▽ 嫌な奴
最近気に入らない男がいる。
成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群、そして性格も良すぎず悪すぎず、気さく。
生徒の誰もが名前を知る、そいつは苗字名前と言った。
そいつは皆が褒めて噂する生徒会長で、学校でも力を入れているバスケ部に尽力してくれる。
そして、今年四月に入学してきた赤司征十朗も例外ではなかった。
彼は優遇され、いつの間にか主将にまでに成りあがった。それは、もちろん実力もある。
かの、百戦錬磨の帝光中学校で主将を務め都内から京都へと引きいれた。
どんな手を使ったのかはしらないが、大きなお世話だった。
「レオ姉、また不機嫌じゃん。そんなに毎日眉間にしわ寄せてると永吉みたいに変な顔になるよ」
「大きなお世話、それに好きでこんな顔してるわけじゃないわよ」
移動授業で教科書を持ち葉山と歩いていた。
最近の苛立ちを呆れたように言われて私はため息交じりに絞り出すように呟いた。
元の主将の座をとっていった赤司は我が物顔で私たちの練習メニューもかえてきた、いきなりのハードな練習に身体がついて行かないのもわかっている。
わかっていて、それをやらせてくるのだ。
「こっちは先輩よ?どうしてあんなにふてぶてしくいれるのかしら」
「うーん、それにはふかぁい事情があったりして」
「事情って何よ、私たちを巻き込んでまですること?」
「知らないって、俺だってわけわかんないうちに限界を見せろとかいわれて毎日へとへとだって」
「私だってそうよ」
そりゃ勝利に執着していないわけがなかった。
無冠の五将と呼ばれる私たちは、キセキの世代によって勝利にすら届かなかったのだから。
だから、私にとって赤司は嫌うべき存在だったのだ。
それを、あの生徒会長は強くなるためとかなんとか変なこじつけで招き入れて、赤司の意のままにしている。
私にとって、赤司も敵の様な存在だが生徒会長はそれ以上に黒幕の最大の敵だった。
「あっ、もうこんな時間じゃん。早く行かないと遅れるっ」
「あんたがもたもたしてるからでしょ」
「教科書見つかんなかったんだから仕方ないじゃん…っと」
「ちょっ、小太郎っ」
通りかかった教室の時計を見て、時間厳守の先生だからと急ぎ足で廊下を走りかけたらいきなり葉山がブレーキをかけた。
私は反応しきれず、ぶつかりその衝撃で倒れ込みそうになったのを、突然誰かに腕を引かれたことによって痛みを免れた。
「ごめんなさい。ありがとう」
「どういたしまして、怪我がなくてよかった」
聞き知った声に顔をあげたら、そこに綺麗な顔が迫っていた。
体勢を立て直すとその腕は離れていき、どこかひねらなかった?と聞いてくる。
「あ、別に」
「そう、シューティングガードの腕は大切だからね。もう少し気の利いた助け方ができればよかったんだけど」
「え…」
「あ、鐘だ。早く授業にいかなきゃ、じゃあね」
何もかもが、無駄がなく一瞬だった。
今の男が、苗字で生徒会長だ。
「レオ姉っ、怒られるってっ」
「っ、あんたがぶつかりそうになるからでしょっ」
葉山はとっさに走りだし、私も廊下を全力疾走した。
階段を途中短縮するも、結局授業開始の鐘に間に合うことができず叱られる羽目になったのだ。
びっくりした、あんなところで本人に会うこととは思わず、しかも私がバスケ部にいることを知っていた。
何者なのだろうか…。
「ねぇ、小太郎。生徒会長って何者なの?」
「は?」
昼休み、根部谷も誘って屋上で昼食をとっている。
私は疑問に思ったことを問いかけてみた。
完璧超人だということはよく知っている、むしろそれしか知らない。
「なんか、俺が聞いた話しだと全生徒の顔と名前所属部とか丸暗記してるとか」
「どんな難題でも生徒会長ならなんとかしてくれるとか、そんな噂も聞いたぞ」
「…なにそれ、つくづく思うけど…それって、人間じゃないわよ」
葉山と根部谷から語られる本当なのかわからない武勇伝は、やはり人間業じゃない気がする。
生徒会長というものはそういうものだったか…去年の生徒会長を思い出してみるが、そんなことはなかった気がする。
「でも、俺女の子侍らせてたりするのよくみるかも」
「あれは勝手についてくるだけだろ、迷惑そうにしてた」
「女子ばかりってわけでもなさそうだよな。で、レオ姉はどうして気にしてんの?」
二人で話してたかと思えばいきなりこっちを向かれて慌てる。
口に運ぼうとしていた厚焼き卵を落としかけつつも葉山達を見ればにやにやとした目をしている。
「別に、ただあの赤司をいれて勝った気になってんのが気に入らないのよ」
「でも、実際赤司は強いだろ?」
葉山の言葉に根武谷と私は頷いた。
流石に赤司とは言え、一年を入れることに納得するわけがなく、入部当初赤司とレギュラー陣での1on1をやった。
結果は赤司の圧勝でその場を収めた。
だから、実力があるのは承知しているのだ。
けれど、後輩。本当ならこちらの立場が上だと言うのにそれを逆転させるなんてプライドが許さない。
そして、そんな問題児を入学させた白藤には苛立ちしか湧かないというものだ。
嫌な気分で弁当を食べ終えると、片付けて立ち上がった。
「レオ姉、どこいくの?」
「図書室、この前の自習で借りっぱなしにしたから返しに行くのよ」
予鈴には戻ると葉山に言って、弁当を教室に置き人気の少ない方の階段から図書室に向かう。
教室棟は生徒がはしゃいでうるさいからだ。
ただ、こちら側を通れば準備室やらそこら辺に隠れてイチャイチャしているカップルはいるのだが…。
静かな分あっちよりマシだ。
棟の端にある図書室にたどり着くと言うところでもう一つの階段からパタパタと忙しない足音が聞こえてきた。
近くの教室の生徒だろうと気にしなかったのだがその足音は私の方へと走ってきて、私は角でぶつからないようにと足を止めたが、走ってくる足音はこちらにきてしまい前を向いてなかった男がぶつかってきた。
「わっ」
「っと、大丈夫?」
「あぁ、すみません。人に追われていて…実渕、さん」
私が受け止める形で顔を覗き込み、急いでいる様子の男が顔を上げて目があった。
今日は良く会うな、と思った。
そこにいたのは本日二回目である、苗字だった。
しかも、私の名前を呼んだとなると葉山の言ったことは本当らしいな、と場違いにも関心した。
けれど、階段を上ってくる足音に白藤の肩がピクッと揺れた。
「ごめん、ちょっと協力して」
「はぁっ?」
いきなり意を決したように真剣な表情をすると、私の腕を引いて近くの理科室へと入った。
ドアの横に私を連れて、苗字はブレザーを脱ぎ始め自分の髪を隠すように被った。
呆気にとられている私をみると、ニッと笑う。
不覚にもそれが一瞬可愛いと思ってしまった。
「実渕さん、男ってイケる?」
「いけるわけないでしょ!?」
「うーん、俺はいけるっ」
何をする気だと警戒するが、一歩遅く苗字からのばされた腕が首に回って引き寄せられる。
端正な顔が近くにきて、キスをされるのかと身構えると寸前で止まった。
「会長っ…あっ」
すかさず入ってきた追っ手と思われる人は、私達を見ると固まってしまった。
私は視線だけをそちらに向ければ、目があって、ブレザーを被っている苗字は見えなかったのだろう、すみませんでしたっとまくしたてると出ていってしまった。
息がかかるぐらいに近いと変に意識してしまいそうんなり、早く離れようとしたがその気を抜いた一瞬のうちに唇を奪われていた。
「っ…」
「ありがと、お礼は今度必ず」
ブレザーを着直して笑顔を浮かべる白苗字。
私は逃がさないように腕をつかんだ。
「はいそうですかって、帰すと思う?」
「うん、だって実渕さん。本返さなきゃいけないでしょ?時間あと二分で予鈴だよ」
言われて時計を確認すれば本当にその通りだった。
そのまま苗字を連れて歩くわけにもいかず、舌打ちすると手を離した。
「そんな苛立たないでって」
「怒らせたのはあんたでしょ」
「怒らせちゃったんだ、ごめん」
少し気を落としていうものだから少し焦る。
「だってそうでしょ、こんなことに巻き込んで…きす、とか」
「…初めてだった?」
じっと見つめてくる視線から逃げるようにさまよわせるが、逃がさないと逆に腕を掴まれて壁に追い込まれる。
考えてみれば、ここでは逃げ道どころか襲われるだけだ。
「悪い?」
「んーん、悪くない」
むしろ大歓迎、と呟いたのは聞かな良ほうがよかったかもしれない。
少し落ち着こうと深呼吸。
「これ、離して。なんか勘違いしてるみたいだけど、この言葉遣いはそっち系って言う意味でも女になりたいって言う意味でもないの」
指差して言うと素直に手が離れた。
ようやく解放されたと思ったら無情にも鳴り響く予鈴の鐘。
私は足早に図書室に駆け込むと図書委員に本を返し、教室へと戻った。
今日は厄日なのかしら。
苗字を置いてきたが、まぁ追いかけてきていた人は撒けたのだからいいだろう。
私がこの言葉遣いなのは、今でこそこれぐらいの長身は普通だが、小学生の時は違った。
比較的早い段階でやってきた成長期、荒っぽかった言葉遣いのせいで怖がられたのだ。
だから、少しでも印象を柔らかくしようと髪を伸ばし、言葉遣いを変えた。
それが結局癖になってしまい、今に至る。
勘違いする奴らもいたし、好きになってしまえばどちらでもいいという考えではあるが、男がいいと勘違いされるのはいけ好かなかった。
そういう意味でも、苗字のした行為は不快だったし軽はずみだと思えば思うほど苛立ちは増した。
ガツッとボールが弾かれる音、どこか冷めた感情のままでは嫌われるとわかっていた。
「玲央、集中しろ」
「やってるじゃない」
すかさず入る赤司の声に苛立ち紛れに返した。
そんなことを言ってもどうせなんとも思わないのだろうけど。
そんなことを考えていると、ミニゲーム中だと言うのに赤司の手が私の手に掛かり力が抜けた。
「なにするの」
「集中しろといってるのに言うことが聞けないみたいだからな」
身体に教えるしかないだろうと言われてますます苛立つ。
何を偉そうに言うのか、こちらだって真剣にやってる。
ただ、集中できていないのは悔しいが当たっていた。
それを赤司に指摘されたのが嫌だったのだ。
今日は本当についていない。
「このまま下がれ、これ以上やって変な癖を付けられたら困るからな」
「…チッ」
赤司の言ったことは正論だ。
こんな状態なら今日は何もやらない方がいい。
けれど、その存在価値すらも否定されたようで思わず舌打ちが口をついた。
私はその場にいるのが嫌になって、根武谷に声をかけられるも部室に戻るなり着替えて部活を抜けた。
寮に戻るのではなく、バスに乗り込み向かった先はストバスコートだ。
バックの中に入っているボールを出すなり、3Pラインに立つ。
いつもとなにもかわらないリング。変わっているのは、なんだ。
放ったボールは綺麗な放物線を描いて、吸い込まれるようにリングを通った。
SGとして、恥じることのないプレイを。
ボールを拾い上げ、私は自分が満足するまでボールを放ち続けた。
玲央が部活を抜けた。
四月から見てきたが、僕に一番反感を持っているのは玲央だろう。
今日は言い過ぎたかも知れない…いや、わかって欲しかったんだ。
部活が終わり自主練も各自終わって僕は部室に一人だった。
玲央に言ったことを後悔しているわけじゃない。
ああいわないと、こちらが舐められる。
部室の施錠を終え、職員室に鍵を戻しに行こうと言うところで、二人の人影。
「やぁ、赤司くん」
「生徒会長」
「うちのバスケ部はどうかな?」
声をかけてきたのは生徒会長だ、優しげな目は本当か嘘か、真意は見えない。
隣にいるのは、確か副会長である秋山遥だ。
いつも隣に控え、会長が一人でいるところはあまり見たことがない。
「才能がある者ばかりで、僕が主将にならなくても良かったのではないですか?」
「君が弱気なんて珍しいな」
会長の一言にムッとする。
「僕は君にもみんなにも期待してる。でも、彼を敵に回すのは宜しくないと思うよ」
「彼…?」
「実渕くんのこと。君はわかってる、彼が味方についてくれたら、って」
玲央が抜け出して行ったのを見ていたのかわからないが、感情が掴めない顔で話を続ける。
「彼が要だ、もう少し彼の気持ちを汲んであげて欲しい」
「酷くご執心ですね」
「うーん、彼には嫌われてるけどね」
「会長、そろそろ」
「ああ、はいはい。じゃあ、朗報を待ってるよ」
副会長に急かされるようにして、片手をあげると会長は歩いていった。
何を言いたかったのか。
僕にはよくわからなくて、でも玲央との繋がりはあるのだろうと考えた。
本人は知らないようだから、会長が勝手に目を付けているだけかも知れない。
何にしろ、このままでは部活どころではなくなる。
IHまで時間はない、夏が無理なら冬までに繋がりを確かなものにしなければ、他のキセキには勝つことができないだろう。
「面倒事ばかりだな」
一人愚痴のようなものが零れて、秋田に行った男を不覚にも恋しいと思ってしまう。
僕がこんなことでどうするんだ、僕は僕のやるべき事をやらなければならない。
「まだ、気を抜くことさえ許されない」
職員室へと鍵を返し、次の機会にでも玲央と話あわなければ、と考えた。
このまま溝を深くしていくのは得策じゃない、生徒会長の良いなりになるようで少し納得しないが仕方ないだろう。
僕は知らず小さなため息を吐くと寮へと戻った。