噛みつく(110309)

「何度言えば分かる?」
 噛み癖だか何だか知らないが、正直たまったものでは無い。

「――本っ当に、すまなかった!」
 ぱん、と両手を合わせて謝るレイの姿は、将来自らの一族を束ねる男とは到底思えない。
 眉を寄せて睨み付けると、更に縮こまるように両手を強く合わせる。そこに、普段の男らしさは微塵も見られなかった。…情けない奴。内心考える。
「すまなかった、で全てが済むのなら、この世に警察は無いし、決闘なんてものも存在しない。分かるか」
「そんな大袈裟な…」合わせた両手から、ちらりと金色の目が覗く。
「大袈裟なものか。現に俺はお前に怪我を負わされた訳で、俺はそうならないように事前に何度も警告をした。それを無視したのは誰だ」
「…俺」
「噛むなと」首を傾け、首筋に残る噛み痕を見せる。「何度言えば分かる?」
 血が滲みそうな痕に、今度はレイが眉を寄せる番だった。より一層申し訳なさそうな顔になって、再度「すまない」と付け足す。心なしか、普段つり上がっている目尻が下がっている気がする。
「お陰で痕が消えない」
 右腕を、レイに向かって掲げる。二の腕に残る痕は噛み痕だ。
 右腕、左腕。新しいものから古いものまで、所々に残る傷跡は全て、まるで肉食の生き物の牙が食い込んだような噛み痕だ。
 噛み癖があるのは知っているし、その被害に遭う事もままある。それが腕ならば、まだ許せもする。けれど今回は首だ。下手をすればとって殺されそうな位置。散々噛むなと言っていたにも拘わらず噛みついたレイにも腹が立つが、それを不覚にも許してしまった自分には、尚更腹が立つ。半ば八つ当たりのような気分で、いい加減にしておけよと目で訴える。
「服で隠れれば良いと思うなよ」
「すまない」
 しゅん、という効果音が似合いそうなくらい縮こまったレイが、上目で言う。「もう、しない」「許してくれ」。
 自分の言葉ひとつで、この男が思うがままに縮こまっていくさまは、いっそ滑稽だ。苛々とした気分が、少し和らぐ。ふん、と鼻で笑って、つとめて怒った表情を浮かべてみせる。
「許せんな。お前の「もうしない」は、信用出来ん」
 じわりと口角が上がるのを感じる。
「そう言うなって、今度こそはだな、」
 慌てて取り繕おうとするレイに、気分が少し晴れた気がした。

***

噛み癖のあるレイ。





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