▽ 紫原くんの憂鬱
すべては計画通りに進んでいる。俺はそう確信し続けている。
一人の例外を除いて…。
「紫原、いい加減機嫌を直したらどうだ?」
「赤ちん…」
俺の計画は順調に進んで今海合宿の最中だ。
朝から走り込み、貸し切りの体育館で調整の紅白戦。
それに非協力的だったのは紫原だ。
こいつはあろう事か、あの保健室での一件以来こんな感じで拗ねている。
紫原のお気に入りになるだろうことは想像できたがここまでとは、予想外だ。
今は休憩時間、みんな疲れを見せている中比較的体力のある紫原は平気そうだった。
「そんなに落ち込まなくてもいいだろう?」
「ぎゅってしていー?」
「仕方ないな」
慰めてくれとばかりに顔をのぞき込まれてしまえば、抗うことも難しい。
仕方なく体育座りをしている紫原の前に向かい合うことなく座れば背中から伸びてきた長い腕に抱きしめられた。
「暑くないか?」
「全然、むしろ赤ちん冷たくて気持ちいーしっ」
「そうか」
なんとなく機嫌が戻ったような気がするが、これもいつ不機嫌に戻ってしまうかわからない。
紫原の機嫌は女の機嫌よりも変わりやすいからな。
そんなことを思いつつ、黒子と苗字に寄りかかられながら休んでいる青峰をみた。
あれから、二人の様子に変化はない。
ゆっくり待つつもりだったが、青峰の方が変化が速いようにも見える。
多分、この夏で変化は現れるだろう。
あまりにも苗字が遅かったらこちらからせっつくのも有りか…と考えていたらいきなり俺の視界が大きな手によって塞がれた。
「なにをする?」
「赤ちんまで紫原のつけたあだ名ちん気にしなくて良いし」
「ヤキモチか?」
「妬いたらこっちみてくれんの?」
ムスッとした顔が見えるようだ。紫原は俺の肩に顔を乗せて赤ちん赤ちんと名前を呼んでくる。
「そうだな、せっかく海にきたんだ。ここら辺で、外に行くのも悪くない」
「赤ちん、話し逸らしたー」
紫原が俺を呼ぶのも聞かず、休んでいるみんなの耳に聞こえるように誘いをかける。
日が沈み始める今なら気持ちいいだろう。
そしたら、後ろの奴も少しはすっきりした顔になるんじゃないのだろうか。
季節は夏、インターハイを危なげなく優勝した俺たちは海にきている。
もちろん合宿だ。ただ、毎年通例らしくレギュラーメンバーのみの強化合宿。
俺はバイトの関係があるため、絶対にフルでいることはできないと思っていた。
だが、発表された日時は俺の数少ない連休にみっちりと詰め込まれていたのだ。
どこからシフトが漏れたのだろうかと不審に思いつつも、休み中も青峰といれるのだから良いかと諦めた。
そうして始まってみれば、合宿所につくなり練習練習で夏場というのもあり一気に体力を消耗していた。
「おい、名前ちゃんと水分とれよ?」
「んー…」
青峰に寄りかかったまま返事をする。反対側には黒子がいるのだろう、青峰は黒子にも水分をとるようにと促していた。
部活の合宿に初めて参加したが、地獄のようだ。
黄瀬も外で顔を洗ってくると言ってまだ戻ってきていない。
木陰で休んでるのだろう。
涼しい顔をしているのが赤司、紫原、緑間だ。
あの赤司はともかく、紫原と緑間は同じ運動量のはずなのに…。
青峰は健康的に汗を流し、俺と黒子はダウンしている。
「黒子ー、生きてるかー?」
「…なんとか」
「俺を挟んで会話すんな」
「青峰、アイス」
「いいですね、ゴリゴリくんでお願いします」
「お前らあとで覚えとけよ」
使えるものはエースでも使え…なんて。
青峰は文句を言いつつも買いに行ってくれた。
「なんだかんだ、黒子に甘いよな青峰」
「何言ってるんですか、君に甘いんですよ」
寄りかかるところをなくした俺たちは床に寝そべりながら話した。
青峰が甘いのは黒子がいるからじゃないのか。頭に疑問符を浮かべながらそっと流すことにした。
「みんな、聞いてくれ」
すると赤司が声をかけてきて、海に遊びに行けるお達しがきた。
もちろん、水着はみんな持参だ。むしろ、練習以上に楽しみにしていたことだ。
「テツ、名前、海いこーぜ」
「青峰、ありがとう」
「ありがとうございます、青峰くん。行きましょう」
三人分のアイスを持ってきた青峰はウキウキと楽しそうだ。
身長のせいで大人びて見えるが、中身は立派に中学生だ。
アイスをもらいつつ立ち上がるとみんなして水着をもち海へ向かう。
休憩所みたいなところで着替えると早速俺と青峰と紫原は海に飛び込んだ。
「つめてぇ、きもちいいっ」
「やっぱ海は入らなきゃ損だよな」
「紫原のつけたあだ名ちん、さっきより生き生きしてるし」
「当たり前だろ、部活も遊びも楽しんでこそだからな」
紫原はのんびりと冷たい水に身体を預けているようだ。
お菓子を持たない紫原なんて珍しすぎるだろ。
他のみんなはと振り返ると、黄瀬と黒子が一緒に日焼け止めを塗っているようだ。というか、黒子が一方的に塗りたくられているような…。
赤司と緑間はこちらには来ない気らしく、パラソルを用意している。
「あいつら、準備いいな」
「赤ちん、毎年合宿楽しみにしてるからー」
「ふぅん、あれ赤司が持ってきたのか」
青峰はシュノーケルを楽しんでいるようでさっきから水中に顔をつけている。
黄瀬と黒子がくれば人数はいい感じだろうな。
俺は赤司のところへと戻った。あんなものを持ってきていると言うことは、他もあるんじゃないか…と。
「赤司ー、ビーチボールとか、あったりする?」
「もちろんだ」
「ほら、持っていくのだよ」
「ありがとう、真」
おかんとおとんポジションだな、と思ったがそっと口にでかかった言葉を飲み込んだ。
あの二人は本当、大人びてるよな。緑間はともかく、赤司が中学生とは思えないくらい。
俺が知らないだけなのかもしれないけど。
渡されたビーチボールに空気を入れながら海に戻る。
「ビーチバレーしよー」
「バスケ部なのにバレーっスか」
「じゃあ、黄瀬抜きで」
「ひどっ、やりたいっスやられてくださいっス」
「なんか、おっきい飴みたい〜」
「紫原くん、食べちゃダメですよ」
青峰はどこに行ったかわからないのでそのまま放置して遊び始める。
黒子はうまく繋げてくれるけれど紫原が面白いほど動かない。
しかも、長い腕のおかげで落とすことはないが、目の前に黄瀬がいるからか、紫原の変化球を身を挺して受けていた。
モデルだというのに、あいつはいつもあんな立場だ。
すると、いきなり足に違和感を覚える。
一瞬で、気のせいかと思ったが次の瞬間足に絡まってきたものに悲鳴をあげた。
「ひいっ…なんかいるっ」
振り払おうとしても無理で足をあげてみれば、タコがくっついていた。
「紫原のつけたあだ名ちん、動かないでね〜」
「敦、あつしー、助けて」
なんだかうねうねしてて気持ち悪いので、声をかけてきた紫原に抱きついた。
紫原はタコをむずっと掴むと一気に引き離した。
「とったどー!!」
「紫原っちすげー」
「これ、今日の夕飯になりませんかね」
「敦、ありがと」
今度は紫原の腕に絡みついているが気にしていないらしく赤司のところに戻っていった。
「どうかしたか?」
「青峰、どこいってたんだよ…つか、それ」
声をかけられて振り返ると、いつの間にかバケツに色んなものが入ったそれを渡される。
「今日の飯」
「熊か!!」
「は?」
戻ってきた青峰を置いてそろそろ夕食の時間だと抜けた。
レギュラーメンバーだけの合宿とあるからもちろんマネージャーは桃井だけだ。
一人で全員分は無理だろうと食事の支度だけ手伝いを申し出たのだ。
「桃井さん、青峰がとってきた奴だけど…お好み焼きとか出来そうかな」
「あっ、それいいかも。作ろう作ろう」
楽しそうに包丁を振るうが少し危なっかしい。青峰にできることなら桃井から目を離すなと言われた意味を理解し始めた。
とりあえずさり気なくフォローを入れつつ、その日は海鮮のお好み焼きと焼きそばを作った。肉が少ないかと思って唐揚げも大量に作る。
一通り準備が整えば桃井にみんなを呼んできてもらい、その間に一息ついた。
さすがに仕事が少ないとは言え、キツいなと思う。
すると、いきなり頭をくしゃりと撫でられた。
「青峰」
「お疲れさん、赤司に言って先に休むか?」
「ううん、夜の部活も出るだけ出たい」
「あんま無理すんなよ」
「無理じゃないって、俺結構体力付いてきたんだぜ?」
心配する青峰に力こぶを見せてやれば、全然ついてねーよと笑われた。
失礼だな…少しはついたんだぞ…。
「美味しそうだな、苗字」
「赤司、と紫原」
「お菓子は置いてきたし」
二人仲良くやってきたので、俺はそれぞれにご飯も用意した。
大量に作ってくれと言うのは赤司の指示だ。
なんでも、食べるのもトレーニングのうちだとか。
別に食べるのが辛い人とか、このメンツではいないだろう。
そう思っていたのがご飯前。
ご飯後、黙々と食べ続ける黒子。そうか、赤司は黒子の事を言っていたんだな。
少し感心しつつ、黒子の近くにいく。
「食べれなかったらのこ…」
「苗字、言っただろう。これもトレーニングだ」
「はぁい」
「大丈夫です、ちゃんと食べますから。苗字くんの料理美味しいです」
桃井も作っているのにどうして俺にばかり礼を言うのか。
疑問に思いながらもそれはよかったと笑みを浮かべる。
「食べ終わった者から体育館でストレッチをしろ。その後紅白戦だ」
赤司の指示でみんなが体育館へと向かう中俺はどうしようかと思っていると行ってくださいと黒子に先に言われてしまった。
「俺が残るし」
「敦が?」
黒子の向かい側の席に座った紫原に意外な組み合わせだと首を傾げるが元より部活に執着のない紫原だから良いかもしれない。待ってるからなと言いおいて俺は青峰を追うように食堂をでた。
目の前で必死でご飯を食べる黒ちん。
小さな口にいっぱい詰め込むけど、飲み込むにはまだ早い。
「君が僕の所にくるなんて珍しいですね」
「わかるー?まぁ、色々聞きたいことあってさー」
飲み込んで俺が何か言いたいのを察して聞いてきてくれる。
黒ちんはすっげー優しい。それと、俺と同じようなこと感じてくれてるんじゃないかって思った。
「峰ちんと紫原のつけたあだ名ちんのことなんだけど」
言った途端、少し黒ちんの箸が止まった。
「鈍感な紫原くんが気付くなんて…」
「それどーゆーコト?」
「いえ、なんでもありません続けてください」
「最近親密じゃん、黒ちんはどう思ってんのかなって」
気になってたこと。
赤ちんにはそっとしておいてやれ、なんていわれたけど…峰ちんと一番近い黒ちんは何を思ってるのか。
返事次第で引き離そうとか考えてる訳じゃないけど、気にはなる。
「峰ちんの相棒じゃん」
「それを聞いて君はどうするんですか」
「なにもしない、ただ…俺も紫原のつけたあだ名ちんのこと気に入ったから」
「僕は、良いと思ってます。あくまで、青峰くんとは相棒でそれ以上でもそれ以下でもないですし」
やっとのことで食べ終えた黒ちんはまっすぐ俺を見てきっぱりと言い切った。
「それに、そこら辺の女子に渡してしまうよりいい」
「…黒ちんってさぁ、峰ちんのこと大事にしすぎだよねー」
「そうですね、否定はしません。なんといっても、エースですから」
屈託なく笑う黒ちんに拍子抜けして、でも納得した。
確かに、そこら辺の女子より峰ちんに掴んでいてもらった方が紫原のつけたあだ名ちんは幸せになれるだろう。
しっくりきた答えに俺は大きく伸びをして立ち上がった。
「それに、紫原くんには赤司くんがいるじゃないですか」
「赤ちんとは別なのー」
言えばなにがちがうのかと首を傾げて考えているようだが、答えがでることはないだろう。
特別とお気に入りはそれこそ分別される場所も違うのだ。
「つーことで、黒ちんは黄瀬ちんよろしく〜」
「は?それはどういうことですか」
問いかける言葉を無視して食堂をでると体育館へと向かう。
やっぱり、渡してしまうのは惜しいと思う、が…紫原のつけたあだ名ちんを一番に見つけたのは峰ちんなのだから仕方のないことだと思うのもある。
ただ、あの鈍感な二人がどうやってお互いを意識するのか…。
「二人してあんなだし…」
平気でベッドで寝ている二人があれ以上ではないと、誰が信じられることだろうか。
先が思いやられる、と感じながらポケットに手を入れカサリと触れた飴を取り出して舐めたのだった。
夜の練習が終わり、疲れ果てたみんなは早々に大浴場へと入っていった。
俺は日々の練習量が足りてないので気晴らしにと海辺を走っている。
なんだかんだとマネージャーの仕事もやることが多くて自分の練習量が減ってしまう。
仕方ないとしても納得はしていない。
ただでさえまだまだやらなければならないことがあるのに。
それに、最近青峰の様子が変だ。インターハイで才能が開花した、けれどそれと同時に楽しくなさそうな顔をするようになってきた気がする。
「気のせいなら、いいんだけど…」
それは、たまにみせた青峰の一面だった。
黄瀬と1on1しているときはいつでも楽しそうなのに。
「何が気のせいなんだ?」
「そりゃ、俺の心配ごと…って、青峰!?」
声をかけられてそちらを見たら昼間見るより深くなった青が月明かりに照らされて、綺麗だと思ったのもつかの間。
どうして今考えてた奴がいるのかとびっくりして思わず足を止めそうになった。
「なんかあんなら、言えよ」
「いや、いいよ。ありがと、で…何で併走してるんだ?」
「あ?風呂入ろうとしたら名前がいなかったからだろ」
当然のように言われてそうなんだと納得しかけ、違うだろと思い直す。
「風呂入れよ、もう寝ろよ。明日も朝から朝練だろ」
「名前もだろーが」
「俺はいいの、赤司にちゃんと言ったし」
「マジか…」
「マジだ」
その様子では一人抜け出してきたのだろう。
まったくなにをやっているのか…。
ため息をこぼしながら、俺は青峰の腕を掴むと身体を反転させ来た道を戻り始める。
「おい、いいのか?」
「いいよ、なんか飽きてきてたし。でも、青峰が隣にいんのもたまにはいーな」
いつも走ると青峰は先頭だから並んでる立ち位置が新鮮だ。
「いつも並ぶだろ?一瞬だけだけどな」
「周回遅れは並んだと言わないっ」
からかわれたと小突こうとしたのにさらりとかわされた。
つくづくイラッとさせる奴だ。
結局そんなに走らないうちに戻ると汗をかいたので大浴場へと向かう。
みんなは一斉に入ってしまったので一人の予定だった。
まぁ、のんびり二人もいいか…。
「あっちぃ、夏は暑いから苦手だ」
「あ?セミとかザリガニとかたくさんで俺は夏好きだぜ?」
「…あー、そういうの好きそうだよな」
いかにも川で虫取りタイプだと笑いながら服を脱いでドアを開けた。
「うおぉっ、広いっ。今日の俺のご褒美としちゃ最高だ」
「は?んなの決めてたのかよ」
「おう、広い風呂にのんびり入るのがいいんだろ」
青峰は汗を流すために早々にシャワーを片手に、風呂椅子に座って頭から被っている。
俺もそれに習って頭を洗い、身体も洗った。
隅々まで綺麗にすると二人で浴槽に浸かった。
「疲れが癒される〜」
「オヤジか」
「いいだろ、今日はボールもそんなに触れなかったんだから」
俺は力も技術も劣るため、みんなの輪の中にはいることはあまりない。
本格的にボールが持てるのは明日だ。
朝練があるからそれに青峰が付き合ってくれる予定だ。なんでも、赤司曰わく青峰は力が飛び抜けてしまったからみんなと釣り合わないらしい。
その言葉だけでも小さな痛みが胸を刺した。
出来過ぎでも出来なさすぎても弾かれるなんて…。
「明日嫌になるぐらいしごいてやんよ」
「楽しみだ」
青峰と二人でやる練習もなかなか楽しいのだ。へへっと笑うと唐突に腹を撫でられてびっくりする。
「ん、なんだよ?」
「まだ痕残ってんな」
「ああ、青ずみすごかったからなぁ。これでもマシになってきてんだぜ?」
青峰が言っているのが上級生に蹴られたものだとわかると自分でも見てみる。
蹴られて二週間ぐらいは腹筋がつらかったぐらいだ。
青みは消えたものの黄色くなっている。それも放置すれば良くなるだろう。
「大丈夫だって、ありがとな」
青峰の腕をそっと撫でて笑みを浮かべればその腕が腰に絡んで抱き寄せられる。
囲まれるようなそれに、不安にさせたのかととりあえず俺も背中に腕を回してみたりする。
「なんつうか、こういうのって恋人にするもんじゃね?」
「は?いいだろ、お前一々危なっかしいんだよ」
「そんな無理してねぇけど?」
まず恋人だとしたら風呂は一緒にならないのだが敢えてそこは無視だ。
ますます抱きしめる腕に力を込めるから野獣を宥めてやる感覚に陥る。
青峰の中でもあの事件がまだ心に残っているのはどうしてだろう。
俺としては忘れられないことだし、こうしてもらえることはなんだか安心するから嬉しいのだけど…。
青峰の肌が直接触れている、自覚したらなんだか落ち着かなくなった。
もしかしなくても、俺いまとんでもない状況に陥っているのか!?
「あ、あの…あおみね」
「んだよ」
俺のものだと言わんばかりのそれに離れようかと言おうとしたのにできなかった。
「なんでもない」
もう少し、このままでも良いかな…と思った矢先がらりとドアが開いて思わず青峰を突き飛ばしていた。
「なにすんだ、名前」
「ご、ごめん」
「随分仲がいいけど、そろそろ消灯の時間だ。早くでてくるように…それと、青峰あまりここで問題は起こすなよ?」
「なんだよ、それ」
「わからないなら、いいか」
確認しにきたのだろう赤司は青峰に何か言ったが、首を傾げている。
すると、次は俺に一瞬だけ目を向けてきた。思わずたじろいだら、小さくため息をついてこちらにくるなりくしゃりと頭を撫でられた。
「あまり入ってると、のぼせるぞ」
「あ、うん」
赤司はそれだけ言うと出て行ってしまった。
わざわざなんで言いにきたのか。わからないまま、そろそろ上がるかと立ち上がった。
「さっきは突き飛ばしてごめん」
「別に気にしてねぇよ」
少し視線を逸らした青峰。
自分たちがしていた行為を思い出せば、とんでもないことをしていたのだと思う。
だが、嫌じゃなかったから気付かなかったわけで…それって、良いこと…なのかな。
友達と言う線引きはどこまでなのか、青峰といるとわからなくなる。
これは、なんだろうか。
のろのろと風呂を出れば水分をとって部屋に戻った。
部屋は部員全員一緒、俺はてっきり布団が人数分敷いてあるのかと思ってそっと引き戸を引けば唖然とした。
「雑魚寝…」
「いつものことだろ」
青峰は気にした風もなくみんなの身体を踏まないように歩いていき畳んだままの布団を手に取ると適当な所で敷いている。
黄瀬は黒子に抱きつこうとして足蹴にあっているし、紫原は赤司の隣で寝ているが緑間の腹に腕が直撃だ。
赤司もさっきの今で寝てしまったんだろうか…随分寝付きの良いことで。
疲れ切っているらしく、みんなは深く眠っている。俺ももう目蓋が閉じてしまいそうだ。
俺も布団を出そうとすれば青峰に手招きされる。
「どうした?」
「こっちにいろ、下手したら誰かの足がくるからな」
示されたのは丁度壁側。
青峰がガードしてくれるらしく、保健室でのことを思い出した。
それでも、もうもちそうになくて青峰の方へと歩いていけば横になったとたん、考える暇もなく眠りに落ちていた。
朝になり自然と眼が開いた俺は腹に重みを感じてそれを押しのけた。
近くに置いたメガネを取り、かける。
紫原はいつものように赤司の傍だとしても、すごい光景が目に入った。
黄瀬は昨日の夜から黒子との攻防を続けたままの体勢、最後まで戻らなかった青峰はというと、いつも寝相が悪いと思っていたが今日は大人しい。
何かを抱えるようにしていて俺は恐る恐る覗き込んだ。
「っ…まったく、何をしているのだよ」
間違いは起こしていないようだが、二人の体勢は際どい。
苗字は寝返りを打っているからかシャツが捲れ、そこに青峰の手がある。
俺は見なかったことにして眼鏡をクイッと引き上げた。
気を取り直して朝食の前に顔でも洗ってくるかと、部屋を出れば後に赤司がついてきた。
「おはよう緑間」
「おはようなのだよ、赤司」
相変わらず朝が早い、確か青峰と苗字を呼びに行ってから寝ると言ってたから俺よりも睡眠時間は短いはずだ。
「お前はいいのか?」
「何がだ?」
「お前があの二人に気付かないはずがないのだよ」
「ああ、そのことか」
手洗い場にくれば、眼鏡を置いて顔を洗う。
話しを振ると赤司はなんでもないように笑った気配がした。
「面白いだろう?それに、俺はあの二人を近づけただけだ。どうなるかは、あいつら次第だと思わないか?」
「何を企んでいるかは知らないが、最悪の結末にならないことを祈ってるのだよ」
「あんまりな言い方だな。俺はみんなが好きなだけだよ」
赤司はいつもすべてを見透かしているように振る舞う。
はったりの時もあれば、事実だったりすることもある。
どこまでも腹の読めない男だ。そして、そんな赤司を嫌いになれないのだから仕方ないのかもしれない。
二人でならんで歯を磨いて暫し沈黙。
「おはようっス〜、赤司っち、緑間っち」
黄瀬が眠気を引きずって現れ、洗顔やら何やら大量のものを持ってきて顔を洗っていた。
モデルは大変だな。
眼鏡をかけながら、俺と赤司は戻る。そろそろ起こさなければならない時間だからだ。
「緑間は黒子を頼む」
「わかったのだよ」
引き戸を開ければ苗字は起きていてボーっとこちらを見てきた。
とりあえず、朝だぞと声をかければ頷いているので青峰が起こされるのも時間の問題だ。
そして、熟睡している黒子を揺さぶった。
いつも落ち着いているくせに寝癖は落ち着かないのだなと感じた。
「黒子、起きるのだよ」
「ん、みどりま…くん」
「いつまでも寝ているな、朝食また入らないぞ?」
「は、い…」
のそのそと起きるのを確認すれば俺の仕事は終わった。赤司の方は紫原を起こすのに奮闘している。
あ、引き込まれた…。
当分、時間はできただろう。
青峰は放置したまま苗字が着替えをしている。
仕方なく立ち上がればわき腹を一蹴り。
「いっ…てぇ、緑間?」
「早く起きろ、朝食食いっぱくれても知らないぞ」
「…あぁ、起きる」
相変わらず飯には敏感な奴なのだよ。
はぁ、とため息をつくと苗字がこちらに視線を向けていた。
「おはよう、真」
「ああ、おはよう」
にへらと笑った苗字につられて笑うと途端顔を輝かせた。
「真が笑った、貴重っ」
「変なことを言うな」
人を記念物みたいにいわれてムッとしていたらごめんってと笑っている。
どうやら寝ぼけているらしい。まったく世話の焼ける奴らだ。
ようやく支度が整った頃に朝食の連絡があり、移動した。
今日は丸一日練習だ、メニューによれば昨日より疲れは溜まるだろう、昨日のようなことにならなければいいのだが…。
俺は眼鏡を引き上げながら思ったのだった。
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