大人の女の事情 [ 119/156 ]
バンエルティア号の船員たちはベルベット達が採取したサレトーマを摂取したことにより壊賊病から回復し、アイゼンを連れて戻ってきた事に無事を喜びながら一行を乗せて今度こそ元々の目的地だったイズルトへ帆を進めた。
「アイフリードの事は罠で残念だったけど……みんなが無事でよかったね」
「サレトーマは二度と飲みたくないと言っていたがな」
あははは、と無邪気に笑うライフィセットにベンウィック達は「いやまじでこの世の不条理を詰め込んだ味がするからなアレ」と少し顔色を悪くして頷く。
「エレノアは?」
「エレノアも飲んだあとずっと不味い~~~って顔してたよ」
「そうじゃなくて……体のことよ」
「あ……うん元気みたいだよ」
壊賊病は人間にしかかからない病気で業魔であるベルベットやロクロウ。聖隷のライフィセットやアイゼンにはサレトーマを飲む必要がなかったが人間(?)のマギルゥはベルベットの手によって無理矢理サレトーマを食べさせられ、症状は出てなかったが念の為エレノアもサレトーマを飲んでいた。
おかげでイズルトへ向かう旅路中ずっと「ラズベリーの後味が……牛タンが……」と魘されているが彼女を器としているライフィセットが大丈夫、というのなら元気なのだろう。
ベルベットはライフィセットに「エレノアが心配なんだね」と言われると少し照れたように顔を逸らして船尾の方へ早足で去っていった。その様子を見てニマニマとマギルゥが近づく。
「坊、覚えておけ、年頃の乙女は自分の気持ちを素直に出せぬものなのじゃ」
「ベルベットは年頃の乙女ってこと?」
「っマギルゥ、ライフィセットに妙なこと吹き込まないで!」
「ふひひ坊のことには素直じゃのぉ〜!!」
「年頃の乙女、って具体的に言うといくつくらい?10代から20代前半位のことを言うならマギルゥやエレノアもエリアスもみんな年頃の乙女なの?」
「おおう、思ったより突っ込みよる。そして、わしのことをその年齢に表すとは坊いい子すぎてわし泣けちゃう〜!」
いいからマギルゥの言葉には耳を貸すなと言わんばかりにライフィセットは強制的にマギルゥから離されると近くで素振りをしていたロクロウが興味津々に話題へと乗り込んだ。
「マギルゥは年頃の乙女じゃあないだろ。お前、絶対サバ読んでるもんな。どうなんだビエンフー?」
「なんと!!失礼な!!!!そもそも魔女に年齢を聞くという事が失礼過ぎて激ヤバ案件じゃぞ!!!!」
「マギルゥ姐さんは実はs……」
「ビエンフー、お主サレトーマの探索で割と汚れておるの。どれ儂が洗濯してやろうぞ
」
おっとそこまでだ。声には出ていないがマギルゥがビエンフーのシルクハットを掴み船内へ連れていくビエーン!!?と悲鳴が聞こえてきたが南無三。そしてもう一人年齢が不詳な年頃の乙女(?)が居るな、とロクロウは今度はアイゼンへ絡む。
「なあアイゼン、ちなみにリアはいくつくらいなんだ?俺から見るとベルベットやエレノアとそう変わらんかそれより上くらいに見えるが……」
「……わからん。だがああ見えて俺よりは年上らしいぞ」
「マジか!人魚も聖隷と同じで歳を取らないのか?……いやそもそもアイゼンお前いくつだ?」
「……もう時期イズルトに着くぞ」
「ははっ誤魔化されたな」
アイゼンの言う通り島国が見えてきた。
今までとは違い、亜熱帯の地域にあるイズルトは波や海路も独特で今回は移動に数日かかったがどうやら優秀な船乗り達のおかげで無事目的地に到着したらしい。
サンサンと降り注ぐ太陽の光、青い空、エメラルドとブルーのグラデーションの海。そして白い砂浜。
文献でしか見たことの無い世界にライフィセットがアホ毛を揺らしながらはしゃいでいた。
「ここがイズルト……!!」
「熱帯地方とは聞いていましたがここまで暑いとは……ですが素晴らしい眺めですね」
ライフィセットとエレノアはいの一番に船から降りていく。
子供みたいね、とベルベットが言うとエレノアは分かりやすく咳払いをして誤魔化す。
「見て、何あれ!!?」
「あれはペンギョンですね。この地方特有の魚鳥類よ」
曰くお肉がプリプリで美味しいんですよ。キラキラした目で港でテトテトと歩くペンギンのような魚のような生き物にエレノアは熱視線を送る。あれを食べるなんて野蛮ね……とベルベットは少し引き気味だが「あなたに言われたくありません!」とエレノアも反抗する。
随分仲良くなったなぁとライフィセットが微笑ましく2人のやり取りを見ているとアイゼンは「グリモワールとやらはどんなやつだ」と早速本題へ切り替える。
「端的に言えばぁ〜「ふぅん……はぁ……あっそ」って感じのアンニュイな有閑マダムの黄昏的な空気を纏ったオトナの女じゃ」
「つまりオトナの女、を探せばいいんだな?あとリアも、だな」
「ここにいるかもしれないんだよね。アイゼンはどうする?」
「……ひとまずグリモワール探しが先決だ。乗組員も言っていただろう。飲食店で働いている、と。聞き込みをしているうちに会える」
「ほうほう、惚けまくりの副長もまともなことを言うの〜」
名前がわかってるのなら聞き込みで聞いた方が早い、と早速ベルベット達はテトテトと歩くペンギョン達をかき分けて港を後にするがライフィセットはマギルゥを見て「オトナの女……」と呟く。
「どうしたんじゃ坊?わしのオトナな魅力にメロメロになっちゃったのか?」
「そんなことないけど……マギルゥはオトナの女の人でしょ?オトナなのに、自分の気持ちを素直に言わないの?」
「……自分の気持ちか〜……」
「マギルゥ」「……生憎とうの昔に砕け散ってしまったのじゃよ。
バリーン!!
グシャーン!!、
グサグサ!!ドバーッボトッ……っての〜♪」
「気持ちが砕けた……?」
「……いいからほら、さっさと聞きこみ開始するわよ」
マギルゥは、ライフィセットの問にもいつものように笑うだけだった。
砕けた、という音の表しにバリーンやグシャーンは分かるがグサグサ、ドバーッボトッ、という音はやけに具体的でそれこそ何かを削ぎ落としたような言い方をするマギルゥが気になってライフィセットが口を開こうとしたがベルベットがニコニコと笑うマギルゥの背を押して無理やり歩を進ませてと急かすな急かすな、と楽しげに言いながら港を後にした。