黒バス夢 | ナノ


▽ 心配性な緑間くん



俺がバスケ部に正式入部して一ヶ月が経とうとしていた。
バイトとの両立にようやく慣れてきて部活になじみ始めた頃。
全中なんてものがあるのだと、赤司がいっていた。
それでそろそろ合宿の準備をしなければならない…とも。


「ということで、苗字には桃井と一緒にマネージャーの仕事も覚えてもらう」

ただ、筋トレにも励むようにと言われた。普通に考えれば疲れが増すだけだが、スタメンの調整に入るため部活の時間は普通の練習に時間を割くことはできない。
一軍は練習をしているからそっちでもいいと言ったのにダメだと却下された。
どうしてそんなに即答なのだろうと不思議に思いながら、黄瀬がスタメンに入ったことも知らされた。
以前は灰崎という男が入っていたようだが、辞めていったらしい。
滅多に部活に顔を出さないと聞いたとおり俺は一度も顔を合わせることはなかった。
そして、黒子がベンチにはいることになった。これから夏に向けてポジションと連携を確認しながらの練習が行われるらしい。

「以上、これから部活を始める」

赤司の言葉でいつものメニューをこなすべく校庭へと向かう。俺もようゆく走ることになれてきた、相変わらず緑間がついてくれているがだんだん緑間は自分のペースで走っていることに気付く。
過ごしているうちに、緑間は気を使ってくれる優しい人、という立ち位置になった。
無愛想なだけなんだと思う…。そうして、身体を慣らした後俺は桃井の元へと向かった。

「何からやればいいかな?」
「んーと、ポカリ作ってくれるかな。終わったあとみんなが飲むから」

これとこれと、と俺に渡してくる。
粉タイプのそれは俺もよく目にするものだ。家庭科室へと赴き、氷を調達してそこでつくる。大まかなやり方は教えてもらっていたので少しまごつきながら全員分を用意しクーラーボックスにいれて運ぶ。
体育館に戻ると、一軍との真剣試合の最中だった。
いつも指示する赤司が選手で入っていて黒子と桃井がベンチで眺めている。
俺はそっとそこにいって座れば桃井が気付いてくれた。

「苗字くん、ありがとね」
「いいえ、それにしてもすごい迫力だ」
「昇格テストも踏まえてるからみんな真剣なのよ」

ふぅんと頷きながらボールの動きを追う。赤司は的確にボールを回す。
緑間の3Pは思わずため息がこぼれた。センターラインからシュートを決めるなんて凄すぎる。
紫原のあんな速い動作も始めてみたし、黄瀬と青峰は張り合いながらも点を重ねていく。
まるでぴったり歯車が噛み合うかのようにみんなが自分のすべきことをしていた。

「隙がない…」
「僕たちは負けたらいけないので、完璧ですよ」

負けたらいけない?
黒子を見れば、真っ直ぐ仲間を見つめていた。
負けたらいけないと思うのはどの学校だって同じなんじゃないのだろうか。

「黒子、交代だ。青峰のサポートに回ってくれ」
「はい」
「紫原はいつもの場所だ」
「わかったー」

ブザーが鳴ればみんながベンチへ戻ってきて次の動きを確認しているようだ。
赤司と黒子が入れ替わっただけでも雰囲気が変わる。

「苗字、よく見ておけ。これも勉強だ」
「俺まともにルールも知らないんだけど?」
「…俺は人選を間違えた覚えはなかったんだがな。ちょうどいい」

俺の暴露に赤司は破顔して俺の隣に座るなりそれぞれのポジションの説明をしてくれた。

「お前の場合、基本はわかっているだろうから彼らの役割を教えよう」

そしてその試合中赤司からずっと行動の理由、ダメなところ、連携がとれていたところ、耳にタコができるかと思うぐらいに教え込まれた。

「一気に頭に入らないって」
「俺はできないことは言ってない」

そんな勝ち誇った顔で言わないでくれ。
まぁ、大体理解できたけど。
赤司の説明はわかりやすくて、目で追っているから頭に入る。けど、直ぐにメモが何かにとっておかないと忘れそうだ。

「メモはしなくていい、記憶しろ」
「んな無茶な…」
「苗字ならできるだろう?」

ホントその自信はどこからくるのか。
俺は諦めたように頷いてみんなの姿を目で追う。黒子と青峰が一番動いているだろうか、青峰はばんばん点を入れて、黒子は最善のパスコースからボールを運ぶ。
最後はブザービーターで緑間が決めて見せた。

「高…」
「終わりだ、自主練は苗字もやるんだ。わかったな」
「おう」

赤司はポンと肩を叩いて立ち上がると他のみんなに説明をしていた。
俺はドリンクの用意をしながら視線を感じて顔を上げれば上級生だろう男と目があった。
刺すようなそれは、黄瀬の時のように嫉妬とかそんな簡単な感情ではない気がした。
怖いなぁ…そっと抱いた恐怖心を見ない振りをしてその場をやり過ごした。

「苗字っち、今日は俺が教えるっスよ〜」
「わっ、黄瀬?」

赤司の解散という声と共にみんながドリンクをとりにくる。
それになんでか黄瀬が背中に乗ってきてそんなことを言うものだから少し迷った。

「黄瀬くんはまだ初心者でしょう?」
「あ、黒子っちー。そういうなら、少しはパス回してくださいっス」
「赤司くんの指示なので、文句があるなら彼にどうぞ」
「なんだ、どうしたんだ黄瀬?」
「いや、なんでもないっス。…有無を言わせない顔ってああやるんスねぇ」

赤司の言葉に引きつった笑いを浮かべる黄瀬が小さく呟いたのをクスクスと笑う。

「何笑ってるんスか」
「いや、楽しいなと思って」
「名前、練習すっぞ」

ダンッとバウンドしてきたボールをとると青峰が声をかけてくる。
すると黄瀬の腕が緩んだのを確認して走り出す。

「青峰っちといるときが一番楽しそうっスよ」
「ん?」
「俺黒子っちとやるから」
「おう、ごめんな黄瀬」

黄瀬の小さな呟きに振り返るといつもの笑顔だった。なんだろうと思うも、青峰が俺からボールを奪ってくる。

「あっ」
「悔しかったらやり返してみな」

黄瀬には及ばないが、青峰は俺とも1on1をやってくれるようになった。
俺は走っていって青峰からボールを奪おうと食いつくもどれもさらりとかわされる。

「もっとこいよ」
「行ってる…つのっ」
「そっちじゃないぜ」

フェイントを仕掛けられ、それでもついていく。
大体、スピードも俺に合わせてくるぐらいだから青峰は相当余裕だ。
それが悔しくて、前を走る青峰に追いつき手を伸ばした。
微かに触れたボールの感触、俺は無我夢中で青峰の後を走っていく。

「走ってるだけじゃ、とれねーだろ?」

キュッとバッシュのスキール音、目の前で伸びる身体。
青峰の手から放たれたボールは綺麗にゴールへと吸い込まれた。

「見惚れてんじゃねーよ」
「…ばっ、そんなこと」

ニッと笑って頭を撫でられた。慌てて言い返そうとするも、一瞬かっこいいと思ってしまっただけに言えなかった。

「のろのろしてると、またとるからな」
「のろのろしてないしっ」

青峰からのパスを受け取り、今度は俺が走る番だ。
次はとられてなるものか、と青峰を見据え、そのでかい壁をかいくぐるためにボールをついた。




「はぁ、はぁ…はぁ」

青峰と1on1をすること二時間、流石に息が上がってきてリタイアした。
そのすぐあとに、見計らっていたのか黄瀬が青峰に1on1をしかけ、今は二人で楽しそうにしている。

「体力バカかよ…」

どうしてあれで疲れないのか。体育館の床で寝そべりながら二人を眺める。
とったり取り返したり、けれど最後は青峰が綺麗に決めてみせる。

「よくあれで入るのだよ」
「みどりま?」

足音が聞こえたかと思えば緑間だった。
噛みそうになりながら首を傾げてそちらを見れば、センターラインからボールを放っていた。高い放物線を描いてそれは綺麗にゴールに吸い込まれる。

「よくそれで入るのだよ」
「真似をするな」

クイッと眼鏡を押し上げて突っ込まれ、真面目な奴だと思っていただけにその反応に笑ってしまった。

「真、それってさセンターラインが限界なのか?」
「何故呼び方を変えた?…今のところはな」
「ふぅん、シュート範囲コート全部だったら怖いもんなしじゃん」
「俺の質問に答えろ。まぁ、いずれはそうするつもりなのだよ」

俺の顔をのぞき込むようにして来る緑間に変な顔だと笑った。

「苗字、お前はもういいのか?」
「んー?」

緑間の言ってることがわからず声をあげると視線だけを青峰と黄瀬に向けた。

「いいんだよ、青峰だって黄瀬とやれるほうが力セーブしなくていいんだし」
「紫原のつけたあだ名ちん、伸びてるー」
「敦〜、起こせー」

間の抜けた声に顔を上げれば紫原がきた。手にはチュッパチャプスを持っていて甘い匂いがする。
両手を出せば、よいしょっと引き上げられなんだか大人と戯れる気分だ。

「紫原のつけたあだ名ちん名前で呼んでくれてるー?」
「ん、だって紫原とか緑間って言いにくい」
「あーらら、でも名前で呼んでくれるの嬉しーし」
「そういうことか」
「そーゆーコト」

緑間は納得したように頷いて紫原が俺を抱きしめるのを暑苦しいから止めるのだよ、と咎めていた。
紫原にはマジバの店員と言うだけで好かれていた。今ではしっかりとクラスでも俺を認識してくれるようになった。
でも、緑間は…。
黄瀬のようになんだこいつ、と思われている訳じゃなさそうだし…それでいて、紫原のように友好的と言うわけでもなさそうな…?

「なんなのだよ、人の顔をマジマジと見て」
「真はさ、なんで俺みたいな奴がとか…思わないわけ?」
「思って欲しいのか?」
「いや、そんなんじゃねぇけど」
「ミドチンは、心配性なんだよねー?」
「は?」
「余計なことはいうな。それに、俺はお前みたいな奴、など思う以前に相手にもしないのだよ」
「…そー」

つまり相手にしてもらえてもなかったと…。
つまんねー、と拗ねて返事をすれば紫原の大きな身体に抱きついた。

「紫原のつけたあだ名ちん泣かしたー、ミドチンひでー」
「いや、泣いてないし」
「認めてはないが、嫌いじゃないのだよ」

緑間の声にハッとして顔を上げるが、本人はさっさと歩いて行ってしまった。

「あいつのデレは何かを刺激するよな」
「ねー」





苗字の様子を見ながら自主練を満足するまでやり終えれば部室へと戻った。
中には黒子と赤司がいてなにやら話しているようだ。

「どうかしたのか?」
「黒子からなにやら動いてるようだと報告を受けていたところだ」
「…やはりか」
「はい、苗字くんは気付いていたみたいです。黄瀬くんは、まだ」

俺は小さくため息を吐いて赤司の指示を待った。
俺達二年全員が全中に挑む。
そうなれば、当然のようにあぶれる三年がいる。
中には三年を差し置いて…などと考え武力行使してくることもあった。
途中から入ってスタメンになった黄瀬、実力もないのに赤司に引き入れられた苗字。
そのどちらもが、いい気のする立場でないことは明白。

「先に出る芽を摘み取ることも考えたが、面倒だから仕掛けてくるのを待つ。だから緑間は黄瀬をみていてやってくれ」
「わかったのだよ。苗字はどうする?」
「青峰に言っておくことも考えたが、手を出される前にだしそうだからな。紫原に話をした、そして黒子。お前にも頼む」
「わかりました」

これでよし、と満足したらしい赤司はマグネット将棋をとりだした。

「さて、明日のメニューを決めながらやろうか。緑間」
「受けて立つのだよ」

俺と赤司はなんだか馬が合うらしい。
お互い将棋のルールを知っているとわかってから暇つぶし程度に始められるそれ。
当然赤司に勝つことはできないが、それは仕方ないことだとどこかで諦めた。
一波乱くるまえに、のんびりと打つのも悪くはないだろう。




先輩の時々向けられる視線を気にしながらも一週間が過ぎようとしていた。
今日はバイトなため、部活には顔を出す程度しかできない。
最初は面倒だと思っていたのだがだんだん楽しくなってきているのを知る。
バイトがなければ、もっとバスケが出来た…そう思うが、あと一年ちょっと、稼ぐだけ稼いでおかないと痛い目を見るのは自分だ。

「自主練とか、真面目すぎだろ」

昼休み、青峰もたまに体育館に行ってはボールに触れる。
部活でできない分を補おうと思ってパンを食べながら体育館へと向かっていた。
青峰は四限目から眠り続けていて起こすのも忍びないからと置いてきた。起きたら電話かメールしてくるだろう。
渡り廊下を歩いているとなにやら声が聞こえた。
俺は足を止めて声のした方向を探る。

「お前ら、マジで生意気なんだよ」
「才能だとかしらねぇけど、俺らの方が経験積んでるしお前にスタメンかっさらわれてこっちは最悪なンだよ」

どうやら一触即発の雰囲気だ。絡まれているのなら助けに行った方がいいかもしれない。
俺はそろそろと忍び足で声のする方へ向かった。
そこには黄瀬と、黒子がいた。

「スタメンスタメンって、俺はただバスケしてただけっスよ。こうやって下級生いびるしかできないセンパイとは違うんで」
「んだと、このっ!!」

黄瀬が煽ったせいで振り上げられる拳、思うより先に身体がでていた。

「ぐっ」
「苗字っち!?」
「苗字くん!!」
「こいつ…」

左頬へと走った衝撃に倒れそうになるのを耐え、先輩と思われる二人組を見据えた。

「これから全中だろ、顔に傷つくろうとしてんじゃねぇよ」
「庇うのか?いいぜ、サンドバックなんて楽しいもんはないからな」
「苗字くん、やめてください」
「お前らの近くにいるのに何もできないほうが、辛いだろ。手だすなよ、暴力沙汰で出場停止とか話にならない」
「かっこいいじゃねぇか、よ」

肩を掴まれて相手の膝が俺の腹に入る。咽せそうになって、それでも身体を曲げることなく相手を見ていれば、視界の端に捉えた黄瀬の腕を掴む。

「苗字っち!!」
「やめろっつってんだろ」

手出すなっつったそばから何やってるんだと睨むと怯えたように一瞬瞳が揺れたのが見えた。
ごめんな、多分俺がしてやれるのってこれぐらいしかないから。
再び振り上げられる拳に目を閉じた。

「先生、こっちから声が」
「っ、やべ…先公にバレる。おい、逃げるぞ」
「あ、ああ」

待っていた衝撃どころか、誰かの先生を呼ぶ声に二人とも逃げていった。
俺はなんとかなったことに安堵し、その場に座り込む。

「苗字くん、大丈夫ですか」
「苗字っち、俺のせいで」
「二人とも無事か…苗字、どうしたのだよ。黒子、なにがあった」
「緑間くんにメールしたあと、苗字くんがきてしまって」
「なんだよ、真にメールしてたの…かよ、かっこ悪…」

腹に入った蹴りに今更咽せながら、その場にうずくまる。
喧嘩慣れしてない奴にはキツい。
そんな俺の背中にそっと添えられたのは黒子の手だ。

「そんなことないです。苗字くんがいなかったら殴られてしましたから、すみません苗字くん」
「苗字っちぃ」
「大丈夫だから、泣きそうな声出すな黄瀬うぜー」
「酷っ」
「黄瀬、青峰に苗字は保健室で休ませるから授業は休むと伝えておけ。黒子、今の奴らは覚えたな?赤司に連絡しておけ」
「はい」
「黄瀬、怪我したこと…青峰には言うな絶対」
「うー…ん、わかったっス」

二人が離れたあと、緑間がそっと一回だけ頭を撫でてなんだと顔を上げれば目の前に大きな背中があった。

「のれ」
「うそ、まじ?」

なんつうか複雑な気分だ。早くしろと急かされて、自分で歩けるなら良いが歩けないので仕方なく従う。

「重くないか?」
「黄瀬を介抱したこともあるから問題ない」
「それって…すごいな」

背はあるが軽かったのだよ、と軽く返されてちょっと普通に感動を覚えた。
ふわりと浮上して保健室へと向かう背中から前をみる。自分とは違う視界にテンションが上がった。

「真の視界って高いなぁ」
「呑気なものだな、顔は腫れるぞ」
「うん、すっげぇ痛い」
「その割には、元気だな」
「まぁね」

大切にしなきゃいけないものを守れたのだから、それだけで俺は満足だ。

「そういや、さっき呼んでた先生ってのは?」
「はったりに決まっているだろ」
「…さいですか」

保健室につけば先生は驚いて、湿布を貼ってくれた。
臭いが、痛みが引くと思えば少しぐらい我慢もできる。

「骨は折れてなさそうね。痛いなら休んでいきなさい。君は教室に戻って」
「はい、しっかり寝るのだよ」
「はぁい」

やっぱり心配性なんだなと苦笑しながら緑間を見送ると俺はベッドへと促された。
昼寝の気分で寝るかと目を閉じかけたとき、煩い廊下を走る音と共に保健室のドアが開いた。

「先生、名前いるか?」
「苗字くんならベッドで寝てるけど、青峰くん授業またさぼったの?」
「見逃してくれよ、それに今日は寝にきた訳じゃねーって」

青峰の声がした。
言うなと言ったのに早速破ったのかと呆れと共に感じた安堵。
不覚にも、青峰がきてくれて嬉しいと感じている自分がいる。
寝てるからダメよと言う声を無視してせっかく寝やすいようにと閉めてくれたカーテンが開け放たれた。
そこに現れたのはやっぱり青峰で、見た途端ギュッと胸が締めつけられた。

「あお、みね…」
「何やってんだよ」
「あお…」

伸ばした手を青峰は握ってくれて、視界が滲んだ。
こらえる間もなく溢れ出たそれをみるなり、抱きしめられた。
縋るものを見つけて俺は無我夢中でしがみついて泣いた。緑間や黒子の前では強がって見せたが、自分より強い相手に怖くなかったわけじゃない。

「黄瀬に言われて、嘘だろって思った。俺の傍から離れるなって言っただろ」
「言ってない、聞いてない。…つか、黄瀬なんて言ったんだよ」
「名前が上級生に殴られて今保健室で休んでるって」

あいつ、俺の言ったこと無視しやがった。
でなきゃ青峰がくるはずもないのだ、黄瀬への怒りと共に涙はすぐに引っ込んだ。

「あ、私今から会議行かないといけなかったんだ。青峰くん、鍵置いとくから後よろしく頼める?」
「わかった」
「じゃあ、よろしくね」

青峰はサボるときここにもきているのかと思いつつ、先生は部屋をでていき、ふっと自分の状況を確認した。
なんで抱きしめてるのか、というか抱きしめられてる!?

「よし、寝るか」
「おう…じゃ、なくてっ。なんで一緒のベッド!?」
「あ?つべこべいうな口塞ぐぞ」

何で塞ぐ気だ、と言うのは聞かない方がいいんだろう。
変だ、なんか…雰囲気が。
流されるのはまずいと警告音が鳴り響く。
だが、青峰は俺の隣に入り込むと枕を取り上げた。

「枕ないと寝れない」
「ん」

ぽんと出されたのは青峰の腕だ。なんだこれはと戸惑った視線を向けたら、さっさとしろと腰を抱かれ引き寄せられた。

「くっつかねぇと落ちる」
「いや、青峰はサボらなくてもいいだろ」
「おら、寝ろよ」

どこまで自己チューなのかと思いつつ離されることのない腕に安心しているのも事実。
見上げればもう目を閉じている青峰。獣に守られる気分ってこんな感じなのかと口にすれば怒られそうなことを思って、その腕に身を預けしばしの休息に目を閉じた。





五限目が終わると同時に紫原のクラスに向かった。案の定青峰がいないことを確認していれば、俺に気づいた紫原が教室から出てきた。

「紫原のつけたあだ名ちんいないの、赤ちんしってんの?」
「ああ、今から向かう」
「俺もいくしー」

手には授業中だったからか、飴玉を握りしめたままの紫原に頷いて二人で保健室へと急いだ。
黒子からの連絡で、怪我を負わせた二人は既に退学手続きをさせた。
騒動に巻き込まれることまでは予測したが、まさか怪我をしてしまうとは。

「予測を裏切るのは結構だが、やりすぎだ」
「赤ちん怒ってる?」
「少しだけだ、紫原にはどうしようもできなかったことだから気にするな」

だからこそ、退部ではなく退学にさせたのだ。
保健室のドアを開けるとカーテンの閉まっているベッドが一つ。
紫原はそれを開け、見えた光景に顔をしかめた。
まぁ、気に入っているものを誰かが大事にしていたらムカつきもするだろう。

「よく寝ているな、聞いたとおり酷い様だ」
「なんで峰ちんが紫原のつけたあだ名ちん抱きしめて寝てんの!?納得いかねーしっ」

どうにかしようと視線を向けてくるが、生憎俺にはどうしようもない。
大体、守られるように抱きしめられて、幸せそうな顔をしていたらこれ以上なにもできないと言う方が正しい。
俺は打撲痕になってしまっている頬をもっとよく見ようと髪を梳いた。

「ん…あつし?…と、赤司!?…あ、いやこれは深い訳が…」
「紫原のつけたあだ名ちーん」
「痛みはどうだ?」
「ん、大丈夫」

起きた苗字の慌てる様を楽しみつつも目的のことを問いかけた。
青峰はぐっすり眠っているらしく起きる気配はない。腕もしっかりとホールドしているため苗字は顔だけこちらに向けて返事をした。
なら、いいかと少し安堵し…ついでに間違いが起こってなかったことにも安心した。

「それと、自分が盾にならなければいけないなどと考えていると聞いたが、もしそうなら改めろ。俺は捨て駒を集めているわけじゃないんだからな」
「…はい」
「紫原のつけたあだ名ちんまだ寝る?」
「ああ、これじゃ…どうにもな」

黒子からいわれた言葉。確かに苗字にはなんの取り柄もないと思われるだろう。
でも、だからこそ傍にいてやって欲しいと思ったのだ。こんなことで辞められては困る。
優しく頭を撫でれば、俺にもしてーと言ってくる紫原の頭を撫でてやる。

「なら、ちょうどいい。どうせ、バイトも休まなければならないだろ。青峰を連れて部活にきてくれ。もちろん、苗字は見学で構わないよ」
「へ?なんでだ?」
「まぁ、峰ちんって結構危険だし?」
「加害者の方で暴力沙汰も困るからな」

そこまで言えば苗字も理解しただろう。あーとか曖昧な言葉をだしつつ頷いていた。
用事はそれだけで、またなと声をかけてやる。
紫原はさっきから持っていた飴を苗字に渡して心配そうな顔で見つめていた。

「ありがとう、敦」
「いつから紫原のことを名前で呼ぶようにしたんだ?」
「一週間ぐらい前かな、赤司も呼んでいいの?征十郎って長いから征な」
「…そんなあだ名をつけられたのは初めてだな。けど、悪い気はしないよ」

そろそろ行かないとチャイムが鳴る、と俺は紫原の手を引いた。
名残惜しげにしながらもついてくる大きな男の頭を撫でてやる。

「赤ちんもっと〜」
「授業が終わったらな」

保健室を後にして、紫原と別れた。俺は足早に自分の席につくとノートを開いた。昼休み邪魔が入ったせいでメニューを決めかねていたのだ。

「黄瀬はもう少し多くても問題なさそうだな」

一人呟いて、残りの時間を有意義に過ごすのだ。




紫原と赤司が出て行った後にチャイムが鳴った。
いきなりきた二人に驚いたのもあるし、こんな姿も晒してしまったのだ。そして、極めつけが…。

「青峰、心臓すげーよ?」
「チッ」
「こんなくっついてたらわかるっつの」

途中から青峰も起きたのだろうが寝たふりを決め込んでいたのだ。
まぁ、あんな話題に入り込める訳でもないだろうし仕方ないか。

「寝飽きたな…」
「なら、バスケやろーぜ」

青峰がニヤリと笑って言うもんだから、授業中だとか関係なくなった。
体育館だって使わない方に行けばいいんだし。

「その話し、乗った」
「っし、そうと決まれば体育館行くか」

俺はバイト先に休むと連絡を入れながら青峰と二人保健室を抜け出した。
蹴られた腹が少し痛かったが気にしない。
それより楽しいことがある。何より青峰と一緒だから、何でも楽しめるんだろうな。










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