私じゃない"私"の話
夢を見た。
それは何処か知らない国の
何処か知らない場所。
そこで私は……
息が苦しい、吐く息は皆はッ、はッと途切れており、辛うじて見える視界は真っ赤に染まっている。
全部、全てが赤。
周りも赤い。私も赤い。
乱れた思考で冷静に考える。こんな見るもの全てが真っ赤に染まるような事やっただろうか?トマトの投げ合い合戦とか?いや、そんなことは記憶に無い。
私は愛しい我が家の天井を見ながら布団に潜って静かに寝息をたてていた筈だ。
それなのに何故に赤いのだろうか。しかも苦しい。それに腹が異常に痛い。
チラリと自分の腹を見ると綺麗な穴が空いていた
いや、汚い穴と言うべきなのだろうか?
そして今は全てが真っ赤にしか見えない視線をこの不自由な体を支えている誰かに向ける。
黒髪の女が1人、目の前で泣いていた。自分の事を気遣うあまり存在を忘れてた。彼女は『死なないで』と言っていた。
成る程、どうやら自分は死にかけているらしい。
自分の身体のようで"違う"その身体が死に絶えるというのに私は別に何も思わなかった。
ああ―、成る程、"また"夢か。
そう、1人納得し私は死にかけた女の視点から泣いていた女を見た。
他人事?実際に他人事だろう。これは"夢"なのだから。
『っ…!姉上様っ、死なないで!』
【嗚呼、泣かないで――ヤ】
泣いている女はもう1人の死にかけた女(恐らく、私)を抱き締める。夢なのにとても痛い気がした。
おいおいこっちは腹に穴があいているんだぞ?
でも言葉には出てこない。出ない、
私のようで違う身体は私の意思では動かないらしい。"慣れていたが"なんともめんどくさい夢だ。
『姉上様…、どうか、どうか来世では…』
【ええ……、ずっと一緒よ 約束いたします……わ……】
『姉上様、貴女を愛していました』
もう女の言葉はよく、聞こえない。
ただ赤い世界だけがそこに広がっている。
【ええ………私も愛していたわ――――――、……ごめんね……】
なにか、口を開いた気がした。
何を言ったのか何を伝えたのか分からない。けど確かに大切な事を抱きしめる女に言った気がすると、
ぱしゃん。
そんな水音が聞こえて、赤い水溜まりに死にかけた"私"の腕が落ちた時、体はもう完全に動かなくなった。
そして赤い視界がだんだんが黒くなる。
嗚呼、"やっと"死ぬのか……
完全に閉じた瞳はもう開きそうになかった。
Я
はっ、短く息を吐いて肺に呼吸が行き渡る。
汗で嫌な湿り気を背中に感じながら瞼を起こすと目の前には見慣れた我が家の天井が視界に映る。
目の前には我が家の天井、背中には先日干したばかりの布団。
つまり先程のあの姉妹のような女達は……
「……相変わらず………、嫌な夢だな」
思わず、先程まで穴が空いている、という感覚があった腹を撫でる。当たり前だが夢の為、そこには何も無い。
背中に伝う汗の感覚に眉を顰めながら"また"見てしまった。と溜息を吐く。
最近自分がカグヤ、という女神という立場でそのカグヤの一人称の視点から死に絶える夢を何回、何度も見る。
繰り返し見る夢、
覚めたいのに覚めない夢
もう幾度も見た夢
「自分……?が、死ぬ夢を幾度も見る………私は自殺願望でもあるのかもしれないということなのだろうか……」
夢占い……だったか、
近所の子供達が騒いでいたその占いでは確か自分が何かをする夢を見る人はその何かをしたい願望があると聞いたような聞いてないような……
だがそれはあくまで占いだ。頼りにならないだろうし原因不明の治しようもない"夢"という症状に苛まれながら布団から起き上がる。
「……万が一死ぬならアシハラと共に溺死したいものだ」
おや、これがもしや死亡願望になるのか?
そうそうぼやき、布団の近くの棚に置いていた眼帯をとる。
ちなみになぜ溺死かと言うとユウリの住むこのアシハラという土地は年々増す海水に水没していく沈みゆく都市と言われているからだ。
なのでもし死を覚悟したときは愛しき故郷の海に満面の笑顔でダイブで死にたい。うん。それなら自殺願望も割と本望かもしれない。
そんな事を思いながら顔を洗い、慣れた手つきで櫛を取る。
「よし、……」
化粧台に座り直し、櫛で黒髪を撫で、まとめあげる。長くて中々大変だが髪は女の命とアシハラでは言われている為綺麗に纏めあげる。そして気合を入れて先程手に取った眼帯を見る。
「昨日は確か左に着けたんだったか?……ならば今日は右にしよう」
宣言通り右眼に眼帯を着け、視界が片方見えなくなるのを確認すると、何故かほっ、と息を吐く。
どちらでもいい、と聞くと人は何故彼女が眼帯を着けているのか?と必ず聞いてくる。
確かにどちらの目に着けてもいいのなら目や瞳に怪我や傷などはなく良好という事だ。
だが眼帯をすると何故かとても落ち着くのだ。毎日左右が違うのは気分だった。"どちらでも"気分が落ち着くので、精神を安定させる為に着けていると言った方がいい。
理由は未だに分からないが身につけるものなんていつだって自己満足でいいだろう。
では眼帯もつけた事だし身だしなみはこれで完璧か、と改めて鏡を見つめる。
先程目は怪我などしていないと言ったが彼女の頬には大きな3本に抉られた爪痕の傷跡があった。が、それを化粧で隠す等の事もせずに特に気にもなく立ち上がる。
「では、今日一日頑張ろうか、」
お気に入りの赤い着物を着て帯を引きしめる。
これで準備は万端だ。
居間に立てかけていた大太刀を構えると意気揚々と外へ飛び出す。
それが何の変哲もないユウリというアシハラに住む少し変わった少女の1日の始まりだった。