▽ 急転直下
自分の中の変化とは、多分受け入れられなかったものをあるときを境に受け入れれるようになったり、嫌いなものを好きになったり、そんな些細なことなんだと思う。
日数にすれば、十五日。
半月も過ぎてしまった後悔と、心を整理するには十分な時間があった。
私の一歩向こうは、久々に感じるほどに騒がしい部員の声とボールをつく音、スキール音。
体育館のドアに手をかければ、いつもの場所に赤司の姿があった。
そもそも、赤司が委員会や主将の用事以外で部活に遅れたこともなければ、誰よりも早くユニフォームに着替え、みんなの練習をみている。
誰よりも、主将に近い男だ。
それに、能力の変化も見抜き、才能を伸ばすことに長けている。
年下だからと弾いてしまうより、全力で力になってあげるべきだったのだ。
苗字に気付かされたようなものなのが癪だが、自分も年下が主将ということで壁を作ってしまったのだから仕方ない。
私は赤司の所までいけば、赤司がこちらを向いた。
「すまない」
「え…?」
「心配だからといって、少し言い過ぎだと小太郎に言われた」
こちらが謝るより先に謝られて私は戸惑った。
葉山をみれば苦笑を浮かべていて、ドリブルの手を止めていた。
まさか、向こうから謝ってくるとは知らず、赤司はどうしたらいいのかわからないようすだ。
よくみれば、しっかりと後輩で…主将といっても、こちらが教えなければどうしていいのかもわからないのだろう。
私は、赤司の手を取り笑みを浮かべた。
「私もごめんなさいね。あなたも大変なのわかってあげられなかった」
「玲央」
「これからは、あなたが私たちを引っ張っていかなきゃならないんだもの。私はそれに全力で応えるわ」
「僕で…いいのか?」
「もとより、あなたしかいない。私がサポートする」
そして、目指していた頂点に君臨するために。
利害の一致と言ってしまえばそれまで、だが絆はこれから作っていけばいいのだ。
「よろしくね、征ちゃん」
「…よろしく、玲央」
少し驚いた表情をしたが、ぎゅっと握られた手は柔らかな温かさを伝えてきていた。
「会長ー、ちょっと聞きたいことが」
「はいはい、なんですか?」
いつもの生徒会室で、図書委員長の話を聞くために顔をあげた。
引き継ぎの整理が終わればやってくるのは文化祭。
テーマ決めやら、イベントの下調べなどに時間をとられるようになってくる。
「図書室の本、増やしたいんですけど」
「…場所あったっけ?」
「この前片付けたら少なくなっちゃって」
「処分した本はどんなの?」
「えっと…雑誌とか、本が壊されちゃって…それで」
申請書に目を通しながら問いかける。
本を増やすのはいいが、何か悪い原因があるのなら直さなくてはならない。
俺はため息をついて、申請書を委員長に返した。
「本を大切に扱ってもらえないのは、君としてはどう思う?」
「え…困ります。が、新しいものが増えれば気をつけてもらえるかな…と」
「そうだね。でも、大切に扱ってもらえるようになってからでもいいんじゃないかな。もっと注意喚起をして、気をつけてもらえるようになってからでも遅くはないよ」
女の子相手に頭ごなしはいけない、優しく諭すように、理解を求めなければならない。
そして、ちょっと人のいい笑顔。
わかってくれない?と小首を傾げて聞くと、わかりましたと返事してくれた。
「今度図書室にお邪魔するよ」
「はい」
少し残念そうにしながらも納得してくれたようで一安心だ。
生徒会室のドアが締まる音を聞いて、ふぅと大きく息を吐き出した。
予算もキリキリでやっている。
言ってわかってくれるならそれに越したことはないのだ。
「日に日にやつれてくな」
「…そう思うなら、俺の仕事少しはやってくれよ」
「残念ながら、そっちが手を付けれるなら苦労してない」
「そう…」
洛山の生徒会長は死ぬぞ、と前任の先輩が言っていたようになってしまった。
こんなことなら、やらなければよかったと思うが、もう遅い。
それに、生徒会長になったのも推薦されたからだし…後戻りは最初から出来なかった。
日が暮れる空を振り返りながら、終わることのない雑務をこなす。
体育館の明かりがついている。
いつもバスケ部は野球部と同じぐらい遅い時間まで練習をしている。
玲央はちゃんと部活に行き始めたのだろうか。
あれから一週間が経とうとしていた。
隣のクラスだから授業や合間に会えるが、話しはしてなかった。
空いている時間はすべてこっちにとられ、余裕もない。
一週間が経ったことも、今カレンダーをみたから思い出しただけだ。
一気に進展しただろう俺たちの関係も振り出し状態なんじゃないのだろうか。
「せっかくあそこまで近づいたのにな」
「ん?なんだ?」
「なんでもない。気にしないでくれ」
つい、声が口から出てしまって秋山の言葉に慌てて首を振った。
俺がバスケ部に執心だと知られても、玲央目当てだとは気付かれてはいけない。
これまでも、ちゃんと隠し通してきたんだ。
「そんなにバスケみたいのか?」
「…最近いけてないから」
「なら、戸締まり確認してこいよ。会長サマの仕事だろ?」
「本当は風紀委員の仕事じゃないか」
秋山の言葉に笑って俺は席を立った。
戸締まりは風紀委員の仕事だが、その戸締まりしたか確認するのは俺達の仕事だ。
秋山は残って俺一人が外にでた。
生徒も部活をやっている人以外は下校している。
この時ばかりは、自由になれる数少ない時間だ。
バスケ部の体育館にいけば、そろりと中を覗き込んだ。
紅白戦をやっているのか色分けされたユニフォームを着て走っている姿が飛び込んできた。
「玲央、混ざれたみたいだな…よかった。それに、チームとしてもまとまってきたみたいだし」
さすがに観客席に上ってみている時間はないから、入り口からそっと覗いただけだが、赤司の雰囲気も柔らかくなっているようだ。
変な緊張もとれてきてるなら一安心だと笑みを浮かべた。
すると、俺に気付いたのか赤司がこちらをみた。
言葉はないままに頑張ってくれと見つめて、そっと体育館を後にする。
もう俺が口を出すこともないだろう。
生徒会室へ帰ろうとした矢先、目の前に立ちふさがられた。
「…えーっと、二人はサッカー部かな」
いやな予感に笑って問いかければ、記憶力はいいらしいなと笑われた。
まぁ、前に問題起こしていれば嫌でも記憶に残ると言うものだろう。
「今期のうちの部費、増やしてくんねーかな」
「そしたら、天下の生徒会長サマにはなんもしねーから」
ガラの悪そうな口調で、ポケットに手を入れている。
言っておくが、成績とガラの悪さは比例しない。
むしろ、思い通りにならないことを嫌うので頭がいいだけ質が悪い。
「残念ながらみんな平等にしているんだ、贔屓はできないよ」
「そんなこと言って、バスケ部を庇うのはよくないぜ」
「例えあったとしても、合宿の関係や部員数に応じているだけだ。例外はない」
「バスケバスケ、みんなバスケ部に生徒とられて…俺たちは満足にボールすら買えやしねぇ」
「それはっ」
部費の使い方に問題があるんじゃないかと言おうとしたら、いきなり蹴りが入って、俺は一歩下がって避けた。
「大人しくこっちの要求をのめば見逃したが、力でわからせるしかないみてーだな」
「暴力よくない、廃部申請だすよ?」
「へっ、やれるもんならやってみやがれ」
二人がかりで迫られて、仕方ないと身構える。
いつもなら、秋山に止められるが今はいないので自由にできる。
拳をギリギリで避け、腕をはたき落とした。蹴りが入るが、足を掴んで押し返す。
バランスを崩して一人は転び、もう一人はそれをみて本気になったようだ。
指を鳴らしながら近づいてきて、さすがにこちらが手を出して勝てる相手ではないと思ってるのでどうしてやろうかと考えてると、もう一人も立ち上がってこちらに近づいてくる。
やばいなぁ、と暢気に構えてしまうのは性分だ。
「そのスカした顔歪めてやる」
「別にスカしてないけどね」
言い掛かりもいい加減にしてほしいものだ。
「大体、こんなことしてる暇あるなら部員勧誘とか、練習とかやることあるでしょうが。それに、暴力で解決できる問題じゃない。顧問の先生に相談したのか?自己完結して俺に当たってるなら改めた方がいい」
「うっせぇんだよっ」
口で言っても聞かないことは承知していたが、ここで言っておかないと面倒なのだ。
言い終わるなり問答無用で飛んできた拳を同じ要領で避けて、腕を掴むとそのまま芝生へ背負い投げた。
「ぐわっ」
「ち、調子にのってんじゃねーぞ!!」
「調子に乗ってるのは君じゃないかな」
「え!?」
静かな声が聞こえたと思ったら、男子生徒はいきなりその場にへたり込んだ。
後ろにいたのは赤司だった。
おいおい、先輩だぞ。目つけられちゃうでしょーが。
どうしてここに赤司がきてしまったのかはわからないが、俺は慌てて赤司の手を取り上げた。
「俺と彼等の問題だから、助けてくれたことには礼を言うけど見なかったことにしてくれると嬉しいな」
穏便に済ませたいんだと言えば、そっと離れた。
「会長っ」
「あぁ、秋山…よかった、こっち」
「チッ、来やがった。おい逃げるぞっ」
「あ、ああ」
秋山の姿が見えればへたり込んでいた男子生徒も背負い投げた男子生徒もよろけながらしっかりとした足取りで逃げていった。
「会長、あんたは歩く問題児か!!」
「いや、そこまで言わなくてもいいだろ?…見回りしてたら絡まれたんだって、俺モテモテだから」
「なんでもできるからって油断するなよ」
「してないしてない、授業で習った背負い投げ決まったし」
怒鳴る秋山に笑顔で言えば、はぁとため息を吐かれた。
こういうことがあるから秋山は俺を離してくれないのだ。
寮ではそういう生徒はあまりいないから大丈夫なのだが…。
「征ちゃん、どうしたの。紅白戦終わったのにいないから探したわ…って、何の騒ぎ?」
「玲央、僕達は関係ない。いこう」
「そうそう、練習続けてな」
赤司がいないことで探しにきた玲央が俺をみるなり動きを止めた。
俺も少し驚きながらもいつも通りを装って、校舎の方へと戻ろうとする。
一瞬蹴りを食らってしまったところが痛んだが知らぬふりをして玲央の前を通り過ぎようとしたらいきなり腕を掴まれてしまった。
「れ…実渕さん?」
「あんた怪我してるじゃない」
「え?会長…まさか」
「いやいや、あの…大丈夫だって」
なんでこの人見抜いちゃうの!?俺はパニックを起こしかけつつも手を振って問題ないと言うのに玲央は俺を連れて保健室のある方へと向かって行ってしまう。
秋山も何か言いたげに口を開いたがそれ以上は何も言わず、ちゃんと帰ってこいよと一言置いて生徒会室へ戻ったようだ。
二人の足音が人気のない廊下に響いている。
自分たちだけだという空間、玲央は足の速度を緩めた。
「なにされた?」
「え?心配してくれるんだ、マジで嬉しいっ」
「茶化すな、怒ってるんだからね」
玲央の言葉に俺は口を噤んだ。
つくづく玲央に隠し事はできないようだ。
あの長距離走の時だって誤魔化していれたと思ったのに。
保健室に入れば服を脱げといわれた。
やられた箇所までわかっているのかと俺は大人しく制服をたくしあげた。
「…もう青ずみできてるじゃない。どれだけ酷くやられたの?」
「あー、まともに一発受けたから…」
「バカじゃないの、湿布でいいか…肋骨は折れてないわよね?」
「ひっ…大丈夫、だって」
「っ…」
湿布を貼られて青ずみの所を撫でられれば小さく声を出してしまい、その途端玲央は手を引いて制服を下ろさせ顔を背けてしまった。
その反応に俺は首を傾げる。
「玲央?」
「なんでもない。それと、あんた私のこと実渕さんって言うの止めなさいっていったじゃない」
「今は、玲央って呼ぶよ?」
「生徒会長は仲のいい友達ですら名前で呼ばないの?」
「うーん、仲良いってことはね…俺のとばっちり受けちゃうかもしれないってことだよ。だから、あんまり親密な関係になるような人はいない」
まぁ、俺の中にはいつも玲央がいたから他なんて考えられなかったけど。
誰かと仲良くなれば贔屓していると思われてしまう。
さっきのような謂われを振りかざしてくるのだ。
何かを言われるなら、俺だけで良い。
他の誰かを傷つけさせない。
「だから、他の人の前では名字で呼ぶのを許してくれないかな?」
「ダメ、私のこと好きなら名前で呼びなさいよ」
さらりと良いながら玲央は湿布を片づけていて、俺はその言葉を意識してしまって、息が止まるみたいに心臓が締まった。
なんてことを言ってくれるんだと思いながら顔が熱くなって俯く。
そりゃ、好きだけど…好きだからこそだろう。
すると、指先が顎に触れていつの間にと驚いたら顔を上げさせられ、玲央の顔が近くに迫っていた。
慌てて目を閉じると重なった唇に我に返って、肩を押し返した。
「れお…」
「好きなんでしょ、それぐらいしなさいよ」
声が真剣味を帯びているが、俺はまだ肝心な言葉を聞いていない。
「玲央は、俺のことどう思ってるんだ?同情みたいな気持ちなら、いらないよ」
「ここ最近、私に近づかなくなったじゃない。この前まで妙につきまとってたと思ったら、突然」
「いや、それは…色々あって」
いきなりそんなことを言われて、予想だにしない言葉についしどろもどろになってしまう。
今日だって、俺が自らいかなくては顔を見ることすらできなかった。
俺がいかなくなったことて不安を煽っていたのだろうか…?
それだったら、嬉しい。
マイナスのポジションからここまでの昇格は夢のよう。
「生徒会が忙しいのはわかってるけど、少しは顔見せなさいよ。隣のクラスでしょ」
「…はい」
「私は、こんなにもあんたでいっぱいになってくのに…狡いじゃないの」
「れお」
ギュッと抱きしめてくる腕が暖かくて、もしかしたらこれは都合のいい夢かもしれないと目を擦ってみるがこの幸せな状況は変わらない。
俺は信じられない気持ちになりながら顔を見つめる。
柄にもなく余裕のない顔だった。
いつも、練習試合ですらそういう顔は見たことがないのに。
「なら、キス以上のこと…俺でもできる?」
「試してるの?」
「んー、まぁ…そんなとこかも」
「してもいいなら、するわよ」
自分でも大胆なことを言ったと思ったのに、玲央は焦ることもせず断言した。
そこまで意地にならなくてもいいのになと思いつつ、こんなチャンスはないだろう。
狡い俺は玲央の唇をペロリと舐めて、お互いやることが終わったら俺の部屋に、と約束を交わし、別れた。
玲央は部活に戻り、俺は生徒会室に向かう。
「玲央が悪いんだよ。そんなに思わせぶりなこと言うから」
腹に貼られた湿布が冷やすのは妙に高ぶった俺の本能か、サッカー部の生徒に蹴られた青ずみか。
部屋に戻ると秋山はやることを終えていたようだ。
帰り支度をしている。
「俺もキリだし、終わろうかな」
「そうだな、あいつらサッカー部か?」
「ん?ああ、そうだけど」
「だから、蹴られるのを避けなかった…か?」
「あ…」
秋山の言及に俺は頬が引きつった。
玲央にも隠し事はできないが、秋山も同じぐらい賢いのだ。
素知らぬふりで、身支度しようとすれば手を掴まれた。
見つめてくる瞳からそらせない。
「…ごめん」
「謝るぐらいならしないでください」
「部活は体が資本だろ。怪我させられないじゃんよ」
「暴力振るわれてるんだから、正当防衛だ」
「そうだけど、そうじゃないじゃん。こっちに不満があるのは事実だし…どうにもできないけど」
「それで生徒会長が傷だらけになっていい理由はありません」
「ごめんって、次は気をつける」
「次はない」
何かを決意したような返事をする副会長に内心では震え上がりながら程々にと言ってやるしかできない。
秋山は有段者で、空手部に入ってくれとスカウトがくるほどの腕の持ち主。
名前も知れ渡っているので秋山の前で俺に手を出す奴はまずいないと言うわけだ。
秋山の手の力が緩んだのを知ると身支度をして寮へと帰った。
帰り道のコンビニで必要なものを買い揃えた。
男同士のやり方を調べては想像していたなんて玲央が知れば引いてしまうかもしれない。
まぁ、それを言うことはないのだが。
寮に戻ればとりあえず服を着替えた。
まだ玲央はきていないようで部屋を行ったり来たりしてしまう。
俺は案外テンパっているようだ。
落ち着くために牛乳いりココアを飲もうかと牛乳を温め、マグにココアを入れたところでドアが開かれた。
「お邪魔します。…同じ間取りなのね」
「え?それ普通じゃん」
玲央の声に笑いながら温めた牛乳を注いでかき混ぜた。
ホカホカと湯気がでて美味しそうだ。
「あんた何飲んでるのよ?」
「ん、ココア」
俺の傍にきてマグをのぞき込んでくる。
甘ったるい香りに顔をしかめて離れた。
「よくそんな甘いもの飲むわね」
「美味しいじゃないか」
「私は珈琲にして」
「ないよ」
「は?」
「珈琲嫌いだし」
ココアしかありませんと食器棚を見せると、大きいため息をついて甘いと言った俺のマグを取り上げて、ゴクゴクと飲まれた。
「俺のっ」
「牛乳入れてるし…甘」
「文句言うなら飲むなよ」
ゆっくり飲もうとしたものを取り上げられて取り返すとこめかみから指が差し込まれては?と思った隙には口付けられていた。
しかも舌までいれてきてる。
ギュッと目を閉じて咥内を舐めてくるそれにこちらも絡ませにいき、薄目を開けたら玲央がこちらをじっと見てきていた。
ココアの甘さを感じて、離れた。
「甘いキス」
「れ、おが…したんじゃないか」
間近に迫った美形に驚いていると上着をソファに置いて座った。
何の意図があったのか、俺には理解出来ずココアを急いで飲んだ。
落ち着くためだったのに、味わうこともできなかった。
「誘ってるの?」
「試されてるんでしょ?」
「びっくりした」
「覚悟しなさいよ、こんなんじゃないんだからね」
玲央の一言に俺は玲央がその気できてくれていることに嬉しくなった。
本当にこんな風に触れることを許されるなんて夢のようだ。
俺は玲央をソファを挟んで後ろから抱きしめると首筋に顔を埋めた。
「俺がしてもいい?」
「…私がするんじゃないの?」
「身長では決まらないよ?」
「…譲りなさいよ」
「だって、途中で萎えられたら困る」
そんなことはないと玲央は言うだろうけど、心配なものはしかたない。
ベッドに移動しても言い争いみたいなのは続いて、けれどお互いにそれは照れ隠しなんだとわかる。
緊張もするし、話していないとなんだか不安だ。
それでも、玲央が先にベッドに上がると横になった。
俺は覆い被さるようにして上に乗り、玲央にキスをする。
服をたくしあげると一層玲央の匂いが強くして、段々と上体を下げていく。
「ちょっと、どこまで舐める気?…っは」
「ん、下まで」
本当は隅々舐めたいところだが、そんなことをすれば朝になってしまいそうだ。
それは次の機会にしようと考えて、臍のあたりを丹念に舐める。
服を着替えただけなのか塩辛くて、途中休むともういいと口に指を入れられた。
「ひゃひふんほ」
「シャワー浴びてないんだからもう止めなさい」
細長くしっかりとした指を吸いながらわかったと頷くと、指が抜けて玲央がそれを見せつけるように舐めた。
「玲央ってさ、卑怯だ」
「は?なにがよ」
「そんな顔で平気で煽るし」
整った顔はそれだけで煽る材料だ。
ムスッとしたまま自分と同じものがついている部分に触れる。
握って感触を確かめるとしっかりと芯が通っていた。
萎えられていないなと安堵すると頬を撫でてきて、顔を上げれば玲央の視線が俺を捉えていた。
「な、に?」
「そこ、みないで」
「は?やだよ」
「言うこと聞きなさいよ」
「やだってば、みないと始まらないだろ」
「始まるでしょ」
「やですー、俺みてしたい」
「何でもかんでも思い通りになると思わないでちょうだい」
「思ってないし、くわえるぞ」
玲央の言葉にムッとしてズボンを引き下げ、出てきた自身に顔を近づけたら上から舌打ちが聞こえて、肩を押された。
しかも、そのまま力を込めてくるから俺は玲央に押し倒されていた。
「嫌だっていってんでしょーがっ」
「ちょ、れ…んっ」
両腕をとられて頭上に縫い止められたかと思えば口答えも許さないとばかりに唇を塞がれた。
深く口付けて、その間にズボンに手をかけてくる。
何をするのかと抵抗も忘れてさせていると唇を離された。
「ローション、どこ?あるんでしょ」
「そこの、袋…俺したいけど」
「ダメ、入れさせてあげるから」
余裕なさそうに玲央は言って、袋をとるとローションを出して蓋を開け手に馴染ませている。
すると、玲央は自分で後ろをいじり始めた。
俺は手が解放されたが、玲央の目が触るなと言ってきたため俺はその光景を見つめていた。
上半身はたくしあげていただけなので自身を隠し、ズボンはズラしただけなので太ももあたりで止まっていた。
玲央の腕を伝って俺の上に落ちるローションが卑猥だ。
「自分でしちゃうのか?」
「っ…シャワー浴びてないの、わかってるでしょ。触らせたくないの」
わかりなさいよ、と言われて苦しそうな顔が俺を見下ろす。
両手を伸ばして玲央に触れる。
そっとすり寄せられる温もりが愛しくて、溢れそうになる。
少し前まで、こんな気持ちも知らなかっただろうに。
俺が変えてしまったのかもしれない、俺が玲央を戻れないところまで連れて行こうとしてる。
「ごめんね」
「な、によ…謝らないで」
「うん…それでも、好きなんだ」
俺はこうなることを望んでいた。
玲央が俺とこうなることを、望んでいた。
「好き、玲央…好きだ」
「なら、キスして」
求められるまま唇を寄せて、離すと玲央は下を覗いて笑った。
「見てるだけで興奮したの?」
「れおだから」
「嬉しい」
お互いに不安なまま、俺にゴムをつけてゆっくりと繋がった。
玲央は俺の上に乗って、体重をかけないように気を使っている。
さすがに初めてでそれはつらいだろうと身体を起こそうとしたら再び押さえつけられる羽目になった。
「玲央って案外、強情だよね」
「あんたこそ、あんがい…しつこいのね」
腰を振りながらそんなことを言って笑って見せる。
熱くないのに汗が伝い落ちて、きっと辛い思いをしているのだろう。
俺は玲央自身に手を伸ばしてそっと触れた。
「アッ、やめ…さわらないで、アァッ」
「触らないと、気持ち良くないだろ?」
少し萎えかけていたそれは俺が触ると熱を持って、扱くと先端から先走りをにじませた。
途端、中が締めつけて絞り出すような動きに俺は息を乱した。
動いていた玲央は動きを止めて、俺の胸に手をつくとぱさぱさと髪を振って嫌がった。
けれど、もう止めてやることもできず扱き続けると身体を倒してカクカクと腰を振っている。
「も、だめ…ふぁ」
「いいよ、体重かけて」
おいで、と耳たぶを甘噛みしたらカクリと腰が落ち、一気に突き上げる羽目になって耳元でか細い押し殺した喘ぎと、一層強くなった絞り出すような動きに俺も果てた。
「…は、はっ…はぁ…」
「玲央、俺のことも名前で呼んでくれたら…俺も、玲央のこと…名前で呼ばせてもらうよ」
「…あんた、それが目的だったの…?」
「ん?なんのことかな」
はぐらかしたら、頬を抓られた。
これが結構痛い、けれどこっちが名前で呼ぶのに玲央だけあんたはないだろう。
まぁ、夫婦みたいで楽しいと言えばそうだが、俺はそんな不特定多数を示すような言葉で満足する人間ではない。
「わかったわよ、名前」
「うわ…幸せでどうにかなりそう」
「殴って良い?」
「やめてっ、暴力反対っ」
身体を離したあとシャワーを交代で浴びて、腰を辛そうにする玲央を引きとめて一緒に寝ようと誘った。
少し渋ったが、だるかったのもあるのだろう俺がシャワーを浴びている間にさっさと寝てしまった。
俺はベッドに近づいて顔を覗き込んだ。
「このまま、もらっちゃってもいい…?」
でも、やっぱり俺がいれる側は少し問題があるのかもしれない。
部活に支障が出てしまうのはこちらとしてもよくないし、なにより…眉間のしわが面白い。
俺はそっと眉間に触れて皺を伸ばしてやる。
痛かったんだなと笑って、今度はこちらが受け入れるように準備をしなくてはと小さいキスを贈った。
END