▽ え、桃井さんちょっと違う。
季節は秋、スポーツの秋。それなのに今開催されているのは文化祭だ。
そして、俺はものすごく不愉快だった。
「あはははっ、マジ似合う。そこまで似合うのは逆にすげーよ」
「……」
「紫原のつけたあだ名ちん、すごーい。赤ちんには負けるけどー」
「……」
赤司もこんな格好をしたことがあるのか…でも、それって結構カオスな気が…。
いやいや、こんなヒラヒラメイド服を着せられてなに呑気なこと考えてんだよっ。
クラスの模擬店で客引きのためにと数人の男子が女装させられることになった。
俺を腹抱えて笑ってる青峰はおいておいて、紫原も実は女装させられてる。
お菓子を囮に着せられた…もとい、着た。
今もポッキーをポキポキと食べていて、お菓子が食べれるならとご満悦の様子だ。
というか、190を越える男に合うサイズがあったことが不思議でならない。
「ひー、すげー下どうなってんだ?」
「捲るなっ」
笑いながらスカートを捲ろうとする手をはたき落とす。
散々笑った挙げ句にセクハラとは良い度胸だ。
「いいだろ?」
「セクハラで訴えるぞ。敦、ゴー」
「ほいきたー」
紫原は青峰を持ち上げると教室の外へとだした。
「あー、敦にかかれば青峰も軽々だなぁ」
俺はそれを楽しく見ていたが、ふっと周りを見れば注目を集めていたことを知る。
まずったなぁ、とどうしようかと思っていたら敦が戻ってくる。
「外だしておいて言うのもアレだけど…峰ちん拗ねちゃってたし、紫原のつけたあだ名ちん行けばー?」
「でも、時間が…」
「あー、大丈夫だいじょうぶ」
紫原はいいながら教室の外をみた。きゃいきゃいと黄色い声が聞こえて、まさかと思ったらそこに黄瀬が入ってきた。
「紫原っち、苗字っち〜冷やかしにきたっス」
「わぉ、グットタイミング」
「紫原のつけたあだ名ちんより、客寄せになるからいっといで〜」
「ありがとな、敦」
「ちょっ、なんなんスか!?いきなり」
みんなを見ればグッと親指を立ててくれたので有り難く教室から離脱する。
ツインテールにしていたウィッグを黄瀬に渡すのも忘れない。
黄瀬は紫原に捕まって騒いでいたけど、とりあえずかわいくウインクを飛ばしておいた。
教室をでれば、青峰を追うために歩き出す。
途中人目が気になり人の少ないところへと行けば、赤司とすれ違った。
「苗字、面白い格好をしてるじゃないか」
「赤司…ところでそのお菓子の山は?」
「ああ、ちょっと将棋部で遊んできたんだ。これは景品だよ。俺は看板が欲しかったんだけど、これで勘弁してくれと言われた」
「はは、それ道場破りって言うんだぜ?」
「この俺が知らないとでも思ってるのか?」
「デスヨネー」
嗜む程度の将棋で負けなしってどれだけうちの主将は強いのか…。
紫原に上げるのだろうご満悦な赤司にご愁傷様と心の中で将棋部に手を合わせた。
「それより、青峰知らないか?」
「会ってはないが、大方屋上だろ」
「あれ?文化祭中は屋上閉鎖するんじゃなかったか?」
「あそこの鍵、壊れているんだ」
だから、あそこしかない、と赤司は言った。
それと、誰が壊したんだろうな…とも。
「え?」
「まぁ、青峰はうちのエースだからな」
「へ?…赤司、サン?」
スタスタと赤司は歩いて行って、俺はその不穏な一言に嫌な予感しか頭に浮かばなかった。
赤司の考えることはちょっと、ずれている。多分…
残された俺は気を取り直して屋上へと向かう。
赤司の言うことは正しい、なので青峰は屋上だ。
「つーか、拗ねて屋上ってどんだけだよ」
屋上への階段のところまでくると立ち入り禁止の札が立っていた。
俺はそれを避けてあがった。
ドアはしまっていたが、ノブを回したら開いた。
本当に鍵が壊れているらしい…誰が壊したのか知らないが、うん。
屋上にでると辺りを見回す。
隅っこに足を見つければ近づいて覗き込んだ。
「青峰ぇ、校内回ろーぜ」
「俺は怒ってんだからな」
「いや、怒るのは違うだろ。でも、これできたんだから機嫌直せよ」
寝ころんでる顔を覗き込めば、ちらりとこちらを伺ってくる。
俺のメイド服をみて満更でもない顔をするのを見れば苦笑しか浮かばない。
男のメイド服のどこがいいのか…。
だが、青峰は起きあがるなり自分の着ていた上着を俺に投げてくる。
「わっ…」
「それ着てろ、ヅラつけてないんじゃかっこ悪いだろ」
「…青峰が先に行くからだろ」
顔面で上着をキャッチしてしまった俺はそれに腕を通す。
体格の違いもわかるが、腕が出ないとはどういうことだっ。
「お前デカすぎ…」
「見えた…」
「見んな、変態」
上着を着ながら言うのに青峰は無視だ。
俺の下にいるせいで、風でスカートが揺れた拍子に見えたのだろう。ハーフパンツをはいているのでまったく問題はない。
だが、捲られるのと捲れるは違う。
「つまんねぇな」
「あのなぁ、俺がガチで女の格好したら普通にひくだろ」
「は?……似合うんじゃねぇ?」
「…いや、似合わないからキモイから」
何を想像しているんだと言ったら、意外そうな顔をしてきた。止めてくれ、俺はそういう趣味はない。
「つか、それより早く行こう。真とか黒子とか教室なにやってるか見に行きたい」
俺は青峰の隣に座って腕を引いた。
だが、青峰はここにいたいのだろうあーとかんーとか曖昧な返事をかえしてくる。
「どうしても行かないなら、俺一人で行くけど」
「なんだよ、ここにいろよ」
「俺は文化祭楽しみたい」
じっとお互いの視線が交わる。一歩も譲らない勢いにどうしようかと、考えたとき。
「大ちゃん、一緒に回ろうよ…あっ」
「へ?」
「さつきか?」
「お、お邪魔しましたっ」
よく知った声が聞こえたかと思えば慌ててドアが閉められてしまった。
俺が振り返ったときには遅く姿もなかった。
「…なんだったんだ?」
「さぁな」
「なぁ、行こうぜ。青峰がいないとつまんないだろ」
ネクタイをキュッと引っ張ってやるとわぁったよ、と仕方なく立ち上がる。
これで二人のところに行けると俺も立ち上がった。
「テツと緑間んとこ行ったら終わりだからな」
「うんうん、それでいい。なんかキセキの世代のエースを引き連れて歩くって優越感」
うきうきとドアを開けて階段を降りていく。
先日雑誌記者がきたのだ。そして、彼らはキセキの世代と言われ特集を組んでもらうことになった。
少し遠い存在に感じながらも、一躍有名になった彼らは黄瀬だけじゃなく他の奴らも女子の目を集める的になった。
まぁ、元はいいのだから仕方ないのかもしれない。
それから、青峰は人目を避けるようになった。
うるさくて嫌ならしい…確かに、うるさいけど。
「名前、ヅラつけてくればよかったんじゃね?」
「うっ、ヅラじゃなくウィッグだって…なんで?」
「女に見えるから。まぁ、それだけでも充分か」
青峰の手が俺の髪を乱暴に乱してきて振り返ればふぃっと視線を逸らしてそんなことを言う。
なにが充分なのだろうか…
どうせろくでもないことだとそれ以上はきくことはしなかった。
黒子のクラスの出し物はたくさんある体育館のうち一つを使っていると聞いたためそっちにむかう。
すれ違う視線が痛い、やっぱり女装したままくることはなかったなとへこみそうになる。ただ、ちょっとだけ…人気者になる青峰を独り占めして優越感に浸りたかっただけだ。
「うーん、それって変なの」
独り占めしたい、なんてそれでは恋する女子だ。
男が男にとか、有り得ないと同時に自覚していく気持ちもある。
「なに考えごとしてんだよ」
「んあ、いや…なんでもねぇよ」
見てくる青峰と視線が後ろめたくて合わせることができない。
だが、青峰は隠し事すんなよ、と顔を覗き込んでくるから慌てて離れる。
「なんでもないって…あっ、あれあれ黒子のクラスの出し物」
「げっ、お化け屋敷かよ」
「…青峰、苦手なんだ?」
体育館に着き、嫌そうな顔をする青峰をニヤニヤ見れば、んなわけあるかと強がった。
まぁ、本気でだめなのかは今からわかることだけど。
俺は青峰の腕に手を絡ませ逃げられないようにする。
「じゃ、行こっか☆」
「…くそ、テツ後で殴る」
「黒子に当たるのよくないなぁ」
青峰の小さい呟きはしっかり俺に聞こえていて中にいるだろう黒子を探すために入る。
青峰に黒子がお化け屋敷をやっていると言わなかったのは黒子が青峰はお化けが苦手らしいと言っていたからだ。
これは楽しみだと、中に入ってみれば暗幕を使って完全に光をシャットアウトしてるらしく真っ暗だ。
足元には灯籠が置いてあり、本格仕様。
「なんか、わくわくすんな」
「そーかよ」
声をかければ素っ気ない一言が返ってくる。
緊張しているのかと青峰をみるも表情は伺えない。
これじゃ失敗したなぁと困りつつ先へと進んでいく。
王道に追いかけられたり、脅かしたり、スリルがあっておもしろい作りになっていた。
けど、そのどれにも黒子がいなかった。
俺はお化け屋敷をやるとは聞いたが具体的には全く聞いていないので、どこで黒子が出てくるのか密かに期待しているのだ。
「青峰ぇ、生きてる?」
「出口どこだ」
「まだもう少し先だと思うけど」
急かした声に俺はクスクスと笑ってしまう。
怖がる度にいつの間にか繋いだ手に力がこもる。
顔は見えないままだけど、焦りがわかってしまえば楽しさしか覚えない。
迷路のようになっているから迷いながら進み、再び暗幕をくぐる。
「お、うわっ」
「名前?大丈夫か、見えねぇ」
「ん、転んだだけ。なんかに躓いた」
入った途端一層闇が深まり全く見えなくなる。
一歩を踏み出した途端俺は何かに躓いて転び青峰の手を離してしまった。
握ろうと手を伸ばして指先が触れてそれを握る。
「青峰?」
「あ?いくぞ一本道だ」
「あー、ホントだ。うーん、青峰…手、しっかり握ってくれないと俺怖い」
「は?握ってんだろ」
青峰は気付いていないようだが、俺はわかった。
まぁ、青峰の手は結構大きいし俺は気づく訳だが…。
手が引くままに俺達は歩いていく。
出口で何があるようだから、この手は離さないようにしないとな。
ふざけて指を絡ませて握れば一瞬びっくりしたように反応するが、この手の主はなんの声も出さない。
そうして、暗幕の終わりになりカーテンのようになったそこから外にでた。
「うおっ!?」
「わぁお、素敵な女の子だな。黒子」
綺麗な黒髪が靡き俺と青峰を繋いでいる人物がようやく姿を現した。
顔を上げた黒子は少し不満そうな顔を髪の隙間から見せた。
「苗字くんにはやっぱりバレてしまいましたね。それにしても可愛いメイドですね」
「あたりまえだろ、青峰の方がもっとゴツい。そこは突っ込むな頼むから」
「テツぅ、お前…」
「青峰くんには大成功です、これ…みんなに配ってるのでどうぞ」
貞子がイメージなのか、長い髪を鬱陶しそうにさせながら手渡してきたのはまいう棒だ。
まぁ、子供にゃ泣かれるからだろう。
有り難く受け取って、今度はしっかりと青峰の手を握った。
「もうお化け屋敷でたぞ?」
「青峰がまだ怖いかと思って」
ついさっきのノリで掴んでいたのを思い出せばパッと離す。
そりゃそうだよな、こんなとこで繋いだら色々やばい。
「怖くねぇよ」
「結構怖がってたくせに〜、次は真のとこ」
「あいつなにやってんだ?」
「ミニゲームみたいな、景品でるやつ」
輪投げとかのセットを集めていたのを思い出して答えてやる。
子供用のバスケットゴールもあったと思うと言えば進む足を早める。
だから、子供用だっていってるのに。
俺達では到底満足できるようなものではないというのに青峰の顔は楽しそうだ。
「単純」
「あ?なんか文句あんのか」
「ないよ、俺もやろー」
ゴールがあれば入れたくなるのは一緒だ。
緑間の教室に行けば、子供が一際多く感じられた。
いつもは黄瀬がいるため女子で賑わう教室は、今子供が多く占領していた。
「うわ、ここに全部子供とられてたのか」
「これじゃやれねーじゃねぇか」
「真どこだろ…うわ、あいつバスケットゴールのとこにいる」
さすが、3Pシューターと言うだけある。
見ていれば目があって、こちらにやってきた。
「黄瀬を知らないか?数時間前から見かけないのだよ…というか、苗字そのかっこうは何なのだよ」
「あー」
「……」
緑間の言葉に思い当たる節が有り余るぐらいあるため、俺は青峰と視線合わせ曖昧な返事ともとれるような言葉を口にした。
そして、俺はそっと青峰の上着を掻き合わせた。
さすがに何人もの人に言われるのは少しばかり恥ずかしい。
「なんなのだよ」
「黄瀬は、犠牲になったのだ」
「俺らのクラスに貢献してるだろうぜ」
「っ…これでは俺が休憩をもらえないのだよっ」
緑間はそう言うなりケータイを取り出してメールを打っているようだ。
俺たちはあまり関わり合いにならない方が良いだろうと踏んで緑間の隙を見て教室をでた。
「ふぅ、あいつ怒らせっと面倒だからな」
「一理ある、全部まわったけど…どこか行きたいとこあるか?」
行く宛もなく歩きながら、俺の行きたいところを連れ回してしまったため今度は俺が付き合うと聞けば少し悩むそぶりを見せたが、青峰の足取りがしっかりしたものに変わると後をついていった。
だが、結局青峰は青峰で俺は俺だから途中から行き先に予想がついた。
「なーんかさ、いつもそこだよな」
「文句あるなら俺一人で遊ぶぞ」
「ダメだって、俺も一緒」
呆れつつ言えば意地悪を言われて、俺は慌てて青峰の服を掴んだ。
青峰は特に何を言うでなくそのまま体育館へ。
いつも使う体育館はどこにもつかわれることなく関係者以外立ち入り禁止の貼り紙が貼ってあった。
重いドアを開けて中に入れば、そこには先客がいた。
「あー、紫原のつけたあだ名ちん」
「青峰は見つかったか?苗字」
「赤司に敦、敦はドレス着たままだし」
「んなとこで菓子広げてんのかよ」
まいう棒を頬張りつつこちらをむいたのは紫原だ。
どうやら餌付けの真っ最中だったようだ。
体育館のど真ん中で。
「黄瀬は?」
「黄瀬ちんは、俺んちのクラスで女の子たちと騒いでるし」
「紫原はこれを見せたら抜けてきたんだ」
「それ、抜けさせたって言うんじゃ?」
「何か問題でも?」
「いえ、まったく」
「なまえー、1on1」
「ん、これここ置いといて」
青峰はボールを取りに行ってたのか、用具庫から声が聞こえ、俺は青峰の上着を脱いで身軽になる。
といっても、メイド服では激しい動きもできない。
「やっぱ、着替えてくればよかった」
「スカートを揺らしながらバスケもいいんじゃないか?」
「ハハ…シャレになってないよ赤司」
とりあえずバッシュだけははいた。
膝丈のそれは紫原のドレスよりましかと思えば自分を納得させる。
青峰は腕まくりをしてネクタイを放り投げ、ボタンを二つ開けた。
「ワイルドだ、青峰」
「惚れるか?」
「きゃっ、青峰くんかっこいい…ってか?」
「かはっ、いってくれんじゃねーか」
ボールをつきながら挑発。
お互い真っ直ぐ見つめながら、俺はドライブと見せかけたフェイントで反対側へと抜けようとしたが、青峰はフェイントに反応したくせに追いついてくる。
逃げるように一歩距離をとり、追いつめられたのがわかってそこから3Pのモーションに入った。
が、結構距離のある場所からのゴールは無謀だ。
リングにかすりはしたが、入ることはなかった。
「名前、お前追い詰められたら所構わずシュートすんの止めろ。緑間じゃねーんだぞ」
「はぁい」
ちょっとやってみたかっただけだ。
ボールをとりに行く青峰の背中に返事を返して、再びボールが俺に渡されるのだった。
「青峰の手加減が少なくなってきてるな」
「ふぅん、紫原のつけたあだ名ちん才能ないのに頑張ってるもんね〜」
二人を眺めて変化に気付けばまいう棒を食べている紫原が暢気に呟いた。
苗字には才能がない、だが引けをとらない伸びだ。
悪くない。
「あれ、赤ちんが着てたやつっしょ?去年」
「ああ、よく覚えていたね」
「赤ちんの方が似合ってたし」
ぎゅっと抱きつく紫原の髪を梳く。
今年は学校行事に参加せず、囲碁部、将棋部、チェス部を制覇してきたところだ。
どこの主将も今年は今一だった。
そのおかげでこうして紫原への戦利品が獲得できたのだからよしとしよう。
「あっ、赤司くん。聞いて聞いて、大ちゃんがね、女の子と一緒にいたの」
「桃井か」
「さっちんやっほー」
「むっくん、なにそのドレスかわいいっ…そうじゃなくて」
「女の子というのは、アレじゃないのか?」
パタパタとやってきたのは桃井で、紫原をみるなり目を輝かせていた。
青峰が女子といる確率は限りなく低い。
そして、求められる答えがそれだろうと桃井の視線を導くように指差す。
「あれ…苗字くんだったの!?…女でも悔しいぐらい似合い過ぎよ」
髪はウィッグでなんとかしたら…とブツブツいい始めた桃井を見て、笑ってしまう。
それは端から見たら随分とお似合いなんだろう。
「やってることは男らしいと思うが?」
「その中に見える儚さがいいのよ」
赤司くんはまだまだね、と笑われるが苦笑で返した。
女装推奨だなんてしてしまえば苗字が少し哀れだと思ったからだ。
紫原は相変わらず隣でお菓子を食べ続けている。
外は相変わらず騒がしく、文化祭を楽しんでいるのだろう。
ここは少しばかり静かで、時間の流れを遅らせているようだ。
「このまま、時間を止めてしまえたらいいな」
「赤ちんが躊躇うなんてメズラシー」
「そういうときもあるんだ」
紫原の背中を背もたれにして小さく呟いた。
「敦…動くなよ」
「はーい、俺は赤ちんの傍にいるし」
柔らかい声を聞きながら、心地よいバッシュのスキール音をBGMに目を閉じた。
スパッと入るボールにこれで何回負けたのかと数えようとして止めた。
肌寒くなってきたのに汗だくだ。
「もー終わりにしようぜ。服が汚れる」
「…そーだな」
青峰はシャツで汗を拭っていて思わず笑ってしまう。
そうして紫原たちをみれば、もう一人増えていたことを知る。
「桃井さん、いつのまに」
「苗字くんが女の子の格好してるとは思わなかったわ」
「…ああ、まぁ…みんなには言ってなかったから」
「顔が良い奴だけ着るんだと」
「へぇ、似合ってるもんね」
「そーだな」
なんでか話しの流れが変な方向に向かって、嫌な予感がする…と一歩後退るが桃井に手を掴まれた。
「他にも、着てみない?」
「いや、その…俺は遠慮したいな…なぁ、青峰?」
「さつき、そいつに触るな俺のもんだ」
「は?」
いきなりグイッと引き寄せられて吃驚する。
何をするんだと青峰をみるとニヤニヤ笑っている。
「冗談でも笑えないっつの」
グッと青峰の胸を押して離れる。
顔が熱くて、青峰の顔が見れない。どうしようと思った矢先、紫原と目があった。
「お、俺…敦のものだから」
「ん〜?やったー、紫原のつけたあだ名ちん俺のー」
とっさのことで、紫原がどう反応を返してくれるかとかまったく考えていなかったが、おいでと赤司にするように両腕を広げてくれたから飛び込んだ。
「ちょっ、名前!?」
「大ちゃん振られんぼ〜」
「お前のせいだろうが、さつき」
「私のせいじゃないよー、大ちゃんが乱暴したからよ」
俺の後ろで繰り広げられている言い争いを無視して紫原の胸に顔を埋めていた。
「峰ちんは、気づいたかな」
「ん?敦?」
「紫原のつけたあだ名ちんは、もう少しこのままでいてくれたら…いいなぁ」
優しく髪を梳く指が心地良いと感じると同時に紫原の言葉に顔をあげると赤司がこちらを見ていた。
「何言ってる、自覚してないだけじゃないか」
「は?」
「苗字、良い顔をするようになったな」
「…赤ちん」
赤司の顔が近づく、紫原の声が聞こえたが赤司は止まらなかった。
呆気にとられた一瞬、俺のファーストキスが奪われていた。
「!?」
「赤ちんっ」
「赤司!?」
「なんだ、触れただけだろ。唇で」
ひょいっとそんな軽くないのに青峰が俺の脇を掴んで紫原から身体が引き離されていた。
赤司ななんでもないような顔をしていいながら紫原は泣きそうだ。
あー、なんか悪いことしちゃったなぁ…なんて考えるのは一部冷静な脳だ。
「赤司の唇って案外、柔らかいんだな」
「それはどうも、気分は?」
「…最悪」
そんな形で幕を下ろした文化祭だが、その後の部活はそれはそれは壮絶なものだった。
青峰と紫原は荒れに荒れて…紫原は部室に引きこもって出てこなくなった…青峰は赤司に敵意むき出しのまま1on1を挑もうとしたり…。
わけのわからない黄瀬と緑間、黒子は俺に声をかけてきたが…とてもじゃないが、ファーストキスを奪われてああなったとは言えなかった。
でも、なんで青峰が怒るのだろうか。
俺には不思議でならなかった。