Helianthus Annuus | ナノ
誰かの声 [ 121/156 ]

初めから、違和感だらけだったのだ。
そんなこと、考えたらわかる事なのに私はそのことから逃げて、逃げて、全て見えなかったことにして、人の世界に憧れる人魚を演じていた。



地上の息苦しさを知っていた。
重力で体が思うように動き辛い感覚を知っていた。
大地を踏み締めて歩く事を知っていた。


人の世界を、知っていたんだ。


元から"海で生まれ、海で生きる種族だったのなら"、本来なら知らなかった事なんだ。



では、"そう"でないのであれば、私が元々人として生きていた、という答えがある。
生きていた。過去形だ。だから今の私はただの抜け殻。
"私"はとうの昔に生贄として海に落とされバリバリと食べられてしまった。



「死体が話すな」



誰かの声が聞こえる。
とても、聞き馴染みのある声で、本当ならそれがとても優しい声だと知っているはずなのに、とてもとても冷たく言い放たれた。



「みっともなく生に縋るな」



可哀想な人魚、ひとりぼっちの人魚。いつだったか魚に言われたことがある気がする。



「なぜお前は生きてるんだ?」


分からない、分からないよ。人魚なのに、死体なのに、烏滸がましくも地上に上がってしまった事が私の罪だと言うのであれば、私は海の底で、また死体としてただ時の流れを波のように漂う存在になれば、この責める声は聞こえなくなるのだろうか。



「お前は前にも後ろにも進めない。なら独りで生きていくしかない」




ごめんなさい、ごめんなさい。誰かに謝る。けど、責める声は耳を塞いでも、私が何を言っても止まなくて、




ねぇ、助けてアイゼ










🌻



いつも通りお世話になってるイズルトのお店を手伝おうとしていたがたまにはゆっくり休みな!!と気前のいい店主に笑いながら背中を押されて店から出されてしまった為、今日は急遽休みになった。
やる事も、すべきことも無く、ただ泣いていた私をあの場所で働けるように手配してくれたオスカーには感謝しかない。

……本来ならば、海に戻り、彼らを探すべきなのだろう。まだ見つかってないかもしれないアイフリードのことも気がかりだった。監獄塔での時のように、手が傷だらけになってもいくらでも待って、笑顔で迎え入れてくれる、彼らを。

だが、「誰かの声」が私のことを縛る。もし、その声みたいに彼に罵られたら?、帰れと言われたら?



きっと、私は"今度こそ"耐えられない。だから人魚のくせに、海にも戻らず、こうして人の真似をして日々をやり過ごすしかなかった。


人が賑わい出す正午。イズルトの広場はバザールの店主達の掛け声とともに活気に溢れていた。
これが人の街、人の世界。生贄時代だった私が見ることが出来なかった光景がそこに当たり前にあり、地上にいるはずなのにまるで溺れているようにとても息苦しく感じた。



「……そういえば、今日オスカー見てないなぁ……」


行き交う人々にあの白い聖寮の青年が居ないか無意識に探してしまう。しばらくきょろきょろと辺りを見渡していたがあんな目立つ人、見逃すはずがないか……と諦めて海には入れないけど、眺めることは好きなので港方面へ足を向けるとそこにはオスカーより更に目立つ人達がそこにいた。


「マギルゥ……!!?」



マギルゥ、とベルベット達だ。

思わず勢い余ってマギルゥに飛びついてしまい、ライフィセット達がそんな私に驚いた表情をしていた。

私は過去を見たことによって真っ先にマギルゥしか目に入らなかった。だが彼女には言いたくない事情があるらしく、私も何も言わないことにした。人間界で言う空気を読む、と言うやつだ。空気は吸うだけのものでは無いらしい。
マギルゥ達が新しく仲間に加わったという元聖寮のエレノア、と名乗る少女を連れてイズルトへ来てくれた。どう言った経緯で聖寮の人と一緒にいるかは分からないが、ライフィセットか懐いているところを見るに悪い人ではないのだろう。





何やともあれ迎えに来てくれたのか、また置いていかれたかもしれないと思っていたので少しほっとした。抱きついていたマギルゥから離れた時、見慣れたはずのその姿が「無事でよかった」と声をかけてくれた瞬間、


ヒュッ、と息を一度に沢山吸い込んでしまった。



「死体が話すな」



「あ……」

思わず、そばにいたマギルゥを盾にするような形で隠れてしまった。はっ、と気づいた時にはこちらを向いて固まっている"彼"は驚いたような、顔をしていた。



「……どうしたのよあんた、今までなら真っ先に"こっち"に飛びついてたでしょ」

「あ、の……うん。そうなんだけど、会えて……嬉しい、よ?嬉しいんだけど……」


マギルゥの方が小さいため隠れきれてないがその視線から、なぜだか逃げ出したくて堪らなくて、恐る恐る覗き込むとマギルゥが「儂を挟んでもつれるな」と無理矢理彼の前に出される。

そして彼が私に手を伸ばした瞬間、拒絶される事を恐れて逃げてしまった。


「っ……!!」



彼が、どんな顔で私を見ているかも知らずに、どうすればいいか分からずエレノアの背で縮こまっていると、ベルベットが呆れたようにため息を吐いた。

「……はぁ、エリアスの事は後で聞くわ。そっちで後で勝手に揉めてちょうだい」

今ばかりはベルベットの突き放すような態度に感謝をした。私も、自分で自分が分からない。何故ここまで恐れているのか。彼に、見られたくない、という気持ちだけが膨らんで、声も言葉も何も出せなかった。


「マギルゥ、あんたグリモワールから手紙を貰ったのはいつの話なの?」

「さてさて……昨年だったかぁ〜もしくは10年前だったか〜?」

「あんまりふざけるなら食うわよ」


誰かを探しているのだろうか?、グリモワールという聞いたことがない名前にエレノアの背から離れて詳しい話を聞こうとした時、先程探していたオスカーがベルベット達からは見えてない方角から歩いてくるのが見えた。





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少女漫画よりめんどくさいすれ違いの始まり

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