理やり話題を変えた。
緑間の一言にどうしてだろうかと首を傾げる。
「緑間くんは副主将なんです」
「ああ、だから」
「黒子は辞めようとしたところを赤司に引き止められた。だが、バスケ部でもない人間を引き入れるなんてな…」
「赤司くんは何を考えているんでしょう」
「俺が一番知りたいよ」
「ふむ、いずれわかる」
「…いずれっていつだよ…って赤司!?」
「盗み聞きか」
「違うよー、赤ちんがきたら話してたんだし…あっ」
いきなり話に割り込まれて吃驚していると赤司の後ろから紫原が言ってくる。
目が合って、パチパチと瞬きそのあとぱぁっと顔が綻び瞬間抱きしめられていた。
力も強くて俺は何がなんだかわからない。
「な、何!?なにっ…黒子、たすけ」
「紫原くん!?」
「マジバの人でしょー?シェイクすごく美味しいんだ〜」
「そうだけど、シェイクなんて誰がいれても同じ味だ」
その前にクラスメイトなのだけど、そっちの認識はないみたいだ。
とりあえず宥めるように背中を撫でてやるがまったく効果がない。
そして、甘い匂いのする男だと再認識した。
「紫原、苗字が意識を失いそうだ。離してやれ」
「アララ、ごめんごめん」
「同じクラスの苗字だから覚えてくれたら有り難いんだけど…?」
ようやく離してもらえて圧迫死は免れた。真っ直ぐ見つめて笑ってやれば、同じクラスなんだー?とかなんとか言って笑顔を見せてくれた。
首が疲れる…クラスでもドアを潜るようにして入ってくるあいつは身長どれくらいなんだろう…。
「紫原、早く着替えろ。部活を始めるぞ」
「はーい」
「僕たちは外に行ってましょう」
「そうだな」
「おう」
黒子に言われて緑間と部室をでれば、あの短時間で汗だくになった青峰と黄瀬がいた。
「あー、負けたっス!!」
「俺に勝とうなんて十年早いんだよ。アイス奢りな」
「明日は負けないっスよ」
「言ってろ…名前ー」
二人して体育館に寝そべっている。黒子と緑間は呆れ顔だ。
青峰は俺をみるなり手招きしてきたので、どーしたんだよと近づきながら青峰の頭の所から仁王立ちして見下ろしてやる。
「ん…」
伸ばしてきた手をなんともなしに掴めばそのまま引き寄せられて倒れそうになりしゃがむ。
「なんだよ」
「勝手に消えんな」
「着替えてきただけだろ」
「…まぁ、いいけど」
なんだろう、と歯切れの悪いのに首を傾げるもどこからか向けられる視線にその思考は中断させられた。
視線が向けられている方へと辿るとやはり黄瀬だ。
目があったらふいっと逸らせられてしまいなんだか、イラッとする。
「いってぇ!!なにすんだ、テツ」
「すみません、つい」
だが、青峰の声にハッとなって声を上げている方を見たら黒子が青峰の手を抓ったようだ。
しかも俺の手を掴んでいる方。
「黒子?」
「いえ、あまりにも鈍感なので手が出てしまいました」
「俺のため…とか?」
「さぁ…どうでしょうか」
黒子は自分でも分かっていない様子で呟いて、その戯れを裂くように赤司の声が体育館に響いた。
「苗字は緑間のペースで走れ、あとはいつも通りだ」
「わかったのだよ」
「はい」
軽くストレッチしたあと校庭へときている。
これからトラックを走るらしいが、スタメンではない一軍の人も一緒ならしくワラワラと人が集まっていた。
赤司は俺にだけそう指示をすると走り始める。
運動部に所属していたわけじゃないから、長距離は苦手だ。言われたとおり緑間について走る。
五周も走らないうちに赤司が何故緑間を指名したのか理解した。
青峰は一番速いらしく一回追い越された。次に走るのは黄瀬だが、すでに辛そうだ。紫原も長身なのに結構速い。ただ、ちょっとやる気がないように見えるのは気のせいじゃないだろう。
俺の前に赤司、緑間は俺のペースに合わせてくれて、一軍の皆さんに遅れをとりながらも走る黒子。
「運動部って、やっぱり辛い…」
「何を言っている、まだ準備運動だぞ」
「はぁ!?」
隣から聞こえた呟きに信じられない気持ちになりつつ、走り終わったときには膝が笑っていた。
「もーむり、もーできない」
「何弱音吐いてんだ?次は中だぜ」
何故こんなにも笑顔を見せることがてきるのか。
青峰が差し出す手を握りながら立ち上がり。引かれるまま歩いて、途中でへばっている黒子にも手を差し出していた。
「テツはいい加減慣れろよ」
「無理です」
中にはいると桃井さつきがタオルを渡してくれた。マネージャーらしい。
「お疲れ様、苗字くん」
「ありがとう」
「やっぱり、かわいい。はい、テツくんに大ちゃんも」
「ありがとうございます」
「おー」
さらっと流したけど、かわいいってなんだ!?
振り返るも、桃井は次に入ってくる人たちへタオルを渡していた。
「…まぁ、いいか」
よくわからないしととりあえず流すことにして、中に集まると次は筋トレ、シャトルランとそれだけで一日の体力を使い切った。
「黄瀬、苗字…黄瀬には教育係として黒子をつける。苗字には青峰だ」
「はい」
「えっ!?」
「なんだ?俺の指示したことに不満でもあるのか?」
「…いや、ないっス」
黄瀬は青峰の方がよかったんだろうな。
でも、赤司は変えるつもりは毛頭ないようで次の指示を出していた。
俺は誰でもいいのに…つか、視線が痛い。
「名前?お前なんか変だな」
「変!?こっちは色々気になるのに…」
「なんだよ、言ってみろよ」
青峰と練習中も逐一視線を感じる。集中できないでいたら青峰がパスしてくる。
言えという前に気付いて欲しい、このアホ峰。
「なんでも、ないっ」
「なら、いいけどな」
あまり気にしてなかったのか返ってきた返事はすらっとしたもので自分から言ったくせに少し釈然としなかった。
「でも、青峰はやんなくていいのか?」
「ん?…ああ、いーんだよ。気にすんな」
俺が一軍を交えて試合形式で練習しているのを示せば青峰はつまらなそうに言った。
普通に黄瀬と張り合ったりするのに、そっちはいいのかと青峰の態度にわからなくなる。
青峰が良いというのなら良いか、とそのときはあまり気にせず練習を続行した。
相変わらずシュートとパスはましなものの、ドリブルはうまくならない。
いつも青峰にとられるし、ボールをつきながら走るのをどうしてあんな簡単にやってみせるのか…。
「ゴムでもついてんの?」
「ついてねーよ」
よくみろと言われて青峰を見てみるが、凄いとしか感想が出てこない。
「感想聞いてんじゃねぇよ」
「…わかってるよ」
コツンと額を叩かれてムッとするがボールを渡されて、まずはそこでボールをついてみる。
青峰ほら、と呼ぶのでついていく、そのうち少しずつ早歩きになり走り出し俺はついて行くのにいっぱいいっぱい。
「青峰はやいっ」
「まだまだいけんだろ」
無理だから、お前と一緒に考えてんじゃねぇよと言いたかったが走るのに必死で言葉になかなかった。
「名前、シュート」
「っ…」
いきなり言われて、その場で止まり一瞬でゴールの位置を確認すると狙いをつけるまえに放っていた。
少し高く放ちすぎたボールは、スピードがついていなかったのが幸いしてリングの所に落ち、バウンドしてくぐった。
「やったー」
「ばぁか、ちゃんと見てシュートしろよ」
ナイス、とハイタッチをしてくれながらもダメなところは注意される。
あの一瞬を見られていたのかと思うと感心するが、少し恥ずかしい。
あとは気がついたところと、コツと教えられて、疲れを気づかれ休んでろと座っているように言われた。
黒子たちの練習風景が目に入り、俺はなるほどと思った。青峰が黒子に相変わらず、と言った意味だ。
綺麗に渡るパス、それはまるで掛け橋のように的確だった。
「テツのパスすげーだろ」
「うん、すげー」
「他はからっきしだけどな、俺と組んだときが一番輝くんだ」
「…ああ、なんか今はやりにくいって顔してるな」
確かに息は合っているように見えるが、黒子が合わせている、そんな感じだ。
「余裕そうだな、二人とも」
「え…?」
「赤司…」
「苗字には基礎体力の方が大事だったな。外周、五周行ってこい。もちろん、青峰もだ」
赤司という男は本当に唐突に現れる。そりゃあもう、まるで見えているみたいに。
俺は筋肉が悲鳴を上げるのを無視して無理やり立ち上がると、見つかっちまったと残念そうにする青峰と共に外周に向かった。
部活が終わり、俺は自主練をするまで青峰の邪魔はできないので早々に帰る準備を始める。
「名前、もう帰んのか?」
「おう、青峰の練習時間とっちゃったし」
「紫原のつけたあだ名ちんもー帰んのー?」
「お、紫原…帰るけど」
「じゃ、俺と帰ろー?」
のしっと俺に寄りかかるようにして抱きついてきた紫原を見上げる。
眠そうにしながら誘われる。一人で帰るのは寂しいし一緒に帰るのはいいが…どうしようかと悩んでいるとふっと重みがなくなり、それと同時に腕を引かれた。
「青峰?」
「悪いね、紫原はもう少し残ってもらわないといけないんだ」
「赤ちんが言うならしかたないし、今日は帰れないなぁ、ごめんね紫原のつけたあだ名ちん」
「あ、いや…別にいいけど」
むしろそれより俺の手を掴んでいる理由がしりたい。
俺から紫原を引き剥がした赤司は何だか楽しそうな顔をして紫原を連れ、緑間に何かを話していた。
「どーかしたのかよ?」
「…なんでもねーよ」
パッと離されてしまった手にますますわからなくなる。
しばらく無言のまま喋れなくなっていたらポンと肩を叩かれた。
「ごめん青峰っち、苗字クン今日俺と帰るんで」
「え!?」
見れば黄瀬で、笑顔のまま腕を引かれる。
青峰は一瞬よくわかってなかったようでぽかんとしていた。
その間にも黄瀬に連れられ学校からでてしまう。
「ちょっ、なんだよ」
「バスケコート近くにあったっスよね」
「はっ!?」
「勝負しようっス」
「いやいや、俺ついこの間ボール触った初心者。お前は天才、力に差がありすぎるだろ!?」
言っている間にも黄瀬の足は止まることなく近くの公園へと向かっていた。
いきなりの展開に頭がついていかない、赤司もそうだったが…赤司の場合できることを前提として言ってくれているところもあるから特別驚きもしない。
「十本勝負、一本でも俺からとれたら認めるっス」
「認めるって何を?」
「青峰っちと一緒にいること…」
ぽつりとこぼされた言葉に俺は数回瞬き、ぷっと噴き出した。
一緒にいることを誰かに束縛されるなんて、それこそ青峰の意思はどこに行ったのだろうと思うが、そういうことなら負けられない。
俺にだってプライドぐらいある。
「なら、一本でも取れたらお前は俺と正面から向き合って話しをすること」
「は?」
「目逸らすなよ。しかも、一方的だし」
「…いいっスよ」
話しているうちに公園につくとバスケコートへと入った。
勝算は、ない。でも、一本ぐらい意地でもとってやる。
二人して上着とカバンを隅に置き、ネクタイも抜いた。
「ボールはそっちからで」
「ん」
黄瀬から渡されたボールをじっと見つめると深呼吸して黄瀬に向き直った。
黄瀬と名前になにかあったのか、気になるがそれ以上に踏み込んでいいのかわからない。
今一距離が掴めない。
「青峰くん、顔ぶつけますよ?」
「あ?…っ!?テツ、てめぇ…」
「君がよそ見するからですよ。今日はもう止めた方が良いんじゃないですか?」
テツの声に我に返れば目の前にボールが迫っていて慌てて手を出して受け取る。
パスするときに何故教えなかったと睨めば全く効いてない様子でTシャツで汗を拭っていた。
「練習に身が入らないならやらない方がマシですよ」
「は?実?」
「このアホ峰…気になるなら行けば良いじゃないですか、鬱陶しいです。黄瀬くんはボールを持っていったので、近くのバスケコートにいると思いますよ」
テツは一人でも練習できるので、と行ってしまった。
まぁ、気になると言えば、なる。それに行き先まで見当をつけてくれたとなると、行かないということはできない。
「なら、ちょっと行ってくるわ」
「鞄、ちゃんと持って帰ってください」
そのまま行こうとした俺に声をかけてくる。
部室にはいると、赤司、緑間、紫原がいた。
「青峰、珍しいな。もう帰るのか?」
「ああ、用事思い出した」
「緑間よそ見していていいのか?次で王手だ」
「待つのだよ赤司っ」
「ミドチンの負け〜」
まだ負けとは決まってないっ、と喚いているいつもの三人を後目に鞄をひっつかみとりあえずズボンだけ制服に履き替えて部室をでた。
緑間に制服着ろと言われたが無視した。
いつの間にか走り出していて、途中になってなんでこんなに必死になる必要があるのかと思ったが足が止まらなかった。
公園に駆け込むように入るとバスケコートを見つけた。
そこでは黄瀬と名前が1on1をしていた。見るからに黄瀬の方がうまかった。
そりゃ当たり前だ、赤司には才能があるとまで言われてる男なのだから。
どうしてこんな状況になったのかはわからないが、止める理由もない。
それに、端から見る二人はどうにも声をかけられる状態でもなかった。
八対ゼロ、そろそろ後がなくなってきたが黄瀬の動きは結構速い。
同じような頃から始めたと言ってもレベルが違いすぎる。
ただのバイトにこんなことさすなよなっ!!
「もうあきらめたんスか?」
「誰がっ」
「手加減、必要なら言って」
「いわねぇよ、それで勝っても意味ない」
一々してくる挑発も気に入らない。
どんな手を使おうと無理だったし、でも諦めるには至らない。まだ策があるとするならドリブルで切り抜けるしかないということだ。
俺はどうにもドリブルが苦手だからフェイントがうまく使えないためそれを避けてきた。
青峰にはそれをどうにかしろといわれたが、どうにもできないのが現状だ。
でも、今日ずっとドリブルを続けて少しずつ慣れてきたというのもある。
一か八かやってみるほかない…か。
黄瀬にはどれも通じないとは思う、けれど通じないながらもできることはある。
「ったく、なんで運動に慣れてない奴にここまでさせるのか…なっ」
身を低く、指に力を入れた。
まっすぐ見据えるのは黄瀬のその向こう。
広げられた腕を避け切り抜ける、追ってくるのも構わず止まった瞬間ボールをかまえた。
一瞬見えたゴール、そしてその向こうに…青。
放ったボールは慌てて伸ばされた黄瀬の腕を通って放物線を描き、リングへと当たった。
そのままぐるりと一周し吸いこまれた。
「入った…」
「青峰」
「へっ!?」
俺はリングではなく、青峰を見ていた。
黄瀬は驚きの声をあげて俺の方を見て青峰を見つけた途端ひぃっと震えあがっているようだった。
「どうしたんだ、つか何その格好」
「どうしたもこうしたも…」
俺はフェンスに近づき青峰を上から下まで眺めて下は制服、上はTシャツというちぐはぐな格好に笑った。
青峰は何を言いたいのかわからなくなったらしくしどろもどろだ。
「そうだ、たった今俺黄瀬と友達になった」
「「はぁっ!?」」
「え、違うのか?」
「いや…えっと、それでいいっス。苗字っち」
黄瀬を振り返ればなんともぎこちない笑顔があって、それでもなんだかすっきりした顔をしていたのでこれでいいんだろう。
まぁ、約束破るなんてこと黄瀬はしなさそうだしな。
「何やってるかと思えば…俺も混ぜろ」
「青峰混ざるなら俺の方」
「ばぁか、全員敵…だろ」
「そうこなくっちゃ、青峰っち俺やるっス」
「そんな…」
どうしてそういう流れになるのか。
むしろ、部活が終わってもバスケするのかと思うのに、青峰がなんとも楽しそうにするので泊めるに止められない。
というか巻き込まれている。
結局青峰と黄瀬がもういいというまで続けられたそれは次の日の俺を筋肉痛にさせた。
バイトに行く気もなかったが、それだけは許されないことだと身体に鞭うっていったのだ。
そして、ある日突然渡される赤司からの入部届け。
俺には断る理由もなかった。
未だにメリットとかわからないが、結果執行猶予期間は切れた。
あとは入るしかないということだろう。
俺はそれにさらさらと自分のクラスと名前を書き込み、担任へと提出した。
友達って、結構幸せな響きを持っているってことを知った。
そして、そのチャンスを与えられているのだと、思う。
END