一匹狼の孤独(ボユリ/110324) 日に日に人間らしさを失ってゆく感覚。 「ユーリ」 個室のドアをノックする。 個室を割り振られるというのは、ボーグにおいて優秀な成績をおさめている戦士であることを意味している。入れ、と中から声がして、ドアノブを掴んだ。 「…どうした?」 昼間に散々過酷な訓練を受けたにも関わらず、個人でトレーニングを行っていたらしいユーリは、額から流れる汗を拭いながらボリスに問いかけた。 何も身につけていない上半身に、スポーツタオルを引っかけて訪問客を見る。 「いや、これと言った用事は無いんだが」 「……暇な奴だ」 ふう、と呆れたような声がしたけれど、出て行けとは言われない。きっとこれは、ユーリなりの歓迎なんだと、ボリスは勝手に解釈している。 ユーリの部屋には何もない。ベッドにクローゼット、中身は必要最低限必要なもの。 ソファなんて気の利いたものは存在しないので、無機質な印象を受けるベッドに腰を下ろす。決して柔らかいとは言えないマットレスが歓迎してくれた。 「良いベッドにすればいいのに」それくらいの我が侭が言えるくらいには、自分たちは優秀だ。 「何故?寝るだけだろう」すっかり汗が引いたらしいユーリが、適当なシャツを羽織りながら言う。「それに、そのベッドで寝るのなんて、どうせ俺かお前くらいだ」 備え付けの小さな冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを手に取りつつ事もなげに言われて、不覚にも心拍数が上がった。落ち着け、と内心で自分に言い聞かせる。すると、どうやら察したらしいユーリが、楽しげに笑う。 「なにを驚いてる」 ユーリは笑わない。 試合や訓練時に、やたら邪悪な感じの高笑いをしている姿はよく見かけるけれど、「微笑む」といったやわらかな表情をみせることはない。 それはある意味、まるで機械のようだとも言える。 怒り、侮蔑、蔑みの感情、破壊欲しか持っていないかのような言動は、それを助長していた。それゆえに、ボーグ内においてもユーリはひときわ目立つ存在になってしまっている。本人は無自覚であるけれど。 強さのみを貪欲に求め、他のものには見向きもしない、寄せ付けない。孤高の人。 ボーグのなかでは、そんな彼の強さは憧れの的であり、冷酷さにかけてはヴォルコフに次いで恐れられていることを、ユーリは知らない。 本当に時々ではあるけれど、そんなユーリが笑うときがある。それが、こういった風に二人で話している時だ。 意地の悪いことをわざと言ってみたり、下らない会話で笑う。年相応ともいえるその笑顔は、ユーリの自室かボリスの自室、他人に介入されない世界でしか見られない。 恐らく、何にも頼らず何も信用しない彼が、唯一心を許してくれているのが自分なのだろう、とボリスは思う。此処へやってくる前からの付き合いであるから。同じような境遇で、共に生きた間柄。それは、ユーリが他人とボリスとを別格に見るのに足る条件であると思える。 一歩個室を出てしまえば、ユーリは誰とも馴れ合わない。 たとえそれがボリスであったとしても手を貸すことはないし、助けを求めて手を伸ばしてくることも無いだろう。 彼の操るあの狼のように、凍り付いた心でもって闘う戦士となる。 ここ最近、より一層それが顕著になっている気がして、つい心配になってしまうのは何故だろうか。自分だって、一歩ここから出れば他者の事なんて考えもしないというのに。 「ユーリ、」 隣に座った、赤い髪に触れる。案外柔らかい感覚に目を細めると、普段より幾分か丸みを帯びた目がボリスを見た。「なんだ」と答える声にも棘がない。 「ユーリ。まだお前は、」 「ん?」 まだ人間らしい心を持っているか、と聞こうとして、やめた。きっと、そんなものは家族の写真を彼が捨てた時にいっしょに捨てている。 「いや、まだ笑えるみたいで安心した」 「……意味が分からん」 日に日に凍り付いていく中身にユーリは気付かない。 だからこそこうやって部屋を訪れるのだけれど、そんな理由だって、きっと彼はいつまで経っても気付きはしない。 ひっそりとため息をつくと、「何だ?」とユーリが眉を寄せた。 ** 原作ボユリ。 写真を云々、はまた別に書きたい。 |