▽ 一人がんばる君が好き
俺の高校にはモデルがいる。
すごく目立って、すごく皆に優しい。
クラスでも人気者で、遊んでそうな雰囲気なのに、日々バスケ部で奮闘しているらしい。
それが噂で流れてきたことだ。
俺はその真意をつきとめるべく、体育館へとやってきた。
「なんつーか、おっかけみたいだな…」
正直黄瀬涼太、なんて名前から決めてきてるナルシストなんて俺は興味なかった。
むしろ、眼中にすら入ってなかった。
でも、いつかの塾帰り、バスケコートの近くを通ったら誰もいないコートで一人ボールをついていたのだ。
なにもかも鼻にかけて自分をよく見せようと必死になってるナルシスト野郎と思っていただけに、あんなに汗まみれで髪とか服とか濡れるのも構わずゴールリングに向かって一心不乱な姿を見せられて…興味を持った。
どんなやつなんだろう。
アイツはいつも笑って、いつも誰かを見てる。
注目される立場を考えて、あんな風にふるまっているのかと思えば男子とは結構下ネタ話で盛り上がったりしてるところもみていた。
「本当の自分をみせないのか」
開け放ったままのドアから中を覗き込めばバスケ部が練習している。
一軍と二軍がいるバスケ部は結構有名だ。
黄瀬を探せば、丁度部室から出てきたところを見つけた。
相変わらず金髪が良く目立つ、そして女子の目も釘付けだ。
ふざけて手なんか振って、それを先輩に怒られている。
先輩とも仲がいいなんて、優遇されている奴なんだな。
先輩後輩で壁がある部活も少なくない。
こと、バスケに関して黄瀬はすごくできる奴らしいので、一軍にあがってきたときは何かしら突っかかれていたらしい。
これも風の噂だ。
真実はわからないが、あのいつもチャラけた感じが噂のままにしているのだろうか。
「あっ」
声がして見れば、黄瀬がこちらにやってきていた。
俺は何かしたのかと慌てるが、そのまま黄瀬はドアのところまで来ると手を振った。
「黒子っち〜」
「黄瀬くん、よくわかりましたね。僕がきたこと」
「あたりまえじゃないっスか。俺は黒子っちを見逃したりしないっス」
にっこりと笑う。
ただ、それは俺が見てきた笑顔の種類が違うことに気づいた。
突然現れた、この黒子とか言う男子が特別なのだろうか。
それに、制服違うし…他校か?
「あ、お邪魔します」
「…あ、ああ」
俺が見ていれば黒子が気付いた。
こくっと会釈して体育館へと黄瀬に招かれるまま入っていき、中で騒いでいる。
黄瀬の様子をみるに、友達らしい。
けれど、あんなにも親しそうにするのは初めてみた。
心を開いている証拠なのだろうか、でもその視線はどこか寂しそうにも見える。
練習風景をみていたが、どうやら黒子は呼ばれていただけみたいだ。
どうして呼ばれたのかは定かではないが暫くいたあと、黄瀬が引き留める間もなく出てきた。
「…安心しました、黄瀬くんがここに馴染めているようで」
独り言のように呟かれた言葉、俺は黒子をみて、黒子は俺を見るなり小さく笑みを浮かべた。
無表情の中の少しの変化、なのだか雰囲気が柔らかくなった気がするので、彼は何かに喜んでいるのだろうと思った。
「ありがとうございました」
「いや、俺バスケ部じゃねぇよ?」
「でも、黄瀬くんをみてましたよね」
「まぁ…」
そりゃ、ちょっと気になっていたからで…別に親しいというわけじゃない。
むしろ、それ以前の問題だ。
黄瀬とは面識がないのだから。
「黒子っち」
「どうしたんですか?」
「あ、いや…また、きてください」
「…君が、本当に僕を必要としているのなら」
「必要としなくてもきてくれていいっスからっ」
「僕は僕で忙しいんです、では」
突然黄瀬が来て驚いていると黒子はそのまま歩いて行ってしまった。
残された黄瀬と俺、戻るのかと顔をあげたら目があった。
「なんか、最近よく来ますね。俺に用っスか?」
「あ、いや…」
「それともなんスか、調子のってるとかって当てつけ?」
ヤバいと、思った。
身体が動かない、冷たく見下ろす瞳にこの行動が地雷だと言われた気がした。
逃げなければならないと思う気持ちと、このまま誤解をされたままだと黄瀬を傷つけてしまうのだと思う気持ちがせめぎ合う。
大体、俺は黄瀬を見ただけだし。
ただ、そこから興味を持っただけだ。
そして、いつも笑う顔を見ていた…いつの間にかだ。
「そんなんじゃない」
「は?じゃあ、どういう…」
「多分、俺はお前の本当の笑顔がみたいんだ…あ、いや…その」
自分で言ってすごくそれは変な答えじゃないのかということに言ってから気がついた。
言い淀めば、ふっと噴き出した気配がする。
再び逸らした顔を元に戻すと、黄瀬は笑っていた。
なんというか、お腹を抱えてとか普通に笑っていて、俺が見たいのはそれじゃないんだと激しく後悔した。
「なんで笑うんだよっ」
「いや、なんか…変なやつだなと思ってたら、ホントにへんなやつだったから…つい、笑ってごめん」
「いや、謝るとこそこじゃない」
言いながらまだ笑いが収まらない黄瀬をみて、部活は大丈夫なのかなと違うことを考えながらその笑顔をみて満足していることに気づいた。
そして、唐突に思ったのだ。
普通の笑顔が見たいんじゃなくて、俺に笑っている黄瀬の顔が見たかったのだと。
「名前、なんて言うんスか?」
「え…?」
「俺だけ覚えられるのなんか癪だから」
「名前」
「じゃあ、お友達からってことで。いいっスか?」
「お前、馬鹿にしてんだろ」
「してないっスよ…それに、そうやって言われたの初めてだからなんか嬉しいっス」
差し出された手、俺は複雑な心境になりつつ握った。
友達になったからと言って、何が変わるわけでもない。
ただ二人の距離が少しだけ近づいただけだ。
でも、それでお前は俺にいろんな黄瀬をみせてくれるのだろうか。
こっそり、自主練とかを見てもいつもの笑顔じゃなく、必死な顔をするのだろうか。
多分、それはこれからの俺の行動次第。
そして、数日。
黄瀬はとても黒子が好きなことを教えられるのだ。
どこがすごくすきで、いつもこんな感じで誰といて…など、黄瀬の口からは黒子の話題しか出ない。
けれど、黒子の話しをする黄瀬はとても楽しそうで、綺麗な笑顔を浮かべる。
俺は呆れつつもその話しを聞く、満足いくまで部活の後で話しを聞いて、そのあとバスケコートで練習を見る。
「名前っ、何してるんスか」
「別に、今日も楽しそうだと思って」
「わかるんスか?今日黒子っちからメールの返事が来たんスよ…それがもう、すっげぇかわいくてっ」
「うん、俺は黄瀬が楽しそうでなによりだ」
「なんというか、名前は無欲っスね」
「そうかな、欲丸出しだと思うよ」
誰に笑う顔でも、全部俺のものにしてしまいたくなるぐらいには…。
俺は黄瀬に笑って今日もひた走るやつの背中を見つめるのだ。
END